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テン・ブレイバーズ  作者: 徒然グラス
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第二話 無礼者

「オラフィナ様っ!!」


突如として現れた目の前の男に茫然としていたオラフィナの肩が、その声と共に強く揺さぶられた。見るといつの間にかヒルダが自分のもとに駆けつけており、自分の体を盾にするようにして、この正体不明の男から守る姿勢を取っていた。


「貴様、一体何者だ!」


ヒルダは途中で拾った自分の愛剣を男に向けて威嚇するように問い掛ける。


「ああ、あんた、このガキの護衛か何かか?ならちょうど良い。今から少しばかり派手な事になるからよ、そばに居てこいつを守ってやんな」


「な、何を言って…!?」


しかし男は警戒するヒルダをまるで気にせず、さっきと同じ調子で喋り続けた。その様子にヒルダは困惑するが、周囲を見渡して思わず全身が強張った。


先程の爆音に釣られたのか、三人の周りにはざっと見ただけでも十五以上の魔物が取り囲んでいた。全員がその手に獲物を持っており、殺意に満ちた目で男を睨み付けていた。


「ヒ、ヒルダ…」


「オラフィナ様、決して私から離れないで下さい…!」


素早く状況を判断したヒルダはオラフィナだけでも逃がす算段を頭の中で巡らせる。これだけの数の魔物を同時に相手にするのは明らかに自殺行為だ。それこそ勇者でも無ければ、この状況から無傷で生還する事などは到底無理だろう。ヒルダが剣を強く握り直して魔物の群れに突貫しようとしたその時、頭上から男の声が降ってきた。


「おい二人共、そこから動くなよ」


魔物に囲まれたこの状況で何を言っているのか。ヒルダは怒りを滲ませながら男を見上げると、そこには先程とは違った形状の物体を構えている男の姿があった。右手に握っていた物は今は地面に降ろされており、それと比べると、その大きさはかなり見劣りする。


「それじゃあいくぜ、耳塞いどきなっ!」


言うが早いが、男はヒルダたちが耳を塞ぐのも確認せずに行動を起こした。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ!!!


次の瞬間には、二人の耳元の近くで何かが爆発したような音が発生した。腹部に重く響くようなその音は単発では無く、途切れることなく連続して響き続ける。


反射的にオラフィナは体を縮こませ両手で耳を塞ぎ、両目を固く閉じた。ヒルダはその上に覆いかぶさるようにしてオラフィナの身を守り、状況を確認しようと何とか目を開けた。


そしてその顔を驚愕に染めた。


男が手に持っていたのはどうやら銃の類いの物だったらしく(ヒルダたちが良く知っている物とはだいぶ形状が異なっているが)、銃口と思しきところからは銃弾が発射されている。そこまでは良い。ヒルダが驚愕した点はそこでは無い。


(なんだ、あの銃は!?)


ヒルダたちの世界の銃とは一般的に攻撃魔法の代替品と言う意味合いが大きく、使用者は魔法が扱えない兵士などに限られる。その威力は人間相手ならば十分通用するものだが、魔物が相手ではやはり心もとない。特に先程の牛頭などの巨体を持つ魔物には、銃弾はその強靭な皮膚と筋肉で止められてしまう。故に多人数で相手取り、剣や槍、魔法などで急所を突くという倒し方が一般的だ。


しかし、目の前にいる男の行動は、見事にその常識を撃ち壊していた。


威力と連射性、その二つがヒルダの常識では考えられないほど馬鹿げたものだった。銃弾を補充しているような様子も無いのに、なぜか次々と銃弾が放たれている。一発一発の威力も恐ろしく高く、魔物の肉体は銃弾が当たった箇所から弾け飛んで行った。


「グゲェアッ!!」


「ギャギッ!?」


突然身体を襲った激痛に、魔物たちは何が起きたかを理解する事も出来ずに肉片へと変わり果ててゆく。あっと言う間に取り囲んでいた半数の魔物を片付けると、男は後ろを向き、残った魔物たちを片付けるべく走り出した。


「ギッ!?」


男はまず一番近くにいた魔物に接近した。その途中で、手にしていた銃は腰部に取り付けられているホルスターらしき部分に収納し、代わりに太ももに差してある鞘から大振りのナイフを取り出した。


