二節 ブレイブ・センス
ここは、前線基地内の天幕の中。
負傷者を寝かせるための簡素なベッドで寝込む少女と、それを見守る男。
そして、その後ろで冷ややかな視線を向けている女。
「ケホッ! ケホッ!」
わざとらしく咳き込むサクラ。その演技は、百人のうち一人が騙されれば上出来であろう程に拙い。
しかし、そんな仮病にも気が付かない者はいる。
「大丈夫か!? くっ、やはり先の戦闘で無理をしていたのか……!」
見当違いな推測をするガス。
明らかに風邪の症状を模しているのだが、医学的知識のない彼には何か別の病気に見えるのかもしれない。
「……ガス様」
心配そうにサクラを見つめるガスに、別の意味で心配そうな視線を向けるのはエルである。
そして、彼女の声を受け、ガスは立ち上がる。
「そうだな、そろそろ私はいかねばならん」
エルの漏らした言葉をどのように解釈したのかはわからないが、ガスは立ち上がる。
携える剣の位置を調節すると、サクラに背を向ける。
「サクラ、これから私は皇国の砦に攻め入る。エルを残しておくからしっかりと養生してくれ」
「う、うん」
「ガス様!? 私は聞いておりませんわ! 私もご一緒に――!」
突然言い渡されたことだったのか、エルは不満を訴える。
しかし、ガスは顔だけを振り向かせ、彼女へと目を流して言うのだ――
「駄目だ。アルを失ったばかりの貴様は何をしでかすかわからん」
「アルだって戦場で命を落とすのは覚悟の上でしたわ! 私とて騎士の生まれ、それぐらいのことは――!」
「だからこそだ。今回の侵攻を弔い合戦などと思われてしまっては敵わん。それに――」
ガスは体全体を振り向かせ、サクラに視線を移す。
そしてしばらくその様子を伺うと、顔だけをエルへと向けた。
「貴様には『出迎え』を頼む。私は部隊の指揮をすることになっているから、どうしても残ることが出来ない」
「しかし――!」
「この基地の守備を任せると言っているのだ。他に頼める者はいない、貴様だけが頼りだ」
そういわれるとエルも断れないのか、渋々それを承諾する。
ガスは上手く説き伏せられたと思ったのか、再び背中をエルへと向け、天幕を出るのであった。
――――――
ジョーは格納庫でレイダーに乗っていた。
自室に戻ろうとしたところで、アデラに遭遇したのだ。彼女は頼みがあると言い、それを承諾した結果、ジョーはここにいる。
「……で、何をすればいいんですか?」
ハッチの開かれた腹部から、ジョーが呼びかける。
「いやぁ、ちょっと勇者様のご意見を伺おうと思ってね。ソイツはアタシにゃうまく動かせないからね」
「トーマスさんにやってもらったほうがいいのでは? あの人が使うんでしょう?」
「アイツに任せるといい加減になるからね。全く、自分の命がかかってるってのに……」
「ああ」とジョーは納得する。
アデラはトーマスの扱い方をかなり心得ているようだと、彼は感心する。
「それにね、MWの扱いにかけちゃアンタが一番だって、皆思ってるのさ」
「へえ、それは嬉しいですね」
「それ以外はてんで頼りにならないけどね。シェリーと同じさ」
「……余計なことまで言わないでくださいよ」
「さて、そろそろ始めようかね――」
アデラが格納庫の外で野ざらしになっているトレーラーへと向かうのを確認すると、ジョーはレイダーのハッチを閉じ、起動手順を踏む。
彼の愛用のヘッドギアでも問題なく火は入る。計器に光が灯り、コンソールに文字は宿る――
ジョーの意識はコンソールへと移る。大した意味はない、ブレイバーとの違いを発見したかっただけである。
そして、画面上に浮かび上がった文字――
『試作マシン・ウォーリア レイダー v0.1』
ブレイバーと比べて明らかに文字が少ない。
しかし、ジョーが問題にしたのはそこではないのだ。
「『戦闘型』じゃないのか……? しかもこれ――」
そのディスプレイには、ジョーの見慣れたエンブレム――
