二節 それぞれの仲間達
「はぁ……バカじゃないの?」
サクラは呆れたようにため息をつく。アルに一方的に果たし状を叩きつけられ、困っているのだろう。
これは、この前線基地で最近よく見られるやり取りだ。
世話になっている以上断りづらいものの、彼女としては相当に迷惑していた。
「そう言ってやるな。ああ見えて並みの騎士では奴の相手にはならんのだ」
「でもこっちは素人なのよ?」
彼女自身の言う通り、サクラの操縦経験など薄っぺらいものだ。
マシン・ワーカーを動かしたことすら、ほとんどなかったのである。戦闘など、もってのほかだ。
「そんなことはない。私でさえ、君の操る<ジーク>を捉えきることはできないのだからな」
「……買いかぶりすぎよ」
サクラは照れと嫌悪感の混じった複雑な声で答える。
彼女はガスとも軽く手合わせをしたことがあったが、まさかこうまで評価されるとは思っていなかった。
「そうね。ガス様はサクラ相手だと贔屓するようですから、全然信用できませんわ」
「そのようなことは無い。私は力ある者には正当な評価を下す」
「……とてもそうは見えませんわ」
エルがガスの評価の信憑性について説くが、ガスは断固として否定する。
その姿は、心なしか普段よりも感情的になっているようにサクラには見えた。
「まあ、兎も角。サクラ、今日もアルにいい経験をさせてやってくれ」
「言われなくても、わざわざ負けるつもりはないわよ」
それだけを言い残してサクラも天幕を出た。
彼女の使うMWの準備に出たのだ。
――――――
ジョーは昨夕のように、壁の上にいた。
同じように空を見上げるが、その色は淀んでいる。まるで、彼の心を映しているかのように。
「はあ……」
ため息を漏らすジョー。
先の見えない戦いがこれからも続くのだ。憂鬱になるのも無理はないだろう。
「また悩み事か、少年」
そこにやってきたのは、またしてもリックである。
昨日のことなど無かったかのように、彼は話しかけてきた。
「悩みしかないですよ。戦争がいつまで続くのかもわからないですし、貴方は訳の解らないことを言い出すし……」
「訳が解らなくて悪かったな」
リックはジョーの隣に立ち、彼と同じように空を見上げる。
「そういえば、トーマスさんが探していましたよ」
「ほう。昨日のことを話したのか」
「いえ、アデラさんに無理矢理ブレイバーの掃除に駆り出されてるんですけど、道連れが欲しいみたいでしたよ」
「……頼む、吾輩がここに来たことは言わないでくれ」
リックは割と真摯にジョーに頼む。
ジョーはトーマスを見かけたら報告しようと心の中で誓った。
「ところでお主は何をしておるのだ? 昨日といい今日といい、天を見上げてばかりではないか。天上界にでも興味があるのか?」
「いや、やることがなくて……」
この世界に娯楽の類があるのかジョーは知らないが、少なくともこの砦にはない。
暇を持て余したが最後、時が過ぎるのを待つしかなくなるのだ。
ジョーは結局、邪魔だからとアデラに格納庫を追い出され、ここに来た。
彼としてはブレイバーの調整がしたかったのだが……
「ならばピーターの小僧やシェリーの小娘のところにでも行ってみたらどうだ。多少は仕事があるかもしれんぞ」
塀に腰かけたリックは提案する。
確かにそれならば暇つぶしにはちょうどいい仕事があるかもしれないと、ジョーも思い至る。
別に彼は働き者なわけではないが、一切の雑用を押し付けられないので嫌になるぐらい暇だったのであった。
「ありがとうございます。トーマスさんには黙っておきます」
嘘である。ジョーはあまり深くリックを恨むつもりはなかったが、全く恨んでいないわけではないし、腹は立っていた。
未だ謝罪の一つもないのだ、当然である。
「おお、頼むぞ」
そうとも知らず、能天気な声を上げるリック。
そしてジョーは、執務室へと向かうのであった。
――――――
アルとサクラの対決はサクラの勝利に終わった。
前線基地から少し離れた平野で、木製の模擬剣を突き付けられているアルのアーミー。
地面には無数の足跡、駆動輪の跡があり、激戦であったことを伺わせる。
二体のMWがハッチを開き、それぞれの搭乗者は展開された梯子を下りた。
「流石だな。私が見たブレイバーよりも鋭い回避軌道だった」
「ジークが反則的なのよ」
安全圏から歩み寄ってくるガス。その傍らにはエルの姿もあった。
サクラは髪を流しながら、余裕の態度で答える。
「アルもなかなかやるではないか。貴様にもユニークマシンがあれば、対等に戦えていたかもしれんぞ」
「……訓練では木剣しか使えませんが、新装備が使えるなら私にも勝機はありました!」
冗談めかして評価を下すガスに、アルは悔しそうに言い返した。
サクラには言い訳にしか聞こえないが、きっと男にはプライドというものがあるのだろうと思い、黙って見ていることにした。
「無茶よ。あれをどうにかしようなんて、人間技じゃないわ」
「姉上、それでもです! 私もあの『灰色』と渡り合えるようにならなくてはいけないのですから!」
「『灰色』はガス様に任せなさい。貴方には無理よ」
弟の無謀ともいえる目標を否定するエルだが、返ってアルは決意をより凝固にしてしまったようだ。
エルは闘志に燃えるアルの姿を心配そうに見つめていた。
「私にも上級騎士としての誇りがある! 奴に一矢報いなければ、胸を張って生きることが出来ないのです!」
「そんなものなの? あ、上級騎士っていえば――」
「ん?」
アルの抱負を他所に、サクラは思い出したようにガスに問いかける。
