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七節 戦士達の心

 死体と残骸だけが蔓延する中に、ブレイバーは立っていた。

 戦いは終わったというのに、ジョーは一向に動かない。


 ジョーの心情とは裏腹に、天は青く輝いている。

 彼は空を見上げ、赤で満たされた地上は見ようともしない。


 天は彼を解放しようとはしない。

 それは罪を犯したからなのだろうかと、ジョーは一人考える。

 ――考えるだけ無駄だろう。太陽のない空に、彼が許しを請ったところで意味はない。


「夢なら覚めてくれ……!」


 ジョーはもう、何もかもから目を背け、全てを忘れて眠りたかった。

 そして、彼は赤く染まったブレイバーさえも、見たくはなかったのだ。



――――――



 砦を覆う壁の上で、ジョーは夕焼けを眺めていた。

 夕日はないが、空は紅い。彼にとっては、相変わらず違和感しか感じられない光景だ。


 それを見ていると、自分は死後の世界――彼の言うところの地獄へと来てしまったのではないかと、ジョーは考え出す。

 彼が今までいた世界こそが理想郷であるなどとは微塵も思わない。


 見下すと、そこには惨劇の跡がある。その大半は彼によって残されたものだ。

 倒れたままのファイターも、そこにはある。


 ジョーがそうしていると、足音が近づいてきた。


「どうした少年。そんな若いうちから黄昏ていると、先が思いやられるぞ」


 近づいてきたのはリックであった。

 彼はジョーの隣に立ち、同じように空を見上げる。


「……僕は間違っていたんですかね。何をしても結果が伴わないですし、今日だって僕のせいでカールさんが――!」


 そう懺悔するジョーの声は険しい。

 怒りの矛先を失った彼は、激情に駆られながら嘆くしかできない。


「それは違うな。正しかろうが間違っていようが、出来ないものは出来ん。カールの奴が死んだのも、別に誰かが間違っていたわけではなかろう」

「じゃあ、何でカールさんはっ! ……あの人は死なないといけなかったんですか」

「さあな。だが、奴はお主を庇ったはずだ。――でなければ、ああも無様な刺され方はしていない」


 リックは未だ戦場跡に転がっているファイターを指す。

 ジョーはその言い方に、少し頭にくるものを感じた。だが、それが返って彼の思考を落ち着かせることになる。


「そうですよ。……多分、その通りなんだと思います」

「ならそれでよいではないか。カールはお主のために命を捨てた。ならば、それに応えるのが『勇者』の役目なのではないか?」

「違いますよ。踊らされているだけの人間に、後を任せるほどあの人は馬鹿じゃないはずです」


 ジョーはこの砦にいる数日の間で、既に自分の扱われ方を悟っていた。

 それは、戦力として期待されている訳ではなく、皇国の正当性を訴えるための粗末な置物であるということを――

 何も知らぬ兵たちは彼のことを称え、崇める物さえいる。だが、カールを始めとした一定以上の立場の者たちは、皇帝の企みを見抜いていたるのだろう。現に「信用していない」とまで言われたのだから。


