五節 圧倒的戦闘能力差
暗いブレイバーの中で、ジョーは待ち続ける。自らを脅かす敵を。
高揚しているのだろうか、その息は荒く、体は震えていた。それでいながらも口角は吊り上がり、微かに嗤っている。
『ジョー君そろそろ見えてきましたよ。――って、大変です! もう敵に察知されてます!』
「何があったんですか?」
『見張りの人が鐘を鳴らしてます! もう完全に見破られてますよぉ!』
シェリーの喚き声を聴くと、ジョーは冷静さを保つことが出来る。
自分以上に慌てる人間がいれば、返って落ち着くものだ。
そしてジョーは一拍の思案をすると、レバーを握る。
「――ブレイバーを出します。コンテナを開けてください」
『えっ、何をするんですか!?』
「僕が先に仕掛けます。近づく前にやられるんじゃ話になりませんからね」
『で、でも、トーマスさんに聞かないと……』
ジョーの提案は理に適っているのかもしれない。迎撃をさせず、懐に潜り込むのが当初の予定だったのだから。
しかし、彼は物事を決める立場にはない。シェリーが抵抗を覚えるのも当然だろう。
――だが、『勇者』である彼にとって、そんなことは関係ないのだ。
「うるさいな! 僕が出なきゃどうにもならないでしょう!」
『ひっ……! でも、駄目ですよ! 勝手に動いたりしたら――』
「開けないなら内側から壊しますよ!」
『わ、わかりましたよぉ! トーマスさんに何言われても知りませんからね!』
ジョーの剣幕に屈したシェリーは、コンテナを開いたようだ。天蓋が開き、ヘッドギアを通して光が眼に差し込む。
ブレイバーは荷台の上で立ち上がると、軽い助走をつけて進行方向とは逆へと飛び降りる。着地すると勢いのままに旋回し、泥をまき散らしながら前方へと全力疾走した。
「まずは高台と柵だ!」
ジョーはひとまずの目標を定め、前線基地へと距離を詰めてゆく――
――――――
「アル! エル! 貴様らの新しいアーミーは確かに強力だが、当たらねば意味はない! ブレイバーが出てきても迂闊に近づくな!」
そう発破をかけるのはガスである。
ボクサー型のヘッドギアを装着し、ストライカーの操縦席につく彼の眼差しに油断はない。
『承知いたしましたわ。相手がブレイバーなら、相手ができるのはガス様のみ。私たちの出る幕はないでしょう』
『ガス様。姉上はこう言っていますが、私にも足止めぐらいはできます。遠慮なく盾にお使いください』
「ふん、貴様らのような有望な騎士を捨て駒になど使うわけなかろう」
三体のマシン・ウォーリアが動き出す。
白の機体、ストライカーを先頭に、二体のアーミーが続く。
一歩一歩と、確実かつ安全に歩みを進め、基地を囲うように張り巡らされた柵のもとまで歩み寄る。
「やはり来たか――!」
彼らの目に映るのは、急速に近づいてくる一体のMW。馬車やトレーラーからも離れ、突撃して来ている。
まだ距離はあるが、その灰色の姿をガスは覚えている。彼の力の象徴の一つを奪い、部隊に多大な損害を与えた憎い敵。
そして、彼が認める最高のMW――
「ブレイバー!」
ストライカーは柵を跨ぎ、迫りくるブレイバーに向けて突進する。
構える剣は帝国製の鉄の剣。しかしながら、以前以上にストライカーの剣技は鋭さを増している。
これまで以上に無駄のないアクションをインプットしているのだ。総合的な強さでは以前とは比にならないだろうと、ガスは自負している。
白と灰の二体のMWがすれ違うと、それぞれの刃が互いの胴に向けて走る。
しかし、それらの剣が何かに触れることは叶わない。
『流石だな、ブレイバー!』
ストライカーによる渾身の一撃を避けたブレイバーに、ガスは惜しみない称賛を送る。
片足の駆動輪を止め、次なる一手に向けて鋭いターンを繰り出したストライカー。しかし、対峙することはない。
――再び捉えたブレイバーは、ガスに背を向けていた。
ブレイバーはストライカーには目もくれず、依然として前線基地ヘと向かっていたのだ。
「……そちらへ行った! 少しだけ食い止めろ!」
『お任せください!』
アルに指示を出すと、ガスはストライカーを加速させる。
ブレイバーを――否、敵を基地に近づけさせるわけにはいかない。そこにはガスの守るべきものがある。
誇りやプライド、ましてや『力』などではない。自らの在り様を認め、素直に接してくれる者。彼が愛するたった一人の人物――
