四節 対峙するブレイバー
戦いは続いている。
数多の機械巨人たちがひしめく戦場に人影はなく、MWのみがその暴威を振るっている。
そしてそんな中でも、一際目立つ戦いがある。
互いに触れ合わない剣と剣の軌道――灰色と白色の機体が織りなすそれは、舞踊のようにも見えた。
「くそっ! こんなことしてる場合じゃないってのに!」
『流石にやるな! ブレイバー!』
ジョーは焦りを募らせる。
このチャンスを逃せば、サクラとは二度と会えなくなってしまうかもしれないのだ。
そう考えれば考えるほど、彼の操るブレイバー・プロトの動きは杜撰になってゆく。
『しかし! この私の剣を捌き切れるかっ!』
『毎度毎度、いちいちうるさいんだよっ! アンタたちは口を開かないと戦うことすらできないのか!』
『そうだ! 感情の発露こそ、闘争の醍醐味だっ!』
『鬱陶しいって言ってるんだよっ!』
思わず苛立ちを拡声器に乗せ、対峙する敵へとぶつけるジョー。
意味は無い。ただ感情の捌け口が欲しかっただけだろう。
しかし、その想いは意外なところへと届く――
『冷静になれ、ジョー! 奴の戯言などいちいち聞くな!』
「わかってますよ!」
『……どうした。何かあったのか?』
トーマスはジョーの声音に含まれた、僅かな焦燥を感じ取ったようである。
しかし、状況が好転するわけではない。ジョーはそう考えていた。
「呼び出しがあったんです! 例の紅いブレイバーから!」
『……なるほどな』
「これを逃したらもうチャンスは無いかもしれない! でも……どうしようもないんですよっ!」
余裕のない早口で状況を説明するジョー。
戦闘中だというのに驚くほど静かに聴くトーマス。
こうも遠慮なく、こうも冷静でいられるのは、きっと彼らなりの信頼なのだろう。
『……わかった。なら行けばいい』
「え!?」
『ちょっと! アンタ何言ってんだい!』
ジョーが驚愕の声を上げる。
通信に割って入ってきたアデラさえも、トーマスの言葉に驚きを隠せない。
『どうしたんだ、アデラ』
『どうしたじゃないよ! ピーターの奴が戻ってきたから、わざわざ教えてやろうと――』
「本当にどういうことですか!? 行こうにもガス・アルバーンは見逃してくれませんし、敵前逃亡になるんですよ!?」
「フフッ」とトーマスが自信を込めて笑うと、ジョーの視界にレイダーの背が映りこむ。
トーマスの操る黒い機体は振り下ろされたストライカーの剣を受け止めると、受けた剣でそれを跳ねのける。
『こういうことだっ! こいつの相手は俺がする! 逃亡は俺の方でうまく誤魔化す! お前は自分のやるべきことをなせっ!』
「でも、勝てるんですか!?」
『もたせることはできる! それに……戻ってくるんだろう?』
トーマスの問いに、不信感は感じられない。
そこにあるのは、絶対的な自信と信頼のみである。
そしてジョーもまた、迷いなく答えるのだ。
「ええ! 必ず!」
『ならば行け! ここは俺に任せておけばいい!』
『ああ……アタシゃどうなっても知らないからね』
悲壮なアデラの呟きに同情を覚えながら、ジョーはプロトを走らせる。
ストライカーの脇を抜け、戦場を彩るアーミー達をも無視して行く。
『待てっ! 逃げるか、ブレイバー!』
『お前の相手は俺だ! ガス・アルバーン!』
『レイダーかっ! 相手にとって不足はないが――!』
トーマスは必死にガスに食らいついている。
リアカメラを通してその様子を見ているジョーは、その姿に頼もしさを覚える。
『ジョー、負けるなよ! お前のブレイブ・センスとやらで、切り抜けて見せろ!』
激励を背に受け、プロトは走る。
並みいる敵の間をすりぬけ、突き出された剣を叩き切り、立ちふさがるMWを一蹴する。
ジョーにとっての戦場はここではない。サクラの待つ東の荒野こそ、彼の戦うべき場所なのだ。
――――――
ブレイバーが逃げてゆく。背を向けて退くのではなく、強行突破という形で――
ガスには、その意味が全く理解できない。
始めは後方から仕掛けてくるのかと思ったが、そうでもない。