鉈と言ってもいいような大きさのナイフを右手に構えた男は、接近した魔物の首をすれ違いざまに切り裂いた。


「カ…ケァッ…」


流れるような動きで瞬殺された魔物は、喉の奥から空気が漏れる音を出しながら地に伏した。首から鮮血を吹き出すその体が倒れるよりも早く、男は次の魔物に襲い掛かっていた。


仲間が殺されるのを間抜け面で見ている事しか出来なかった魔物に対し、男はその頭に勢いよくナイフを突き立てる。ナイフは柄の部分まで突き刺さり、脳を破壊された魔物は声を漏らす事も無く事切れた。


「グルァアアアアアアアアア!!」


男の後方から魔物の咆哮が聞こえてきた。魔物は男が後ろを向いている今が好機だと感じたのか、気付かれないように接近し、大振りの槌を振りかぶっていた。


「おい、後ろだっ!!」


ヒルダは思わずそう叫んでいた。男の事を信用した訳ではないが、今、魔物を一身に相手取ってくれているのはありがたい。そんな感情がヒルダをその行動へ導いた。


「おっと」


ヒルダのその声が聞こえてかどうかは不明だが、男は素早く後ろを振り向く。握っていたナイフをあっさりと手放した男は、目の前の魔物を見据えた。それと同時に、魔物は槌を思い切り振り下ろす。


だが、男は振り下ろされた槌を難無く片手で受け止め、空いたもう片方の手を拳の形に握り締める。大きな手によって形成されたその拳はもはや鈍器と言っても過言では無い。中腰になった姿勢から腰の回転を利用して繰り出された拳が、魔物の頭へと吸い込まれる。


グッシャア!!と言う、生物の体を殴ったとは思えない音と共に叩き込まれた一撃は、魔物の強固な頭蓋骨をモノともせず、一瞬でその頭部を破壊した。血肉と脳漿が辺りに撒き散らされ、頭部を消失した魔物は膝をついてその場に倒れ込んだ。


「おいおい、弱すぎるぞ!無人機の方がまだ歯ごたえがあるぜぇ!?」


腕を軽く横に振って拳に付着した血を払いながら、男は余裕すら感じられる声色でそう言ってのけた。その後も男の猛攻は止まる事を知らず、周囲を取り囲んでいた魔物たちは皆例外なく無残な骸を晒していった。


戦場と化した城門前に突如として現れた謎の男によって魔物が次々と倒されていく光景は、戦場にいた多くの兵士たちの目にも止まった。魔物も兵士も、目の前の非常識な光景に茫然とする。


いち早く思考を再開させたヒルダは、茫然と立ち尽くしたままの兵士たちに向けて声を張り上げた。


「何を呆けている!敵が混乱している今が好機だぞっ!!」


その言葉に兵士たちは勢い付き、怒涛の勢いで魔物たちに剣を向ける。先程までは防戦一方だった人間たちの突然の反撃に魔物たちはさらに混乱し、更に男の攻撃は凄まじい勢いで魔物の数を減らしてゆく。


「…何者かは知らんが、一先ずは感謝しておくぞ」


ヒルダは小さくそう呟き、怒号が響き渡る戦場からオラフィナを連れて避難する。腕が折れている自分が戦っても足手まといになるだけだからだ。それに、この状況ならば自分がいなくても負ける要素は無い。戦い慣れたヒルダは、長年の経験と勘からそう判断した。


そしてヒルダの読み通り、戦闘はその後間もなくして終了した。兵士たちには死者と負傷者が少なからず出たが、市民には一人として被害は出なかった。






「オラフィナ、無事であったか!?」


「お父様、私なら大丈夫です。それよりもヒルダの容態は……」


「心配するな。今、神官たちによる治療を受けているが、すぐに良くなるそうだ」


「そう、良かった…!」


オラフィナはヒルダが無事である事を知って安堵の表情を浮かべる。


彼女は現在、王宮内の奥にある広間に来ていた。


正面にはオラフィナの父親であり、この国の王であるヴェオルグが玉座に座っている。横には宰相のベルモンドが立っており、その周囲には王の側近の騎士たちが控えている。


小さなホールほどの広さを持つこの空間は、本来ならば他国の使者や貴族たちが王に謁見する際に使用される。広間は真上から見ると円形をしており、大理石で出来た柱が天井を支えている。広間の奥には王が座るための玉座が設けられており、細部にまで職人のこだわりが感じられる豪華な造りのものだ。


