七節 本気の殺し合い
ブレイバーはストライカーの拳を避ける。
ジョーは剣を失ったその白い機体が素手で挑んできたのを、意外に感じていた。彼の中の騎士像には、潔いイメージがあるのだろう。
しかし、リーチの短くなったストライカーなど、ジョーの敵ではない。繰り出される拳やドリルを避け、再び破壊活動を開始するブレイバー。
「何だ、あれ……! まさか……っ!」
視界の端に立ち上がる機影を発見したジョー。アーミーの増援かと一瞬思ったが、その形は明らかにアーミーではなかった――
視線を移した彼の目の前に現れたのは、紅いブレイバー。
ジョーのブレイバーにある角はなく、そのほか細かい部分での違いはあるが、全体の作りとしてはどう見てもブレイバーであった。
目の前のブレイバーは腰にマウントされていたヒート・ソードを手に取ると、ストライカーのもとへと歩み寄り――
そして、割り込むようにその身をストライカーの前まで移動させた。それに応じるように、ストライカーとアーミーが引き下がる。
「ブレイバー……!?」
ジョーが不思議そうにつぶやいたその瞬間、彼の耳元から音が響く――
「くそっ、こんな時にっ……!」
それは、ヘッドギアのテレフォン機能による呼び出し音であった。
本来は中継基地を必要とするこの長距離通信機能が異世界で通じることに驚きながらも、ジョーはその呼び出しに応じる。
決して彼は目の前のブレイバーから目を離さないが、不思議なことにその真紅の巨人は微動だにしない。
「もしもし……キサラギですっ……!」
『――ああ、ジョー? アタシだけど、アンタ今何してんの?』
「サクラ? 君こそ今どこにいるんだっ!?」
『いいから答えなさい』
ジョーが驚きの声を発すると、返事が返ってくる。冷めたような感じではあったが、それは彼の聞き覚えのある声であった。
彼女が無事であったことをジョーは喜びもするが、それ以上に今の状況をどう説明しようかと悩み、唸る。
「うーん……今、異世界でロボットに乗って戦ってるって言ったら……信じる……? 信じるわけないよね、はは……」
ジョーは冗談めかして答える。
信じてもらえるなどとは微塵も思っていないだろう。
だが、サクラの反応はそれを真に受けたようであった。
『やっぱり……やっぱそうなのね……!』
「やっぱり」――その言葉にジョーは疑問を覚える。
彼と同じく――ジョー以上に酷い有様で死んだであろう彼女が、今どこにいるのか。
なぜ、このタイミングで連絡してきたのか。
ジョーは思考を巡らせる。
自分と同じならば、きっとアークガイアにいるのだろう。
自分と同じように人に出会ったならば、どこかの国で暮らしているのかもしれない。
自分と同じく、MWに乗せられるようなことにはならないでほしい。
そしてそこで、彼は重大なことに気が付く。強烈な悪寒が背中を巡る。だが、直感したときにはもう遅かった――
「まさか……!」
『アルを殺したのはアンタなのねっ! ジョーッ!』
目の前のブレイバーは突如加速する。剣を振り上げ、容赦なくジョーへと振り下ろす。
突然のことであったが、発動した『能力』によりその軌道を見切ったジョー。彼の操る灰色のブレイバーには当たらない。
「何でそんなものに乗ってるんだ! ブレイバーなんかに!」
『ブレイバーなんてダサいわ! ジークって呼びなさいよ!』
「そんなのはどうだっていいんだよっ!」
ジークから次々とヒート・ソードによる斬撃が繰り出される。
ジョーの操るブレイバー――プロトはそれを難なく躱す。だが、反撃に移ることはないため、押され気味だ。
「君がサクラならどうして僕を攻撃する!?」
『こんな惨事を引き起こしてっ! アルを殺したからよっ!』
惨事とは、前線基地を包もうとしている小火のことか、それともトーマスたちによる侵攻のことか――
それはジョーにはわからなかったが、付き合いの長い自分よりも他人を優先したことに彼は憤りを覚えた。
「僕よりそのアルとかいう人の方が大事なのかよ!」
『アルを殺したのが問題じゃないのよ! 『アンタが』殺したのが問題なのよっ!』
「訳が分からないんだよっ!」
『解らなくていいわよっ!』
殺意を増してきたジークの攻撃に、ジョーは恐れおののく。
かつて命懸けで守ろうとしたはずの人間から無慈悲な刃を向けられ、怒りだか悲しみだかわからない感情は暴走する。
――それは明確な殺人衝動となって、彼の意思を惑わすのだ。
「ふざけんなよっ! 何で僕が殺されなくちゃいけないんだ!」
遂にプロトはヒート・ソードを使ってしまう。
突き出された剣を跳ねのけ、反撃の刃を振り下ろしてしまう。
その一撃は、隙だらけとなったジークに炸裂したかにジョーは思えた。
ジョーは嗤う。勝利の快感に酔い、思わず口元を緩める。
しかし、彼にとって予想外のことが起こる。ジークは擦れ擦れのところでそれを回避して見せたのだ。
まるで、攻撃の軌道が見えているかのように――
「――避けたっ!?」
『そうやって殺したのね! アルを!』
