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三節 誘い

 トーマスがレイダーに向かって声をかけると、ハッチが開かれ、中からは予想通りの人物が梯子を伝って降りてくる。

 中に誰が乗っているかなどトーマスにはわからなかったが、トレーラーにアデラとリックが乗っていたのを確認すると、候補として彼の心に残る者はただ一人――


「ジョー! 敵襲だ! 早くブレイバーに乗ってくれ!」

「いつも以上に慌ててますね。どうかしたんですか?」

「敵はMWマシン・ウォーリアだけで構成された部隊だ! もうすぐ着く! 急いでくれ!」


 戦いにおいて敵の拠点を攻める場合、通常は歩兵との混成部隊が組まれる。

 進軍の速さは著しく落ちるが、そうしなければならない訳があるのだ。


 砦や城といった建物は、中の中までMWが入れるようにはできていない。隅々まで敵を殲滅し、占拠するとなれば、そういった『狭い』場所に入れる生身の人間が必要になるのである。


 そういった訳で、普通に考えればありえない編成なのだ。降りて戦うことも考慮したところで、MWの絶対数の都合上どうしたって少数編成になるのだから。

 進軍速度を考慮する場合であっても、騎馬兵ぐらいは付ける。


 だが、そんなことをジョーが知るわけはないし、その異常性を感じ取れるわけもない。


「あ、はい、急ぎます!」

「もたもたするな!」

「うるさいですね! 急いでますよ!」


 逆上したジョーはトーマスがやって見せたように、梯子の中ほどから飛び降りる。

 ……しかし、慣れないことをしたせいか、足首を痛めたようだ。うずくまっているが、幸い致命的ではないようである。


 トーマスは梯子を掴み、ジョーを睨む。


「さっさとブレイバーに乗ってくれ! 俺はこのレイダーで出る!」

「先に行っててください!」

「お前がいないと出してもらえないんだよ!」

「す、すみません!」


 トーマスが怒鳴ると、ジョーはようやく駆け出した。

 それを見送ると、トーマスもすぐにレイダーに搭乗しようと、足を梯子にかけようとする。


 だが、その背後に迫る者がいた――


「トーマスよ、話がある」

「リックかっ! 後にしろ!」

「駄目だ。これはジョーの小僧と共に戦う上で、知っておくべきことだ。一応はあやつを使う立場であるお主なら、尚更な」

「……手短に話せ!」

「ああ――」


 リックはトーマスに話す。

 ジョーに宿る能力、『ブレイブ・センス』の力を――

 その話を聞いたトーマスは、得意げに笑うのだった。



――――――



「……ちょっと出てくるわ。大人しく寝てなさいよ」


 エルはそう言い残し、天幕を出る。

 彼女とて、サクラが狸寝入りしていることには気づいているはずである。いや、だからこそ、付き合いきれないとばかりに出て行ったのだろう。


 ――しかしながら、何故このような仮病をサクラが使っているのかについては、全く思い至らなかったようである。

 だからこそ、簡単に目を離したのだ。


「やっと、出てったわね……」


 エルの姿が見えなくなると、サクラは起き上がった。

 そして周囲の目を気にしながら、そそくさと幕をくぐり、出て行く。

 その足取りは、まるで諜報員――いや、素人丸出しであるので、コソ泥と言ったほうがいいだろうか。とにかく、後ろめたいことをしているようであった。


「騎士見習い殿、どうかされましたか?」

「――!」


 いきなりサクラの背後から声がかけられる。

 張り巡らせた神経は予想外の声を受け、全身を強く痙攣させる。驚きのあまり、変な声を出してしまいそうになる。


 声の方向に顔を向けると、そこには見知らぬ顔の男がいた。そう、サクラの知らない、ただの兵士である。


 彼女が騎士見習いだと思われているのは、纏っている服装が騎士のそれで、かつ若いからだろう。

 ちなみに服はエルからの借り物である。


「……脅かさないでよ」

「どうか、されましたか?」

「いえ、何でもないわ。……見回りかしら?」


 サクラは誤魔化すように話を変えた。

 しかしながら、兵士はそれを疑いもしていないような顔で答えるのだ。


「ええ、先日襲撃を受けたばかりですから、こうして私共のような雑兵が警戒にあたっているわけです」

「そ、ご苦労ね。ところで、ここから近くて見つけやすい場所は無いかしら? 目印みたいなのがあるところがいいわ」

「それなら東にかつて狂獣が荒らし尽くしたという荒野があるそうです。その中心には、地から突き出した巨大な岩があって、狂獣との戦いの後に生えたそれは平和のシンボルなんだとか――」