ヒルダはオラフィナを連れて無事に王宮まで避難させた後、すぐに神官たちによる治療を受けていた。右腕と肋骨を数本骨折しており、また全身に打撲の痕が見られたが、普段から良く鍛えられたその肉体が幸いし、命にまでは別状はなかった。


「だがこのような無茶は出来れば二度として欲しくは無いものだな。確かにお前の魔力量は人よりも多いが、ジャンヌのように武芸の心得は無いのだぞ」


玉座に座ったままのヴェオルグは娘の無鉄砲な行動を窘める。ヒルダの安否が確認され安心していたオラフィナであったが、その言葉に顔を上げ、思わず声を上げて抗議する。


「しかしっ、私は皆の力になりたいのです!王女だからと守られるだけでは無く、皆と共に戦いたいのです!」


「分かっておる。心配ではあるが、お前の意思も尊重しよう。だがオラフィナよ。お前は王女である前に、掛け替えのない私の娘なのだ。お前の身を案じているこの私の事も、どうか忘れないでくれ」


「お父様……」


そこまで言ってオラフィナから視線を外し、隣にいるベルモンドに向かって話しかけた。


ベルモンドはヴェオルグよりも少し年上の男性で、短く刈られた髪には白髪が多く混じっている。気苦労が絶えない役職故にその顔には皺が深く刻まれているが、その雰囲気はまるで老いを感じさせない。


「ベルモンド、魔物による被害はどの程度のものだ?」


「はい、被害としましては兵士に十四名の死者、五十六名の負傷者が出ました。また、城門、城壁の一部が破壊され、完全な修復には一週間ほど掛かるかと」


「そうか……」


「しかし街にまでは被害は及んでいない様子です。市民の方も、怪我人は確認されませんでした」


ヴェオルグはベルモンドから手渡された羊皮紙に目をやりながら報告に耳を傾けている。羊皮紙には被害の概算や死者、負傷者の名前が記されており、それらを読み終えたヴェオルグは目を閉じ、目頭を指で押さえた。


「陛下。それともう一つ、お耳に入れておきたい事が…」


「なんだ、言ってみろ」


ヴェオルグは閉じていた目を開け、ベルモンドの方に向き直る。ベルモンドは姿勢を正して一呼吸置き、報告を告げた。


「…城門からほど近い場所に、転移魔法が使用されたと思われる痕跡が発見されました」


「!!」


その報告に広間にいた全員が驚愕した。


転移魔法とはその名の通り、離れた場所に物資や人物を転送する魔法である。この魔法はかつて限られた者しか扱う事が出来ず、またその呪文も門外不出だった。しかし、ある時を境にこの魔法は外部に漏れ、世界各地で戦争の道具として使用された。


この事態を重く見た過去の王たちは敵国同士ながら互いに協力し合い、転移魔法の心得がある者たちを一掃し、関連する書物の一切を焼き払うという行動に出た。難を逃れた者たちもその後の残党狩りに合い、この世界から転移魔法の術は完全に失われたはずだった。


「なぜ転移魔法が今になって使われているんだ!?あれは既に過去の遺物のはずだ!」


「まさか、件のスカルメイジが魔法を復活させたのか…!?」


「有り得ないっ!たかが魔物ごときが、失われた魔法の復活などできる訳が無いっ!」


転移魔法による魔物の転送。この事実は周囲の騎士たちを動揺させるには十分だった。一人の騎士が憶測を口にし、それをすぐ隣にいる騎士が血相を変えて否定する。そうして騎士たちの動揺は、次第に混乱へと姿を変えていった。


