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四節 鳴り響く警鐘

 その朝のガス・アルバーンは忙しそうであった。

 サクラの聞くところではミラベル・ローズの敗北による損害によって、部隊の再編と戦力の補充が必要になったのだという。


 消去法で臨時責任者に選ばれ後処理をさせられている彼に、サクラは会いに来ていた。

 自身が忙しい中で副官が模擬戦というお遊びに興じていることについて、意見の一つでも聞いてやろうとその朝の経緯を話したのだった。

 そう、またしてもサクラはアルに挑まれたのだ。寝ていたところを叩き起こされた上での挑戦状なのだから、腹が立たない訳はない。


「……今日も決闘か。まったく、アルにも困ったものだな」


 天幕の中に設置された机に着き、ぼやくガス。

 口ではそう言っても内心は嬉しいのだろうか、口元は緩んでいた。


 不機嫌そうにそれを見つめるサクラは思う――男とは何と馬鹿な生き物なのだろう、と。


「付き合わされるこっちはたまったもんじゃないわよ」

「直に飽きるだろう、それまでは相手をしてやってほしい」

「嫌よ、面倒だし。今回で最後にするわ」


 この場にいないアルやエルに代わって頼むガスを、サクラは突き放す。

 ガスやアルからすればまたとない機会なのかもしれないが、興味のないことを何度もやらされる彼女としては鬱陶しいだけである。


「……そのほうがいいのかもしれんな。確かにジークは強力なMWマシン・ウォーリアだが、これ以上君に危険なことをさせるべきではない」

「別に模擬戦程度ならそんなに危険じゃないんじゃない?」


 安全に配慮したうえで行う模擬戦は、彼女にとってはそう危険なものには思えないのだろう。

 だからこそ今までは相手をしていたのだが、ガスの懸念はそこではないらしい。


「いや、あまりジークを見せびらかすと、いずれアレに目を付けたものが君を利用しようとするかもしれない。私に庇いきれる程度なら良いのだが、それ以上となると――」

「いつまでもお世話になるつもりはないわよ。そのうちジークにもちゃんとした乗り手が来るでしょうしね」

「――え?」


 想定外の事だったのだろうか、ガスの面構えは間抜けにも見えるほど崩れていた。


「その「え」って何よ」


 ガスはいつまでもサクラを保護するかのような体で話をしているが、彼女としてはそのつもりはない。

 サクラはガスに感謝はしているが、あまり深くかかわるつもりはないのだ。


「戦争が終わったら行くわ。戻らないといけないところがあるの」

「その行きたいところが解らないのだろう!? 私も協力する! だから――行かないでくれ!」


 ガスの余裕な表情は消し飛び、焦燥が態度に現れる。

 対してサクラはどこまでも落ち着いた表情で、諭すように彼に話す。


「ありがとう、ガス。でもね、アタシはどうしても帰らないといけなくて、そこにはアナタは連れていけないの」

「どうしてだ!?」

「アナタは帝国の騎士なんでしょ? アナタに守る物があるように、アタシにはアタシの帰る場所があるのよ」

「アークガイアはもうすぐ統一される! 他でもない、私の手によって! そうなれば、この世界全てが君の故郷で、私たちの国だ!」

「ふふ、大真面目に変なこと言うのね。ジョーみたい」


 微笑むサクラは、ジョーのことを思い出す。

 そのどことなく意志の弱そうな姿を、苛つくぐらいに優しい眼を、そして馬鹿みたいに真っ直ぐな視線を――


 サクラの表情の変化を感じ取ったのであろうガスは、少し不愉快そうに問う。


「……何者なのだ? その、ジョーというのは」

「幼馴染よ」

「ほう、どのような男なのだ?」


 サクラは別に性別は明かしていないが、名前から男であるとガスは気が付いたのだろう。

 そして彼が対抗心を燃やしているのは、サクラでもその目を見ればわかった。


「一言でいうならバカね。小さいころ、MW……みたいなのに乗ったアタシのパパに助けられて、それ以来ずっとソレに執着しているの――」


 マシン・ワーカーのことは濁してサクラは語り始める。

 アークガイアにマシン・ワーカーがあるという話を聞いたことがないからだ。


「わざわざパパに弟子入りみたいなことまでしてね、いつでもソレのことを考えてるのよ。「自分もいつか人の命を救える人間になる」――ってね。そのせいで人付き合いもかなり悪いし、アタシ以外に友達がほとんどいないの。十年たっても変わらずそんな感じ。ホントバカ」

