七節 執念のダン
トーマスたちは、ようやく格納庫へと到着した。
彼らの姿が認められると、張り詰めていた空気が幾分か和らぐのを、トーマスは感じ取る。
「すまない、遅れた!」
「おっそいよ! 大体そろってるから、さっさと指示だしな!」
「ああ、わかっている」
呼吸を整えると、息を大きく吸い、トーマスははっきりとした声で言い渡す。
「よく聞け! 今のところ敵に動きがないように見えるが、実際のところは既に察知されている可能性がある!」
トーマスが推測を告げると、格納庫内にざわめきが起こった。
辺りを見渡しながら、トーマスは落ち着かせるように話を続ける。
「敵のMWとの交戦が予測されるだろう! そこで先導を俺を含めた何名か、殿をジョーでやる! 残りは馬車、及びトレーラーで脱出を目指せ! 最短を突っ切るが、異論はないなっ!」
「おう!」と隊員一同が呼応し、それぞれ行動に移る。
しかし、そんな中に一人だけ意義を唱える者がいた。
「待ちなさい!」
「駄目だ! お前は俺たちに協力しないと言った! ならば部外者のはずだろう! この期に及んで文句は聞かん!」
「何でジョーが最後尾なのよ! そんな危険な役、アンタか他のヤツがやればいいじゃない!」
「一番確実だ!」
サクラとトーマスが言い争うが、気にも留めずに出立の準備を進める隊員たち。
そんな中、ジョーも自らの役目を果たすべく動いていた。
トーマスはそれを尻目に確認すると、得意げに笑みを浮かべる。
「トーマスさん! 灰色の方を使います!」
「赤じゃなくていいのか!」
「ええ、こっちのほうが使い慣れてます! シェリーさん、コンテナ開いてください!」
「は、はいっ!」
「ちょっと待ちなさいよっ! 何でいくのよ! アンタがやる必要なんかないじゃないっ!」
サクラの言葉はジョーには届かなかった。ジョーはサクラの言葉を無視して、トレーラーのコンテナに積まれたブレイバー・プロトへと向かう。
トーマスはそれを少し可哀そうに思いながらも、目の前の問題児を宥めるべく言葉をかけた。
「……正直な、俺もあいつがやる必要なんかないと思っている。犠牲は多くなるが、俺や他の奴でもこの場を切り抜けることは出来るだろう」
「じゃあ……なんでよ……」
打って変わって、弱々し気なサクラ。
トーマスはそんな彼女に、語り聞かせる。
「ああいうやつなんだよ。黙っていてもなんとかなるのに、人死にが出るとなると自分でやらないと気が済まないんだ」
「……知らなかったわ。ジョーにそんな度胸があるなんて」
「ああ、あいつには不条理を許さない胆力がある。それに……ブレイバーという信念を貫ける『力』もな」
トーマスは、ジョーと出会ってからこれまでにあったことを思い返す。
初めてブレイバーが動いた日、偶々出くわした帝国騎士から逃げた日、そして今日まで続く帝国との闘いの日々――
そのどれにおいても、トーマスはジョーを一人で戦わせていた。彼の中で、悔しさがこみ上げる。
「でも、危険じゃない……」
「そうだ。だが俺だって、あいつ一人に何もかも頼るつもりはない。だから――」
トーマスは何かを要求するように、手を差し出した。
「……何よ、その手」
「ヘッドギアを貸してくれ。俺があの赤いブレイバーを使う」
突然の提案に、目を剥くサクラ。
その眼差しが、不満げにトーマスを突き刺す。
「頼む! 脱出が早まればジョーの助けになるし、部隊を安全なところまで逃がせれば、駆けつけてやることだって出来る!」
「アンタたちは勝手なのよ! ジョーのバカさ加減をいいように利用して、自分たちが先に安全を確保しようだなんて! 信用できないわ!」
「それなら仕方がない、俺はアーミーを使うことにする。……悪かったな、お前は適当な車に乗って脱出してくれ」
とりあえずの第一目標であった『大人しくさせること』を果たし、それ以上を諦めてトーマスは去ろうとする。
「ジョーにだけやらせるなんて、ズルいわよ……」
「勝手も卑怯も承知の上だ。それでも切り抜けなければならない。俺も、あいつもな……」
背中からサクラの弱気な声が聞こえるが、トーマスは既に決意している。
久方ぶりに動かすアーミーでの戦い方を頭の中に思い浮かべ、自らに課せられた重要な役割を達するための手段を思案する。
そんな時であった――
「待ちなさい!」
「ん? ――うおっ!」
振り返ったトーマスの顔に向けて、何かが投げつけられていた。
