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六節 奪われる憎しみ

「チィッ!」


 トーマスは舌打ちし、目の前の強敵を睨む。

 相手の十八番であったはずの突撃戦法が突然に終わり、彼らの戦いは至近距離での接近戦へと推移していた。

 機体の馬力で勝るレイダーの方が有利なはずの状況――それであっても、トーマスはガスを下すことが出来ないでいた。


「くそっ! こんな陽動にかかっている場合じゃないってのにっ!」


 先日の襲撃の折に前線基地に潜伏させていたピーターから報告があったのだ。


 その内容は、敵の本隊が本日中に基地に到着するといったもの。

 そして、敵本隊の擁するMWマシン・ウォーリアの数は二百以上――

 百にも及ばない皇国にとっては、まさしく桁違いである。到着されてしまえば、間違いなく勝ち目はなくなるだろう。


 今すぐにでも阻止するべきなのだが、ガス率いるMW部隊を放置する訳にもいかない。

 そして恐らくこれは、確実に本隊を招き入れるための侵攻なのだろうとトーマスは考えていた。


『トーマス! どうすんのさ!? ジョーはもう行ったんだよ!』

「わかっている! こんなことなら止めておくべきだったかっ――!」

『考えなさすぎなんだよ、アンタはっ!』

「お前がもっと早く報告していればこんなことにはなっていないっ!」

『アタシのせいだっての!?』


 トーマスは思わずアデラに当たってしまう。

 間違いなく彼の浅慮による判断ミスなのだが、目の前の強敵を前にしてそのようなことを省みる余裕はない。


 ――そして、焦りにより操縦は雑になる。

 ストライカーの剣を捌ききることが出来ない程に、レイダーの動きが乱れる。


『もらったぞ! レイダー!』

「しまった――っ!」


 レイダーの首元に向けて振り下ろされた剣の一閃。しかし、それが胴に触れることはない。

 剣に勢いが乗りきる前に、左腕の甲でガードしたのだ。切り裂かれこそしないが、大きな鈍い音を立てて装甲は歪む。

 衝撃と共に断線警報がコンソールに表示されるが、そんなものを見ている暇はトーマスにはない。次の一撃もどうにか凌がなければならないのだから。


『やるなっ! だが、これで終わりだ!』


 ストライカーは再び剣を振り上げ、下ろす。

 トーマスは咄嗟にレイダーの右腕に握る剣で防ごうとするが、彼は読み違えていた――


 ガスが狙ったのは一撃目とは違う箇所。そう、丁度剣を握りこむレイダーの右手が位置する場所であったのだ。


「剣がっ!」


 指の何本かが使い物にならなくなり、レイダーは剣を零す。

 トーマスは三撃目が来る前に身を引かせるが、ストライカーは既に背を向けていた。


『中々楽しめたが、貴様に構っている暇もないのでなっ!』

『待てっ! ガス・アルバーン!』


 武器を失った今、トーマスはガスを追うことが出来なかった。

 小さくなってゆくストライカーの背を、ただ見つめることしかできないのだ。

 そして、その姿が完全に見えなくなると、彼は幾何かの冷静さを取り戻した。


「すまないアデラ……レイダーを放棄する」

『呆れた。あんだけ大口叩いて負けたのかい?』

「ああ、完敗だ。もう戦えん程に傷ついた」

『そう……で、どうすんのさ?』

「戻ってから決めよう。ガス・アルバーンがいないなら、もうここは防衛部隊だけで持ちこたえられるはずだ」


 失意のまま外壁際までレイダーを下がらせ、トーマスは降りる。


 黄昏る彼の目の前に、ロープが垂らされる。上を見上げると、そこにはベンがいた。

 トーマスは感謝を示すと、ロープを伝い、壁を上る。未だ続く激戦を眺めながら――


「くそっ! 俺にもブレイバーが……いや、それ以上の『力』があればっ……!」


 トーマスは渇望する。己の信念を貫ける圧倒的な力を。

 何物にも屈さない、強靭な暴力を――



――――――



 夕の朱が、二体の巨兵を照らす。

 彼らを邪魔する者はいない。二人の死んだ日とは違い、彼らは激しく、絶え間なく、コミュニケートしている。

 思えば、こんなに感情をぶつけ合ったことなど、なかったかもしれない。ジョーはそう思う。


『どうして! 何がそんなに気に食わないのよ!』

「気に入らないね! 君がやってるのは現状から目を背けているだけだ!」

『じゃあ他にどうしろってのよ!』


 他にどうするかなど、思いつくわけでもない。それが、ジョーの偽らざる本心である。

 しかし、これ以上のサクラの狂気を放っておく訳にもいかない。ならば、不確実であろうとも、答えるしかないのだ。


「この世界には間違いなく地球との関連がある! 何とかして戻って……戻ったらそこで罪を償えばいい、改めて死ねばいい! 僕たちが骨を埋めるのはこんな世界じゃないはずだ!」

『どこにそんな手がかりがあるって言うのよ!』

「マシン・ウォーリアはホワイト重工の製品だ! レイダーって機体には企業ロゴがあった! 君の言っていたことは本当だったんだ! マシン・ワーカーは……戦闘兵器にだってなれたんだっ!」