ただ逃げ出しているように彼には見えた。
『待てっ! 逃げるか、ブレイバー!』
ガスはブレイバーを追おうとする。
しかし、予想もしていなかった強敵の邪魔が入ったのだ。
『お前の相手は俺だ! ガス・アルバーン!』
その声は、見覚えのある黒の機体から発せられていた。
ガスの顔見知りであった女騎士の愛機――そう、レイダーだ。
聞き覚えのない男の声から、それが味方ではないと彼は判断する。
『レイダーか! 相手にとって不足はないが――!』
ブレイバーの狙いが解らない今、放置しておくのは危険である。ガスの中の『狼』の血が、そう告げている。
それを抜きにしても、レイダーとブレイバーではどちらがより強く、脅威となる相手なのかは考えるまでもない。
『私の敵となれるのはブレイバーのみ! すぐに片を付ける!』
『やってみろ!』
ストライカーとレイダーの剣が交錯する。鋭い音を鳴り響かせ、これから始まる戦いの激しさを物語る。
そして、その一瞬でガスはレイダーを操る戦士の評価を上方修正した。
『なかなかやるが……しかしそれでも貴様如きでは私には敵わん!』
『『貴様』じゃあない! 俺の名はトーマスだ! お前を討ち倒す者の名だ、よく覚えておけ!』
『ほざくな! 貴様の名など聞いてはいない!』
剣戟を繰り返す白と黒の巨人。一瞬の油断さえも許されぬ剣閃の応酬。
それでいながらも、ガスはブレイバーに対する警戒を怠らない。いつ姿を表そうとも、対処できるよう感覚を研ぎ澄ませる。
『――ガス様! 大変です!』
そのとき、ガスのヘッドギアに通信が入る。
慌てふためくエルの声。それは、確実にガスの心に動揺を呼ぶ。
「どうした!?」
『サクラが……ジークで出ていきましたっ!』
「何だと!? 貴様、一体何をしていたっ!」
『申し訳ございません!』
想像していた以上の緊急事態に、思わずガスは憤りをぶつけてしまう。
そして、サクラの移動先を考えていると、浮かび上がるのは最悪の想像――
「まさか――ブレイバーはっ!?」
――どさくさに紛れ、単独で基地を叩こうとしているのではないか。
それは根拠のない推測であったが、十分に考えられるとガスは判断した。
確かに基地まではそう離れてはいないし、先日の襲撃による被害から考えれば、MWの殆どが出払った基地など容易く落とせるだろう。
そうだとすれば、途中サクラと遭遇する可能性があると危惧し、焦るガス。
それが僅かであろうとも、ガスとしては看過することはできない。
「レイダーは足止めかっ! エル、貴様はサクラを探せ!」
『それでは基地の防衛が――!』
「構わん! ブレイバーが逃げて行った! そちらに向かっているのなら、有っても無くても同じことだ!」
『そんな――!?』
ガスには冷静な判断が出来ていない。
サクラの身を案じるばかりで、戦況など既に頭から抜け落ちているのだ。
エルの失望の声など、聞いてもいないだろう。
「私も折を見てブレイバーを追う!」
『指揮は!?』
「適当な者に執らせる!」
切羽詰まったガスの思考が、ストライカーの剣筋を鋭くさせる。
互角に渡り合っているように見えたレイダーも、次第に苦しそうに押されてゆく。
『――さて、貴様に構っている暇はなくなった! ここからは本気で行かせてもらうっ!』
『はっ、望むところだ!』
ストライカーとレイダーの戦いは続く。
足から巻き上がる砂嵐と、打ち合う剣からまき散る鉄片。
大地を踏み荒し、互いの武器に傷をつけ、激しく剣を交えるのだ。
――――――
緑豊かな草原を超え、天の光をも遮る森を潜り、やってきたのは、草木の一本も生えていない荒野。見渡す限り、殺風景な地表。
その光景に寂しさを覚えながらも、ジョーはプロトを走らせる。GPSの示す、サクラの居場所へ。
「あれは……?」
『殺風景』とは書いたが、一つだけ目立つものがある。地面から迫り出し、塔のように伸びる岩。
丁度その方角に、GPSの示す光点はある。きっとそこが『待ち合わせ場所』なのだろうと、ジョーは察した。
