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五節 亡国の王子

 客室に戻ったジョーは、城の中で見せてもらったものを余すことなく報告した。

 それを聞いたトーマスは、嬉しそうに微笑む。


「なるほどな。最後に言ってたバルコニーだが、また行くことは出来るか?」

「ええ、「来たいときは言って欲しい」って言ってましたし、多分行けると思いますけど……」

「そうか、でかしたぞ!」

「バルコニー? そんなところにジョウ君を行かせて何の意味があるのかね?」


 トーマスが歓喜の声を上げているのに対し、心底不思議そうにブレットは聞く。

 『賢者』と呼ばれる彼にも、わからないことはある。


「大ありなのですよ。ジョーに地図を描いてもらえれば、脱出ルートがわかる」

「えっ!? そんなの無理ですよ!」

「何もそんなに細かく書けと言ってるわけじゃない。帝都の外に通じる主要な道さえわかればいいんだからな。と言うよりも、細い道は通れない」


 トーマスの言う通り、トレーラーでMWマシン・ウォーリアを運搬している都合上、どうしても広い道に出る必要がある。

 そのうえで道を間違えないようにするための裏付けが欲しいというのがトーマスの考えだろう。

 それを把握できているのかは分からないが、ジョーは渋々と承諾した。


「……しかし、気になる」

「何がですか、賢者殿」


 顎に手をやり、真剣そうな眼差しでブレットは悩む。

 気にかけるトーマスを傍目に、どうせ大したことではないのだろうなどと考えながら、ジョーはその様子を伺っていた。


「ダン君ほどの者が、何故わざわざ逃走ルートを探らせるような真似をしているのかということだよ」

「そういえば、賢者殿はあの騎士と顔見知りのようですが」

「そんなに良くは知らないがね。だが、そんな失態を犯す人間には思えない……」

「何者なのですか、あのダン・ガードナーという男は」


 ジョーもダンのことについては知りたかった。

 トーマスと違って警戒しているわけではなく、ただの興味本位だ。


 ダンという騎士の纏う雰囲気は、常人のそれとは明らかに違うと、ジョーは感じ取っていたのだ。


「――彼はね、王族だった男だ」

「『だった』ってなんですか?」

「いまこの世界には皇国と帝国の二つの国しかない。その経緯は……知っているだろう? つまりそういうことなのだよ」


 ブレットの言う『経緯』というのが、帝国の侵略に多くの国が屈したことだと、ジョーは知っている。

 それを考えれば、国を滅ぼされたダンが帝国に服従して今の地位にあるのだということも、理解はできた。


「彼のフルネームはダン・ガードナー・ストロイという」

「ストロイ……つまり、<ストロイ王国>の……」

「そうさ。確か、第三王子だった」


 トーマスは頷いているが、ジョーには何が何だかわからない。


「その……ストロイ王国って有名なところなんですか?」

「ああ、帝国の侵略で最初に滅びた国だ。それに……お前にもちょっとだけ因縁があるのかもな」


 トーマスの言う『因縁』という言葉に不穏なものを感じながらも、ジョーは黙ってその続きを聞く。


「――ストロイ王国はガス・アルバーンが滅ぼした国だ。お前が何度も戦った『白い騎士』が、一人で降伏まで追い詰めた国なんだよ」


 ジョーの思っていたほどには、因縁どころか関係すらない話なのだった――



――――――



 翌日も、ジョーはバルコニーへと来ていた。

 勿論ダンの許可は得ており、彼の立ち合いの元でのみ城内を回ることを許されている。

 そして、心地よい風の吹く中で、二人は街を眺めていた。


「……いい街ですよね、ここは」


 ダンがこの国の出身でないと知りながらも、ジョーは声に出す。

 見渡す限りでは皇都にあったような貧民街は無く、つぶさに見える人々には活発さがあった。

 元の世界にすらなかった平和で生き生きとした光景が、ジョーの心を震わせていた。


 しかし――


「……ああ、そうだね」


 ダンの声には曇りがある。

 不味いことを言ってしまったのではないかとジョーはダンの顔を覗き込むが、その顔に怒りは無い。


「行き過ぎた貴族至上主義のせいで、民のことを省みようともしない皇国よりはマシなんだろうね……」

「――え?」

「あそこを見てごらんよ」


 ダンの指さした先をジョーは見る。

 そこには――


「あれがこの国の実態さ」


 鎧に身を包んだ騎士らしきものたちが、無抵抗の民間人をいたぶっていた。

 一人の人間を大勢で囲い、殴り、蹴り、鞘に納められたままの剣で殴りつけていた。


「な、なにやってるんですか!? 止めないと!」

「無駄だよ。今から行ったところで間に合わないし、第一、私の話を聞いてくれるような者たちではない」

「な、なんでこんなこと……」


 ジョーには意味が解らなかった。

 守るべき民たちにするべき仕打ちには見えなかった。

 遠目でははっきりとわからないが、凶行に及ぶ彼らは喜んでいるようにすら見えたのだ。


 それでも、自らにはわからない何かしらの意味があるのだろうと、ジョーは思っていた。

 しかしそれも、ダンの言葉によって打ち崩される。


「これが帝国の実力主義だよ――」


 ダンは尚も街を見つめながら、哀しそうに語りだした。


「人格を問わず力ある者だけを優遇した結果なのさ。最低限の教養すらなく、誇りすら持たない人間に権力を渡した結果、ああやって民を虐げる。彼らがあんなことをしているのに大した意味などないよ。不相応の力を手にして、舞い上がってしまっているだけさ」

「そ、そんな……」

「逆に言えば、それ以外はいい国だよ。税も高くはないし、日々の糧にも困らない。強大な武力によって、人々は日々の安寧を保障されている。……ああいったのを除けばね」


 確かにダンの言う通り、ネミエ帝国はいい国なのかもしれない。

 だが、どんな国にも問題となる点はあり、人類史上においてそれら全てを解決できた例は無いのだ。

 事実としてジョーの世界も文明こそ発達していたが、差別や思想の違いによる軋みを克服できたわけではないのである。

 それを考えれば、思いあがった者たちによる弾圧が蔓延はびこっているのみである帝国は、かなり理想に近い国家なのかもしれない。


 しかし、ジョーは納得することが出来なかった。


「貴方の国は……ストロイ王国は、どうだったんですか?」

「何故それを? ああ、そうか、賢者殿から……ではその最後も知っているはずだね」

「ええ、ガス・アルバーンに滅ぼされたと……」


 言いにくそうにジョーは答えたが、ダンにそれを気にした様子はない。


「それが答えさ。王族である私が言うのもなんだが、ストロイ王国はいい国だったよ。王は民を慈しみ、民は王を尊んでいた。そこには人の生きる理想の世界があった。しかし――」