 それにジョー自身も、理由などはっきりとしないまま戦っていることを自覚している。

 カールにもそれは指摘され、自分がいかに空虚な人間であるかを思い知っているのだ。


「僕はあの人の真意が知りたいんです。何故僕を助けたのか、それに命を懸けるほどの価値があったのか――」

「どうやらお主は自身を過小評価しているようだ」

「……過小評価?」


 人の評価など、ジョーはあまり気にしたことが無い。だが、それでもその言い方には気になるものがあった。

 『過小』などと言われれば、目の前のリックの評価だけでも気になるものだ。


「ブレイバーは確かにすさまじいMWなのだろう。しかし、吾輩が見たあの動きはとても人間が行ったものとは思えなかった」

「あの動き?」

「ほれ、あの盗賊が使ってたアーミーとの戦いで見せた動きだ。パンチをかなりギリギリのところで躱していただろう」

「気にしすぎですよ」


 ジョーはリックの目が節穴だと言いたいのではないだろう。言葉通り、細かいところに気を配りすぎだと言っているのだ。

 尤も、彼自身も意図が伝わるなどとは思っていないだろうが。


「吾輩はあれを見たとき、戦慄した。始めはブレイバーの性能に……そして、次第にお主への畏怖へと変わった。吾輩が戦ったとして、このような怪物に勝てるのかとな」


 リックの目はいつの間にか鋭いものへと変わっていた。

 それは、ジョーの見たことのない彼の一面であった。


「トーマスの小僧にちょっとした『提案』をしたのもな、お主を邪険に扱えば我々――皇国に牙を剥くかもしれないと思ったからだ」

「どうしてそんな話を……?」


 雰囲気が剣呑な物へと変わったと感じると、ジョーは身構える。


「カールにも今の話をしたのだ。奴は笑っていたがな」

「どうしてそんな話をするんですか!」

「奴にもやっとわかったのだろうよ、この吾輩の言うことが……」


 リックはジョーの言葉を無視して一方的に話す。


「そして奴は戦士としての覚悟を見せた。ただそれだけの話だよ『勇者殿』」

「貴方までそんな呼び方をするんですか!」

「そうだ、何と言ってもお主をここに呼び込んだのは――吾輩なのだからな」


 ジョーへと向き直るリックはプレートで保護された胸を叩き、自身の存在を強調する。

 衝撃の告白に、ジョーは動揺を隠すことはできない。


「……どういうことですか?」

「あの愚皇にブレイバーの存在を教えたのはこの吾輩だ。そうしたら奴はまんまとお主を徴兵してくれたよ。吾輩の思惑通りにな」

「どうして……どうしてそんなことをっ!」


 激昂するジョーを物ともせず、塀に腰を掛けリックは続ける。

 その表情はいつになく神妙であった。ジョーは思わず硬直してしまう。


「――もう、逃げられないからだ。勇者の『烙印』を押され、帝国相手に獅子奮迅の活躍を見せ、カールの思いを託されたお主はな」

「トーマスさんはこのことを知っているんですか!?」

「知らないだろうな。奴はお主の身を案じておる。知っておればここまで上手く事は運ばなかっただろうよ」


 トーマスが関わっていないことを知るとジョーは僅かな安心を覚える。

 この老人の独断専行なら、全員が自分を陥れようとしているわけではなさそうだと感じたのだろう。


「トーマスの小僧に言ってもかまわんぞ。こうなっては奴にできることなど無いだろうがな。ハッハッハ!」

「貴方は……トーマスさんの仲間じゃないんですか!?」

「そうだとも。だが、奴と吾輩では戦う理由も守るべきものも違うのだ。多少のすれ違いはある」


 次々と話すリック。その表情は心なしか晴れやかに見える。

 ジョーは突き落としてやりたくなる衝動に襲われるが、必死にこらえた。そんなことをしたところで状況が好転するわけではない。

 悪化は防げるかもしれないが、MWに乗らない彼に直接人を手にかける度胸などないのだ。


「トーマスさんもカールさんも、貴方の手駒ってわけですか……!」

「ああ、そうだ。カールは存外役に立ってくれたよ。トーマスは思った以上に使えんがな」


 これではカールも浮かばれないだろう。そう考えるジョーの瞳には、哀しみがあった。

 ジョーはその場を離れようと、身を翻して歩みを進める。


「……恨むなら恨んでくれて構わん。だが、皇国には必要なのだ。『勇者』が……!」


 リックはあっさりとジョーの背中を見送った。

 自身の手によって、重たい使命を背負わせたその背を――


「勝手すぎだろっ……! どいつもこいつもっ……!」


 ジョーはリックの聞こえないところで、一人漏らす。

 彼の憤怒は今、高潮に達していたのだった。もう冷静さなど、無い。

 できることは、ただ怒りのままに力を振るうことだけである。


 壁上から降りる為の階段を下ったジョーは、その拳を壁に叩きつける。

 表情が変わらないのを見ると、その心は晴れないのだろう。


 そして、怒りの矛先を求めるジョーは、次なる敵を待ちわびるのだ。

 本気になれば、敵う者などいない。それは、彼の自信であり、慢心であった。


 本来、他の世界の住人である彼には、戦うべき敵などいないというのに――



四章 戦士の覚悟 ‐了‐

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