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七節 新たな関係

 ジョーは既に疲労困憊であった。気を抜けばすぐにでも気を失うだろう。


「はぁ、はぁっ!」


 ブレイブ・センスの効果が無くなると、脳が酸素を求め、息が荒くなる。心臓が全身の血を循環させるべく、激しく鼓動する。

 打ち倒したストライカーの最期など、ジョーは見ようともしない。それほどに、意識が混濁とし始めている。


「トーマスさん……聞こえ……ますか……? 今……戻ります……!」

『いえ、無理はしなくて構いませんよ』

「シェリー……さん?」


 予想外の人物の声が、ジョーの耳に入る。

 レイダーで戦っているはずのトーマスでもなく、トレーラーの無線機から何やら報告しようとしていたアデラの声でもない。

 本来この場面においては大した仕事のない、シェリーであった。


『敵はもう撤退しました。もう、急いで戻って来る必要はないんです』

「それでも……戻ら……ないと……」

『どうしてですか!? どこか適当なところで休めばいいんですよっ!』


 ジョーはシェリーに怒鳴られたことなどなかったため、一瞬意識が正常に戻りそうなほどに驚いた。

 いや、彼女が憤りを見せるところさえ、彼は見たことがなかったのだ。


 しかし、ジョーには止まれない理由がある。

 サクラが果たして野宿など耐えられるのか、放っておいたら逃げてしまうのではないか……いや知らぬ間にジョー自身の息の根が止まっている可能性すらある。

 とにかく彼は休むわけにはいかなかった。


「今は……早く……戻らないと……彼女は……」

『――そう、ですか……わかりました。迎えに行ってあげます、待っててください』

「助か……り……ます」


 それからジョーは、砦へ向かってプロトを歩かせ続けた。最後の方は殆ど意識が残っていなかった。

 そして、完全に日が落ちたころ、トレーラーに乗ってきたシェリーを森の中で発見する。


 開かれたコンテナにジークを詰め、プロトを直立状態で搭載させると、ジョーの意識は完全に闇の中へ落ちた。



――――――



 気が付くと、サクラは薄暗い場所にいた。

 縄で縛られた手は使えず、かせのはめられた足は動かせない。そして、牢獄に閉じ込められている。

 状況から彼女が判断できたのは、捕まったということぐらいだ。ジョーの姿は見えず、牢の外では見知らぬ男が欠伸を掻いていた。


「ふあぁあ、何で俺がこんなことしなきゃいけないんだ……」


 見張りと思わしき、長い黒髪を後ろで束ねた男がぼやく。

 あまりの緊張感の無さからきっと凡百の兵士だろうと判断したサクラは、差し支えなさそうな範囲で現状を尋ねることにした。


「……ねえ、下っ端さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「ん? 起きたのか、捕虜」


 互いに名前を知らないが故に、少々失礼な呼び方になるのは仕方のないことだろう。

 彼らもそんなことは一々気にしないはずである。


「……ここはどこ?」

「ガドマイン砦だ」


 フレンドリーに話しかけたはずのサクラは、表情から僅かにあった笑みが無くなる。

 それを受け、同じく友好的に接していた男の方も、面倒臭そうだとばかりに顔を逸らした。


「ジョーはどこ?」

「まだ寝てるな」

「寝てる!? アタシをこんなとこに閉じ込めておいて、まだ寝てるっていうの!?」

「うわっ! いきなり大声を出すな!」


 ジョーに無神経なところがあるのはサクラも知っていた。

 しかし、人を拘束しておきながら自分だけぐっすりと寝ていることに我慢ならなかったようである。


「ジョーを呼んで来なさい! 今すぐに!」

「今すぐには来れない」

「叩き起こしてっ!」

「起こせればいいんだがな……生憎と起きないんだよ」


 男は諭すように語る。

 その口調から、ただ寝ている訳ではないであろうことを、サクラは察した。


「……どういうこと?」

「さあな。だが、前は三日起きなかった。本人は気が付いていなかったがな」

「三日!? おかしいじゃない!」

「だよなあ……」


 どういうことなのだろうとサクラが頭を悩ませていると、奥から扉の開く音がした。

 駆け寄って来たのは、栗毛の長い髪の女性であった。どことなく、おっとりとしていそうな雰囲気を感じる。


「トーマスさん! ジョー君が起きましたぁ!」

「そうか、なら――」

「起きたの!? 早く連れてきてっ!」

「お、おいっ!」

「え、ええっ!?」


 間抜けそうな声音の女に、サクラは柵越しに詰め寄る。男の方が何かを言いかけていたが、彼女には関係のないことだ。

 そして女は意表を突かれたかのように慌て、自分のやって来た方向を指した。


「そ、そこまで来てますぅ……」


 そして女が指を向けた方向から、靴音がやってくるのだ。


「……やあ、久しぶり。顔を合わせるのはどれくらいぶりかな」


 そして、待ち望んでいた人物が現れた――



――――――



 あまり使われていなさそうな独房まで連れてこられると、そこには久方ぶりに見る顔があった。

 しかし、ジョーを出迎えたのは挨拶でも再会の喜びでもなく――


「ジョーッ! アンタねっ! こんなとこに閉じ込めてどうするつもり!?」


 とてもうるさい怒鳴り声であった。


 そのようなことを言われても、ジョーとしては答えようがない。

 閉じ込めたのは嫌そうに見張りをやっているトーマスであろう。少なくとも、ジョーはそのようなことを頼んではいない。


