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一節 休戦

 薄暗い監獄の中、彼らは場所も変えずに話を続けている。

 トーマスが話した事実は、ジョーにとってまさしく寝耳に水であった。


「休戦協定……?」

「ああ、お前が寝ている間に帝国の使者が来たらしい」

「皇国は優勢なんですか?」

「いや、さっきの戦闘中に帝国の本隊が例の前線基地に到着した。その数二百以上だ」


 『二百』と聞けば大した数ではないように思えるだろう。何せこのガドマイン砦には数千もの人間がいるのだ。

 ジョーは砦の戦力を正確に把握している訳ではないが、感覚としておおよその数は理解できていた。


「そんなに大した数ではないのでは?」

「は? お前本気で言ってるのか? 大した自信だな」


 トーマスは驚いているのか、呆れているのか、どちらともつかないような顔をしている。

 どうにもすれ違っている意識の違いをジョーが感じていると、シェリーが手を上げて話に割り込んで来た。


「えぇっと……トーマスさん、それはMWマシン・ウォーリアだけの数ですよね? 歩兵まで含めて二百では、増援としてはあまりにも少ないですし……」

「マ、MWだけで二百!? ここにあるのは確か今は十何台かでしたよね!?」


 シェリーの補足により、ようやく事態の呑み込めたジョー。

 その表情は、絶望という他ない。二百の相手はどう考えても無理だと、彼にも実感がわく。


「そうだ、帝国はありえないほどのMW戦力を有している。皇国もかなりの数を持っていたはずなんだが、帝国は桁違いだ……!」

「それなのに、どうして休戦を……?」

「さあな。だが、こっちにとっても好都合ではある」

「ねえ――」


 ジョーが状況を確認していると、不機嫌そうにサクラが口を挟む。

 既に微笑みは消え、不満そうにトーマスを睨んでいた。


「その話がアタシたちが帰る手がかりと関係あるの? あといい加減これ解きなさいよ」

「ん? ああ、お前たちにとって肝心なのはこの先だ。……シェリー解いてやれ」


 返事をしたシェリーが牢を開放し、サクラの拘束を解く。

 立ち上がったサクラは手を握ったり開いたりを繰り返し、感覚を取り戻そうとしていた。


「俺はこの件を皇都まで報告しに行く。ついでだから、お前たちをある人物に会わせておきたい」

「ある人物? 誰なんですか?」


 前に皇都へいった際に、ジョーは大体の主要な人物とは引き合わせれていた。嫌というほどに。

 そんな彼であっても、トーマスが頼ろうとしている人物は見当がつかないようである。


「『賢者』と呼ばれている方だ」


 『賢者』――その言葉にはジョーも覚えがあった。


 曰く、アークガイアの歴史においては外すことのできない家系であり、数多の英知を人類に授けてきた偉人達の末裔――

 そして、マシン・ウォーリア発掘の第一人者でもあったはずである。そこまで思い出すと、ジョーはトーマスの狙いを何となく察することができた。


「あのお方ならば、何か知っているかもしれん。会ってみる価値はあるだろう」

「僕たちがいない間にここが攻められたら? 帝国が協定を守ってくれるとも限らないでしょう」

「……攻められたらどっちみち終わりだ。だからこそ、早く俺も知恵を借りたい」


 「なるほど」とジョーは納得する。

 攻められれば彼とプロトでも捌き切れる自信はない。ましてや砦のMW部隊など、瞬殺だろう。

 ならば、早々に解決策を練る必要があるのはジョーにもわかる。砦の将軍と仲が悪そうなトーマスとしては、独自に行動を起こさなければならないのだとも推察できた。


「なるほど、その賢者とかいう物知り博士みたいな名前の人が、アタシたちにとっての手がかりな訳ね」

「そういうことだ。ここはベン達に任せて、俺たちは一刻も早く皇都へ行くぞ」


 こうして、皇都行きが決定したのであった――



――――――



 ――翌朝


 全身が振り回される。吹きつけられる風で目が乾く。そして、振動が手から握力を徐々に奪ってゆく。


