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一節 麗しき少女

 凄まじい能力を発揮し、トーマスの信頼を勝ち得たジョー。

 それはいつか、彼の力となってくれることだろう。

 世の中には、力尽くでは勝てない魔物もいるのだから。


………………


 ――遺跡

 それは、古代文明人の残した技術の残滓であり、アークガイアに生きる人々にとっての希望。

 物流を支えている自動車はここから掘り出され、稀にではあるが強大な力を持つマシン・ウォーリアも発見される。


 崩れた地面の下から偶発的に発見されることの多いそれらは、アークガイア全土に数多く存在している。

 一説では、すべて繋がっているともいわれるが、その真偽は定かではない。

 扉らしきものは存在するが、誰も通ることができないのだ。よって、調査ができるのは基本的に一室のみである。


「つまらん……早く終わらないのか!」


 新たに帝国領内で発見された遺跡を見降ろし、そう駄々をこねるのは長い金髪の騎士。

 そう、ガス・アルバーンである。


「ガス様、落ち着いてください! まだ調査は始めたばかりです!」


 大人げなく喚くガスを宥めるのは、その副官アルフレッドだ。

 苛立ちを隠そうともしない上官に、彼も困惑を隠すことができない。


「仕方ないわ、アル。あの時ガス様が失ったのはクレセンティウムの剣なのよ。この方にとって、命の次ぐらいに大事な――」


 そういって理解を示すのはアルの姉にあたる人物、エルである。

 彼女なりに哀しみを共有しようとしているのかもしれないが、返ってガスの神経を逆なでしていることには気が付かない。


「違う。あんなもの、この私がその気になれば何本でも手に入れられる」


 「あんなもの」と彼は言うが、クレセンティウムは希少金属である。

 それで作られたMWマシン・ウォーリア用の剣ともなれば、多大な功績を上げなければ手に入らない勲章のようなもの――


 かつてガスは、とある小国のMWを一人ですべて討ち取った。

 その時の功績で皇帝から授与されたものがそれなのだ。決して安いものではないはずなのだ。


「はっ、ではなぜ……?」

「ブレイバーだ。私はあれが欲しい。あれこそが私の求める最強のマシン・ウォーリア――」


 語りだしたガスは自分の世界に入り込む。


「ブレイバーが? 確かにあれは凄まじかったですが――」

「昨日の戦いで解らなかったのか。奴は私の剣を『視て』から避けていたのだぞ」

「え……!」

「それは本当ですか!? ガス様!」

「貴様らならそれだけ言えばわかるだろう?」


 ガスの語る驚愕の事実。思わず、部下の二人は全身で驚きを表現している。


「ええ、MWに乗るものならば、敵の攻撃を視認したうえで避けることの難しさがよくわかります。生身の体ならば反射的に避けられることもありますが、入力からのタイムラグのあるMWでは、そうはいきません。普通に避けられるなんて……ガス様のストライカーでもそんなことはできないというのに……!」


 アルは知る限りの常識と照らし合わせ、改めてその凄まじさに衝撃を受ける。


「故に、帝国でMWに乗るのを認められるのは『上級』に位置する騎士のみ。培った戦いの才覚から、敵の攻撃を『予測』できる者でなければ、貴重なMWを無駄にしてしまうから……。それが必要ないなら何なのよ、あれは……!」


