三節 トーマスとリック
トーマスは、城へと報告へと来ていた。
しかし、その相手は皇帝ではない。彼の上司であり、敬愛する人物――皇女ルイーズ・リヴィア・センドプレスの下である。
いつものように彼女の部屋に訪れたトーマスは、賢者邸での一件を包み隠さずに話したのであった。
「……そうでしたか。『勇者』というのはお父様の虚言だとばかり思っていましたが、まさか天上人だったとは……」
「正確には全然違うもので、伝承に多少の影響を与えているだけのものらしいです」
「伝説にあるような万能の存在ではないのですね。であるならば、やはり……」
皇女は少なからぬ罪の意識を感じているのだろう。顔を俯かせ、その表情を曇らせる。
それを面白く思わないトーマスは、慰めるように声をかける。
「ええ、ジョーは利用されているだけです。ですが、殿下がそれを気に病む必要などないのです」
「ですが……」
「あいつは、戦う意味を見出しました。もう既に戦士なのです。志を持った立派な人間なのです」
トーマスは、既にジョーを戦士として認めていた。
無理矢理に戦わされているのではなく、己が目的のために力を振るうことを決意した男を、侮ったりはしない。
だからこそ、迷いなくそう言い切れるのだ。
「……そうですか、ならばお願いがあります」
「何でしょうか?」
「トーマス、貴方が支えてあげてください。私には、人に頼る以外に報いる方法がありませんから」
トーマスの言いたいことは完全には伝わらなかったらしい。
それに、人を『使おうと』しないのはこの人物の魅力でもあるが、同時に弱さでもあるとトーマスは危惧していた。
「『命令』頂いても構わないのですよ? 私はあなたの部下なのですから」
「何をするにしても人を力尽くで動かすのでは、お父様と変わりありません。それに私は『皇女』――親の威を借りねば何もできぬ無力な存在です。ですから……お願いいたします、トーマス」
良くも悪くもわきまえすぎているその態度に、トーマスは何も言うことが出来なかった。
そんな彼にできることと言えば、ただ一つ――
「……仰せのままに」
素直に聞き入れることのみであった。
――――――
トーマスが皇女に報告をした後、ジョー達は新たに加わったブレットと共にガドマイン砦へ戻っていた。
そして、帝国へと向かう準備を行っている。その一環として、二機のブレイバーの修理をしているのだ。
「はいはい、じゃ、それ取りつけちゃってねえ」
アデラが顎で示した先には、黒いMWの脚がある。
そう、トーマスが使っていたレイダーの物だ。
「本当にこれ使っちゃっていいんですか?」
プロトの操縦席から身を乗り出すジョーが、念のために確認をする。
これを使うということは、トーマスの乗機が無くなってしまうことを意味しているからだ。
そこはかとない申し訳なさが、彼の心にはあった。
「別にいいさ。腕が動かないんじゃ使えないし、レイダーに腕を付けるよりはブレイバーを直したほうがいいからね」
そう、まずは足の無いジークの方からである。
ジョーの操るプロトは、中途半端に残ったジークの脚を排除し、新たな足を取り付けんとしている。
マシン・ウォーリアはマシン・ワーカーと違い、手だけでなく足の互換性もあるのだ。
「うーん……アタシのジークを使えるようにしてくれるのはいいんだけど、それ付けるとなんかダサくなりそうなのよね」
だが、サクラはデザイン的なアンマッチを危惧しているようだ。
確かに、いかにも戦闘兵器といった無骨なデザインのブレイバーと、それとは対極的に丸みを帯びた角のないデザインであるレイダーでは、そもそもの方向性からして違う。
「文句言うんじゃないよ。それ以外じゃアーミーのしか手に入らないんだからね」
「確かに、アーミーよりはマシよね……」
足として精錬されたユニークマシンの物と異なり、アーミーの脚はどこか未成熟さを感じる物だ。
脛一面を覆いつくす履帯は勿論のこと、変形を考慮しているのか簡素な作りになっている足が目立つ。
そして何よりも、太い。女性としては、ここは見逃せない点なのかもしれない。ジョーはそんな安直な考えを抱いていた。
「それにしても、トーマスさんも立ち会ってくれればいいのに……」
「自分で壊したものをあまり見てられないんじゃないかい? それに、あいつ『野暮用』があるって言ってたよ」
「野暮用?」
「報告だってさ」
「へえ、いい加減な奴だと思ってたけど、意外と律儀なのね」
ジョーは微かな疑問を抱いた。確かにトーマスはいい加減なところがあるが、やるべきことを疎かにしたりはしないのも知っている。
だが、この状況において報告する人物とは誰か――
彼にはそれが想像できなかった。
――――――
砦を覆う外壁の上で、彼らは対峙していた。
吹き抜ける風の音が彼らを沈黙をより引き立たせ、険悪な雰囲気を醸し出す。
一通りの冷えた風を受けると、トーマスが口を開いた。
「……あんたもよくここにいるんだな」
「ああ、ここならば敵が来てもすぐにわかるからな」
「そうか、あんたらしい」
壁の外を眺めていたリックに、トーマスは「相変わらずの注意深さだ」と感心を示す。
「皇都では良いことがあったか?」
「わかるか? そうだ、俺は『力』を得る手がかりを得た」
「随分と嬉しそうではないか。まだ手に入れたわけでもないだろうに」
「『まだ』、な。情報の出どころは賢者殿だから、無駄足にはならないだろう」
始めに軽く本題を伝えると、トーマスは思案する。どのようにすれば、この男を悔しがらせることが出来るのだろうかと。
そう、彼がわざわざこんな所へ来た理由とは――自慢であった。
「あんたはよくこう言っているよな。「男の価値はどれだけ自慢できる話を持ち合わせているかだ」とな」