「騒ぐでない。ここで我らが混乱すれば敵の思うツボだという事が解らんか」


にわかに騒ぎ始めた騎士たちをヴェオルグが静かに一喝して黙らせる。静けさを取り戻した広間を見回し、ヴェオルグは再びベルモンドと会話を始める。


「ベルモンド、お前はこれからも魔物は転移魔法を使ってくると思うか?」


「その可能性は否定できませんが、しばらくはその心配は無いでしょう。これは先程の報告の続きなのですが、その魔法陣の周囲には千切れた魔物の胴体や手足が散乱していました。恐らく敵は、転移魔法をまだ完全には制御しきれていないかと」


「ふむ、そうか…」


転移魔法とは、ただの便利な魔法という訳ではない。一回で消費する魔力の量は他の高位魔法と比べても格段に多く、また制御も難しい。だが一番の問題点は、失敗した際のリスクが大きい事だ。転移魔法とは、魔力の膜が魔法陣の中をすっぽり覆い、中にあるものを別の場所に転移させるのだが、その制御を誤れば、一部が完全に転送しきれなくなる。つまり、下半身を残したまま上半身だけが転送されてしまう、という事もあるのだ。


「敵がまだ完全に転移魔法を制御しきれていないとするならば、この機を逃す手は無いだろうな」


「隣国に使者を送り、応援を仰ぎますか?」


「いや、それはまだ早い。転移魔法が使われたという確たる証拠も無い以上、いたずらに他国まで混乱させるような真似は控えるべきだろう。引き続き、調査を進めろ」


「了解いたしました」


ベルモンドにそう指示し、ヴェオルグはオラフィナのいる方向に顔を向ける。


「オラフィナ、お前は初の戦闘で疲れているだろう。今日の所は部屋に戻って十分に休息を取れ」


「お父様、しかしまだ私にはやるべき事が…」


オラフィナはこれからの魔物の侵攻に備えて、この後またすぐに魔法の練習をするつもりでいた。しかしヴェオルグは食い下がろうとするオラフィナを片手で制し、説得するように話しかけた。


「消耗した体力を回復させるのも重要な事だぞ。良いから今日は休みなさい」


「…はい。分かりました」


オラフィナはしぶしぶといった様子で頷いた。その年相応の子供らしい仕草にヴェオルグは皺が刻まれたその顔を若干緩めて微笑んだ。




と、少しだけ和やかな空気になったこの空間をぶち壊すかのように、部屋の入口の扉が乱暴に開け放たれ、それと同時に一人の男が入ってきた。




全身が黒い奇妙な鎧で覆われているその姿を見たオラフィナは、その人物が先程自分を助けてくれた男だという事に気が付いた。


男が開けた扉は大人の男性の背丈以上の大きさがあり、開けるのにも一苦労する代物なのだが、入ってきた男は全く疲れた様子は無い。むしろ道端の邪魔な小石を蹴り上げた後のような気軽さを感じさせる男は部屋を見渡し、その視線をある方向に向けた。


「おお、いたいた。お前、こんな所にいたのか」


やっと見つけたぜ、と付け加えた男はドカドカとオラフィナに近づいて来る。一歩ごとに着込んでいる鎧を軋ませながら歩いてくるその姿には王族に対する敬意や礼儀といったものは欠片も無かった(そんなものが無いのは先の会話から薄々感付いてはいたが)。


「……へ?わ、私ですか?」


「お前以外に誰がいるってんだよ。おら、報酬について話そうぜ」


オラフィナはこの男の急な接近に面食らってしまい、その場から動く事もせずに、ぽかんとした様子で兜に覆われた男の顔(というよりも頭)を見上げた。


しかし周囲に控えていた騎士たちは素早くオラフィナと王を守るように前に出て、先頭に立った騎士たちが男に向けて剣を向ける。


「何者だ!ここを何処と心得る、王の御前であるぞ!」


「あぁ?誰だよテメェらは。俺が用があんのはそこのガキだ、テメェらじゃねぇよ」


「ガキ……!貴様ぁ、オラフィナ様に向かってなんて口の利き方を!!」


突如として玉座の間に入ってきた男の無礼な態度が癇に障ったのか、オラフィナを守るように構えていた騎士の一人が駆け出し、手にしていた剣を男に向けて勢い良く振り下ろした。


