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六節 煌く紅いブレイバー

 ブレイバーは破壊の限りを尽くす。

 その巨体はいくつもの天幕を破り、その剣は何体ものMWを葬る。

 どこまでも無感情な機械の単眼は、睨まれた者から戦意を奪う。


 ガス・アルバーンは焦っていた。

 何としてでも食い止めるはずが、既に基地まで侵攻を許してしまっているのだ。

 向かうところ敵のない彼にも、現状を目の当たりにして余裕など無かった。


「アル! エル! 『二盾一剣にじょういっけんの陣』だ!」

『はっ!』

『あ、あれをやるのですか!?』

「いまやらなくていつやる!」


 普段味方との連携など取ろうとしないガスが、自分からそのようなことを申し出るのは中々ないことだ。それだけ彼が追い詰められているということでもある。

 エルは快く応じるが、アルは不満げの様子である。しかし、ガスは無理にでもやらせるつもりであった。


『行くぞ! ブレイバー!』


 ガスは叫ぶ。宿敵であるブレイバーに向けて。

 そしてストライカーは走り出し、走行モードへと変形した二体のアーミーもそれに続いた。



――――――



 ジョーは目に映る物を片っ端から壊して行く。

 ――この基地さえ機能しなくなれば、敵はいなくなる。そうなれば、戦争も終わるかもしれない。

 そう信じる彼は、かつてでは信じられないほどに、非道の限りを尽くして行く。


『行くぞ! ブレイバー!』


 その声が聞こえてきたのは、人が乗らず棒立ちだったアーミーを切り裂いた時のことであった。

 左目に映し続けているリアカメラからの映像には、ストライカーが映っている。攻撃を察知したジョーは、難なくその突撃を回避した。


「ちっ! 邪魔だな、やっぱ!」


 ストライカーを無視するつもりだったジョーは、その方針を変える。

 背中を狙われ続けるのは、心臓に悪いものがあるのだろう。


 ジョーはストライカーを追おうとするが、ストライカーに続いてきたアーミーの一体がブレイバーの前に立ちふさがる。

 ドリルを回転させ突き付けてくるアーミーに対し、ジョーは怯んだ。


『貴様の好きにはさせん! 『灰色』!』


 「ならば」とそれを回り込んで避けようとするジョーだが、背後にもアーミーがいた。

 迂闊に動くことが出来ず、彼は焦燥する。


『釘付けにさせてもらうわ!』


 威嚇するようにドリルをゆっくりと近づけてくる前後のアーミー。

 しかし、ジョーが死への恐怖から『能力』を発動させる前に、アーミーたちは走り出しブレイバーとすれ違うように逃げ去った。

 そして、それとは別の走行音を聞き取ったジョーも、ブレイバーを前へと走らせる。


『流石にやるっ――!』


 ジョーがリアカメラで確認したのは、横から突撃してきていたストライカーの姿であった。

 あと一瞬踏み出すのが遅ければ、ブレイバーは餌食になっていたのであろう。


『MWの真の死角は後ろではなく横! 完璧にそこを突いたはずだったのだがな!』

「それだけうるさく音を立ててれば!」


 ジョーが追っていたアーミーは急に信地旋回し、再びブレイバーへとドリルを向ける。

 『能力』が発動し、急後退することでその射程外へとブレイバーは逃げる。急に逆方向へと逃げたことでジョーの体に負担がかかるが、その苦痛を興奮で抑えつける。

 そして再び後ろから片割れのアーミーが近づくと、同様の構図が出来上がる。


 三体のMWを相手にするのでジョーは手一杯になり、他にかまう余裕などなくなってしまっていた。



――――――



 ガスたちの連携攻撃『二盾一剣の陣』はブレイバーに通用していた。少なくとも、ガスは確かな手ごたえを感じていたのだ。

 そしてそれは彼の部下、『盾』を受け持つ二人も同様のようであった。


『この『二盾一剣の陣』ならば奴にも通用するようですわ!』

「当然だ! この技を破ったものは未だかつていないのだからな!」

『流石です、ガス様! これならあの『灰色』を打ち倒すのも時間の問題!』


 想像以上の効果に沸き立つガスたち。現にブレイバーは対処にあぐねているようだった。

 『剣』となり攻撃することに集中するガスは、着々とブレイバーを追い詰める。その灰色のボディには、既にいくつものかすり傷がつけられていた。


『終わりだ! ブレイバー!』


 ガスは額に汗を滲ませ、焦っていた。

 既に基地には、商人に擬態した皇国の兵士がなだれ込んできている。一刻も早くブレイバーを止めなければサクラも危険なのだ。

 故に彼は決着を急ぐが、確実に仕留めるのであればタイミングを計るべきだったのだろう――


「なっ!?」


 ブレイバーは振り下ろされたストライカーの剣を切り飛ばす。

 かつて対峙したときのように、赤熱する剣の刃で受け止められてしまったのだ。


 ガスはブレイバーの化け物じみた稼働速度を忘れていた。状況的には追い詰めていたからこそ、失念していたのだ。ここに来て渾身のミスである。

 しかし、今の彼には剣よりも失ってはいけないものがある。放心して隙を晒したりなどはしない。

 不要となった剣を捨てる。慌てずに、ストライカーをブレイバーから引き離す。


 失敗を犯しながらもガスはあくまで冷静な対処を試みる。

 だが、彼の部下はそうはいかなかったようだ。


『――とどめだ! 『灰色』!』