「へえ、なかなか面白いじゃない」


 『狂獣』というのがサクラにはわからなかったが、とにかく彼女がこれから行おうとすることに適した場所であるのは理解できた。

 無計画に動き出してしまったが、どうにかなりそうだと安堵するサクラ。


 ――決戦、決着、そして決別。それらをすべて果たすに相応しい場所に、彼女には思えたのだ。


「ありがとね! じゃ、アタシ急いでるから!」

「お気をつけて!」


 何も知らない兵士は手を振り、送り出してくれる。

 その姿を少しうれしく思いながら、サクラはこれから先の光景を思い浮かべるのだ。

 その光景とは、笑顔で手を振り返す彼女の姿からは想像できない未来だろう。


「もうすぐ……もうすぐよ、ジョー……」


 サクラ・ホワイトの狂気は、既に遠い未来など見据えてはいない。

 彼女の心にあるのは、近い未来の短絡的な結末だけである。


「もうすぐ……終わるから……!」


 サクラが手をかけるのは血塗られたような紅い鉄の棒。

 それは、皇国の勇者であるジョーの機体と、唯一対等に渡り合うことのできるマシン――ブレイバー・ジークの昇降梯子である。


「見つけたわっ! 待ちなさいサクラ! 私はガス様に貴方を看ているように言われているのよ! 勝手なことをしないで頂戴!」


 急ぎ、サクラはジークへと乗り込む。

 ようやく彼女を見つけたエルの制止を振り切り、ジークを動かす。


「きゃっ!」

『ごめんなさい、エル! きっともう戻らないわ! でも安心して――』


 突然動き出したジークに驚き、尻もちをつくエル。そんな彼女に、拡声器で言葉を残すサクラ。


『アルの仇は絶対取るからっ!』


 ジークは発進する。被害を出さないよう慎重に――

 そして基地から離れると、大胆に加速するのであった。



――――――



 ジョーの操るブレイバー・プロトが開かれた門を抜けると、敵は既によく見える位置まで迫っていた。

 数は多くない。砦のMWの頭数よりも、更に下回るだろう。報告通り、歩兵もいない。

 そして、その先頭にはジョーにも見覚えのある白いMWが立っていた――


『ぜ、全軍突撃! 早くしろっ!』


 その光景に焦ったのだろうか。カールの後任の隊長はすぐさま突撃指示を下す。

 相変わらず――いや、カールの存命中よりも統率の取れていないMW部隊は、思い思いに自らの定めた敵へ向かって前進する。


 歩兵は前に出さない。MW同士の戦いにおいて、いる意味は無いからだ。

 援護射撃を行う弓兵以外は、万が一侵入された時のために砦の中で待機している。


『これが戦場の空気か。MWの中で味わうのは初めてだな』

「すぐにそんなことも言ってられなくなりますよ」

『ジョー、知らんだろうが、MW乗りとしての俺は中々の実力だぞ』

「期待してますよ」


 自信満々に語るトーマス。

 しかし、ジョーは懐疑的に受け止めているようで、言葉とは裏腹に全く期待していないようだ。


『信じてないな? まあいい、ならば――見せてやるだけのことだ!』


 突如レイダーが急加速する。

 意表を突かれたジョーの目には、早速獲物を捉えた黒い襲撃者レイダーがうつる。

 その構えられた剣先が、差し迫ったアーミーの腹部を狙い、貫く。


『見たか! 早速一機だっ!』

「横っ! 横にいますっ!」


 トーマスが自慢してくるが、既に次の敵が彼に迫っていた。

 ジョーは慌てて警告するが、それはトーマスの耳には届いていない。

 なぜならば――


『……バレバレだっ!』


 既に気が付いているからである。

 トーマスはアーミーが斬りこんでくるタイミングで機体を急加速させ、その一撃を回避する――

 そして、そのレイダーの軌道にカーブを加え、敵の背後を突いた。


『二機目っ!』


 急襲を仕掛けてきたアーミーの腹から、剣が生える。

 深く差されたレイダーの剣が抜かれると、敗者となった機兵は前のめりに崩れる。


『次だっ!』