 ダンは歯を食いしばり、険しい表情をしたかと思うと、苦しそうに吐き出す。


「……弱かったのさ、私たちは……」


 『弱肉強食』という世の理を実感させられる一言に、ジョーは押し黙った。

 返す言葉も見つからず、ただただ沈黙が時間を奪ってゆく。


 そして、数十分にも渡る静寂を破ったのは――ダンであった。


「部屋に戻るといい、私はもう少しここにいる。……だが、くれぐれも寄り道はしないでもらいたいな」

「……失礼します」


 大人しくジョーは去る。

 途中何度も振り返りダンの背中を見るが、震えているのみで変化はなかったという。



――――――



 その日の夜――


 ジョーは街を見下ろして得た情報を、トーマスに説明していた。

 街の構造など確認していなかったので、ヘッドギア内蔵のカメラで撮影した情報を基に話をしている。


「なるほどな……便利だな、そのヘッドギア」

「まだあげませんよ」

「わかってるよ」


 トーマスはどこからか取り出した紙とペンで、ジョーの話した事柄を書き留めていた。

 普段は商人の振りをしている都合上、常に筆記用具を携帯しているようである。


「よし、よくやってくれた。そろそろ必要な情報も揃うだろうし、明日決行しよう」

「早速ですね」

「ああ……帝国は明らかに時間稼ぎをしている。ここにいればいるだけ、俺たちが不利になるかもしれないからな」


 『時間稼ぎ』とトーマスは考えているが、そういう発想に至るのも無理からぬことだ。

 何せ、和平のためにブレットたちは来ているというのに、帝国は会談において一向に結論を出そうとしないのだから。

 そして、今日も答えを先送りにされたのである。


 圧倒的に有利なはずの状況での停戦協定、引き伸ばそうとしているとしか思えない会談――

 それらを鑑みれば、誰だってトーマスと同じ考えに至るだろう。

 ジョーとて、そうなのだ。


「何の意味があるんでしょうね?」

「知らん。俺が聞きたいぐらいだ」

「聞いたらどうです? せっかく来てるんですから」

「聞けるか。どうしてもと言うならお前が聞け」

「嫌ですよ」


 ジョーとトーマスは軽口をたたきながら、『彼』がやって来るのを待っている。


「さて、そろそろかな?」


 ブレットがそう呟くと、窓を叩く音が聞こえてきた。

 『彼』の侵入経路を知らないジョーは、「まさか」と言わんばかりの目で窓を見ている。


「入っていいぞ」

「お邪魔するぜぇ」


 驚きで目を剥いているジョーを傍目に、窓の下から這い上がってきたピーターが上がりこむ。


「どうだ、そっちは」

「大体把握できたぜぇ、キキキ」

「こっちもそれなりに調べられた。明日、決行に移す」


 トーマスは調査結果の報告を受けると、即席で書いた地図をピーターに見せつけ、脱走計画を話す。


「――これを今晩中に全員に伝えてくれ」

「あいよぉ」

「おっと……そうだった。大事なことを話していなかったな」


 『大事なこと』とトーマスは言うが、ジョーにもブレットにも、もう思い当たることは無い。

 肝心なところはすべて話したように思えたジョーだが、その意を代弁するかのようにブレットが問いかける。


「まだ何かあったのかね?」

「ええ、これがなければ始まりませんよ」


 そして、自信満々の表情で、トーマスは告げた。



――――――



「あぁ、暇っ! やることない! 退屈っ!」