「アタシ騎士でも何でもないのに、ジーク動かして大丈夫なの? 確か死刑なんでしょ?」
サクラは不安げに聞く。
ここに来ていきなり「死刑」などといわれても、彼女としては納得できない。
「ああ、それなら大丈夫だ。その法は国でMWを管理するためのものでな。私のような後見人がいる場合は咎められることなど滅多にない」
「へぇ、そうなんだ」
自分で聞いておきながら、そっけない返事を返すサクラ。しかし、答えたガスは満足げな表情であった。
「そうそう、ガス様の元なら安心さ。帝国でも並び立つ騎士はいないのだからね」
「あっ、知ってる。確か『白い騎士』って呼ばれてるんでしょ?」
「サクラ、その呼び名はっ――!」
アルは慌ててサクラを止めようとするが、もう遅い。
ガスの目は明らかに険しくなっており、快く思っていないのが簡単に見て取れた。
「あらあら、ご機嫌を損ねてしまったみたいね。その仇名、お気に召されないみたいなのよ」
「ふん、確かにそう呼ばれることもある。だが、君にはそう呼んでほしくはないものだ。エルの言う通り、気に入らん」
只でさえ鋭い顔つきをしているガスが、更に迫力を増して不機嫌になる。
そんなに悪いことを言ったのだろうかと、彼女は不思議に思い問いかける。
「何で? かっこいいじゃない」
「それは私を好く思わない者たちが使う呼び名だ。機体に傷一つ付けない臆病者だと……私はそう言われているのだよ」
「へぇ、ならもっとかっこいいじゃない。要するに妬まれるほど強いんでしょ?」
ガスは衝撃を受けたように目を見開き、固まっている。
しばらくすると彼は再び動き出し、口元に笑みを浮かべた。
「……なるほど。蔑称としか見ていなかったが、見方を変えれば私の強さの証明――つまり、勲章なわけか」
「そうよ、もっと自信をもって名乗ってもいいと思うわ」
機嫌が直った様子を見て安堵するサクラ。
「ありがとう、おかげでまた一つ、私は強くなれそうだ。サクラ、やはり君は私の伴侶に相応しい女性だ。願わくば、婚約してほしい」
「大げさね。丁重にお断りさせていただくわ」
ガスは冗談のように婚約を申し出るが、サクラはそれを軽く一蹴する。
彼らが出会ってから、何回と繰り返されてきた光景である。流石にサクラにもガスが本気なのはわかるが、彼女には応じられない理由があるのだ。
だが、真剣に応じないサクラを快く思わない者は多い。実際、それを黙って聞いていたエルは面白くなさそうであったという。
――――――
執務室の扉を開けたジョーを待ち受けていたのは、たった二人で砦の事務を一手に引き受ける者たちの奮闘であった。
「……失礼しました」
「ああっ! ちょっとまってくださいよぉ!」
ジョーは静かに扉を閉めようとするが、駆け寄ってきたシェリーに止められる。
ピーターは羽ペンを必死に動かしていて、動くことが出来ないようだ。
「手伝ってくださいぃぃ!」
「わ、わかりましたから! 放してくださいよ!」
服を掴んで泣きながら懇願するシェリーに、引き気味なジョーは反射的に答えてしまう。
「でもよぉ。ガキに手伝えることなんかねぇだろ」
「あります、きっとあります、無ければ見つけますぅ!」
動きとは裏腹に、冷静に言うピーター。
かなり切羽詰まった様子のシェリーはそれを聞き入れない。よほど大変なのだろう。
――余談だが、「ガキ」というのはジョーの仇名らしい。尤も、そう呼んでいるのはピーターだけだが。
「ヘッドギアにカリキュレータ機能もありますから、簡単な計算でよければできますよ」
「それでいいです! これの累計だしておいてください!」
そう言うと、シェリーは近くにあった紙の山をジョーに手渡す。
その際に手が触れ合うが、ジョーはあまりうれしくなかった。シェリーは彼から見てもそこそこの美人ではあるが、気分的にそんなことは気にしていられない。
ジョーは受け取ったものを空きのある机の上に置くと、ヘッドギアのヘアバンド部、前後で分割したそれの前部分――投影機を目元まで降ろした。
片目には何も移さず。もう片方の目に計算機を映す。
耳元に手を当てて操作し、次々と計算式を入力する。
計算結果を出したジョーは羽ペンを手にしようとするが――
「そういえば僕、このタイプのペン使ったことないです」
そう、それは彼の使ったことのない原始的なペンである。
指には合わないし、そもそも使い方すらわからない。
「え? そうなんですか?」
「つーかその前に読み書きできんのかよ、おめぇ」
ピーターの物言いを馬鹿にしているものと解釈したジョーは、不愉快そうに顔を顰めた。
だが、ピーターは思い出したように言葉を続ける。
「……そういやぁ普通に本読んでたなぁ」
「へぇ。なら、書くこともできるんですかぁ? それなら教えますけど」
「当然ですよ。…………ん?」
きっとこの世界では、読み書きもそれなりの教養なのだろうと、ジョーはピーターの言葉の意味を察する。
そして同時に、今まで気が付かなかったことに気が付いた。
――そう、ここは異世界だというのに話す言葉は普通に通じるし、文字も彼の世界で使われている<公用語>と全く同じなのだ。
彼の世界では、言語が統一される以前は人間同士であっても話が通じないこともあった。
それなのに、なぜかこの世界ではコミュニケーションに全く不自由しない。
「……一体何なんだ、この世界は……」
ジョーにとって、ここは未知の世界だ。そのはずであるのに、多くの共通点がある。
言語、文化、そして機械――
決して元の世界とは無関係ではないのだろう。彼は元々抱いていたその疑念を、更に深めた。