「そっちが本気でやるっていうなら容赦はしない! ――殺してやるっ!」
一対のブレイバーは剣戟を繰り広げる。
互いに剣を振り回し、それを避け、ときに剣で受ける。その姿はまるで、人間――それも武に精通した達人同士の戦い。
手を読み、見切り、受け流し、そして隙を突いて致命の一撃を加えようとする。そんな戦いであった。
――――――
ガスはそれを黙ってみていることしかできなかった。
宿敵である灰色のブレイバーや、想い人であるサクラのジークの性能は重々承知していたつもりであった。
しかし、目の前の光景を信じることはできなかった。なぜならば、それは彼の見たことのないほどにハイレベルで、機械同士の戦いとは思えないほど激しいのだ。
それはまるで、伝承にある『救世主』達の物語を再現しているかのように。かつて、神兵と呼ばれていたころのマシン・ウォーリアが蘇ったのではないかと思えるほどに――
「エル、あれは……なんだ……!?」
『……私には、わかりませんわ』
思わずガスは問いかける。まともな返事など期待はしていなかったのだろう、そこで会話は途切れている。
感情を乗せて戦う機械巨人の姿に、ガスは心を奪われていたのかもしれない。
いや、彼だけではないだろう。ようやく騎士たちが乗り込んだアーミーも、ただの一機として動こうとはしないのだから。
「あれが、ブレイバー……あれが、最強の力……!」
ガスは笑っていた。その鋭い牙を剥きだし、笑みを浮かべていたのだ。
サクラと出会ったことで忘れていた感情が蘇る。野望が、渇望が、彼の中で再び湧き上がってくる。
そして原点を思い出す。自身の存在を誇示する物――それこそが、ガス・アルバーンという男にとっての『力』だった。
「あれさえあれば私は……!」
何者をも屈服させる最強の力と共に、自信を肯定し続ける最愛の伴侶と共に、理想郷を創る――
新たな欲望が、ガスの想いを支配した。
――――――
「あれは……!」
思わずトーマスは手を止めていた。
灰と紅のブレイバーが織りなす、美しささえ感じさせるほどに暴力的な斬り合い。近づくだけで容赦なく破壊されてしまいそうな、圧倒的な威圧。
二体のマシン・ウォーリアは、操る人間の心を体現していた。
立ち止まってしまったトーマスのフォローをするベンも、それを無視することはできない。
襲い来る帝国兵士を押しのけながらも、視線はしっかりと泳いでいる。
「やはり……吾輩の目に狂いはなかったっ! ハハハハハハッ!」
突然そう叫び、笑い出したのはリックである。
その声はどこか狂気のようなものを孕みながらも、心底嬉しそうであった。
思わずトーマスは恐怖する。普段は落ち着いた態度をとっていることの多い彼が、突然に声を上げたのだから。
「リック、落ち着け!」
「落ち着いてなどいられるものか! あれは『救世主』なのだぞ! 我らに勝利をもたらす存在だ!」
「敵にも同じのがいるんだぞ!?」
リックは止まらない。身振り手振りを付け、大袈裟に喜んで見せる。
その姿を哀れに思いつつも、返って冷静になったトーマスは撤退の準備を続ける。
「――くっ、急げ! 早くジョーにも合図を出すんだ!」
トーマスは怒鳴り散らす。
この戦いの行く末を不安に思いながら。
――――――
ブレイバーから放たれる殺気は鋭さを増してゆく。それはマシンの動きにも表れ、剣筋に手加減などは一切ない。
やがて戦いは加速する。一方が剣を動かすたびに、その軌道を予測しているかのように機体を動かす。一方の刃が空を切るたびに、即座に反撃に出る。
とてつもない速度で交差する剣戟。
激しく入れ替わる攻防。
それでいながらも中々着かない決着。
『早く……早く死んでっ!』
「そっちが死ねよっ!」
見る者を魅了するほどの剣舞。両者の力は拮抗し、その場にいる者達には永遠に続くかのように思われた。
しかし、一体のMWが動き出すことで確実な乱れが生じ始める――
それまで動く気配を見せなかったアーミーが正座の状態から立ち上がり、プロトの背後へと向かって歩き出したのだ。
「――甘いんだよ!」
それはジョーには見えていた。プロトがバック走行でジークの剣の射程から逃れると、リアカメラの映像を頼りに位置を合わせる。
そして振り向くことなく、無遠慮に近づいてきたアーミーを逆手に持ち替えた剣で刺した。
この時、ジョーはジークの間合いから逃れたと確信していた。しかし、それは間違いであり、明らかな判断ミス――
彼は完全に失念していたのだ、敵も『ブレイバー』であることを――
『甘いのはそっちよっ、バカ!』
ジークの胸部から放たれる『光』を感じると、ジョーの『能力』が発動する。
しかし時間の流れが何千分の一にも感じられようが、何百発もの高速で飛来するそれを避けるのは不可能だろう。
プロトの胴体に打ち込まれるのは、光の矢。そう、ジークの胴から突き出た二つの銃口、その先から放たれた弾――
プロトはレーザー・マシンガンの斉射を浴びてしまったのだ。
そしてジョーも、自らに降りかかる死の匂いを感じたのであった。