「や、止めてください!その方は…!」


オラフィナはこの男が、先ほど自分を助けてくれた人物である事に遅れながら気が付いた。そして騎士の一人が男に向かって斬りかかって行った事を理解し、慌てて止めさせるように言った。


騎士は既に男の真正面にまで迫っている。この騎士は多くの側近の騎士たちの中でも上位に食い込むほどの剣の腕があり、並みの者では太刀打ち出来ないほどの力を持つ。そんな騎士が動いたのだ。周りにいた騎士たちは、この無礼な男が晒すであろう哀れな姿を想像していた。


しかし、その想像は覆される事となる。


カキィンッ、と言う甲高い音と共に、騎士の振り下ろした剣は半ばから折れて宙を舞った。数瞬遅れて、床に折れた刀身が叩き付けられる、独特の渇いた音が部屋中に響いた。


「なっ!?」


「アホか。そんな剣で最硬度合金製のパワードスーツを傷つけられる訳がねぇだろうが。俺を斬りたきゃアークブレードでも持ってきて出直して来い」


思い描いていた光景とは全く違う結果に、斬りかかった騎士の顔は驚愕の色に染まった。そんな事など気にも止めず、男は目の前の呆けている騎士の腹に向かって蹴りを入れた。


端から見ても技術の欠片も感じさせない、いわゆるヤクザキックである。


「ぅげっ!?」


男にとっては軽いものだったが、蹴られた騎士にとっては魔物の一撃に匹敵するほどの威力だった。まともに食らった騎士はカエルが潰されたような声と共にそのまま十メートルほど後方に吹き飛び、速やかにその意識を手放した。鎧の腹部を大きく凹ませるほどの蹴りを受けても死ななかったのは普段からよく鍛えられていた肉体の賜物だろう。


「お、おい!?」


「野郎、よくもホーンズを!」


「こいつを縛り上げろ!」


仲間がやられた事にオラフィナの周囲を固めていた騎士たちは余計に殺気立ち、次々に剣を抜きだした。男もどうやらやる気らしく、首を回すような仕草を見せて騎士たちを挑発する。剣呑な空気の中心にいたオラフィナは状況の変化についていけないのか、オロオロと周りを見ている事しか出来ずにいた。


「皆の者、剣を下げよ」


しかし、男と騎士たちのまさに一触即発な雰囲気を一変させる者がいた。


突然の侵入者に対しても全く動ずる事も無く玉座に座り、その鋭い眼光で真っすぐに男を見据えている人物…ヴェオルグ国王その人だった。


殺気立っていた騎士たちはその声により冷静さを取り戻した。侵入者を目の前にして構えを解く事には多少の戸惑いを見せていたようだったが、自身が使える主の命令に従い、全員がその剣の切っ先を男から外した。


「なんだよ。やらねぇのか、つまんねぇな」


男は水を差されたような不満げな声を漏らした。まるで楽しみにしていた予定をキャンセルされた時のようなその様子を無視して、ヴェオルグは男に話しかける。


「さて、貴様は一体何者なのだ?その無礼極まる言動は、この私がウラヌス王国国王、ヴェオルグ・アラグディア・ドゥ・ウラヌスだと知っての行動か?」


ヴェオルグは王としての威厳をたっぷりと滲ませた声で男に問いかける。かつては軍人としても超一級と謳われたヴェオルグの威圧感は、老いた現在であってもなお健在だった。周囲にいる騎士たちでさえ思わず震えそうになるその威圧感を一身に受けた男は、しかしそれでもその態度を改める様子は無い。


「知るわけねぇだろうがよ。さっきも言ったが俺が用があるのはそこに居るガキだ。あんたが王だろうがなんだろうが関係無ぇ、話の邪魔になるなら黙ってな」


周囲の騎士たちの殺気が一気に濃密になる。


一国の王であると理解して、なおもこの様な口を叩ける者が果たしてどれだけ居ようか。そのような者は自身の力に相当の自身がある者か、あるいはただの馬鹿か。この男は前者であると、ヴェオルグは密かに判断した。