 エルは己の誇りを傷つけられながらも、その規格外な戦闘能力に驚嘆する。


「そう、あれはそれだけの性能を持っている。だが、本当に恐ろしいのは――」

「アルフレッド様! こちらに来ていただけますか!」


 ガスが続きを言いかけたところで、遺跡の調査に向かっていた騎士から声がかかる。


「どうした! 何かあったか!」

「はい! こちらに不審な女が倒れています!」

「女だとっ!」


 騎士はアルに報告するが、なぜかガスが憤りの声をあげる。


「報告するのなら! MWの一体でも見つけてからにしろ!」

「ガス様! どうか落ち着いてください!」

「はっ! 続けて報告いたします! 新種のMWがその付近で発見されました!」

「そっちを先に報告しないかっ!」


 部下を怒鳴りつけながらも、案内に従いガスたち三人は地下へと下る足場を伝う。

 そして一行は照明のない、薄暗く広大な部屋の中を歩く。


「こちらです」


 騎士がその手に持つランタンで地面を照らす。

 その先には、全裸の女が倒れていた。


「女の方ではない! MWを――」


 そう言いかけて、ガスは硬直した。

 味わったことのない衝撃が、彼の胸を貫く。


 その女は綺麗なセミロングの金髪であった。

 その白い肌には染み一つなく、その肢体は健康的な肉付きをしている。

 目を閉ざした顔からは瞳の色がうかがえないが、その顔立ちは人形のように整っていた。


「う、美しい……!」


 俗にいう一目惚れというものだろうか、ガスの心はその少女の虜となってしまっていた。

 彼女はガスの知るどんな芸術品よりも美しく、扇情的であった。


「……うぅ、ここ……どこ……?」


 そして、少女は目を覚まし、濁りのない碧い瞳を覗かせた。


――――――


「うぅ、本当にやるんですかぁ?」


 そう問いかけるのは長い栗毛の眼鏡をかけた女性、シェリー。

 ハンドルを握っている彼女は、決行する前から既に涙目である。


「ここを通らなければ帰れんぞ。山を通るわけにもいかないんだからな」


 答えたのはカラスのように黒く、長い髪を持った浅黒い肌の青年、トーマスだ。

 シェリーの上司にあたる男でもある。


『無理そうならブレイバーを出しますけど……』


 車載通信機から流れる声の主は、ジョーである。

 彼は今、ブレイバーの中で待機している。


 先日の闘いから通信機を調整し、インカムではなく車内にスピーカーで流すように変更した。

 マイクも車内中の音を拾えるよう、配置してある。


「駄目だ。第一お前な、自分の体を壊したらどうするつもりだ」


 トーマスは体を労わるべきだと、ジョーに提言する。

 先日、無茶を繰り返したジョーがブレイバーの中で気絶していたからこその発言だ。


「そ、そうですよ! ジョー君は休んでいてください!」


 余裕がない中でもシェリーはジョーを気遣う。


 そもそもジョーがブレイバーに乗っているのは、気乗りしていない様子のシェリーを見ていたたまれなくなったからである。

 何かあったときの保険として、思わず自発的に乗り込んでしまったのだ。


「そうだ、よく言った! さあ、やってくれ!」

「ちょっと待ってくださいよぉ! 今、心の準備しますから!」

『……』


 彼らは国境を超えるため、関所を強行突破しようとしている。

 ブレイバーで暴れれば簡単なのだが、ジョーとは「一度だけ」と約束してしまった手前、トーマスはシェリーに頼らざるを得ない。


「フッー! フッー! よし、できました! 行きます!」


 シェリーは深く息を吐くと、急にアクセルを全開にする。

 彼らが遠巻きに見ていた関所の門に、急発進したトレーラーが突っ込んでいく。


「おらっ! どけどけ! 死にたくなければ全員どけぇ!」

「やめてくださいよぉっ!」


 窓から顔を出し、調子に乗って叫ぶのはトーマスだ。

 対して、運転しているシェリーは泣き出していた。


「うわぁぁぁ!」

「逃げろぉぉぉ!」


 律儀に並んでいた人々は、一目散に逃げてゆく。


「な、なんだ! 賊か!?」

「早くMWを出せ!」


 突然の出来事に狼狽える関所の役人たち。

 そして、一体のアーミーが立ち上がる。


「シェリー! 早く突っ込め! アーミーが出た!」

「わかってますよぉ!」

『アーミーが出たんですか!?』

「大丈夫だ! シェリーが何とかする!」

「大丈夫じゃないですよぉ!」


 大きな破砕音を立て、トレーラーは木製の門を破壊する。

 所詮は馬車や人を止めるための簡易的なものであり、トレーラーの殺人的な突撃には耐えられなかった。


「そら、おまけだ!」


 トーマスはシガーライターで球状の物体から生えた導火線に火をつけ、置き土産とばかりに窓から放り投げる。


 その物体は煙幕を発生させ、視覚を奪う。

 アーミーも例外ではなく、足元の人間を確認できない今、立ち往生するしかできなかった。


 そして、煙が晴れたころにはトレーラーは走り去っていた。


――――――


「よし、追手はいないようだな。よくやってくれた」

「も、もうやだぁ……おうち帰るぅ……」

『成功したようですね。出番がなくて良かったです』


 反応は違えども、作戦の成功を実感する三人。


「この谷を抜ければ、もう皇国だ。安心していいぞ」

『ふぅ……ようやくですね。シェリーさん大丈夫ですか?』

「ほっといても大丈夫だろ」


 トーマスは横目でシェリーを見る。

 項垂れつつもしっかり運転はしていた。


「皇都でベン達と合流したら、まずはヘッドギアをスケッチさせてくれ」

『そのぐらいなら構わないです』

「その次はブレイバーの性能の確認だな。アーミーと比較したい」

『は、はい……』

「それからだな――」


 トーマスが次々と要求をジョーに投げかけていると、トレーラーは谷を抜ける。


「お、抜けたな。もう皇国領だ」

『本当ですか! やっと……』

「コンテナを開くから、外を確認するといい」


 そういって、トーマスはボタンを押す。

 彼の背後でコンテナが開かれる様子が、シートを通した振動と音で伝わってくる。


「ようこそ、センドプレス皇国へ。歓迎するよ、ジョー」


 その言葉に、一切の他意はない。

 ――無かったはずなのだ。

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