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三節 ドブネズミの不意打ち作戦

 事務処理をいくらか片づけたジョーは、突然やってきたトーマスによって会議室に召集されていた。


 十名程での使用を想定されているであろうその部屋には、三十名以上の人間が立っている。全て商隊の隊員たちだ。

 設営されていたのであろう机と椅子は退かされ、部屋の隅にまとめられていた。


「……リックはいないのか? まあいい、後で俺から伝えておこう」


 リックがいないことに疑問を覚えた様子のトーマスであったが、大して気にした様子もなく進めることにしたらしい。

 そして、一人だけで前に立つ、彼の話が始まった――


「さて、集まってもらったのは他でもない。先ほど、ランドール将軍から出陣要請が出た」

「『要請』? 『命令』じゃないんですか?」


 前置きを語るトーマスに、早速ジョーの横やりが入る。

 そこからか、といった具合に頭を抱えるトーマス。


「俺たちは一応皇女殿下の直属ということになっている。つまり閣下とは別の指揮系統にあって、『命令』を下されることはないんだ」

「へぇ。そうなんですね」

「ついでに言えば、お前は俺の部下として扱われている。そこいらの奴の言うことは聞かなくていいが、俺の命令は絶対だ」


 トーマスが答えた内容には、ジョーの知らなかった事実が含まれていた。

 そういったことは早めに教えてもらいたいと思いつつ、話を進めるためにもジョーは適当な返事を返す。


「……まあ、命令はほどほどに聞いてくれればいい。俺もお前に指図できるなんて思っちゃいないからな」

「ねえ、早く進めてよぉ」

「そうだそうだ」

「まあ慌てるな。続けるぞ」


 アデラが文句を言い出したのを発端とし、不満の声が上がり始めたのでトーマスは仕切りなおす。


「で、要請の内容はこうだ――」


 トーマスは腰の鞄から紙の一枚を手に取り、それを高らかに読み上げだした。


「えーと、第三遊撃部隊隊長トーマス殿、この度は――全部読むのも面倒だな……。簡単に言えば『敵が疲弊してる今がチャンスだから特攻かけてこい』という内容だ」


 トーマスは読み上げるのが面倒になったのか途中で打ち切り、代わりに彼の解釈が多分に入った説明をした。

 ジョーには書かれている内容を見ることは出来なかったが、本当にそれであっているのか疑問に思わずにはいられない。


「ちょっと! ちゃんと読んでよ!」

「へへへ、そっちのほうがわかりやすくていいぜぇ」

「アンタは黙ってなよ!」

「あぁ!? 別にわかりゃいいだろうがよぉ!」


 アデラとピーターが早速余計な言い争いを始める。

 ベンが手を叩き、大きな音を響かせることで何とかその場は静めた。


 あまりの統率の無さに、ジョーは軽い眩暈めまいを覚える。


「……内容的には間違っていないはずだ。とにかく、俺たちにその役が回ってきたわけだな」

「拒否はできないんですか?」


 またしてもジョーは質問を投げる。

 トーマスの嫌そうな表情から見て、そんなことができればしているのであろうことは彼も分かっているが、それでも聞くに越したことはない。


「そりゃ無理だぜぇ。意味もなく断ったりでもしたら、隊長さんの愛しの皇女様が手ひどい非難を浴びることになるんだからなぁ。ヒェヘヘヘヘ」

「ピーター、余計なことまで言うな」


 代わりにピーターが答えたが、トーマスは顔を顰める。

 不愉快そうにしつつも、トーマスは地形図のような物を取り出し、彼らの目の前にある大きなボードに貼り付ける。


「これがその前線基地だ。何日か前に放った斥候の情報を基にしたものらしい」

「ふぅん。で、どうするんだい?」

「俺たちにできることなんてそうないだろう――」


 自信ありげなトーマスに、期待を抱く一同。そして、彼はその策を披露する。


「いつも通り商人に擬態して接近する。十分に近づいたら急襲を掛けるんだ」


 図をなぞりながら説明するトーマス。

 あまりにも短絡的な作戦に、ジョーは肩を落として落胆した。


「……えっと、それだけですか?」

「攻撃目標は兵糧庫、及び武器庫だ。詳しい位置はわからんが、ここだけ叩けばかなりの痛手を負わせることができるだろう」

「いや、そうじゃなくて――」

「ジョーにはMWの相手を頼む。その間に残りの戦力で目標を叩く。合図で撤退だ」


 トーマスはそれ以上のことは特に考えていないらしい。

 確かに有効な戦術ではあるかもしれないが、戦略らしい戦略がないことに一抹の不安を覚えたジョーであった。


「いいんですか? こんなので」

「アタシたちができることなんてほかにないからねえ」

「手札があるだけでも大違いだわな」

「……他に手はない」


 ジョーは周囲の人物に問いかけるが、概ね賛成のようだ。

 しかし、それでも状況を芳しく思わない彼は提案をする。


「せめてブレイバー以外にMWを用意できないんですか?」

「無理だな。この砦のアーミーは全て閣下の管理下にある。こんな指令を出すぐらいだから、分けてはくれんだろう」

「そんな……」


 却下されたこと以上に、その先の言葉にジョーはショックを受ける。

 トーマスは『友軍から捨て駒にされている』と言い切ったのだ。不安は募るばかりである。


「なら、あのレイダーとかいうやつは? 回収されたんでしょう?」

「もう動かないからスクラップ扱いになっているはずだ」

「僕はバッテリーパックだけを斬ったはずです。取り換えれば動きませんか?」


 ジョーがその言葉を口にすると、それを聞いた全員が表情で理解できていないことを示す。


