二節 見通す賢者
見知らぬ部屋の中で、ジョーは目を覚ました。
そこは一般庶民である彼からすれば無駄に感じるほどに煌びやかで、金色に輝く装飾がいくつも散りばめられていた。
「ジョー! 起きたの!?」
「起きたのか!?」
「みてえだぜぇ。ヒッヒッヒッ……」
「よ、よかったですぅ。起きなかったらどうしようかと思いましたぁ」
ジョーが体を起こしたのに反応し、各々が安堵の声を漏らす。
「に、してもよく生きてたな。俺は死んだと思ったぞ」
「僕も無事だとは思いませんでしたよ……あれ?」
ジョーは右手で頭を掻くと気が付く。痛みがないのだ。
確実に折れていた右腕も問題なく動き、他に怪我をしているところもない。
違和感が全くないことに違和感があるというよくわからない状況に、ジョーは悩んでいた。
「折れてた腕が一日で治ってるたぁな。古代文明人かと思ったが、獣人の末裔かぁ?」
「獣人? 昔に居たっていう?」
いつだかに見た歴史書の内容を思い出し、聞き返すジョー。
獣人が滅びたことは彼も知っているが、その末裔がいるとは聞いたこともなかった。
「一部には獣人の血を引いているとされている人もいるらしいですねぇ。何でもやたら身体能力が高かったりするんだとか」
「ピーター、お前はそうらしいな。リックに聞いたことがある。……そのせいで家での扱いが悪いともな」
「ヘヘヘ……」
ピーターが照れたように笑うと、確かに彼は普通の人間に見えないとジョーは思った。
そんな話をしていると、部屋のドアが開き、一人の青年が入って来る。
金縁の片眼鏡をかけた、金髪碧眼の男性。上質そうに見える鮮やかで厚手の服に身を包み、豪華に煌く装飾品の数々を身に着けた、まさに貴族といった格好の青年であった。
「やあ、目は覚めたかね?」
「ベッドを貸していただきありがとうございます。おかげで助かりました」
ジョーの知らない人物である。
トーマスの言葉からこの家屋の主人であろうことを察したジョーは、挨拶を述べることとした。
「えっと……助けて頂いたみたいでありがとうございます。僕は――」
「ああ、いい。礼には及ばないし、君たちのことは知っている」
だが、言葉は遮られてしまう。
あらかじめ伝えてくれたのだろうかともジョーは思ったが、トーマスの驚いたような表情を見るとそれもなさそうだと推測する。
「『ジョウ・キサラギ』君だね。それと、そっちの彼女は『サクラ・ホワイト』君で間違いないのだろう?」
「なっ!?」
「えっ!?」
貴族らしき青年はジョー達の『フルネーム』を言い当てた。
誰にも言っていないはずの名前を、初めて会ったはずの人間に言い当てられたのだ。その動揺は計り知れない。
その恐怖と危機感は、個人情報の有用性を深く理解している地球出身のジョー達だからこそ、はっきりと感じられるものだ。
「キサラギ? ホワイト? 何を言っているのですか?」
「久し振りだねトーマス君、それは彼らの家名だ」
アークガイアにおいて、家名を持つものは皇国で言う貴族、帝国で言う上級騎士のような、尊い血筋の者たちだけである。
だからこそ、彼ら二人を平民であると思い込んでいるトーマスには驚きがあるのだろう。ジョーにはそのように見えた。
「ということは、ジョー達は高貴な血筋の生まれなのですか?」
「違うね。サクラ君はそうかもしれないが、ジョウ君は一般市民だよ。彼らの『世界』では誰もが家名を持っている」
状況が理解できないトーマスに、青年が説明をしている。
しかし、それだけでは全く状況が呑めないようで、未だ困ったような表情をしていた。
「……どうして知ってるんですか?」
「何をだね」
「僕たちのことをですよ……! どうして名乗っていないはずの苗字や、僕たちが別の世界の人間だって、わかるんですか!」
「そ、そうよ! おかしいじゃない!」
「ああ、それはね――」
俯いた青年が悩むようなそぶりをわざとらしく見せ、しばらくして顔を上げる。
「秘密だ。情報と言うのはタダではないのでね。そう易々とは渡せないな」