 ジョー達は揺れていた。――いや揺らされていた。

 縁につかまり、落とされないよう必死に踏ん張っている。


「うわぁぁぁぁぁっ!」

「叫ぶなっ! 舌を噛むぞ!」

「ヒェヘヘヘヘヘヘヘ!」


 トーマス、ピーター、そしてジョーの三人は、小ぶりなトラックの荷台に乗っている。

 トラックは商隊の所持している内の一台を使用しており、運転しているのはシェリーであった。

 そして、そのとてつもなく荒い運転によって、彼らは振り回されている。


 助手席であったり、積まれたブレイバーに乗っている間は『少し乱暴』程度にしか感じない。

 しかし、幌すら張られていない解放された空間においては、その恐怖を存分に味わうことが出来た。


「な、何でシェリーさんに運転させたんですか!?」

「一番速いと思ったからだ!」

「おいおい、隊長さんよぉ! もうちっと考えてから行動に移したほうが良かったと思うぜぇ! このまんまじゃ、振り落とされてお陀仏だぁ!」


 確かに速い。速すぎる。かつてジョーの体験したどんなアトラクションよりも、恐ろしい。

 安全を保障されていないのだから、尚更だ。


 トーマスの回答はジョーの予想していた通りであった。そしてピーターの意見にも同意せざるを得なかった。

 現にジョーの脳裏には、トラックに撥ね飛ばされた時の光景がフラッシュバックされている。それほどの恐怖である。


「助手席は!?」

「サクラといったか!? あいつに奪われた! くそっ、俺が乗るつもりだったのに!」


 トーマスが乗る前に席を奪われ、内側からドアをロックされたらしい。

 きっとサクラとしては女同士でドライブを楽しみたかったのだろう。ジョーが思うに、その程度のことしか考えていないはずである。


「おい、シェリー! スピードを落とせ!」


 しびれを切らしたトーマスが、運転席の丁度真後ろにあたる壁を何回も蹴り、文句を垂れる。

 しかし、シェリーにその声は聞こえていないようだ。それどころか恫喝にも聞こえるノック音のみが響いたようで、余計に運転の激しさが増す。


「落ちるっ! 落ちますよこれ!」

「耐えろ! 耐えるんだっ!」

「無茶言うぜぇ!」


 トーマスの応援もむなしくジョーの体は浮き上がり――


「うわ、うわぁぁぁぁぁっ!」


 思い切り振り落とされた。


「ジョーォォォォッ!」


 ブレイブ・センスが発動し、その身の危機を察知するジョー。

 利き手である右の手を咄嗟に地に着け、体勢を立て直そうとする。


 ――しかし、投げ出された勢いのままでは腕で支え切ることはできず、あらぬ方向へと折り曲げられる。

 そして、何もできぬまま地面に全身を叩きつけられ、頭を強く打って気絶したのであった。



――――――



 怪我人用の天幕の中で、ガスは目を覚ました。それが、幾分か前の出来事である。

 エルの見守る中で目を覚ましたガスに告げられたのは、配置転換の報せであった。


 曰く、「第二軍団一番隊隊長の任を解き、ポイン・トビアの街の駐留部隊隊長を命ずる」――

 本隊と共にやって来た使者から伝えられたのは、実質的な左遷だ。


「何故だっ! なぜ今になってっ! 今このタイミングでっ! ぐっ……!」

「ガス様、動いてはだめですわ!」


 狼狽するガスが、折れた肋骨の痛みで顔を歪ませる。彼はこの仕打ちに納得が出来なかった。

 クレセンティウムの剣を失ったのは随分前のことであったし、それ以外の失態の数々は、まだ帝都には伝わっていないはずであった。

 ――にも関わらず、ガスは不名誉を被ることになったのだ。


 ……いや、汚名だけならば、まだ良かっただろう。味方に散々嫌われている彼にとっては、有っても無くても同じなのだから。

 だが同時に部隊を動かす権力を失い、片田舎に異動させられてしまうのだ。

 サクラの救出のために動くことさえも叶わなくなってしまったのだから、彼としては堪らない。


「ブレイバー……このままでは済まさん……!」

「ガス様……そんなにサクラのことが……」

「当然だっ! この私にふさわしいのは彼女を置いて他に……! くっ……」


