八節 戻れない二人
数多の光弾が、ジョーの操るブレイバー・プロトを包み込む。
その目に映る光景に、彼は美しさ以上に死への恐怖を幻視した。なす術もなく力尽きてゆく、その感覚を――
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
『さよなら、ジョー! アタシも――って、アレ?』
勝利宣言をしたサクラであったが、直後に素っ頓狂な声を上げる。
彼女が勝利を確信したのも当然だろう。ジークの放った光弾は確かにプロトの胴に何十発と命中しているのだから。
『何で!? どうしてっ!?』
――であるのに、着弾部分が赤熱するのみで傷一つ付かないのだから、驚くのも当然であった。
『どうして効かないの!?』
「えっ!?」
サクラは声だけでもわかるほど狼狽えているが、依然としてレーザー・マシンガンの発射を止めない。
そして数秒ほどすると光弾の嵐は止み、ジークは完全に沈黙した。バッテリー切れであろうことは、ジョーにも容易に想像できる。
『嘘でしょ!? 何で動かないのっ!?』
「――な、何なんだ……!?」
状況を理解できないジョー。
――その時、撤退の合図が上がった。
ジョーにもわかるように、煙幕をなるべく広域に撒くのがその合図である。
事前の打ち合わせの通り、トーマスたちは煙を焚いたのだ。
「まさかっ! もう撤退なのか!?」
『撤退!? 逃げる気!?』
煙を視界に捉えると、ジョーは逡巡する。
――ここで倒しておくべきか、否か。彼女を殺すべきなのか、否か。
十分に煙が充満すると、冷静になった彼は答えを出す。
「……君を殺したくはない。二度と――僕の『敵』にならないでくれっ!」
『ちょっと! 待ちなさい! 待ちなさいって――』
ジョーはテレフォンでの通話を切ると、プロトを翻し、去る。
ブレイバー同士の激闘を見守っていたMW達は、彼を追おうとはしない。ただ、突っ立って見守るのみである。
そしてプロトは自身を搭載していたトレーラーを見つけると、並走してその姿を眩ませるのであった。
――――――
「フフフ……」
馬車に乗り込んで尚、不気味に笑うリックにトーマスは辟易していた。
この老人とはそれなりに長い付き合いであるが、このような姿を見るのはトーマスも初めてであった。
「……いつまで笑っている気だ? ピーターじゃあるまいし」
「すまんすまん、だがあんなものを見た後ではどうしてもな。フフフフフ……」
トーマスが声をかけても、リックは笑みを崩さない。
それどころか、より激しくなったようにすらトーマスには感じられる。
「ブレイバーは敵にもあるんだぞ。良く喜んでいられるな」
「そうだな、だが一つ大きな違いがある。決定的な差がな」
「『決定的な差』だと?」
トーマスは先ほどの激戦を思い返すが、見る限りでは違いなど感じられなかった。
双方ともまるで生身の人間が信念を懸けて争っているようにすら見えたのだ。
敢えて言うならば、紅のブレイバーの方が僅かに戦闘力で勝っているように見える程度である。
「それがある限り、ジョーの小僧は負けはせんよ」
「どういうことだ?」
「お主もMWを操ったことがあるのならば、自分で考えるのだな」
普段通りの妙に上から目線なリックの態度にトーマスは苛つきを覚える。
状況が状況だからか、今回ばかりは思わず表情に出てしまっていた。
――そして、トーマスにとっては聞き捨てならないことをつぶやくリック。
「……やはり、引き込んでおいて正解だった」
「『引き込んだ』――だと? おい、どういうことだ! まさか――!」
リックの漏らした一言に激昂するトーマス。
脳裏に浮かぶのは最悪の想像――
「おかしいと思わなかったのか。あの愚皇が用もなく娘の部屋を訪れたのを」
「――そうか……あんたかっ! あんたが余計なことをしてくれたのかぁっ!」
トーマスはリックの胸倉を掴み、揺さぶる。怒号は馬車を操縦するベンどころか、前後の車両にまで重く響く。
勝手なことをされたから怒っているのではない。それ以上に、一人の人間の生を弄んでいることに、彼は激怒しているのだ。
「そうだとも。人を信用しすぎるのも考え物だな、トーマスよ」
「あんたというやつはっ! どこまで身勝手なんだ!」
「『身勝手』というならお主もだろうっ! 我らのために何人が死んだと思っておるのだ!」
リックの剣幕にトーマスは僅かに気圧される。その隙を突かれ、手を振り払われる。
彼の言う通り、トーマスも多くの人間の犠牲の上に立っている。
だがそれを自覚しているが故に、トーマスは無関係なはずのジョーを巻き込んだことを後悔し、否が応でも引きずり込もうとするリックに怒りを向けているのだ。
