五節 死をも受け入れる愛
レイダーとストライカーの戦いは、泥沼化していた。
剣を振るう白い機体、ストライカーの攻撃は鋭い。並みのMWであれば、既に切り伏せられているかもしれない。
しかし、ストライカーよりも体躯に恵まれた黒の機体、レイダーはその剣に当たることはないのだ。逃げに徹しているが故だろう。
『どうした、ガス・アルバーン。さっさとブレイバーを追わないのか? 今なら見逃してやっても構わないぞ』
『そうすれば後ろから刺すつもりだろう! そのような手に乗る私ではない!』
レイダーに乗る男は挑発する。しかし、歴戦の勇士であるガスには通用しない。
再びストライカーを加速させ、勢いのままレイダーの胴に剣を突き入れようと、突撃するのだ。
しかし相手はそれを読んでおり、レイダーをその軌道から逃れさせた。敵もまた、優れた戦士であることをガスは実感する。
もしここが戦場でなければ、ユニークマシンでなければ、そして優秀な戦士でなければ、ストライカーの突撃を避けることはできない。
ストライカーが真価を発揮するのは開け切った平原であり、戦場のような味方の大勢いる舞台ではその加速力を活かすことはできないのだ。故に、本来ガスは単独での戦いを好む。
だが地形的不利はあろうとも、ユニークマシンでなければストライカーから逃れることはできない。その点レイダーはストライカーにかなり近いスペックを持っており、強力な機体である。
そして何よりも優れた戦士でなければ、来ることが分かっていてもタイミングを合わせることが出来ず、ストライカーの追跡から逃れることが出来ない。ブレイバーでさえ完全に避け切ることはできないのだ。つまり、レイダーを操る戦士はガスにとってこれまでにない強敵といえるだろう。
ガスは再びストライカーをレイダーの射程から退避させ、何度も繰り返してきたように突撃を試みた。
しかし、その逃れた先には――
『くそっ! 邪魔だ、どけ!』
味方のアーミーがいた。本来は彼と共に戦う仲間であるはずだが、今の状況では邪魔にしかなっていない。
機体を揺らす衝突の衝撃に、ガスは苛つきどころではない怒りを覚えた。
ガスとストライカーは大勢のアーミーであろうと、簡単に蹴散らす事ができる。それは過去に実証済みだ。
だからこそ、彼の敵となり得るレイダーとの戦いにおいては、足手まといでしかなかった。
それは自負ではなく、事実だろう。
『敵ながらナイスだっ!』
『くっ!』
レイダーの振り下ろした剣を、ストライカーは間一髪のところで剣で受ける。
しかしその力は及ばず、徐々に押し込まれてゆく。
『パワーはレイダーの方が上のようだな! それに、ここでは自慢の速さも機能しないと見た! ならば……俺にも勝機があるかっ!?』
『認めてやろう、この場においてはレイダーの方が有利だと! だがしかし――』
剣を受け流しながら右に逃れ、再び距離をとるストライカー。
ストライカーは純粋な馬力においてはアーミーにすら劣る。故に、この戦法のみが唯一の戦う手段であった。
だが自らの行く道を妨げる敵、レイダーを討ち、守るべき人の元へ向かうべく、ストライカーは――ガスは進化しなければならない。
『それでも私はガス・アルバーンだっ! 貴様のような下郎に負ける道理はない!』
だからこそ、普段は行わない接近戦へと持ち込むのだ――
――――――
目まぐるしく立ち位置を変える一対の巨兵。幾度となく交わる緋色の刃。
ブレイバー同士が、平和のシンボルを背景に激闘を繰り広げる。
その間に割って入れる者がいるだろうか。
いや、それは不可能だろう。荒ぶる鎌鼬に立ち向かえる者がいるならば、その者こそ勇者と呼ぶにふさわしい。
『ジョーォッ!』
「サクラァッ!」
互いの名を呼び合う彼らは、恋人同士ではない。それどころか、命を懸けて戦う敵。
鬼気迫る勢いで、互いの機体のヒート・ソードが害意を乗せて走る。
『無駄な抵抗は止めてさっさと死になさい!』
「死ね死ねうるさいんだよっ! それしか言えないのか!」
斬撃の応酬は、ジョーを確かに疲弊させる。刃が迫るたびブレイブ・センスが発動し、脳に断続的な負荷を与える。
ジョーはサクラが自身の動きについてこれているのに疑問を持ちながらも、その理由に思い至ることは出来ない。
「ちぃっ!」
灰色の機体、ブレイバー・プロトが全力で距離を離す。
バック走行で下がり、無造作に振るわれているようにも見える剣がブレイバー・ジークの接近を阻む。
プロトは慣性の乗ったまま腰を落とし、頭から生えた『角』をジークへと向け――そして、光弾を放つ。
『きゃっ!』
「――やっぱり駄目かっ!」
レーザーはジークの装甲を貫かない。赤熱するのみで、傷一つ付くことはない。
動力部を破壊するという一縷の望みに賭けたジョーであったが、やはりブレイバーの装甲にレーザーは通用しないのだと考えを改める。
『む、無駄よ! 無駄無駄っ!』
虚勢を張るように声を上げるサクラだが、その声音に含まれる若干の怯えをジョーは見逃さない。