 すぐさま、皇国のアーミーと斬り合っていたアーミーの間に割って入る。

 意表を突かれ、慌てている敵の頭に、レイダーは容赦のない左の拳を打ち込む。


『オラッ! 三機目!』


 目を潰され、アーミーは視界を得るために外ハッチを開いてしまう。

 その剥きだしのキャノピーに、残酷なまでの横なぎの剣を打ち込むレイダー。

 ガラスが砕け散り、MWの視点で見れば僅かにも見える血が飛び散る。


『こんなところだ。少なくとも、ただのアーミーなど俺の敵ではない』

「さ、流石ですね……!」


 プロトをレイダーの隣に移動させ、素直にトーマスの技術を認めるジョー。

 そして、その視点をレイダーの向くほうへと向ける。


『――だが、あいつは俺でも難しい。お前に任せてもいいか』

「ええ、元よりそのつもりです」


 彼らの視線の先には、白いMW――


『やはり出てきたか、ブレイバー!』


 皇国のアーミーを蹴散らし、目を合わせてきた機体。

 そう、ストライカーだ。


『ガス・アルバーンの相手までできる自信はない。頼むぞ!』

「ええ――! ん?」


 ジョーがガスと対峙したその時――


 突然に音が鳴り響く。それは、先日前線基地で聞いたものと同じもの――

 そう、テレフォンの着信音。ジョーはその呼び出しに応じる。


「もしもし! 今忙しいんだ! あとにしてくれよ!」


 この世界でこの機能を使ってくる相手など一人しか思い浮かばないジョーは、相手を決めつけ理不尽に苛立ちをぶつける。


『えっ? ご、ごめん……じゃないわよ! 今からアタシのところに来なさい!』


 声の主は、ジョーの想像通りであった。

 サクラの無茶な要求に、辟易するジョー。


『いくぞ! ブレイバー!』


 目の前では、ガスの操るストライカーが迫ってきていた。

 悠長に話している余裕など、既にない。


「切るよっ! 切るからね!」

『待って! これを逃したら、もう会うチャンスなんてないわ!』

「何っ!?」


 それはジョーとしても困る。彼は何とか説得したいと思っているのだ。

 機会すら無くなってしまうのでは、この先後悔するだろう。


 ジョーはストライカーの剣を避けながら、会話を続ける。


「どういうことさ!?」

『そんなのどうでもいいじゃない! 早く来なさいよ!』

「どこにいるんだよっ!」

GPS(衛星測位システム)でわかるでしょっ!?』


 ジョーはブレイバーを大きく後退させ、味方の後ろに隠れる。そしてその隙に、GPSからサクラの居場所を探った。

 ――地図は出ない。しかし、サクラのいる方角と距離は、自身と彼女の位置を示す二つの光点で示されるのだ。


 本来その位置を知らせてくれるのは、天よりも高くに漂う人工衛星――

 そう、この世界には存在しないはずの物でなのである。ジョーは驚きを隠すことが出来ない。


「――使えるのか!? GPSがっ!」

『東の荒野よ! いい!? 早く来なさいよね!』


 一方的に用件を伝えられると、通話は切れる。

 その態度に若干の腹立たしさを覚えつつも、ジョーは思い悩むのだ。


『逃げるな! ブレイバー!』


 盾にしていた味方機が薙ぎ払われ、ストライカーが追ってくる。

 その迫力は猛獣のようであった。対峙する『獣』の前では隠れることなど出来ないと、本能的にジョーは直感する。


「どうしろって言うんだ……」


 ストライカーは執拗にブレイバーを狙ってくる。

 その猛攻をかいくぐって戦場から離れることはできないだろう。


 それだけではない。

 よしんば一時的に抜け出せたとしても敵前逃亡とみなされ、処刑されてしまうかもしれない。

 そうなってしまえば、例えサクラを説得できたところで意味は無いのだ。


 ジョーは自らのなすべきことを定められない。

 ここまで来て、未だ宿命に翻弄されているのだ――

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