三話:諦念を超えて
「レッド・サーモン!」
促した教師の前で赤い戦闘スーツを着た人が叫んでポーズをとった。
「ブルー・シャーク!」
「イエロー・キャンサー!」
左右を固める二人がこれに続き。
「ブラック・タイガー!」
「ホワイト・スクイット!」
視界の両端に居る二人もやはりポーズをとる。
「「鮮魚戦隊、シーフーダーッ!!」」
ああ、これ見たことあるやと半ば現実逃避しつつ見ていれば、全員が名乗りを上げても五人の背後は爆発しなかった。当然だ、そこには教卓があって担任の教師が居る。演出の爆発が発生すれば教卓と担任と黒板が吹っ飛んだのは間違いないのだから。
「ひどい でじゃゔ を かんじますよ」
と言うか、きっと転校生が入ってきた時点でツッコミを入れるべきだったのだろう。あいにくその時僕は完全に思考停止していて機を逸したのだが。五人が入ってきた時、教室内のざわめきが止み、完全に静まりかえった時についたてにしていた教科書の端から思わず転校生の方をチラ見してしまったのも失敗だった。わざわざ用意したブラインドの意味を無くしてどうするんだ僕よ。だが、敢えてそこを無視して言わせて貰うなら誰がこんな展開を予測しろと言うのか。
(あの五人組が転校してくるのは百歩譲ってあるとしても、何で戦隊スーツ着たままで転校してきてんだよおぉぉぉぉぉ!)
心が、全力で叫んだ。おまけに黒板に書かれた五人の名前も戦隊ヒーローとして名乗ったのそのまんまであったし。普通こういう場合、素顔で転校してきて名前も本名、いや偽名でもいいからごく普通の私人っぽい名前だったりするもんじゃないだろうか。
「そもそも、何で誰もツッコミいれてないんだ……」
僕はあの五人が玄関先で同じことをしたとき、しばしの間は現実逃避をしたものの我に返ってツッコんだというのに。一人二人ならわかる、まだ現実逃避の真っ最中だというなら仕方ない。だが、少なくとも担任の教師は転校生を教室の前まで連れて来ていたわけであり、教室に入ってきた五人を見たばかりの僕たちとは違うのだ。ツッコミが無理ならせめてこのツッコミどころだらけの状況に何らかのフォローをしてくれても良いんじゃないだろうか。
「いや、元気が良くて何よりだ」
きっと僕の視線に気づいたのだろう朗らかな笑みと共に言ってのけた担任教師はあさっての方向を向く。こうフォロー不可能で投げた感じがするが、これについて非難する気には僕もなれない。よくよく考えて僕が同じ立場に置かれた場合、フォロー出来るかと聞かれたら首を横に振るしかないからだ。いや、その前に全力でツッコミを入れているだろうけど。
「「鮮魚戦隊、シーフーダーッ!!」」
そんなことを僕が考えるうちに担任教師の言を褒められたとでも解釈したのか、五人はもう一度同じポーズをとって叫んだ。
「おおっ、ホワイト・スクイットさんの胸が揺れたぞ」
隣の席の川田がボソッと漏らす。気にするのはそこかという思いと戦闘スーツ着てて胸が揺れるのかという疑問が胸の中で混ざってモヤッとしたまま、僕は教科書で顔を隠す。
「それよりさ、真ん中のレッドは何故サーモンなんだ? 戦隊モノならもっと強そうなモチーフとか有るよな?」
谷口も首を傾げるが、惜しい、そこじゃない。僕も思いはしたが、今はそれよりもっと重要な問題がある。戦隊スーツだ、何故それを着たまま転校して着てるのか、ヒーローとしてじゃない普通の名前は名乗らないのかとか、ここにいるのは一人二人の学生では無いのだ、こう、誰かまともに指摘する人間が居ても良いだろう。良いよね、誰か肯定するか何で戦隊スーツなのか聞いてくれ。
「胸は、胸は大きさだけが全てじゃないっ!」
僕の祈りは、届かない。あがった叫び声の主はクラスの絶壁というあだ名が影で定着してる鈴淵だろう。クラスで一番可愛い女子だと言う声も大きいが、無情なまでに胸がない。
「……じゃない、今はそんなことどうでもいい」
いや、鈴淵からすれば重要な問題なのだろうけれど、この五人のツッコミ所だらけを野放しにして一時間目が始まるとか言う展開はご免被りたいのだ。
「しかし、どうしたものか。一度に五人は想定外だしな……教科書もまだだろうから誰かに見せて貰える場所と言いたいところだが、五人もねじ込める様な場所は――」
もっとも、教科書で顔を隠した僕の祈りなどまるで取るに足りないモノであるかの様に話は進んで行く。割と常識的な独り言を口にする担任の教師はおそらく、五人をどこに座らせるかで頭を悩ませ始めたのだろう。
「お前達は五人一緒がいいんだったな?」
「「鮮魚戦隊、シーフーダーッ!!」」
「いや、そこは『はい』でいいだろ! あっ」
担任の確認に返る五人の声を聞いた瞬間、僕はつい、ツッコんでいた。
「なっ」
驚き仰け反るサーモン、
「充君?!」
どことなく喜色を帯びた驚きの声を上げたのは、確か自称男の娘の青い鮫。
「なんだよ充、このクラスだったのかよ」
やたら馴れ馴れしいのはブラック・タイガーだったか。
「まさか同じクラスだったなんて……」
「良かったね、ホワイト」
白いイカと黄色のカニが抱き合う光景を視界にとらえつつも僕は呆然と立ちつくし。
「なんだ、沢崎知り合いか。じゃあ、席は沢崎の近くが良いな」
「終わった……」
教師の呟きという形をとった絶望が降ってくるなかで、僕は机に突っ伏した。やっちまった、なんてもんじゃない。同じクラスならどのみち何処かのタイミングで気づかれはしただろうが、それでも席が近くになるなんて事態には至らなかったはずだ。
「つまり、ホワイト・スクイットさんが隣に来るかも知れないと言うことか……くくく、むふふふふ、キタァァァァァッ!」
目の前が真っ暗になる程の状況に押し潰されそうになりながらも、僕はこの時川田を殴りたくて仕方がなかった。
我慢の限界からくるツッコミによってあっさり五人に存在を気づかれてしまった充。
しかも最悪なことに五人の席は充の近くになりそうな雰囲気でもある。
次回、四話:もう、この際
充、遂に開き直るのか――