「ホワイト重工の企業ロゴじゃないかっ……!」
『W』の字を模ったマークがあった。
ジョーの抱いていた疑念の一つが、いま確信に変わった。いや、今まではそう考えたくなかったのかもしれない。
――そう、マシン・ウォーリアとは、マシン・ワーカーの発展形である。
その事実が彼の中の『何か』を砕く。それは、抱いていた憧れであったり、偏見だったのかもしれない。
『労働者』から『戦士』へと進化する上で、どのような経緯があったのかはジョーにはわからない。
ただ一つ言えるのは、元の世界でサクラが言っていたこと――マシン・ワーカーが軍事転用を考慮して製造されていると言う話が、信憑性を帯びてきたということである。
『ん? 何か言ったかい?』
「……いえ、何でもないです……」
『そうかい? ならいいんだけど』
ジョーの独り言はマイクを通して発信されていたようである。
しかし、アデラはすべてを聞いたわけではないようだ。もし聞かれていたらと思うと、ジョーは恥ずかしくなった。
『じゃ、外出て動かしてごらんよ』
「はい、やってみます」
ジョーはレイダーを格納庫の外まで移動させ、その広めにとられたスペースの中で自由に動かしてみる。
直進、旋回、後退はもちろんのこと、設定されている各種アクションパターンの実行まで――
そして、ジョーは評価を下す。
「中々いいですね、これ」
『へえ、ブレイバーと比べると?』
「控えめに言ってゴミですね」
『おいっ』
ジョーの言葉は暴言にしか聞こえないが、的確と言えるだろう。普段ブレイバーに乗っている彼からすれば、性能に違いがありすぎるのだから。
直後、率直に言いすぎたせいで、とんでもない悪印象を与えてしまったことにジョーは気が付く。
「ああ、いや……ブレイバーと比べるとそうなってしまうだけで、十分に高性能機だと思いますよ。アーミーよりは遥かに使えます。……乗ったことはないですけど」
『アタシにはわかんないんだけど、ブレイバーとソイツで何が違うんだい?』
『お主……前の戦いを見なかったのか? 普通のMWであんな動きができるわけなかろう』
突然入ってきた声に、ジョーは驚く。
年を取った男の声――そう、その声の主はリックであった。
「……なんでそんなところにいるんですか?」
『この爺さんよくここにいるんだよ。全く、困ったもんだよねぇ。シェリーも邪魔だって言ってたよ』
『ここは中々居心地がいいぞ。エアコンが使えるし、なによりトーマスの小僧にも見つからん』
『あのアホにだってバレてるよ。そんなことより、どういうことなんだい?』
『……――』
アデラのカミングアウト以降、ジョーの耳に届くのは僅かなノイズのみである。
ヘッドギアの故障を疑ったジョーであったが、調子を見ようと一旦頭から取り外そうとしたその瞬間、声は入ってくる。
『……まさか感づかれていたとはな……まあ、それはいい。――で、だ。簡単に言うと、そのレイダーではお主の動きにはついていけんのだろう?』
「ええ、はい。どうしても動作がワンテンポ遅れます」
『そんなの普通じゃないのさ』
『しかし、ブレイバーは違う。思い通りに――自分の体を動かすようにタイムラグ無く動く』
「よくわかりますね」
ジョーは素直に驚いていた。外から見ているだけであるにもかかわらず、表面上のブレイバーの性能を見抜ける、その眼力に。
しかし、そこまでだろうとも思っていたのだ。だが――
『それに、小僧の超人的な動体視力と反射神経に追従できるのもそうだな。はっきり言ってあれは化け物だよ』
『ん? 超人的? どういうことさ?』
「……本当、よくわかりますよね」
『わからないほうがどうかしておるぞ。剣筋を見切り続けるなど、生身の人間でもそうそうできる者はおらん。それに、あまりにも反応が早すぎる』
リックは完璧に見抜いていた。
戦闘中は常にマシンの中にいるジョーには、客観的にブレイバー・プロトの動きを見ることはできない。