その表情は、人の神経を逆なでするような笑顔であった。
少なくとも、ジョーはかなり頭にきたようである。不機嫌を隠そうともしない。
「じゃあ、名前ぐらい名乗ってくださいよ。それとも、それも秘密ですか?」
「おい、ジョー。口が過ぎるぞ」
ジョーが嫌味ったらしく名乗りを要求する。
トーマスは慌てた様子であったが青年は気にした様子もなく、部屋の隅の空いている椅子をジョーの寝ていたベッドの傍まで移動させ、それに座る。
「別に構わないさ。それで、私の名前だったね?」
「ええ、どこの誰とも知らない人に助けてもらったのでは不気味ですからね」
「それもそうだね。ならば名乗らせてもらおうか――」
青年はわざわざ持ってきた椅子から立ち上がり、優雅な礼を見せる。
ガス・アルバーンの操るストライカーが見せたような毅然としたものではなく、流麗な佇まいである。
「私の名はブレット・ワイズ。このワイズ家の当主にして、当代の『賢者』と呼ばれる者だ。以後、お見知りおきを」
「賢者……!」
「……成金って感じで、あんま賢そうには見えないわね。アタシのパパと同じ匂いがするわ」
サクラの暴言を他所にブレットは再び腰かけると、足を組みトーマスに向き直る。
「さて、本題に入ろうか。トーマス君、君はジョウ君たちと私を引き合わせるためにここに来たのだろう?」
「いえ、それもありますが、俺の用件は別です」
「ほう、その用件とは何だね? まあ、何となく想像はつくがね」
トーマスは腰の鞄から紙を取り出し、手渡す。
受け取ったブレットは、それを一通り眺めるとトーマスに投げ返した。
「――なるほど、休戦か。これはまだ皇帝には伝えていないね?」
「ええ。あとで殿下には伝えますが」
「それでいい。私のところへ来たのは、打開策を考えてほしいといったところかな?」
「お察しの通りです」
「ふむ……」
ブレットは少し考えこむと、今度はジョーへと視線を向けた。
「まあ、それは後で考えるとして……ジョウ君、君はどのような用向きで来たのかね?」
「……事情を知っているようなので単刀直入に聞きます。地球への戻り方を知りませんか?」
「あと、ついでにこの世界と地球の関係についてもね。アンタ、なんか知ってるんでしょ?」
「………………ふふふ」
ジョーとサクラは遠慮なく疑問をぶつける。
そしてそれを聞き届けたブレットは長く考えこむと、突然大声で笑い出した。
「はははははははは! そうか、そういうことか! ははははははははは!」
「なにがおかしいのよ!」
「そうですよ! 何か変なことを言いましたか!?」
大真面目に聞いているジョー達としては、笑われれば憤るのも無理はないだろう。
それに気が付いたのか、ブレットは何とか呼吸を落ち着かせ、笑いをこらえる。
「……いや、失敬。残念ながら私は地球への行き方は知らないね。知ってたらぜひとも教えてもらいたいぐらいだ」
「それならそう言いなさいよ……!」
「だが、その手掛かりがありそうなところは知っているよ」
「本当ですか!? どこです!?」
ブレットは天井を指さす。いや、天井ではない――
「――天の上さ」
一瞬の沈黙が、部屋の空気を冷え込ませる。
「はぁ!?」
「馬鹿にしてるんですか!?」
「……賢者殿、真面目に答えてやってください」
「そうですよぉ。わからないからって、死ねって言うのはちょっと……」
「へへへ、俺ぁ嫌いじゃねえぜ。そういう冗談はよぉ」
非難轟々である。当然だ、彼らからすれば冗談にしか聞こえないのだから。
地球人であるジョー達は空の上に広がるのが暗黒の宇宙であると思っているし、アークガイア人であるトーマス達は天の上が死後の世界であるという迷信を知っている。
「冗談ではないのだよ。天上界は実在する」
「なら、命を絶って確かめろと言うのですか?」
トーマスがが冗談めかして聞く。信じ切ることが出来ないのだろう。
「いや、天上は君たちが思っているような伝承の世界ではないだろう」