 ブレイバーの動きを止めていたアーミーの一体が、背後からその灰色の機体へと近づく。

 確かに一見すれば隙を晒しているように見えないこともなく、絶好の機会のように思える。


 ――しかし、その敵は常にリアカメラを確認している節があるのだ。

 そんな化け物じみた芸当を行っていることにすら思い至ってしまうガスは、アルの判断がとんでもない危険性を孕んでいることを理解していた。

 故に、叫ぶ。


「やめろアル! 不用意に近づくな!」


 ブレイバーとの距離を詰めたアルのアーミーが、右の前腕を前に出す。

 反応していたのか、ブレイバーは駆動輪を勢いよく回し、急旋回を行う。

 破壊力抜群のドリルの切っ先が、アーミーに向き直ったブレイバーへと迫る。


 しかし、突き出されたヒート・ドリルは、ブレイバーを穿つことはできなかった。

 その切っ先が触れる寸前でブレイバーは体を後ろへ倒し、スライディングしてその脇を抜けたのだ。


 ――そしてついでとばかりに脇腹から操縦席にかけ、剣を食い込ませていた。


『――ぐあぁぁぁぁぁぁっ!』

『アル! アルフレッドォッ!』

『……ア、アルッ! 返事をしなさい、アルッ!』


 アルの苦痛の叫びが拡声器で拡散される。その絶叫は十数秒にも渡った。

 即死することも叶わず、凄まじい苦しみのもとに命を散らす男の姿に、ガスは同情と悲哀を覚えた。

 自らの信頼する男の死に心を痛めながらも、ガスの視線は仇敵へと向いていた。


 仲間の死など、戦場では幾度となく経験したことである。

 それは彼の副官であるアルフレッド・ポールソンであっても、特別なことではない。

 友の死は等しく悲しいものだと、ガスの心は訴える。そして涙の一粒のみを零すと、その死を受け入れた。


『……貴様はここで討つ! 絶対にだ!』


 ストライカーは加速する。剣も部下も失ったガスに勝算などはもうない。

 それでも、彼には戦わねばならない理由がある。


 国家などという有象無象のためではない。彼の愛するものを守り、彼を信頼してくれた者に報いるためである。



――――――



『――ぐあぁぁぁぁぁぁっ!』


 アルフレッドの断末魔は辺り一帯に響いた。

 その声はこの基地に駐留する帝国兵の戦意を削ぎ、襲撃を仕掛けている者たちの士気を高揚させる。


 ――しかし、それとは違う反応をする者もいた。


「アル!? アルの声!?」


 天幕の中で震えるサクラにも、その声は届いた。

 心臓にまで届きそうな苦痛の声に、彼女の恐怖心は揺り動かされる。この場に留まるべきではないのかもしれないと、彼女の懐疑心を刺激する。

 気が付けば、サクラは外へと出ていた。その瞳に映るのは、切り裂かれたアルのアーミーと『灰色』のブレイバー――


「ブレイ……バー?」


 サクラは呆然とそれを見上げる。

 そして、ストライカーと戦っているそれをしばらく見つめると、決意したように走り出した。

 その向かう先は、なぜか彼女にしか動かせない真紅の機体。地面に寝かされているジークに上り、操縦席へと侵入する。


「確かめなきゃ……!」


 サクラはジークを起動させ、これまでに何度か行ったことのある起動手順を踏む。

 彼女は実戦など行ったことはないが、度重なるアルやガスとの試合でマシン・ウォーリアという機械に慣れてしまっていた。


 システムが起動すると、コンソールに文字が表示される。

 その画面には、こう書かれていた――


 『試作戦闘型プロトタイプ・コンバットマシン・ウォーリア ブレイバー v0.4 暗号名コードネームジーク』



――――――



 ブレイバーの特攻によって混乱している基地に、追い撃ちのように襲撃を仕掛ける者たちがいた。

 そう、トーマスの部隊――通称『商隊キャラバン』である。


「予定通りに動いていないMWを狙え! 雑魚どもには構わなくていい!」


 陣頭で指揮を執るのはトーマスだ。

 言っていることは敵を欺くための虚言フェイクである。実際は食糧庫や武器庫を優先とし、数十名いる隊員たちは動いていた。


「おい、トーマス! あれを見ろ!」

「何だ一体!」

「いいから見ろ!」


 凄まじい剣幕でリックがトーマスに詰め寄る。

 その迫力に圧されたトーマスは、渋々といった感じに指し示られた先を見た。


「……なるほどな。ベン、撤退の準備をさせろ!」

「……いいのか?」


 トーマスは指示を出すが、傍らのベンは不服そうに顔を顰めている。


「この作戦はジョーが敵のMWを抑えるのが前提だ。いや、ジョーがいなくとも、ぎりぎり成立するかもしれない。だが――」


 トーマスはリックが指していたものを、自身の指で改めて示す。

 その先には、紅いブレイバーが立っていた。


「ブレイバーが敵にもいるんじゃあな……。もう逃げるしかないだろ」

「吾輩もそうするべきだと思うぞ。一応は戦果もあるしな」

「……そうか」

「わかったら急いでくれ。多勢に無勢ではジョーもあまりもたないかもしれない」


 来たばかりだというのに、トーマスたちは逃げる算段を立てている。

 語るその口ぶりは、紅いブレイバーの力がジョーの操るブレイバー以上などとは微塵も考えていないようにも聞こえた。


 そんな彼らの態度が驚愕に変わるのは、このすぐ後のことである――


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