「ふむ……話を聞くところによると、その男の想いは本物なのだろうな」

「そうかしら?」

「人間というのは飽きやすい生き物だ。この私でさえ、君が現れた時から『強さ』への執念が薄れつつあるのを感じるのだからな。その男は大したものだと称賛しておこう」


 ガスは見たことのない人物を褒めたたえる。

 その言葉が本音であることは、関心を示している彼の仕草が物語っている。


「そうね。バカだけど、そんなジョーがアタシは嫌いじゃないの」

「そうか……『ジョー』――それが私のライバルの名か。覚えておこう」

「ふふふ、ライバルって。ジョーとガスじゃ話にならないわよ」


 どう話にならないのかについては、ガスは聞こうとはしなかった。

 結果を聞くのが怖かったのか、それとも敢えて聞かなかったのか、それは彼にしか分らない。


 だが一つだけいえるのは――

 二人を比較し、あまつさえそれを口にしてしまったことを、サクラが後悔するであろうことだけである。



――――――



 揺れるブレイバーの中で、ジョーは瞑想する。その心に宿る罪の意識を、少しでも紛らわすために。

 トレーラーで運ばれる中で、彼がするべきことなどあまりない。たまに入るトレーラーの運転手のシェリーの声に頷くだけである。


『そろそろです。出れるように準備をしてください』

「……わかりました」


 シェリーの声に静かに答えると、ジョーは組んでいた腕を解き、レバーを強く握る。

 気合を入れるように、万全を期すように、何度も握りなおす。


『ジョー君……気を付けてくださいね』

「ええ、もう見えてるんですか?」

『あと一キロくらいです。見えたら連絡しますね』

「……まだ結構あるじゃないですか」


 ジョーはその手際の悪さに辟易し、レバーから手を放す。


『ご、ごめんなさい』

「お願いしますよ。僕見えないんですから」


 コンテナに包まれたブレイバーの操縦席に座る彼に、外の様子を知る術はない。

 全てはシェリーの視覚に頼るしかないのだ。


 そして数刻の気まずい沈黙が流れる。

 ジョーは別にそれをものともしていなかったため、必然的に先に口を開くのはシェリーであった。


『……ジョー君、最近怖くなりました』

「慣れたんですよ」

『人が変わったようにしか見えないです。前はもっと優しかったのに……』


 ジョーはシェリーの言葉を無視して、黙りこくる。

 彼は再び瞑想を始めていた。だが、未だにその心は落ち着かない。


『――怖くなっても、優しくなくなってもいいです。でも、絶対に死なないでください。ジョー君が死んだら、私悲しいですから……』


 シェリーは今にも泣きだしそうな声で言う。だが――


「殺されてやるつもりはありませんよ。逆にとことん叩きのめしてやります……!」


 敵意に溢れるジョーにとって、それはただただ鬱陶しいだけの言葉だった。



――――――



 ガスがサクラとの二人きりの時間を享受していると、一人の男が無粋にも割り込んでくる。

 それは、ガスの副官のアルフレッドであった


「ガス様、商人がこちらに向かって来ております」

「商人だと? 迎え入れてやればいいだろう」

「特に不足している物資はございませんが……」

「嗜好品は無いだろう? それを買ってやればいい。兵の士気も上がる」

「しかし――」


 アルの物言いは、どこか歯切れが悪い。それは、ガスにも感じ取ることが出来た。

 そう、まるで来られると何か都合が悪いような――


「来られたら困ることでもあるのか?」

「いえ、そうではないのですが、そうなると私とサクラの試合が……」


 そのアルの言葉に、ガスは呆れを隠すことが出来ない。すっかり頭を抱えてしまっていた。


「今日はお預けにしましょ」

「そうだな。アル、今日は諦めろ」

「そ、そんな……」


 サクラの提案はあっさりとガスに承諾され、立場的に頭の上がらないアルは落胆する。

 その顔はかなり情けのないものであった。


「しかし、こんなところに商人とはな。私も一度見てみるか」

「でしたら、南の見張り台から確認できます。見張りを降ろさせますので、上からご覧になってください」

「あ、アタシも見てみたい!」


 三人は天幕を出ると、いくつか設営されている見張り台の一つへと向かう。

 それは木で組まれた高い足場であり、頂上には狭い足場と敵襲を知らせる鐘がついているのみの簡素な作りのものだ。

 耐久性に難があるのもあって、警備の兵士たちからは最も不評の持ち場である。


 アルが大声を上げ、見張りを降ろさせる。


「結構危なそうね、これ。アタシやっぱやめとく」

「賢明だな。ここのは吶喊とっかんで作ったものだから、崩れることも稀にある」

「……駄目じゃない」


 サクラとガスは冗談のような会話をしているが、担当させられるものにとっては命を落とす危険すらあるのだ。

 ガスは、落ち着いたら補強させようと心に決めていた。


「では、少し見てくる」

「気を付けてね、ホントに」

「ははは、狼の血を引くガス様なら、このような所から落ちてもどうにでもできるさ。心配の必要はないよ、サクラ」


 好き勝手言うアルを尻目に、ガスは梯子をよじ登る。

 そうして頂上まで登ると、よく目を凝らして近づいてくるそれらをみた。


 その一団は荷馬車とトレーラーの混成。一見疑う要素のない只の商人であり、恐れるに足らない者たちである。

 馬車の速度に合わせてゆったりとやってくるそれらを、ガスの鋭い視力は隅々まで捉えていた。彼にはどうにも見覚えがあるのだ。


 そして――その正体を見破った彼は鐘を鳴らし、叫ぶ。


「――敵襲だ! あれは商人などではない、敵だ! 臨戦態勢をとらせろ!」

「……は?」


 ガスの意図を理解できないアルは硬直している。

 一刻を争う状況下であり、それが伝わらないことをじれったく感じるガス。

 彼はMW以上に高い位置にあるその場所から飛び降りると、アルを睨んだ。


「帝国内を這いずっていたドブネズミどもだ! 私の予感が正しければブレイバーが出てくる、早くしろ! エルにも伝えておけ!」

「は、はっ!」


 アルは困惑しながらも、ガスの命令に従い駆け出す。

 それをしばらく目で追うと、ガスはサクラへと向き合った。


「サクラ、君は隠れていろ。間違ってもジークで出ようなどとは思わないでくれ!」

「え……う、うん。さっきのテントにいるわ」


 そそくさと走り出したサクラを見守ると、彼女を守るためガスもまた走り出す。

 その向かう先は野ざらしとなっているストライカー。今だその身に傷のつかない『白い』彼の愛機である。

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