 悲痛に叫ぶジョー。それは、彼にとっては過去との決別でもあった。

 妄信的にマシン・ワーカーを人助けのための機械だと言っていたジョーも、遂に現実を認識したのだ。


 物には多面性がある。様々な用途があり、人間の知恵がある限りいくらでも使い道がある。

 そんな当たり前のことを、ジョーはようやく認めたのだ。


 しかし、それはサクラの知るジョウ・キサラギとは、異なる考え方であったのだろう――


『嘘よ! アタシを騙すための嘘よっ! だって……ジョーにしては物分かりが良すぎるわ!』

「ここに来て……アークガイアに来て、いろんなことがあった! 僕だってもう、子供じゃないんだっ!」

『どれだけ経ってもそこだけは譲らなかったわ! アンタは自分が思っている以上にバカなのよ!』

「馬鹿馬鹿って、うるさいんだよっ! もういい! そんなに殺したいのなら……来いっ!」


 プロトは大きく腕を広げ、仁王立ちして見せる。

 「突き刺してください」といわんばかりに、無防備に胴を曝け出す。


『望みどおりにしてあげるわっ!』


 それに応えるが如く、ジークはヒート・ソードを突き立て、無警戒にプロトへと迫る。

 危機を認知したジョーのブレイブ・センスが、特大の警告を発する。しかし、それでもジョーは動かない。


『……許してっ!』


 刃が腹に迫る寸前。ジョーは更に集中し、緊張する。

 ブレイブ・センスがこれまでにないほど死の危険を訴え、ジョーの脳にとてつもない負荷がかかる。

 時間が停止しているかのようにスローになった世界の中で、確実な『タイミング』を計るジョー。


「――ここだっ!」


 今度は――今度こそは間違えない、失敗しない、絶対に。そんな思いが、ジョーを突き動かす。

 そして、プロトはしゃがみだした。そう、初めて動いたあの日のように――


 当然この状況で狙うのは――脚。

 焦りはせず、油断もしない、ジョーは経験を活かし、確実に狙った。そして――


『――嘘っ!』


 ジークの剣はプロトの頭頂を掠め、角――レーザー・マシンガンの銃身を破損させた。


『何で……アタシが倒れてるの……っ……!』


 しかし、プロトの剣はジークの足を切り裂いたのだ。支えを失ったジークの体は地に滑り落ちている。


「やっぱり……僕とは違うのか」


 再開した当初は、サクラもブレイブ・センスを有しているのかとジョーは考えていたが、今回の戦いでそうではないことに気が付いた。


 正確無比な回避軌道に比べ、あまりにも攻撃がおざなりなのである。

 もし、サクラもジョーと同じような能力を持っているのであれば、こうはいかなかっただろう。


 攻撃を躱されていたのはジーク自身の能力によるものなのだろうと、ジョーはそのように考察していた。


「さて……運べるかな、これ?」


 足を失い地に転がるジークを傍目に、ジョーは呟いた。

 気を失ったのか、反応がないのは幸いである。彼としては、これ以上うるさくされてはかなわない。


 そしてその時、彼の耳は遠くから聞こえてくる走行音を捉えた――



――――――



 指揮権を委譲し、戦線を抜けたガスは森の中でストライカーを走らせていた。

 あてはなく、手当たり次第に探すしかない。そう思うと、ガスの感覚は冴えわたり、明るいところから暗いところまで、何もかもがはっきりと見えるようになる。


『ガス様! 今、兵から連絡がありましたわ! サクラに東の荒野の事を教えた者がいるようです!』

「あっちの荒野かっ! それなら私が向かう!」

『私が向かいます! ガス様は戦場に戻って指揮をなさって――!』

