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四節 敵地

 ジョー達はネミエ帝国の首都、通称帝都に来ていた。

 トーマス率いる第三遊撃部隊――通称『商隊』は、ブレットを代表とした使節団として、和平交渉に赴いたのだ。

 普段は商人のような恰好をしている商隊一同やジョーも、今だけは正装である。


 ジョーは国の『勇者』として、トーマスは護衛として――

 そして、ブレットは大使として、ネミエ皇帝を含む幾人かと相まみえていたのだ。

 ――それが、先ほどまでの話である。


 今はひとまずの会談が終わり、彼ら三人は城の中に割り当てられた客室でくつろいでいた。


「……で、何でこんなことになってるんですか?」


 机の上のバスケットに積まれていた果実を美味しそうに貪り、ジョーは不満そうに説明を求める。

 当初は帝国への侵入後、真っ直ぐ世界樹に向かう予定だったのだ。帝都に来る予定など無い。少なくとも彼はそう聞かされていた。

 経緯をよく理解していないジョーが聞きたくなるのも、仕方がないことである。


「ピーター君を先触れとして送ったんだが、どうも帝国側がやる気らしくてね……国境を超えたあたりで迎えが来てしまったのは予想外だったよ。ははは」


 『和平交渉』などと言うのは穏便に国境を超えるための方便だったのだが、丁重に帝都へと案内されてしまっては来るしかない。

 一応、献上品という名目で、ブレイバーを含むいくつかのMWマシン・ウォーリアを持ってきてはいるが、早々に騒ぎを起こしてしまうのは彼らの望むところではなかった。

 そしてその『献上品』は、今は接収されてしまっている。


「ならどうするのです、賢者殿」

「悪いんだけど、抜け出す方法を考えてくれないかな」

「……はあ、わかりました」


 この部屋にいるのは会談に参加した三人――ジョーとトーマス、それにブレットだ。

 部屋は三階に位置しており、扉の外には恐らく見張りが立っている。

 室内は華やかではあるものの、実態としては彼らは牢獄に閉じ込められたも同然の状態にあった。


「――だが、恐らくは強硬手段を取ることになるでしょう。それは構いませんね?」

「ああ、そのあたりは君に任せるよ」


 そうはなってほしくはないものだとジョーは思いながら、食べ終えたリンゴに代わる次の果物を手にしていた。

 ――その時である。扉からノックオンが響き、男の声がした。


「……失礼。入ってもよろしいか」


 トーマスは姿勢を変えており、明らかにすぐに行動を移せるよう身構えていた。

 ブレットも何かを話そうとしていたのをやめ、押し黙る。

 そして警戒するばかりで動こうともしない彼らに代わって、ジョーが扉を開けたのだった。


「はい、どうかしましたか?」


 彼の目の前には、想像通り騎士が立っていた。オレンジ色のようにも見える綺麗な茶髪の男性だ。

 それだけならば、ジョーは何も思わなかっただろう。

 しかし、その人物はどこか言い表すことのできない気品に溢れており、場違いに感じたのだ。


「貴方は……?」

「護衛の者です。挨拶に来たのですが、中に入ってもよろしいかな?」

「ええ、かまいませんが……」


 ジョーが勝手に許可を出し招き入れると、その騎士も続いて部屋へと入る。ブレットとトーマスは動く気配がない。

 そしてそんな彼らを気にした様子もなく、騎士は礼をする。

 しっかりとした礼なのだが、何故か似合わないようにジョーには思えた。