いわば彼はプロトの脳なのだ。カメラという目を通して視ることはできても、自らを客観視する能力はない。
故に、ジョーは周りからのプロトの評価を測り違えていた。
彼が思っている以上にブレイバーの戦術的価値は高いし、それを巧みに操るジョー自身も注目を浴びていたのだ。
『前々から聞きたかったのだが、あれはどういうことだ?』
「なぜかは知りませんけどね……こう、何もかもが遅く感じることがあるんですよ」
『……頭大丈夫かい?』
『いや、そうでもなければ説明がつかん。相手の動きを先読みすることが肝となるMWでの戦いで、あれだけギリギリで避けているのはそういうことなのだろうな』
『そういうものかね』
良い機会だからと、更にジョーは自身に宿る『能力』について、把握していることを話す。
発動すればありとあらゆるものが遅く見え、時間の流れが緩やかになること。その中でも自由に動けるほどに、特に鍛えられている訳でもないジョーの体が力を増すこと。
しかしながら、その発動条件は彼自身にもよくわかってはおらず、恐怖や緊張によって勝手に引き起こされる現象であるということ。
アデラやリックが何かを知っていることに期待し、ジョーはその詳細を口にする。
『なるほどねえ。それ、後でトーマスにも教えてやんなよ』
『それもそうだ、その能力――<ブレイブ・センス>については、あやつも知っておいたほうがいいだろう。』
「『ブレイブ・センス』……? 名前があるってことは、何か知っているんですか!?」
『今、吾輩が名付けた。遥か昔、獣人が持っていたと言われる能力の名前を基にしておるのだ。その獣人は今はおらんし、とりあえずの名前としてはお主も別に文句は無いだろう?』
「ええ、まあ……」
『ブレイブ・センス』――その名前に、ジョーは声に出さず嘲笑う。
この能力のトリガーとなるのは大体の場合において恐怖であり、『勇気』をもって発動したことなど殆どないのだから。
「『勇気』か……僕にそんなものがあれば、こうはなっていないのかもしれませんね」
『ジョー……アンタ、やっぱアタシたちのこと恨んでんのかい?』
「もうどうでもいい段階ですよ、そんなこと」
『ふふ、そうだ。もし恨むのなら吾輩やトーマスだけを恨めばいい。それに、お主がその『勇気』とやらを見せたからこそ、こうなっているのではないか? 盗賊や騎士に立ち向かわなければ、お主は天上という安住の地に行けただろうに』
「……貴方、もしかして喧嘩売りたいんですか?」
そもそもジョーを戦場に誘ったのは、結局のところリックである。ジョーはその恨みを忘れてはいない。
「……とにかく、これはちゃんとに動くので、戻しますね。乗る人に合うかまでは保証できませんけど」
微妙な苛立ちを抑え、ジョーは意識をレイダーへと戻す。
『ああ、助かったよ。アタシも多少は動かせるけど、実戦経験はないからねえ』
『吾輩がやってもよいのだぞ』
『アンタもトーマスの奴と同じようなことしか言わないじゃないか』
『この吾輩が奴と同レベルとはな……これは、手厳しい』
そんな会話を微笑ましく聞いているジョー。
そして、レイダーを移動させようとしたその瞬間――突然に鳴り響く音が聞こえてきたのだ。
「――な、何だっ!?」
『ジョー、まだ聞いてるかい!? すぐにレイダーから降りて! ブレイバーに乗り換えるんだよっ!』
アデラの慌てる怒声で、ジョーは思い出す――
その音は、飽きるほど聞いた打音。金属を打ち叩いた、けたたましい響き。
たった数日聞いていなかっただけの、警鐘。
数多の皇国の戦士たちが、格納庫へとなだれ込む。
その中には、ジョーの見知った顔もあった。
「ジョー! 敵襲だ!」
ハッチを開放したジョーのもとにトーマスが駆けつけてくる。
その声を聴いたジョーは完全に状況を理解し、その意識は彼を戦士へと変えるのだ――