その物体を咄嗟にキャッチしたトーマスは、その身慣れぬ物体を認知するのに、幾ばくかの時間を要していた。
「アンタを信用したわけじゃないわ。ジョーがアンタを信じてるからよ」
「……助かる!」
トーマスは受け取ったものを頭に装着すると、その足の進む向きを変えた。
そう、ブレイバー・ジークの搭載されたコンテナの方へと――
「貸すだけよ! ジョーが戻ってきたら返すのよ!」
「分かっている!」
その浅黒い肌と真っ黒な髪には似合わぬピンク色のヘッドギアが動くことを確認すると、トーマスは更に具体的な指示を出す。
「聞いたな! 俺は『毒リンゴ』で出るから、くれぐれも見失うなよ! 残る『兵隊アリ』の一つはベンがやれ! もう一体はアデ――!」
「吾輩に使わせてもらおう!」
「何!?」
突如として割り込んできた声に、トーマスは驚いていた。
彼としては、その人物が合流するのはもっと先だと考えていたからだ。
「リックか! ダンはどうした!」
「お主らが行ったのを見たら逃げて行ったわ! これは恐らく何かあるぞ、トーマス!」
「そうか! なら、残りの一体はアンタに貸してやる!」
「いい判断だ!」
トーマスはリックの合流に、内心では不安以上の頼もしさを感じていた。
ジョー、ベン、そしてリック。彼が信頼を寄せる三人の男たちがそろったことで、トーマスの心には疑念以上の確信が生まれていた。
一方その陰で、この状況を面白そうに笑っている者もいた。
「――ふふっ。これは私も何かしてやる必要があるかな」
その声は、誰にも聞かれていない。
トーマスと彼に指名された者たちは各々のMWに乗り込み、先に立って待っていたプロトよりも前に、格納庫を出て行った。
馬車やトレーラーがその後に続き、最後にジョーの操るプロトが格納庫を後にする――
そして遂に、誰も中身を知らない五台目のトレーラーのコンテナに乗り込んだ人物を、気に留める者はいなかった。
――――――
城下街に出たジョーは戦っていた。
彼の後ろでは三体の味方MWも戦っており、血路を開くべく奮闘している。
敵が現れてからそう経っていないのだが、彼らは苦戦を強いられていた。
トーマスの操るジークが城の門を突破し、商隊一行が街に躍り出た頃、敵は現れたのだ。
待ち伏せしていたかのように街の各所からアーミーが立ち上がり、一行を囲うように動き出して現在に至る。
それだけならば、大した問題ではなかったのだ――
「トーマスさん! 早くしてください!」
『分かっている! でもこいつが勝手に動くんだよ!』
「それは相手の動きを見て、勝手に回避軌道をとるらしいです! うまく制御してください!」
『くそっ! お前が使いたがらなかったのはそういうことか!』
トーマスはジークに振り回されているようだった。
無理もない。ジークに搭載されている『自動回避プロセス』は、サクラのような素人が扱う分には有用に働く――
しかし、トーマスのように熟練の戦士が扱う場合は、いちいち邪魔をしてくるようにしか思えない代物なのであった。
必ずしも、状況に合致した避け方をしてくれるわけではないのだ。トーマスに染み付いたセオリーに、反抗するかのように動くことが殆どである。
そして、そんな状態の中でようやっと敵を倒したところで、更なる問題が発生する。
倒した敵の残骸が、行く手を阻むのだ。彼らは大型の車両がすれ違うこともできるほどに大きな道を通っているが、MWが横に倒れ伏せば通れなくなってしまう。
死してなお障害となる敵が、一行を阻んでいた。
『ベン、こいつをどけておいてくれ!』
『……ああ』
トーマスの命令を受けたベンのアーミーが、倒れた残骸を持ち上げ、建物に寄りかからせた。
ジョーがその様子をリアカメラで伺っている間にも、城からの追手が襲い掛かる。
『討ち取らせてもらうぞ! 勇者!』
「しつこいんだよっ!」
ジョーが倒した敵の残骸を乗り越え、新たなアーミーが迫る。
勢いに乗せて突き出してきたアーミーの剣をプロトは切り払い、そして――
「……駄目だっ!」
アーミーに振り下ろしていた反撃の袈裟切りを寸前で止める。
ジョーの脳裏には、見たことのないはずのサクラの涙が浮かんでいた。
その涙が消えたかと思うと、今度は今まで地球で過ごしてきた日々や、ダンに連れられて見下ろした帝都での光景が駆け巡る――
手を伸ばし、ジョーは拡声器を起動させた。
『――降りてください!』