立ち上がったプロトを加速させ、突撃させると、縦横無尽に剣を振り、息もつかせぬ連撃を繰り出す。ここぞとばかりに、畳みかけようとする。
しかし――
「これでも当たらないのかっ!?」
そのすべてが的確に処理されてしまう。
躱され、受け流され、そして――振り上げようとした腕を押さえつけられてしまう。
『捕まえたっ!』
「捕まってたまるかっ!」
ジークの握る剣が突き立てられ、引いたのを確認すると、何度目かわからないブレイブ・センスがジョーを導く。
剣の軌道をはっきりと見ることが出来る。突き立てられた剣先が、微妙に軸のずれた剣の軌道が、生存の道標であるとジョーに悟らせる。
そして活路を見出した彼は、熱を放つ剣の先がハッチに振れた瞬間――プロトの上半身をよじらせることで、その軌道を逸らす。
『嘘っ!?』
「離せよっ!」
驚きの声を上げるサクラを他所に、プロトはジークを突き飛ばして間合いから脱出する。
普通ならば、為すすべなく剣の餌食となっていただろう。しかし、今のジョーはその『普通』には当てはまらない。
彼ならば意識の向く限り――最後の最期となるまで、しぶとく生にしがみつくことが出来る。
故に、刺さる直前の剣を僅かな体の動きだけで逸らすなどという荒業さえも、やってのけるのだ。
プロトのハッチは抉られ、キャノピーが僅かに露出する。
機内の灯りのみが照らしていた薄暗い空間に、外からの光が差す。
その光景に、ジョーはかつての体験を想起する。六歳の頃、生き埋めになった自分を救い出した光を――
『何でっ! 何で嫌なの!? どうして拒むのっ!?』
「当たり前だろ! 殺されてうれしい人間がいるか! 死ぬのが苦しくない人間がいるのかよ!」
二度も『死』を経験したジョーでさえ、それほどまでに恐ろしいものなのだ。
何も為せぬまま、ただ自らが無へと帰す瞬間は、虚しさという恐怖を――
すぐ傍に迫る最期の瞬間を前にした痛みと苦しみのみが支配する時間は、救いを否定される絶望を――
それを味わった人間ならば、そう簡単に死のうなどとは考えないだろう。そして、目の前の紅い巨人を操る彼女も、そんな人間であったはずだった。
『知ってるわよ! 痛くて苦しくて気持ち悪くてっ! それでも何もできない!』
「ならやめろ! 僕を殺して何になるんだ! 僕たちが殺し合うことに、どんな意味があるんだ! それに――!」
彼らを陥れているのは、すべてがこの世界――アークガイアによるものだ。
命の重みの違いがジョーを豹変させ、乱世という舞台が彼らを最悪の形で巡り合わせてしまった。
それは運命でも何でもなく、ただの不幸だ。知らない土地に送り込まれ、訳の分からないままに立ち回ってしまった結果なのだ。
商隊と出会わなければ――
盗賊の襲撃を受けなければ――
戦争など無ければ――
その全てがなければ、心変わりなど無かっただろう。
いとも容易く失われてゆく命たちが、彼の心に苦痛を思い起こさせ、蝕んでいったのだ。
この世界での出来事を見つめなおし、そこに思い至ることのできたジョーは一つの結論を出す。
「――やっとわかった! 僕たちはこの世界にいちゃいけないんだ! こんな世界にいたら、狂ってしまう! 元の世界に戻らないといけないんだ!」
『もう狂ってるのよ! アンタも、アタシも! それに戻れないじゃない! アンタは人殺しで、アタシだって戻ったら死んでるかもしれない…………だって足が無かったのよ、アタシ!』
元の世界では死んでいるのが当たり前のダメージを、お互いに負っていた。
サクラは上半身と下半身が分離していたし、ジョーも衝撃によって全身を破壊された感覚を思い出せる。
『だったら逝くしかないじゃない! アタシとアンタなら、もう一回死ぬのだって怖くないわ!』
「どうしてそこまでっ……! そんなに僕を殺すことにこだわる!!」
『アンタのこと好きだったのよっ! バカみたいに夢を語って……バカみたいに夢を追って……パパに踊らされているとも知らずに努力し続けてるアンタが――好きだったのよぉっ!』
それは、ジョーにとっては衝撃的な告白であった。
サクラの父親であるジョシュアにジョーを利用しようという意図があったのもそうだが、それ以上に――
ただの友人だと思っていたサクラに、好意を持たれていたことが彼には堪えた。
『だからもう終わらせたいのよ! ジョーの亡霊なんて出てくる、こんな悪夢はっ!』
「……そうか、そういうことだったんだ……」
『怖いならアタシも一緒に死んであげる! だから……お願いだからもう抵抗しないでよっ!』
彼と同じように死を経験したはずのサクラは、ジョーと共に死ぬ覚悟を決めた。
それを否定できる程、ジョーは薄情ではない。それどころか、尊敬の念さえも抱けるのだ。
サクラが覚悟を示すのならば、それに応えなければならない。
それが、彼の『男』としての意地である。
そしてジョーは覚悟を決めた。