「だが……俺はあんたとは違う……! 人を都合のいい駒程度にしか思っていないあんたとはな!」
「ならばやって見せろ小僧! 貴様の悲願を叶えて見せろ! 吠えるだけならば駄犬にだってできる!」
「そのつもりだっ! 言われるまでもなくな!」
トーマスは改めて誓う。己の目的を叶えんとすることを。そのためにも、必ず『力』を手にしてみせると。
それはジョーの操るブレイバーなどではない。より強大で、どこまでも自由で、自らの意思で手軽に振るうことのできる力――
この時はそのようなものが本当に存在するなどと、彼自身も思ってはいなかったことだろう。
――――――
考えども考えども、ジョーにはわからない。
友人であるはずのサクラが、彼の危機以上に他人の命が失われたことを優先するのか。あまつさえ、殺そうとまでしてくるのか。
会話の限りでは男女の仲でも無いようであったと思い返すと、彼はますます意味が解らなくなってくる。
「シェリーさん。ちょっと相談したいことがあるんですけど、いいですか?」
『はいはい、何でしょうか?』
トレーラーで運ばれている中、唯一の話し相手であるシェリーにジョーは話しかける。
「仲がいいはずの友達がいて、そんな人が刃物を持って襲い掛かってくる状況があったとして……その原因ってわかりますか?」
『うーん……それだけじゃわかりませんねぇ』
あまり期待はしていなかったが、肩を落とすジョー。
しかし、シェリーは言葉を続ける。
『いくつか考えられるとすれば――』
「考えられるとすれば?」
『そのお友達に恨まれたとか、立場上敵になってしまったとかですかねぇ』
能天気に答える彼女に勝手な苛立ちを覚えつつも、ジョーは思考する。
順当に考えるならば後者だろうが、案外前者である可能性もジョーは捨てきれない。その根拠は元の世界での最期の記憶である。
ジョーはトラックに轢かれようとしていたサクラを突き飛ばした。
しかし彼女は転倒してしまい、トラックの全重量で圧し潰され、轢かれてしまったのだ。その苦しさは、同じトラックに撥ねられたジョーとは比べ物にならないだろう。
それが原因かもしれないと考えるジョー。彼には他に思い当たる節などないのだ。
「やっぱりそのあたりですかね」
『それともう一つ。お友達が異性なら、痴情のもつれかもしれませんねぇ』
「異性ですけど、それはないでしょうね」
ジョーは心の底からそう思う。彼女とは只の友人であり、お互いにそんな感情はないはずなのだからと。
他の友人に変な勘繰りをされることもあった。だが、結局のところ周囲もそれを認識しているからこそ、彼女の父親であるジョシュアも友達付き合いを許しているのだろうと。
『おや、そうなんですか。それはいいことを聞きました』
「いいこと?」
『いえ、何でもありません。仲直り、できるといいですね』
「……例え話ですよ」
『へぇ、そうなんですかぁ?』
ジョーは考える。それは、ここに至るまで何度も考えたこと。
どうしてこんなことになっているのかと。これからどうすればいいのかと。
自分だけならばまだよかったと思えるジョー。だがサクラまで関わってきた以上は――
「このままじゃ……だめだろうな」
『ん? なにか言いましたか?』
「いえ、こっちの話です」
彼は流され続け、ここまでやってきた。
しかし、その流れを変える必要があると、ようやく悟ったのだ。
ジョーは心を決める。決意したその眼差しは、揺らぐことはないだろう。
――――――
ブレイバー・ジークの操縦席で、サクラは泣いていた。
今更になって怖気付いたのだ。アルを始めとした人々の死にではない、ジョーの豹変にである。
しかし、それでも彼女にはやらなければならないことがある。
「『敵』になるなですって……?」
その言葉は彼女にとっては心外であった。
歯を軋ませ、憤りを表す。
「最初からアタシは『味方』よ……!」
サクラとしては、ジョーのために行動を起こしているつもりであった。
少なくとも、彼女自身はそう認識している。
「だって、アンタみたいなバカはっ……死ななきゃ治らないでしょうがっ!」
この世界におけるジョーの軌跡を知らないサクラは、信じられない光景を目の当たりにして錯乱しているのかもしれない。
だからこそ彼の命を絶つことが、ジョウ・キサラギを救うただ一つの方法であると、彼女は本気で信じているのだ。
もう、かつての関係に戻ることなど、考えてはいない。
「待ってなさい……次は、必ず!」
狂った心のままに、決意をする。
こうして新たに、殺意に溢れる鬼が生まれるのだ。
そしてその矛先は、確実にジョーへと迫ってゆく――
五章 戦場での再会 ‐了‐