「ああ、それが吾輩の信条だ」
「ならば俺は、いつかあんたに自慢してやる。俺は皇国を勝利に導き、皇女殿下を救った男だと」
「ふん、吾輩はもうお主には期待しとらんよ」
トーマスはつまらなそうに口をとがらせる。
目の前の老人が次に期待を向ける相手など、一人しか思い当たらない。
「……ジョーか?」
「ああ、あやつは天上人なのだろう? それに、始祖の獣人に近い能力を持っておる。今ならば、お主を『選んだ』のが間違いだと、はっきりと言えるな」
「天上人じゃあないがな」
どこからか聞きかじってきた情報を披露するリックに、トーマスは訂正を加える。
しかし、リックにとってはそのあたりのことはどうでもよいらしく、特に反応をしない。
「それにしても、まだ『英雄』の発掘ごっこをやっているのか。二百年以上生きてて恥ずかしくならないのかね」
「…………十年前」
トーマスの言葉に何か触れるものがあったのだろうか、空を見上げたリックは唐突に語りだした。
――――――
ジョーは直したばかりのジークを借り、今度はプロトの応急処置に取り掛かっていた。
とは言ってもプロトには致命的な損傷は無く、頭部のレーザー・マシンガンの銃身を切り裂かれてしまったのみである。
しかし、やたらと見た目にこだわるアデラの強い要望によって、銃身の突き出ていた穴を塞ぐことになった。ついでに、これまでの戦闘でつけられた各部の傷も。
アーミーの残骸から剥ぎ取って加工したと思わしき装甲板を、古代文明の遺産である携帯溶接機によって貼り付ける。
この手順で補修作業は完了した。しかし――
「……不細工になったわね」
疎らに貼り付けられた装甲板は、プロトを酷く見栄えの悪い物に貶めていた。
「ああ……アタシのブレイバーが……」
「僕のとは言えないですけど、貴女の物でもないでしょうに……」
落胆するアデラに、足場から降りたジョーが声をかける。
しかしその言葉はフォローではなく、どうでもいい指摘である。
「一旦これは剥がして、トーマスさんに新しい板を調達してもらいましょうか。やり直すの面倒ですけど」
「……いや、それはやめとこうか。アイツもアタシも貧乏性だからね」
「へえ、意外ね。トーマスはともかく、アデラはもっと浪費する方だと思ってたわ」
「アンタね……」
失礼なイメージを述べるサクラを余所に、ジョーはアデラの一言で前々から聞いてみたかったことを思い出していた。
「そういえば、アデラさんとトーマスさんはどんな関係なんですか? 随分と仲がいいようですけど」
「何々? 面白い話?」
「そんな面白い話じゃないさ。アイツとアタシは同じとこの出身てだけの話だよ。ついでにベンもね」
「同じ出身」ということは、つまりアデラとベンも貧民の出であることをジョーは察した。
そして、トーマスが彼らをよく頼りにしている理由も――
「じゃあ、幼馴染とかなの? トーマスとベンって奴のどっちが本命?」
「君と一緒にしてやるなよ……」
「何よその言い方!」
三人の関係は分かったが、気になるのは彼らだけではない。
ジョーにはもう一人、立ち位置が気になる人間がいるのである。
「じゃあリックさんは? あの人はどういう人なんですか?」
「あの爺さんのことはアタシもよく知らないね……分かってんのは一時期トーマスの親をやってたってくらいさ」
「へえ……」
いわれてみれば、ジョーにはそう思えなくもなかった。
幼くして両親を失った彼は『親』というものには疎い方ではあるが、それでもトーマスがリックを意識しているのが解るし、リックも何だかんだでトーマスを気にかけているように見える。
「実の親子じゃないのか……」
「そりゃそうさ。アタシら三人とも孤児だからね。実の親なんていないよ」
ジョーは考える。何故、リックはトーマスを裏切るようなことをしたのだろうかと。
仮初のものだとしても親子であったならば、協力くらいは出来そうなものであるのにと――
――――――
トーマスは黙った。かつて彼の親でもあった男が、急に何かを語りだしたのだ。
その言葉を聞き洩らすことの無いよう、しっかりと構える。
「十年前、お主が皇族の馬車に一人で喧嘩を売ってきたときは目を見張ったものだ。これこそが皇国を救ってくれる若者の姿だと、血筋など全く関係ないのだと、当時の吾輩は思った。だからこそ親のないお主を拾い、ここまで育ててやったのだ」
聞いてみればただの回想であったことに落胆し、呆れ返るトーマス。
「おいおい、思い出話か?」
「――だが、気概だけで選んだのが間違いだった。お主は確かに思い切りがいいし、吾輩の教えを瞬く間に吸収していくだけの素質があった……」
「結局何が言いたいんだ? 結論を言え」
話を急かすトーマス。その言葉尻には、若干の苛立ちが込められている。
「トーマスよ、お主は素直すぎるのだ。自分の心に嘘をつくことが出来ないのだ。それでは戦士にはなれても、偉業を成すことのできる『英雄』にはなれん」
「結構だ、俺はあんたの言う『英雄』とやらになるつもりはない。俺は駒じゃないんだ、必要だからお互いに利用し合っているだけの関係だろう?」
親子であったのも利害の一致からだった。決して操り人形になるためではない。
しかし、このような彼の性格こそが、リックの最大の懸念なのだろう。
「……青いな」
「何とでも言え。もうすぐであんたの世話になる必要もなくなる」
「楽しみにしておるよ」
「ああ、待っていろ。英雄とやらは用意できんが、すぐにあんたの望む展開にしてやる。……他でもない、この俺がな」
トーマスは去る。彼には成し遂げねばならないことがある。
そのためにも、次なる戦いに備えなければならないのだ。