 再び苦痛に喘ぐガス。そんな彼の様子を、エルは複雑そうな顔で見つめていた。


「……貴様は私の部下ではなくなるが、サクラの手がかりを見つけたら教えてはくれまいか。どうか、頼む」


 上位者としての誇りを捨て、部下に頭を下げるガス。


「頭を上げてください。サクラのことは、どうか私にお任せを」

「こうなっては貴様だけが頼りだ。私もアルもいなくなってしまったが、あとは頼むぞ……」

「はい……」


 エルの心境など知らず、ガスは復讐の炎を滾らせる。

 ブレイバーへの報復とサクラの救出こそが天命なのだと、彼は憎しみと使命感に燃えていた。



――――――



 優雅にドライブを満喫していたサクラであったが、後ろから響くノック音に機嫌を損ねられていた。

 何やら喚いているようだが、彼女には関係のないことである。堂々とその音を無視していた。

 対照的に、隣に座る女は妙に怯えており、サクラを少し苛立たせる。


「……ねえ、えっと……シェリー、だったかしら?」

「なっ、何でしょうかっ!?」


 サクラは名前の確認も兼ねて話しかけてみたが、会話できるほどの余裕は無さそうにも見えた。

 それでも、彼女は言葉を続ける。確認しておきたいことがあったからだ。


「……ジョーのこと、好きなの?」

「え、ええっ!?」


 驚きながらハンドルを切るシェリー。

 突拍子もないことを聞かれたからか、図星を突かれたからか、それはサクラにはわからない。

 しかし、これは一層に慣性の乗ったドリフトであったと、揺られながら彼女は思った。


「どうしてそんなこと聞くんですかぁ!?」

「女の感ってやつよ」


 そうは言うが、実際のところは妙にジョーに視線を向けていることが多いと思ったからである。

 拘束されている間、意識的に人間観察を行っていたため、敏感になっていただけに過ぎないのだ。直感だけとも言えぬものであった。


「……ジョー君って格好よくありませんか?」

「そう? 格好いいところなんてないわよ」


 サクラとしては、ジョーは普通の人間であると思っていた。

 大した取り柄を持たぬ凡百の一般人――それが彼女のジョーに対する認識であった。

 その魅力に気が付くのも、自身が長い時間を彼と過ごしたからだと分かっていた。


 だから――


「そんなことないですよ! ジョー君は勇気があって……ちょっと怒りっぽいですけど、やるときは絶対にやってくれる人です! 私だって、何回も助けられています!」


 ここまで反発してくるとは思っていなかったのだ。


 そして、サクラが知らないような一面まで見ていることに、どこか歪な感情さえも持たせられる。

 シェリーは「怒りっぽい」と言うが、彼女が知る限りではジョーが感情を表に出すなどそうあることではないのだ。

 年の割に達観しているせいか多少煽ったところで怒らないし、死んだ両親の話をしても悲しむそぶりさえ見せないのだから。


「ジョーはそんなに怒りっぽいかしら?」

「え? はい、良く怒鳴っている気がします。普段は優しいんですけどね」

「そう……」


 サクラはジョーが変わってしまっていることを、より強く実感させられる。受け入れるのだと決意をしたが、それでも違和感がある。

 当のジョーは、この世界――アークガイアが自分たちを狂わせているのだと言うが、窓から見える外の光景はのどかで、一切の閉塞感がない。

 元の世界と比べ、人が穏やかでいられる環境だというのに、より攻撃的に、より暴力的になっていくことに、サクラは納得がいかないのだ。


 『異世界』の清涼な空気を吸うべく、窓を開くサクラ。アークガイアという世界のことを考えていると、急に外の空気が恋しくなってきたのだろう。

 排気ガスによる汚染のない空気は、彼女にとって最高の清涼剤だ。


「――おい! 聞こえないのかっ!」


 そして、喧しい声が入って来たことで後悔するのと共に――


「ジョーが落ちた! 早くとまれっ!」


 突然の報せに、凍り付いた。

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