「貴方たちの護衛を任されました、ダン・ガードナーと申します。以後、お見知りおきを」

「ああ、よろしく頼むよ。ダン・ガードナー」

「賢者殿におかれましては、お変わりないようで……」

「まあね。しかし、君が皇帝陛下の傍に仕えられるほどの騎士になれるとは……驚いたよ」


 そういえば、とジョーはダンと名乗る騎士が会談の場にいたことを思い出す。

 しかも、ネミエ皇帝のすぐ傍に立っていたのだ。この時点で只者ではないと、ジョーにも察することが出来た。


 ――だがそれ以上に気になるのは、ブレットと面識がありそうだということである。


「ふふふ、私も不思議でなりませんよ。世俗に関わりたがらない貴方が和平交渉の大使とはね」

「思うところがあってね。それよりも、挨拶が済んだのなら仕事に戻らなくてもよいのかね?」

「そう邪険に扱わないでくださいませんか。私の任務はあなた方の護衛なのですから、こうしていても何も問題は無いのですよ」


 どうやらブレットはダンを追い払いたいようであったが、ジョーは特に何もせずに見守る。

 そうしていると、トーマスが手を上げ立ち上がった。


「ダン殿。どうやらこいつがトイレに行きたいらしくてですね……案内してやってくれないでしょうか」

「え?」


 トーマスがジョーの手を引き、告げる。だがジョーはそんなことを考えてはいない。

 思わず素っ頓狂な声を上げる彼を無視して強引に話を進めるトーマス。


「ついでだ。ダン殿に城内を差し支えない範囲で周らせてもらうといい。お前、見たかったんだろ?」

「え? ええ?」


 トーマスの口元が歪んでいるのがジョーにはわかった。確実に、彼を出汁にして何かをしようとしているのが伺えた。

 だが、ダンはそんなことにも気が付いていない様子である。


「いいでしょう。代わりの者を寄越しますので、それまでは決して部屋を出ないようお願いします」

「わかっているよ」


 ダンが注意を呼び掛けるが、ブレットは早く出ていけと言わんばかりに乱暴に応える。


「では、着いてきてください」

「は、はあ……」


 ジョーは手に持っていた食べかけの果物をテーブルに置き、渋々とダンに追従する。

 そうして名残惜しそうに部屋を見渡すと、ダンに促されて出て行った。



――――――



 ジョーとダンが部屋から出て数十秒――


 トーマスは辺りを見渡すと、窓に向かって告げた。


「……もういいぞ、入ってこい」


 そして、その声に応じるが如く部屋に影が差し、窓が開く。


「さっさと入れてくれねえと困るぜぇ、隊長さんよぉ」

「仕方が無いだろう。あのダンという騎士は中々に手ごわかった。ジョーを使って追い払うのも苦肉の策だったんだ」


 トーマスの呼びかけに応じ、中へと入ってきたのはピーターだった。

 疲れを表現するように、わざとらしく手を振っている。


「……驚いたな。ずっと外の壁にしがみついていたのかね?」

「これしか取り柄がねえもんでねぇ。クヘヘへ」

「それは知っている。早く話してくれ、代わりの見張りが来る……!」


 話を急かすトーマスに、ピーターは焦る様子もない。


 トーマスはピーターに城内部の偵察――とりわけ自分たちの持ち込んだ荷物の在処の捜索を命じていたのであった。

 だがこれまで報告を受けられる余裕はなく、今この瞬間こそがようやく作り出すことのできた機会なのだ。


「『石像』と『毒リンゴ』は格納庫にあったぜぇ。いくつかあるうちの西のヤツだぁな。二体の『兵隊アリ』とそれ以外の荷もそこにまとめられてたぜぇ。……おっとぉ、『献上品』だったなぁ。ゲヘヘヘ」