「は、話をしよう」

「まず出しなさい!」

「出したら怖いから……このまま話をしよう、ね?」

「ど、同感だな……」


 凄まじい剣幕でサクラが怒鳴り散らす。

 今更になって怖くなったジョーは、思わず話を逸らしてしまった。そして、恐れを抱いているのはトーマスも同様のようである。


「……で、話って何よ?」


 ひとしきり喚くと、サクラは落ち着いたようであった。


「僕たちがこれから何をするべきなのか、だよ」


 ジョーは牢の前に座り、サクラと対峙する。

 真剣な眼差しを向けるジョーに、誰もが注目する。


「そういうことなら俺も聞かせてもらおうか。シェリー、お前は戻っていいぞ」

「いえ、折角ですから居させてください」


 トーマスとシェリーも同席を決めたようだ。

 トーマスの鋭い視線が、シェリーの何も考えていなさそうな眼差しが、ジョーとサクラに突き刺さる。


「さて……さっきも言ったけど、僕たちはここにいるべきじゃない。僕たちの国へ帰るべきだ」

「……どうやってよ?」

「いや、その前にそれを認めるわけにはいかない。お前がいなくなれば問題がある」


 早速トーマスによって話の腰がおられてしまう。


「ジョー君がいないと困るってことは……ブレイバーですかぁ?」

「そうだ。逆に言えば、それさえ解決できれば俺は文句ないがな」


 それはジョーにとっても予想の範疇であった。

 そしてこれから辿る『道』を見据え、答えを決めるジョー。


「――ジョー。お前がいなければブレイバーは動かせない。代わりのヘッドギアもない。これはどうする?」


 トーマスが問う。ジョーはその瞳を見据え、決意を確かにする。


「そういうこと……アレはヘッドギアで乗り手を選んでたのね……」


 サクラがそうつぶやくと、ジョーが口を開いた――


「そうだよ。だから、本当は僕が戦う必要すらなかったんだ。貸せばいいだけなんだから」

「何? どういうことだ、生体認証があるんだろう?」


 そしてジョーは白状した。ヘッドギアにロックがかかっているのは確かだが、持ち主が解除すれば譲り渡すこともできると――

 それを聞いたトーマスは、悩まし気に唸り始めた。


「でも僕はこれを手放したくなかったんですよ。帰るための唯一の手がかりでもありますし――何より、僕にとっては大切なものだったんです」

「なるほどな。お前が協力を続けてくれるなら、今更取り上げようなどとは思わないが……どうするつもりだ?」

「これまで通り協力はします。でも僕たちの目的が果たせれば……もう、これはいらないものです。差し上げます」


 装着されたままのヘッドギアを手に、決意を語るジョー。


 その特注のヘッドギアは彼にとっての人生の道標ともいえるものだった。

 これを身に着けていたからこそ、憧れを――そして固執を捨てることなく生きていくことが出来た。

 だがそれらを捨てた今、こだわる理由もないのだ。手がかりですらなくなったのであれば、完全に不要になるものであった。


「ジョー……アンタ……」


 そしてサクラは、その決断に静かに驚愕しているようである。

 彼女はジョーがヘッドギアを手放す意味を重々理解していたが故に、言葉に詰まっていたのだろう。


「そうか、ならいい」


 トーマスはジョーが思っていた以上にあっさりと納得した。

 怒声の一つも覚悟し、身構えていたジョーだが、拍子抜けしてしまう。


「話の流れから察するに、記憶喪失というのも嘘だな?」

「そんな話もありましたね」

「忘れてたのかお前……」


 呆れ返るトーマスだが、ジョーは憑き物が落ちたような微笑みを浮かべ話すのだ。


「本当は秘密にしたかっただけなんですよ。僕たちの故郷は、きっと遠いところなので……」

「……そうか、深くは聞かん。俺には関係のないことだ」


 こうして咄嗟に出たジョーの虚言の全てが、明るみとなった。

 まだ話していないことはあるが、嘘は無くなった。トーマスは呆れているようであったが、ジョーはいくらか気が楽になり、話を続ける。


「さて、話を戻すけど……僕たちは帰る方法を探す必要がある。今は難しいけど、落ち着いたら探しに行くよ。だから、頼むから待ってて――」

「嫌よ」

「サクラッ!」


 言うことを聞かないサクラに、思わずジョーは怒鳴りつけてしまう。

 ジョーは短慮をおこしたが、彼女の言葉は続くのだ。


「――アタシも一緒に探すわ。その人たちに協力はしないけど、アンタが帰りたいって言うなら手を貸してあげないこともないわよ」

「……ありがとう」

「バカね、アタシとアンタの仲じゃない。……いや、馬鹿だったのはアタシの方かしら。バカみたいに頑固なジョーが考えを改めたのなら、それだけの理由があるはずなのにね……」


 サクラは微笑みながら答えた。何かが吹っ切れたような――そんな笑顔だった。

 ジョーは彼女の美しさに、一瞬の間、我を忘れるほどに見とれていた。


 ――そしてその時、初めて彼女のことを異性として意識したのかもしれない。


「話はついたようだな」

「ジョー君……仲直り出来てよかったですねぇ」


 トーマスとシェリーがしみじみと和解の瞬間を眺めている。

 邪魔だなと、ジョーが無粋なことを考えていたその時、トーマスの顔つきは急に険しくなる。


「さて、早速その手掛かりとやらの話だが……俺に提案がある」


 そして、トーマスは語り始めた。

 砦の統括者たる将軍ランドールの元に、休戦協定の申し入れが届いたという報せを――



六章 交錯する想い ‐了‐

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