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八節 生きるべきもの

 ブリッツァーの剣が、ブレイバー・プロトの腹を突き刺すべく振り下ろされる。

 振り上げたタイミングで発動したブレイブ・センスを頼りに、ジョーは倒れたままのプロトを急速後退させ、勢いの乗ったまま機体を立ち上がらせた。


『逃げたか! だが、この街にいる限りブリッツァーの優位に変わりはないっ!』


 ダンのブリッツァーは、ジョーのプロトを追ってくる。その巨体に似合わぬ速度で、執拗にジョーを追い詰める。

 MWマシン・ウォーリアとしては一回り大きい体格のブリッツァーの放つ異様な迫力が、亡き祖国の復興を目指すダンの恐るべき執念が、ジョーの心を震わせていた。


「目を覚ましてください、ダンさん! 貴方が功績を挙げたとして、ネミエ帝国が復興を許してくれるわけないでしょう!」

『いいや、ネミエ皇帝は言った! 働きぶりによってはストロイ王国の再興を考えるとな!』


 尚も後退を続けるプロト。守るべき者たちをすぐ後ろにしてこれ以上下がるわけにも行かず、ジョーは一瞬迷うと、バック走行のまま脇道にそれた。

 ただでさえ横への移動が制限されていたのだが、道が狭くなったことでジョーとしてはさらにやりづらくなる。


 ブリッツァーも、プロトを追って曲がる。

 ジョーはダンが自身の狙い通りに動いてくれたことに感謝したが、冷静さを失っていることの裏返しであることを思うと、少し悲しくもあった。


「そんなの……ただの口約束でしょうが!」

『違うな! 口約束は口約束だが、私はこれを賜った!』


 ブリッツァーが、ジョーに見せつけるようにその手に持つ剣を構える。黒曜石のように黒く、黄金のような輝きを放つ剣を。

 そう、ジョーにも見覚えのあるその剣は――


「クレセンティウムの剣!」

『そうさ! 帝国ほどの国でさえ、そう易々とは作れないものだ! 私にはこれを受け取れるほどの価値があると判断された!』

「そんなのただの金属の塊でしょう! 国とは全然話が違いますよっ!」

『それでも――!』


 ブリッツァーの足下から一層激しく砂が散り、硬い地面を抉るような音が鳴ると、先ほどと同様に急加速する。

 ジョーは手出しができない――いや、対処のしようはあるのだが、それにはダンを手に掛けるしかなかった。少なくとも現状では、ジョーはそんな手立てしか思いつかなかったのだ。