「くどいっ! 指揮なら任せた! ブレイバーもいるかもしれない! ならば、私とストライカーが行くのが最善だ!」


 エルにはそう言っているが、本当に最善かなどガスにとっては最早どうでもよいことだった。

 重要なのは自らの手でサクラを見つけ出し、救い出すことなのである。


「ストライカーを全速で走らせればすぐだっ!」

『危険ですわ! おやめになってください!』


 ストライカーは加速力に優れる分、機体が軽く、速度が乗った状態で石につまずくだけでも転倒してしまう。

 それほどまでにアンバランスであり、扱いの難しい機体なのだ。

 そして、高速で走行する機体が倒れればどうなるか――それを想像できないガスやエルではない。


「『狼』の血が告げているっ! 今ならば――ストライカーの全速でさえも、私には足らん!」


 ガスはペダルを一気に踏み込み、速度を急上昇させる。

 ここまでになると、只の草でさえも命取りになるほどのスピードだ。しかし、ガスは恐怖を感じない。


 全てが、客観的にすら見えるほどに、ガスの五感は研ぎ澄まされる。ありとあらゆるものが、彼に道を示すようにはっきりと知覚できる。


 そして、気が付けば――

 ガスは高速の世界を支配できるほどに、認識能力を進化させていた。


「ははははは! 『狼』が私を導いてくれる! これならば、ブレイバーにも引けはとらん!」

『ガ、ガス様――』


 ガスは通信を切り、強制的に会話を中断する。もうエルの言葉は必要ないからだ。


 ガスの紅い瞳は、淡い光を放っていた。

 そして、ストライカーを自在に操り荒野へと抜ける。


「見えたっ! ブレイバーだ! それに……あれはジークッ!」


 ガスは常人では認識できないほどに遠くからブレイバーをその瞳に捉える。

 そして、刹那の間をおき、倒れたジークをも発見する。

 灰色のブレイバーはジークの手を掴み、連れ去ろうとしているように彼には見えた。


「放れろぉっ!」


 剣を突き立てる。いつものような無駄な言葉はかけない。

 考えられないほどに高速での突撃――勘付かせなければ、最高級の不意打ちとなる。ガスは考えうる限りの確実に勝てる方法を選んだ。

 だが――


「何!?」


 ブレイバーは射られた矢の如き勢いのストライカーに反応し、事も無げに当たる直前で避ける。いつものように。


 ――そしてついでだとばかりに、ストライカーの脚には剣が添えられていた。

 ガスはそれを認識することが出来たが、ストライカーは避けてはくれない。


「ぐあぁぁぁぁっ!」


 脚が切り裂かれ、勢いを乗せて転がるストライカー。

 岩肌のように硬い地面に打ち付けられ、擦りつけられ、不快な音と共に火花を散らす。

 そして発火し、全身を火が包もうとしている。


 ガスの体は衝撃に打ちのめされ、転がる機体の中で振り回される。

 安全のために締めていたシートベルトが彼の体を締め付け、体内を損傷させる。


「くっ……ブレイ……バー……」


 勢いよく岩に打ち付けられ、ようやく止まったストライカーから、満身創痍のガスが這い出る。

 足は折れ、体の至る所にガラス片が刺さり、おびただしい量の血を流している。口元からは、苦しそうな吐息と吐血が漏れる。


 このままでは、命も危ないであろう状態だった。


「殺す……絶対に……取り返す……っ……!」


 ジークを引き摺りながら去って行くブレイバーの背に、憎悪の視線を向けるガス。

 そして呪詛を一通り吐き終えると、彼は意識を失った。


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