「……バッテリー? 何だそれは? アデラ、知っているか?」

「聞いたことないね」

「何言ってるんですか!? MWの動力源ですよ! 背中に背負ってるやつです!」


 ジョーは思わず訴えるが、トーマスたちの反応はこの世界に生きる者としては普通のものである。

 古代文明の遺産は彼らからすれば未知の技術テクノロジーの塊であり、その原理や仕組みを理解できている者など一人としていないのだから。

 どよめきが室内に広がるが、当然わかっている者などいない。


 マシン・ウォーリアの構造については、ジョーも完璧に把握している訳ではない。

 しかし、マシン・ワーカーの知識がある彼にはある程度の想像はできるのだ。


「どういうことだ?」


 ジョーは、MWの動力源であるバッテリーユニットについて、自らの見立てを話す。

 背中に取り付けられているそれがMWの心臓ともいえる部分であり、考えが正しければ簡単に交換が可能であると――


「へえ、よく知ってるね。そんなこと」

「ほんとにおめぇ古代文明人なんじゃねぇか? ケケケケケケ」

「出自なんて今はどうでもいい。重要なのはユニークマシンが手に入るかもしれないということだ」

「そうですよ、ゴミ同然に扱われているなら譲ってくれるかもしれません!」


 予想だにしていなかった情報に、歓喜の声を上げる一同。

 だが、そこに水が差すものが一人――


「……今回は使えない」

「どうしてだ? ――そうかっ!」


 突然口をはさんできたのはベンであった。

 トーマスは訝し気に問うが、返答を待たずその答えに思い至ったようである。


「どういうことなんですか?」

「MWを運べるトレーラーは一台しかない」

「……あっ!」


 返されたトーマスの一言で、ジョーは気づく。

 例え直せたとしても、レイダーを隠せるトレーラーが無ければ商人に扮することはできない。奇襲を軸にした今回の作戦では、どう足掻いても使用することはできないのだ。

 少数で攻める以上はMW一台という僅かな戦力をとるよりも、先制攻撃を仕掛けて少しでも優位に立てたほうがいい。

 ジョーは戦術に明るいわけではないが、感覚的にそれを理解することができた。


「そりゃ残念だね」

「仕方ないだろう。それに、今回の作戦の肝はブレイバーじゃない。ジョーには足止めをやってもらうが、破壊工作は俺たちの仕事だ」

「なら、そっちはお願いしますよ……」


 ジョーは渋々と納得して見せる。

 自分は最低でも引き付けておくだけでいいのだから、本命である彼らのやり方に任せることにしたのだ。

 内心は不安だったのだろうか、その声は小さく、弱々しいものであった。


「さて、こんなところか。これよりこの作戦を――そうだな、『ドブネズミの不意打ち作戦』とでも呼称しよう」


 ネーミングセンスの悪さを存分に発揮するトーマス。あまりの酷さに非難の嵐が会議室に巻き起こる。


「ふざけんな!」

「なげえぞ! 覚えづれえんだよ!」

「誰がドブネズミだ! お前だけだろ!」


 ジョーは特に動じずに流れを見守ることにしていたが、隊員たちは更にヒートアップしていく。ベンも特には止めようとしない。

 不評の声を通り越して人格攻撃が始まったころ、必死に宥めようとしていたトーマスが震え出した。


「……ええい! なら他の案を出してみろ! お前らに出せるのか! ええ!?」


 ――結局、代案が出ないので彼はそれを無理矢理押し通した。

 熱が冷めたのを確認すると、再び落ち着いた様子で話しを進めるトーマス。


「……さて、作戦の前に――ベン、レイダーとやらは確保しておいてくれ。戻ったらさっきの話を試す」

「……ああ」

「アデラ、お前はブレイバーとトレーラーと万全な状態にしておくんだ。絶対に不調は起こさせるな」

「わかってるよ」

「ピーター、お前には任せたいことが別にある。今のうちに休んでおけ」

「あいよぉ」

「それと――」


 トーマスは指示を下して行く。

 堂々とした態度からは威厳を感じさせ、的確に人を動かしているように錯覚させる。少なくともジョーにはそう見えた。


 そして幾人かに具体的な命令を下すと、トーマスはジョーの顔をじろじろと見つめる。その動きは多少の気色悪さをジョーに感じさせる。


「ジョー、お前はどうも疲れているようだな」

「……そんなことないですよ」


 ジョーは図星を突かれたが、狼狽えることは無い。


 その眼は充血し、まぶたは震えている。目の下には隈を浮かべ、息はどことなく荒い。

 誰がどう見ても寝不足であったが、余計な心配はさせまいと彼は強がって見せる。


「ブレイバーの調整はもういらないだろう? お前も休んでおけ」

「善処しますよ」


 ジョーは冷たく答える。聞く者によっては、それは反抗的にすら聞こえただろう。

 しかし、トーマスの表情は揺るがない。


「……よく眠れる方法を教えておこう。それは何も気にしないことだ」

「出来ればやってますよ」

「心を落ち着けるんだ。乱れたままでは何もできないからな」

「無茶ですよ」

「それでもだ」


 口ではジョーも否定するが、ふてぶてしいまでのその精神は見習いたいと思っていた。

 それが出来れば、こんなには苦しんではいないのだろうから。


「では明朝に出る。全員それまでに支度をしておけ!」


 トーマスが号令をかけると、各員は作戦に向けての行動に移る。

 その向かう先に、彼らを戦慄させるものがあるとも知らずに――

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