「よし、でかした。後は逃走ルートを頼む。ベンにも共有してくれ」

「逃げ道はあてにしねえで待っててくれよなぁ。ヒヒヒヒ」


 簡単に報告を終えると、ピーターは来た道――窓へと戻り、そして飛び降りた。


「ここは三階だったはずだが……大丈夫なのかね、ピーター君は」

「見つかってなければ大丈夫でしょう。それより、あとはジョーが何か有益な情報を持ってきてくれることを祈りましょう」

「へえ、そんな意図もあったんだねえ。君にしてはなかなか知恵が回るじゃないか」


 ブレットの言葉に顔を顰めるトーマス。


「……苦肉の策だと言ったでしょう。あまりあてにはしていませんよ」


 そう言うとトーマスはベッドに横たわり、目を閉じるのだった。



――――――



 用を足すふりをしたジョーは、ダンに城を案内されていた。

 興味もないのに広い城内を歩きまわされているジョーだが、その想いは表情に出していない。

 かといって自らを追い払ったトーマスの考えを把握できている訳でもなく、ただ暇だからつき合っているというだけである。


「帝国の城もなかなかすごいものだろう、ジョー君」

「ええ…………あれ? 僕、名乗りましたっけ?」


 名前を呼ばれたことに違和感を感じ、首を傾げるジョー。

 それを見たダンは面白そうに微笑えんでいる。


「いいや、聞いてないさ。でも、皇国の勇者殿の名前を知らない訳は無いだろう?」

「そんなに有名なんですか、僕?」

「……はははははは! 君の国が喧伝して周っているのに、「有名なんですか」は無いと思うよ、私は」


 ダンの語った事実に恥ずかしくなったジョーは、僅かに顔を赤らめ顔を俯かせる。

 それを不味く思ったのだろうか、ダンは少し慌てたようにフォローを始めた。


「それに、かの『白い騎士』さえもあしらうほどの戦士ならば、誰だって興味を持つさ。ガス・アルバーンにいい感情を持たない人間も多いしね」

「へえ」


 ガスが有名な人物であることはジョーも知っていた。

 トーマスがその功績を知っているぐらいなのだから、そこからどの程度有名であるかも把握できていた。

 だが、そんな彼を倒してしまったせいで、自らも有名人になっていようとはつゆほども思わなかったようだ。


「かくいう私もガス・アルバーンにちょっとした恨みがあってね……実のところ君には感謝しているのさ」

「はあ、恨みですか」

「そこは君に関係のない話だけどね。つまらない話さ――」


 ダンの目はどこか哀しそうにジョーには見えた。

 それは彼がこれまでに見たことのない、遠い何かを見つめて黄昏ているような眼差しで、とても恨みつらみの話をしているとは思えない表情であった。


 そうしてジョーがダンの様子を気にしながら歩みを進めていると、広い通路の端でたむろしている一団が彼らの目に映る。

 どことなくがらの悪そうな、武装した者たちである。ダンの同僚であろうことは想像に難くなかった。

 関わり合いになりたくないジョーは、目を合わせないようにしながらその前を通り過ぎることにしたようだ。


「へへへ、見ろよ。ありゃ皇国の勇者様だぜ」

「それを連れてんのは外様の騎士様じゃねえの」

「国を売り渡す算段でもたててんのかねえ。おお、怖い怖い」

「これだから裏切り者は信じらんねえな」

「ハハハハハハ!」


 聞こえるように叩かれた騎士たちの陰口が、ジョー達の耳に入り込む。

 その大半はジョーへのものではなく、ダンに向けれたものであった。

 ジョーは不思議に思いながらダンの顔を覗き込む。


「なんか、すごい失礼こと言われてませんか?」

「……いつもの事さ。君が気にすることじゃない……」


 言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰したような形相のダン。

 その台詞には震えが混じっており、彼自身は相当に気にしているのが伺えた。


「――さて、この場所で終わりにしておこうか。君も疲れただろう」


 そういって、ダンは辿り着いた先の扉を開く。

 その先には――


「どうだい、なかなかいい景色だろう」

「……ええ。これが……帝都なんですね」


 街並みが広がっていた。

 面積の大半を占める木造の建築物が、道を舗装する石畳が、ジョーの目に映る。


 街の美しさだけではない。活気の下に物を売買する住民たち、何の心配もせずに遊びまわる子供たち、そして人々の笑顔。

 皇国どころか元の世界ですら失われつつあった光景が、そこにはある。

 温かみを持った人と人の交流が、脅威に怯えることのない者たちの日常が、ひび割れつつあったジョーの心を癒していた。


 ――そしてジョーは、戦場という人の尊厳が軽く扱われる環境の中で見失いつつあった、『人間らしさ』というものを思い出さずにはいられなかった。


「私はここが気に入っているんだ。皇国出身の君には、ただの田舎にしか見えないかもしれないけどね」

「いえ、そんなことないですよ。僕も、ここは好きになれそうです」


 流れる一滴の涙も拭わずに、ジョーは目を街へと向けている。

 そんなにも惹かれたのは、彼が皇国どころかアークガイアの人間ですらないからなのかもしれない。

 彼からすれば、アンティークな印象を受けつつも平和そのものな帝都は、良き観光地のようにも見えたのだろう。


「……ならよかったよ。また来たいときは私に言って欲しい。流石に勝手に出歩かれるのは困るからね」


 ダンの声も無視して、バルコニーに立つジョーは街を食い入るように見つめていた。

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