「サクラ、君の下に奴を行かせたりはしない! このガス・アルバーンの命に代えても!」
ストライカーは駆ける。倒すべき敵の背を追って。
――――――
『この先には行かせん! 貴様はここで討つ!』
『止まってもらうわ! 『灰色』!』
ブレイバーの行く手を塞ぐのは、二体のアーミーであった。
その搭乗者から妙に息の合った台詞が吐かれる。
しかし、そのようなことよりも、ジョーが興味を引かれたのはその腕であった。
そのアーミーの片腕は、掘削用ヒート・ドリルアームだったのだ。それぞれ右腕を換装したタイプと、左腕を換装したタイプである。
「これじゃあまるで、マシン・ワーカーじゃないか……」
腕の換装によるあらゆる状況への対応。それは、まさしくマシン・ワーカーのコンセプトと一致するものだ。
何から何まで似ているとジョーは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかったようだ。
『行くぞっ!』
目の前のアーミーは動き出す。
その前腕部にあたるドリルを回転させながら、じっくり、ゆっくりとブレイバーと距離を詰めてゆく。
「くっ……!」
じりじりと近づけられる二本のドリルが、操縦席にまで響く強烈なうなりを上げる。勢いよく回転する鉄の棒は赤熱し、丁度近くを漂っていた虫を巻き込んで粉砕する。
その迫力に、ジョーは思わずブレイバーを一歩一歩と引き下がらせてしまう。
迂闊に近づけば、ブレイバーのヒート・ソード以上に強力であろうその武器で、風穴をあけられてしまうのは容易に想像ができた。
『こっちだ! ブレイバー!』
タイミング悪く、後ろからはストライカーが追って来ている。
ジョーの国の言葉で言えば、『前門の虎、後門の狼』といったところだろうか。
……前の二人は虎を自称してはいないが。
ともかく、危機を察知したジョーに『能力』が道を示す。
――前と後ろが駄目なら横に逃げる。考える時間を得たことで、当たり前のことに思い至るジョー。
ブレイバーは踵の向きを左へと変え、バック走行で逃げる。そして、三体の敵から距離を離すと、つま先の向く方へと上体を向けた。
『さすがにこの程度では通じんか』
ストライカーから響く声の男――ガス・アルバーンの強さを知るジョーは油断をしない。
戦士として経験を積んだ今になればこそ、その脅威をありありと感じることが出来るのだ。
白の機体、ストライカーの加速力とアンバランスさは恐らくブレイバー以上であり、それを手足のように扱って見せるガスという騎士の戦闘経験はジョー以上――
同じユニークマシンであるカールのファイターや、ミラベルの操るレイダーなどとは比べ物にならないのだと、頭でも恐怖心でも理解できた。
ならば、取るべき行動は決まっている。
『――アンタに構っている暇はない!』
そう、彼が優先しようとしているのは、トーマスたちが比較的安全に前線基地へと近づけるようにすることである。
ジョーはブレイバーを再び前線基地へと向け走らせる。ただし、アーミーでもついてこれる速度で。
拡声器で声を発したのは、挑発のつもりだろう。下手に留まられて後続を討たれては意味がない。
『待て! 逃げるか!』
狙い通り、全員で追ってくる。途中足の速いストライカーが何度も仕掛けてくるが、ジョーはかつてのようにギリギリでそれをいなす。
そして、目論見通り前線基地までたどり着いた。
ブレイバーは早速とばかりに、柵を蹴散らす。
『止まれぇっ!』
必死なガスの叫びが、ジョーの耳を突き刺す。
しかし、今更そんな声に反応するジョーではない。ストライカーの突撃を躱すと、ブレイバーはヒート・ソードで見張り台を切り倒す。
その刃の発する熱が崩壊する木材へと燃え移り、次第に炎上する。火は延焼し、あらゆるものへと燃え移ってゆく。
『おのれ! 私を愚弄するか!』
続くストライカーの攻撃もブレイバーは避け、その隙を突いてレーザー・マシンガンで残る見張り台の一つを焼く。
ジョーはガスを子供のようにあしらうことが出来ていた。
かつてはその攻撃を避けるので精一杯であったが、戦いの中で成長した彼にとって、既にストライカーなど敵ではなかったのだ。
想像していた以上の力量差を確信したジョーは、優先すべきものから壊してゆく。
ブレイバーによる蹂躙は、始まったばかりだ――