『私にはそれしか道がない! 私が成さねばならない! 王位継承権が低かろうが、親兄弟をすべて処刑されようが、最後の王族である以上は私がやらねばならないのさ!』

「そんなの――ああぁっ!」


 ジョーの言い分も聞かず、ブリッツァーはプロトへと二度目の体当たりを炸裂させる。

 衝突した勢いでプロトが仰向けに倒れる。身の浮きあがる恐怖に思わず、ジョーは絶叫する。


「がっ!」


 ヘッドレストに頭が打ちつけられるが、ジョーにとっては慣れたものである。次の瞬間に備え、目を見開くジョー。

 予想通りクレセンティウムの剣の切っ先がプロトの腹部にある操縦席へと向けられると、再びブレイブ・センスがジョーに危機を知らせる。

 今度は余計な言葉を挟まず、ブリッツァーは間髪入れずに突き刺す剣を振り上げた。


 ――しかし、プロトは動かない。

 ジョーがよく見ると、プロトの右脚にブリッツァーの左足が乗っていた。

 これではプロトは抜け出せない。ジョーは焦りレバーをあちこちに入力するが、動く気配はない。


『よしっ! これでっ――!』


 勝利を確信したダンの声が、ジョーの耳に入り込む。

 この期に及んでもジョーは足掻くが、それでもプロトは動かない。

 あと数秒もあれば抜け出せるかもしれないが、ジョーにそんな時間は残されてはいない。


 そしてブリッツァーが剣を突き下ろした、その時――

 轟音が、響いた。


 大地を振るわせるような重低音が一帯に木霊こだますると、ブリッツァーの左肩が吹き飛び、よろける。

 肩を破壊され、外れた腕が地に転がる。


『――っ! 何だっ!?』

「うるさっ――! この音は!?」


 衝撃でブリッツァーがよろめき、プロトの脚から足を退ける。

 その隙を見逃さないジョーは、すぐさま倒れたままのプロトを後退させ、左腕をバネのようにして機体を起き上がらせる。


 そして、ジョーは巨大な音のした方向へと目を向けた。

 その視線の先――建物を挟んだ向かい側の道には見慣れぬ緑色のMWが立っており、その左前腕部にあたる大砲の砲口からは今だ硝煙が漏れていた。

 そのMWの右腕は普通のマニピュレータとなっており、その手に握る剣はブリッツァーのものと同じ色、同じ輝きを放っている。


『大丈夫かね、ジョウ君』

「あ、貴方は――!」


 聞き覚えのある声が、ジョーのヘッドギアを通して入ってくる。

 どこか気品のある青年の声、その声の主は――


『賢者殿か! 私の邪魔をしてくれたのはっ!』


 そう、ブレット・ワイズであった。

 緑色のMWを動かしているのは、ブレットなのである。


『先に私の邪魔をしたのは君だろう、ダン・ガードナー』

『いつ私が貴方の邪魔を――!』

『私としては彼に死なれては困るのだよ』

『そうかっ! ならば、貴方とて容赦はしない!』


 ここに来て、焦りの見え始めた声のダン。

 そしてジョーは最良の解決策に思い至り、ブレットに提案する。


「ブレットさんですか! よかった、そのキャノンでアレの足を撃ってください!」

『ああ、無理だ。もう弾が無くてね。それに――』


 アーミーがブレットの操る緑色のMWへと迫る。

 それを認めたブレットのMWは敵に背を向け、逃亡を始めた。


『私はMWの操縦にかけては素人だ。早く助けてくれたまえ』

「何しに来たんですかアンタ!」


 ブリッツァーはそんな光景を傍目に、剣を構えてプロトを睨みつける。

 一歩一歩と迫り、ゆっくりと距離を詰めてくる。


『思わぬ邪魔が入ったが……次こそは仕留めるっ!』


 ダンは意気込むが、未だブリッツァーは突進の気配を見せない。

 確実に仕留められる距離まで近づき、一気に勝負を決める算段であることはジョーにも想像できた。


『ジョウ君、こちらは心配しなくていい。私は素人だが、このデュエラーはかなり戦闘型に近いMWだ。それに――』


 ブリッツァーが迫る中、プロトはその動きに合わせて後退する。

 MW同士の距離は中々詰まらないが、精神的にジョーは追い詰められつつあった。

 ブレットの言葉を聞きつつも、ジョーは返事をできるほどの余裕はない。


『もうすぐ脱出は完了する。トーマス君たちもすぐに支援に来てくれるだろう』

『何っ!? 早すぎる! それに、そんな様子は無かった――!』

『聞かれているのが分かっているのに、ぺらぺらと話すわけがないじゃないか。それに――』


 見失っていたトーマスたちが順調に進んでいることに安堵し、肩を下ろすジョー。

 ブレットは、ダンを嘲笑う。


『君たちの持っているような玩具おもちゃが、戦闘型コンバットマシン・ウォーリアに敵う訳ないだろう?』

『王家の秘宝たるこのブリッツァーを愚弄するかっ! ならば、許すわけにはいかない!』

『おお、怖い怖い。そんなわけだから、さっさと逃げようか』


 ブレットは、憤慨するダンの声を前にしても物怖じしない。


「でも、このままじゃ逃げられませんよ……」


 目の前のブリッツァーを見ると、自らを取り巻く状況がさして変わっていないことに気が付くジョー。

 震える声が、不安を訴える。


『何を心配しているのかね。ダン君など、ブレイバーの力でさっさと蹴散らしてしまえば良かろう。国を失った支配者など、この世にはもう不要な存在なのだからね』

「不要だなんて、まるで人を部品パーツであるかのようにっ……!」

『だってそうだろう。いくらでも代わりが効く民衆ならばともかく、国の根幹を成す王族など、他の国では無用の長物だよ』