 自制の聞かない子供のように鬱陶しく喚いているのは、それなりにいい歳のサクラだ。

 何時間も前――いや、昨日の時点から、こうして駄々をこねている。

 閉じ込められているも同然の状況にあるのだから、その閉塞感も相まって鬱憤が溜まりつつあるのだ。


「アンタねえ、もうちょっと大人しくできないのかい? ジョーやトーマスの方がまだマシだよ。流石にピーターとまで比べちゃ可哀そうだけどね」

「ジョー君は基本的には大人しいですよぉ」

「そうだっけ? アイツも大人しくしてるのは苦手そうに見えるけどねえ。……どうにもトーマスの同類に見えて仕方がないんだよ」


 サクラをたしなめようとするアデラに、シェリーが口を挟む。

 当然サクラは気が晴れるわけもなく、一段と声を張り上げて不満を叫んだ。


「何かないの!? トランプとかさあ!」

「そんなもんあるわけ――」

「ああ、ありましたよ。ほら」

「えっ!? ホント! やったぁ!」


 シェリーがカードの束を取り出すと、歓喜の声を上げるサクラ。

 叶わないと思っていた要求が通ったのだから、喜ばずにはいられないのだろう。


「仮にも来賓をもてなすための部屋ですから、大体の場合置いてますよ」

「そうかい……もっと早く教えてほしかったよ……」


 気疲れしたようなアデラであったが、窓を叩いたような音が響くとその眼差しが真剣なものへと変わる。

 サクラは風で窓が揺れたのかとも思ったが、アデラの変わりようから状況に何らかの変化があったのを察した。


「――カードは少しの間お預けだね。入んなよ」

「へへへ、邪魔するぜぇ」


 窓が開かれ、ピーターが這い上がってくる。

 その姿は完全に不審者であり、サクラに本能的な恐怖心を抱かせた。


「ひっ! な、なによコイツ!」

「ああ、見るのは初めてかい。この見るからに変なのはピーター――」

「それは知ってるわよ! 何で窓から入ってくるのよ! ここ三階よ!?」

「あんまりうるさくすると人が来るぜぇ、ケェーケッケッケ!」

「人のこと言えないわよ、バカ!」


 喧しく怒鳴り散らすサクラの口を、シェリーの手が塞ぐ。探るように全員が沈黙する。

 ……しかし、外からは足音の一つもなかった。

 そして、動きがないのを確認するとサクラがつぶやく。


「……バレてないみたいね」

「しかしおかしいね。見張りの一人もいないなんて……日中はいるのに……」

「まあ、いいじゃないですか。大事にならないに越したことはありませんよ」

「メガネの言う通りだぜぇ。気にしすぎなんだよ、おめぇは。ヒャハ――ガッ」


 アデラはピーターが笑い出す前に、テーブルの上に置かれていたオレンジをその顔に投げつけた。


「いいから早く用件だけ言いなよ」

「……あいあい」


 そしてピーターはようやく作戦の概要を語りだした。

 決行のタイミング、逃走ルート、各人の動き方――


「あぁ、そうそう。もひとつあったの忘れてたぜぇ」

「ん? まだあんのかい?」

「いつもの奴だよぉ」

「……ああ」


 アデラの反応から、思い当たる節でもあるのだろうかとサクラは勘ぐる。


「作戦名は――」


 それを聞いた女性陣は、顔を引きつらせていた。

 汚物を見るような目を、全員がしていた。


「……センス悪っ……」


 彼らのことをよく知らないサクラとしても、擁護の余地は無かった。

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