しかし素性の知れない者をこれ以上この場に放置する事は出来ない。ヴェオルグは無駄とは思いつつもこの男をオラフィナから遠ざけるべく、王としての言葉を告げる。


「そういう訳にもいかん。貴様が先程からガキと愚弄しているのは我が娘であるオラフィナだ。貴様の素性が知れぬ以上、一国の王女とそのような輩との間に交渉のテーブルを設ける事などありえない。この場所に来てからの多くの無礼な態度には目を瞑ってやろう、速やかにこの国から出て行くが良い」


「この俺にただ働きさせたまま帰れってことか。良い度胸してんじゃねぇか」


剣呑そうな色を宿した返答は思った通りのものだった。男の纏った軽薄な雰囲気がガラリと変わった事に警戒し、騎士たちは収めていた剣に再び手をかけ始める。


(ふむ……)


ヴェオルグはこの男の実力をなんとなくではあったが把握しつつあった。鎧を着た相手を、ただの蹴りの一撃で気絶させるほどの力。相手が一国の王であろうと変わらない態度。加えて男から発せられるこの剣呑な雰囲気。元軍人としての勘が、この男を怒らせては危険だと告げている。


やはりこの男を納得させるには、何らかの報酬を与えなければならない。ヴェオルグは何とかこの場は収めて後で金でも握らせておこうと考えていたが、そこで思わぬ横槍が入った。


「お待ちください、お父様!この方は先ほど私とヒルダを助けて下さった方なのです!」


オラフィナは騎士たちに守られたまま、この場にいる全員に聞こえるような大きな声で主張した。


「それは事実なのか、オラフィナ?」


「本当です。殺されそうになっていた私の前に突然現れて、一瞬で魔族を倒して見せたのです。それだけではありません。彼はそれから十体以上の魔族を一人で相手取り、兵士たちの指揮を高めて我々を勝利に導いてくれたのです!決して怪しい者ではありません!」


「ヒュウ、良い事言ってくれるじゃないの」


オラフィナの弁護に多少は気を良くしたのか、男の雰囲気が若干穏やかになったように感じる。ヴェオルグはオラフィナの言葉を吟味して、それが事実かどうかを考えてみた。ヴェオルグは隣にいるベルモンドに耳打ちし、彼の意見も仰ぐことにした。


「どうだベルモンド、オラフィナの言う事は事実だと思うか?」


「はい。実は戦場にいた兵士たちからの報告に、オラフィナ様の言った通りの働きをした者がいたとの証言がありました。この男の格好もそのほとんどと一致します。恐らくは事実であるかと……」


「ふむ」


ベルモンドの口ぶりからは特におかしなところは感じられない事から、恐らくは全て事実なのだろうとヴェオルグは確信した。目の前にいるオラフィナは未だ不安そうな表情でこちらを見上げている。


「重ねて問うぞ、オラフィナ。この男は本当にお前を助けたのだな?」


「はい、お父様。神に誓って事実です」


オラフィナは強い眼差しをもってそう答える。その答えにヴェオルグは軽く頷いて視線を再び男の方に向けた。


「貴様、名は何と申す」


「…ジョーだ」


「ではジョーよ。貴様がオラフィナを助けたという事はどうやら事実であるらしいな。王女の命を救ってくれた事、一国の王として、また一人の父親として感謝する」


「はっ、何だよ。いきなり態度が柔らかくなったな」


「この場で起こした無礼は本来ならば許されるような事では無い。しかし娘の命の恩人であるからな。感謝状と謝礼については後でこのベルモンドと話して決めるが良い」


「俺としちゃあ今すぐ金を貰って帰りてぇんだがな」


「お待ち下さい、陛下っ!!」


話が纏まりそうになっていたその時、ヴェオルグを守っていた騎士の一人が声を荒げた。ジョーと名乗った男は外側からは全く顔の見えない兜を被ったまま騎士のいる方を見る。


声を荒げていた騎士は綺麗に整えられた髪と口髭が特徴的な四十代後半といった風貌の男だった。周囲にいる屈強な騎士と比べても頭一つ分大きなその体格は恵まれており、相当な実力の持ち主である事が伺える。