「『だろう』? 知ってるんじゃないんですか?」
「残念ながら見たことはないね。そこで提案なのだが――」
ブレットは身を乗り出し、ジョーへと詰め寄る。
満面の笑みを浮かべていたブレットを、ジョーは少し気色悪く感じた。
「どうだ、私と一緒に行ってみないかね」
「えっと……」
「待ってください、賢者殿」
トーマスが肩を掴み、制止する。
ブレットは大人しく椅子へと座りなおし、腕を組んだ。
「戦争の方はどうするのです? 貴方とジョーがいなくなれば、皇国は負けてしまいます」
「そのようなこと、私には関係のないことだ。たとえ皇国が敗れたとしても、帝国は私を迎え入れてくれるだろうからね」
「そんな!?」
突き放されたトーマスの表情は、人の生において味わう絶望を一気に引き受けたような、そんな顔であった。
しかしブレットは、そんな彼を慰めるように話を続ける。
「――と言ってもいいのだが、これは君にも利のある話なのだよ、トーマス君」
「何? どういうことだ!? ……ですか!?」
思わず素の口調が飛び出したトーマス。恐らく普段は滅多に縁下ることなどないのだろうとジョーは察し、生暖かい視線を送る。
トーマス自身もバツが悪そうに姿勢を正していたが、ブレットは特にそんなことを気にした様子もなく答えた。
「マシン・ウォーリアは古代文明人の残した遺産だ。それは知っているね?」
「ええ、大昔の人類が残した文明の残滓だと……」
「でも、それが何か関係あるんですか?」
「大ありさ。何せ天上界とは、古代文明人の遺跡なのだからね」
「なっ……!」
トーマス達は驚きを隠せない。
ぼんやりと佇んでいたシェリーや、つまらなそうに広い部屋の中をうろついていたピーターも、その表情を驚愕に染めている。
ジョー達はよく意味が解らないのか、反応が薄い。
「つまり天上界には……」
「そう、何かしらの兵器があるかもしれない。ブレイバーや……それ以上の物もあるかもしれないね」
その言葉に、トーマスは希望を見出したようだ。表情が期待に満ちている。
「なるほどな……! それならば、何とかなるかもしれない!」
「なら行きましょう。僕達も貴方達も、それしか道がないのなら」
「そうね、行くしかないわ。アタシも賛成よ」
ジョー達とトーマス達の想いは一致したようだ。反対する者はいない。
そして、ブレットは続けた。
「決まりだね。帝国へと赴く準備をしよう」
「帝国? なぜ帝国へ行くんです?」
ジョーの疑問も尤もだろう。彼らは肝心の天へと至る道を知らないのだから。
「ああ、言ってなかったね。天上界へ昇るには<世界樹>を使う必要があるのさ」
「世界樹? 何ですか、それ?」
その名前でジョーは思い出す。
天の上にまで続いていそうなほどに高く、天を支えていると言われても納得できそうなほどに太い樹を――
サクラも同じ考えに至ったのか、ジョーよりも先に疑問を発した。
「もしかして、あのバカみたいにデカい樹のこと?」
「そうだね。あれ以外に天へと続くものはない。そして、世界樹は君たちにしか道を示してはくれないだろう。そう、ジョウ君、サクラ君……特にサクラ君がいなければ、天上界には行けないのだ」
「へぇ……」
サクラの方を強調したことに疑問を抱きながらも、ジョーは納得した。いよいよ目的に近づいたことで気合が入る。
そして、トーマスも、サクラも、覚悟を決めたといった顔つきであった。
「それにしても……今までは特に探ろうともしませんでしたが、一体ジョー達は何者なのですか……?」
トーマスが疑問を漏らすが、ブレットは「やれやれ」と呆れを隠さない。
「ここまで話してまだわからないのかね? 全く、相変わらず察しが悪いなあ」
「ま、まさか……!?」
結論にたどり着いたのであろう。トーマスは――いやブレットを除いた誰も彼もが、目を剥いている。
「そう、彼らは我々の言うところの古代文明人であり……天上人なのだよ」
こうして、本人たちも知らない彼らの素性が、暴かれたのであった――