そして近づくと、予想通りの先客を捉えたジョー。彼の操るブレイバー・プロトに造形の似た機体――
そう、サクラのブレイバー・ジークだ。ジョーが視界に捉えると、再びテレフォンの着信音が響く。
『遅かったわね。レディを待たせるもんじゃないわよ』
「一方的に呼びつけるのがレディのすることなのかな?」
『どうだっていいわ。重要なのは貴重なアタシの時間を無駄にしたことよ』
「それなら、そっちからくればいいのに……」
『つべこべ言わないの』
有無を言わせないサクラの態度に、ジョーは懐かしさを覚える。
しかし、油断はできなかった。いつまた襲い掛かってくるかわからないのだから。
「――で、何の用なのさ?」
『せっかちね。これだから男って嫌。パパもガスもアンタも、男って例外なく物事を急ぐわよね。ホント、バカばっかよ』
「うるさいな。結局、用件はなんなのさ」
『そんなに急かさなくたっていいじゃない。だって――』
急に声のトーンが落ち着いたサクラの態度に、ジョーは底知れぬ恐怖を覚える。
対峙する相手の豹変は、人に本能的な恐れを感じさせる。生まれながらにして刷り込まれた生存プロセスが、警告を発するのだ。
そして――
『アンタここで死ぬんだから』
決定的な一言をジョーは聞く。当然納得などできない。
自らの非を顧みながら、ジョーも反論するのだ。
「何故……どうして、僕が殺されないといけない! あのアルって騎士を殺したのがいけないのか!?」
『アルが死んだのなんてどうでもいいわ! アタシが気に食わないのはね――!』
ジョーはその先を聞いてはいけないような気がした。
耳に入れてしまえば、もう戻れない。そんな気がした。
拒みたかった。逃げたかった。
そんな思いに感応したのか、『ブレイブ・センス』が発動する――
『マシンに命を救われたはずのアンタが! マシンを使って人殺しをしたことよ!』
スローな時間に支配され、聴力の強化されたジョーは、一字一句逃さずはっきりと聞いてしまった。
そして、初めてMWに乗った日を思い出す。安い使命感からプロトを動かし、ブレイブ・センスを扱いきれずに盗賊を殺害した感触を。
忘れていた――いや、慣れてしまっていた己を恥じ、汚れ切った自らの手を見つめる。爪が伸び、痩せてきた指は、悪魔のようにも見えた。
だがこれで終わりではない。後悔に苛まれる心に、更なる追い撃ちが掛けられる――
『百歩譲って別に殺すのはいいわ、仕方なかったかもしれない! 昔死にかけたアンタからすれば怖かったかもしれないのも解るわ! アタシにだって……わかるもの。でもね――!』
――聴きたくない。過去を掘り起こされ、汚れ切った今の自分と比較されたくない。
そんな思いがジョーを陥れる。絶望――そう呼ぶのがふさわしい感情へと追い込んでゆく。
『それでも……『ジョウ・キサラギ』はマシンで人を殺すような男じゃなかったわ! それぐらいなら死ぬことを選ぶ人間よ! だから殺してあげるの! このアタシが!』
「そんな……そんな理由で……僕を殺そうっていうのか!」
『アンタには十分すぎる理由よ!』
「変わってしまった」――たったそれだけの理由で殺されようとしているのだから、ジョーとしては堪らない。
だがそれ以上に、自身の心境が大きく変化していることを彼自身も実感させられたのだ。いつの間にか、マシン越しならば平気で人を殺せるようになっていることに気が付いたのだ。
なぜそうなってしまったのかは、彼には解らない。だが、サクラからすれば自分が『別の何か』にすら見えてしまうのは、ジョーにも自覚できた。
『もういいわ! さっさと終わらせましょう!』
「ふざけんなよ! そう簡単にやられるか!」
ジョーはどうすればいいかわからなかった。
サクラが殺意を向ける原因が自身の『非』にあるのではなく、『変化』にあるのだとすれば、それはもうどうしようもない。
二機のブレイバーは、それぞれの腰に携えた剣――ヒート・ソードを手に取り、構える。
幼馴染である二人の殺し合いが、再び幕を開けるのだ――