「あー、オラフィナっつったか?あの騒いでるおっさんは誰だ?」


「は、はい。彼の名前はカムル・ダームスタと言います。お父様の近衛兵団の隊長で、実力は我が国の騎士たちの中でも上位に当たります」


「へぇ、一応は強い奴なのか」


いつの間にかオラフィナのすぐ隣にまで移動していたジョーは大して興味も無さそうな調子で頷いた。カムルは身を乗り出してヴェオルグに詰め寄る。


「いくらオラフィナ様の危機を救ったとは言え、この男が陛下と王女、および我が国の騎士に無礼を働いたのは事実!そのような輩に対して感謝の意を示されるのはいかがなものかと!」


「落ち着けカムルよ。確かにこの男の振る舞いは問題があるが、オラフィナの命を救った事に変わりは無い。一国の王女の命を救った事に対して何の報奨も与えないというのは、王たる私の信条に反する」


「陛下、しかし…!」


食い下がるカムルはまだ何か言いたそうだったが、それを今まで黙って聞いていたベルモンドが窘める。


「カムルよ、これはもう決定した事です。それとも貴方は陛下の決定に意を唱えるつもりですか」


「っ、……申し訳、ございません……!」


カムルは悔しげに顔を歪ませながら頭を下げ、ヴェオルグの前から退いて行った。その際にジョーの方に殺意とも取れるような視線をぶつけたのだが、そんな視線を受けて無視できる程ジョーは人間が出来てはいなかった。


「あっ、ジョーさん!?」


ジョーはオラフィナの声などは気にも止めず、目の前の邪魔な騎士たちを押し退けてずかずかと前方へ進む。ヴェオルグの周囲にいる騎士たちは素早く王を守れる体勢を取ったが、ジョーが向かった先はそこでは無い。


「何のつもりだ、貴様」


「いや何、あんたが随分と不満そうツラ向けてきやがったからよぉ、一度白黒はっきり付けてやろうと思ってな」


カムルの前まで来たジョーは挑発的な声でそう言った。安い挑発だとは理解しながらも、こうもはっきりと喧嘩を売られたカムルは怒りに顔を歪ませた。一方、喧嘩を売った当の本人はと言うと、全くリラックスした様子でヴェオルグに話しかける。


「よぉ王サマ、どうもこいつは俺と喧嘩したいらしいぜ。どっかに良い場所はねぇか?」


「……王宮の裏に兵たちの訓練所がある。そこを使うが良い」


「ありがとよ」


ヴェオルグは表情こそ変えなかったものの、内心頭を痛めながら場所を提供した。了承を得たジョーは誠意の込もっていない短い返事を返し、カムルに向き直る。


「場所は決まったぜ。さぁ、どうするおっさん」


「決まっている。礼儀も知らん野蛮人に世の中の道理と言うものを教えてやる。着いてこい……それでは陛下、私はこれにて失礼させて頂ます」


そう言うとカムルはヴェオルグに向かって一礼してその場を離れた。周囲の騎士たちは若干困惑気味だったが、ジョーは気にせずにカムルの後に続き、その場から去って行った。


「お父様、その、よろしいのですか?」


オラフィナは不安そうな顔でヴェオルグを見上げる。表面上は冷静に見えたカムルであったが、どこの馬の骨とも知れない余所者の無礼な振る舞いに、内心は腸が煮えくり返る思いだった。


その余所者から喧嘩を売られたのだ。痛めつける大義名分を得たカムルは、ジョーに容赦しないだろう。オラフィナはジョーが並大抵でなく強いという事はなんとなく理解出来ているが、自身が幼少の頃より耳にしてきたカムルの多くの武勇伝の事もあり、不安は拭いきれなかった。


「何、カムルは稀にやりすぎる事もあるが、決定的な一線を越えた事は無い。少なくともお前が心配するような事態にはならんだろう」


「お父様……」


それでも不安であることには変わりない。自身を助けてくれた者が怪我を負うかも知れないという事が余程嫌なのだろう。娘の心境を察したヴェオルグはその不安を拭うような優しい声でオラフィナに話しかける。