『どういうつもりだっ! 情けを懸けるというのか!』
『うるさいなっ! 気が変わる前に早く降りろよ! 死にたいのか!』
ハッチが開き、アーミーの胸から人間が降りたのを認めると、ジョーは止めていた刃を今度こそ躊躇なく振り下ろす。
「一体どうしてしまったんだ僕は……いや、今までがどうかしていたのかっ……!」
ジョーは躊躇いを覚えていた。罪悪感からではない、彼を戸惑わせるのは悲しみだ。
アルという騎士を殺してしまったことによるサクラとのいざこざを思い出し、人の死による悲しみの連鎖を彼に想像させたのだ。
『随分と余裕じゃないか、勇者殿』
「その声は――!」
聞き覚えのある声が、ジョーの耳に入ってくる。
それは、機体の外から入った音ではなく、トーマスたちの声と同様に通信によってもたらされたものであった。
「ダンさん!?」
『ダンだと! 何故この回線を!?』
『ここまで全て私の計画通りだからさ――』
ダンは語った。
そもそもこの脱走劇自体、ダンの仕込みによって成立したものであり、逃げやすいように手を回していたのだということを――
そして、市街戦による自分に有利な状況での戦いをするにあたり、予めトレーラーに搭載された通信機から周波数を調べていたのだということを――
つまり通信は傍受されており、トーマスたちの脱出作戦が難航しているのが筒抜けだったのである。
それが分かったからこそ、ダンはこのタイミングで明かしたのだろうとジョーは推察した。
『踊らされていたのか、俺たちは……!』
「どんな目的があるのか知りませんが……卑怯だと思わないんですか、こんなやり方!」
驚きの声を上げるトーマス。
ジョーも、ダンが裏でそのようなことを考えていたことに驚愕と怒りを隠せない。
『思わない! 賢者殿がわざわざこのようなところに来ている時点で、おかしいと思っていたのさ! ならば、事を有利に進めようとするのは悪いことではないはずだろう!』
「それだけじゃないでしょう! 知っていたなら、事前に止めることだってできたはずです! それをしなかったのは何故です!」
『人間とは小賢しい生き物なのさ! 私だけを責めようというのは、お門違いだっ!』
「屁理屈をっ!」
『『屁理屈』か……ならば、ある人の言葉をもって返させていただこう!』
ジョーとダンがヘッドギアという通信機越しに不毛な言い争いを繰り広げていたその時――
プロトの目の前の残骸たちが押しのけられ、オレンジ色のMWが姿を現した。
既視感のある言葉と共に――
『――勝てば勝者だ! そこに至るまでの理屈などっ、敗者の言い分にしかならない! 屁理屈であろうとも、勝てば何も問題ないのさ!』
地を抉る音を立て、オレンジ色のMWがプロトに向けて突進してくる。
流線形の装甲で着膨れたようなその巨躯の質量を想像し、ジョーは戦慄した。
しかし、避けるわけにもいかない。彼の後ろには、多くの車がある。
――その中には、サクラだっているのだ。
「ちぃっ!」
やむを得ずジョーはプロトを前進させる。
プロトは剣を脇に構え、迎え撃つべく体勢を整える。
『甘いっ! このブリッツァーをそこいらのMWと同等と思うな!』
ダンの言葉から、今自身を追っているオレンジ色の機体こそが『ブリッツァー』であり、彼の操るMWであろうことをジョーは察した。
しかし、そのような事を考えている内にブリッツァーは急加速し、その巨躯がプロトへと迫る。
ジョーはその巨体に似合わぬ速度に虚を突かれ――
「え? ――わあぁっ!」
理解が及ぶ前に、機体が衝突した音で感じ取る。
ブリッツァーはその体の質量と勢いで、プロトを張り倒した。
地に倒された衝撃でジョーは気を失いかけるが、気力で意識を持ち直す。
「うっ……」
覚醒した彼の眼に映っていたのは、金色に輝く黒い剣であった。
その剣が、プロトの操縦席につきつけられているのを視認すると、ジョーは睨みつけるようにして窮地を打破する機会を伺う。
プロトを見下すブリッツァーの眼――横向きに引かれたスリットの奥に覗けるカメラからは、ダンの感情は伺い知れない。
『私は君を討ち取り、この混乱を治めた功績でストロイ王国を復興させる! 君たちには……私の目的ため生贄になってもらうっ!』
ダンの語る野望が、気配を探っていたジョーの心を竦ませる。
何かに憑りつかれたような、狂気にも似た執念がジョーを怯えさせていた。