 ジョーはブレットの言い様に憤りを覚えながらも、その意識の違いを感じ取ることが出来た。

 少なくともブレットは『王族』という生き物の生態を語っているのであり、ダンという一人の人間については微塵も理解していないのだと解らされた。


 そして、ダンはそんな『王族』としての生き様に囚われているのだと思うと、ジョーは悲しくなった。


『それが……それが本人の聞いている前でする話かあぁっ!』


 ダンが激昂し、咆哮を上げる。ブリッツァーが右腕以外の装甲を脱ぎ去り、急速に距離を詰める。

 剥がれ落ちた装甲の裏側にはシリンダーのような支柱が付いており、その構造がブリッツァーを大柄に見せていたのだと、ジョーは直感した。

 そして、ブリッツァーが足で自らの脱いだ装甲を踏みしめると、その板はあっさりと割れた。


「プラスチックの張りぼてだったのか!」

『そうとも! ブリッツァーの装甲は衝撃を吸収するためのものさ! だが、外せばそれなりには軽くなる!』


 華奢になったブリッツァーが、レイダーやストライカーにも匹敵しそうなほどに速くなる。

 装甲の残る右肩を向け、プロトに突進を開始する。


 ――しかし、その戦法の攻略法にジョーは思い至っていた。


『避けたっ!? そんな精密な動きが出来るのかっ!?』


 体を横に向けたプロトは、ブリッツァーの脇をすり抜け、その背後へと回る。

 幅が狭くなったことで、狭い道でもギリギリ回避ができるようになっていたのだ。

 ブリッツァーは空回りして転ぶようなことはなかったが、勢いをつけるための助走もできないほどにプロトに、距離を詰められてしまっていた。


 そして、優位を確信したジョーは呼びかける。


「ダンさん、聞いてください! あなたの国は滅んだんです、死んだんです! 死んだものを蘇らせようなんて……そんなのはとてもおこがましいことなんですよ!」

『例え死んでいようがそれを蘇らせるのが私の役目だ! そして、その手立てもある!』

「そんな役目を誰が決めたんですか! それに……たとえ再建できたとしても、それは似て非なる別のものですよ! 帝国の援助で創ったものは、貴方の愛した国ではないんですよ!」

『そんな言葉で諦められるほど、私はいさぎよくはない! ブリッツァーがある限り、私は立ち上がらなければならないのさ!』

「解ってるくせに! 言い訳ばかりギャアギャアとうるさいんだよ、この……馬鹿野郎!」


 ジョーの話と問答を続けるダンであったが、距離をとろうとブリッツァーは後退する。

 しかし、ジョーはそれを黙って見てはいなかった。

 プロトもその加速に合わせて前進し、距離を取らせない。


 そしてジョーは、胸に溢れる悲しみと怒りをトリガーとして、意図的にブレイブ・センスを発動させた。


『何っ!?』

「こんなものがあるからっ――!」


 プロトのヒート・ソードが、ブリッツァーのクレセンティウムの剣を切り裂く。

 希少金属で作られた武器であっても、ヒート・ソードの前では文字通り、刃が立たない。


「こんなものを残すからぁっ!」


 ヒート・ソードがブリッツァーの頭をね飛ばし、肩を斬り落とし、脚を切断する。


『ぐあぁぁぁぁぁっ!』


 芋虫のような状態のブリッツァーが、帝都の道に転がる。

 そのような状態になってもダンは中から出てこない。


 そしてジョーは、プロトを翻し背を向けた。


『……何故だ……何故止めを刺さない!』

「貴方は生きている……! 『国』が死んでも『貴方』は生きている……!」

『それがどうした!』


 ジョーは思い出す。バルコニーで見た光景を、そしてダンの言葉を――


 政治を知らないジョーには、民の心などわかるわけもない。

 しかし、ダンにならばそれが解るし、その上でこの世の行く末を憂い、行動に移すことも出来る。

 それを考えるとジョーは、ダンに生きていてもらいたかった。この世界を導くのは、きっと彼のような人間なのだと信じていた。


「貴方は生きるべき人だ。この世界を真に想う貴方は、こんなつまらない戦いで死ぬべきじゃない」

『だが私にはもう、どうしていいかわからない……唯一の拠り所でさえ、君に壊されてしまった……』

「それでも貴方になら出来ます。いや、貴方でなくてもいいんです。貴方のような方がいるのであれば、きっと――」

『――おいジョー! 敵と話なんかしてないで、さっさと逃げるぞ!』


 ジョーが辺りを見渡すと、ジークがデュエラーを追うアーミーを倒していた。

 自分の都合で待たせてしまっていたかと思うと、なんだか申し訳なさで胸がいっぱいになるジョー。


「あ、はい! 待ってください!」

『早くしろ、あとはお前だけだ! リックとベンが攪乱かくらんしているが、そう長くはもたないぞ!』


 街を見渡すと、あちらこちらから煙が上がっている。

 火事ではない。トーマスがハッチを開いて、操縦席から何かを投げているのが見える。

 彼らのよく使っている煙を発生させる玉が、その正体なのであろうとジョーは考えた。

 そう、上がっていない火の消火活動に追われれば、追手を出すどころではなくなるという訳である。


 ジョーは去る前にもう一度、ブリッツァーの残骸を見る。


「僕だって、本当は死んだはずなのにな……」


 それだけ呟くと、プロトは帝都から抜けるべく走り出した。



七章 既に滅びしもの ‐了‐

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