「初陣の後にこのような事があって疲れただろう。さぁ、部屋にもどって休みなさい」


オラフィナは何か言いたげな顔をしていたが、やがてヴェオルグに一礼すると、足早にその場を後にした。


「良いのですか。姫様はおそらく訓練所へ……」


「良い。娘のする事に全て口出しする気はないさ。少々子供っぽい所もあるが、もう大人だ、心配はいらないだろう」


ヴェオルグはそう言い背もたれに体重をかけ、体を預ける。扉をくぐって出てゆくオラフィナの後ろ姿を、ヴェオルグは目を細めて見つめていた。






ウルヌス王国から早馬で五日程かかる辺ぴな草原。この場所は近くに森はあるが村などの集落は無く、逃げてきた犯罪者やならず者たちが集まる危険な場所だ。


「お頭。あいつを襲いましょうや」


「ああ、こんなとこをほっつき歩いてるなんて、良い獲物だぜ」


森の木々に身を隠しているのは十人程度の山賊たち。彼らの視線の先には草原を歩いている一人の男がおり、お頭と呼ばれた男は護衛もつけていない、実に襲いやすそうな獲物だと思った。


「野郎どもっ、やっちまえぇ!」


その号令に、おおおおっ!と錆びついた剣や斧を振り上げてその男へと襲い掛かる山賊たち。男はあっという間に山賊たちに取り囲まれる。


「へっへっへ、おう兄ちゃん。死にたくなかったら金目のモン出しな」


「妙な事しやがったら背中から斬りかかってやるぜぇ~?」


下卑た笑い声を隠そうともしない山賊たち。対して取り囲まれた男は微塵も取り乱すことは無く、首を鳴らしながらそっと口を開く。


「わりぃな、金目のモンなんざねぇよ。このぼろの着物と、こいつしか持ってねぇ」


男はくいっ、と腰に差していた()()を目の前の山賊に見えるように掲げる。山賊たちの顔は当然苛立ちに歪み、山賊の頭が男の方へ歩き出す。


「おうおう、そりゃあねぇだろ?こうなったらぶっ殺して身ぐるみ全部ぶん取って……」


やる。と言いかけたまま、山賊の頭の歩みが止まった。何事かと怪訝な顔をする他の山賊たちの耳に、キン、と澄んだ音が伝わる。


その直後。


止まったままの山賊の頭、その顔に鼻のあたりで横一線に線が走った。その線はぐるりと頭を一周し終えると、その線をなぞる様にして頭の上半分がずるりとずり落ちた。


「あ……?」


鼻から上を無くした山賊の頭の口からそんな間抜けな声が出る。ドン、と顔の上半分が地面に落ちると同時に、頭部の断面から血が噴水のように噴き出す。


「ひ、ひいぃぃいいいいいいっ!?」


「お、お頭があぁ!?」


無様な悲鳴を上げて慄く山賊たち。ずちゃりと崩れ落ちた山賊の頭の死体を無感動に眺めながら、その男はすらりと()()を鞘から抜く。


日の光を反射して輝くそれを見た山賊は直感する。直接見た訳では無いが、自分たちのお頭を斬ったのはこの武器だと。


そして予感した、自分たちもお頭と同じように、あっけなく殺されるのだと。


「ぶっ殺されちゃ堪んねぇなあ。まだ死にたくねぇし、ここはちっと抵抗させてもらうぜぃ」


ばさばさに伸び、顔にまでかかっていた髪の毛の隙間から見えたその男の瞳は、剣呑な色を帯びていた。山賊たちが最後に見た光景は、そんなゾッとするほど冷たい視線だった。




数秒後、青々とした草原は山賊たちの血に染まっていた。頭部を切断された者、胴を一閃された者、袈裟切りにされた者、それぞれ斬られ方に違いはあれど、皆すでに息絶えていた。


死体が転がる草原で唯一立つその男は、手にした武器……刀を振り下ろす。ぶんっ、と言う音と共に血振りを終えた男は刀を鞘に戻し、天を仰ぎながらポツリと呟く。


「にしても、ここはどこなんだ?江戸じゃねぇようだし……それにこいつら、南蛮の奴らだよな?」


男はぼりぼりと頭を掻きながら歩き出す。後に残ったのは、無残な骸を晒す山賊たちの死体だけだった。


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