転職98日目 進出計画3
モンスター襲来により押されまくった人類の生存圏は、大きく縮小している。
北方のほぼ半分は制圧され、残った地域もモンスターの進出により分断されている。
温暖な気候帯に属してる地域の大半は、現在モンスターの支配地域に変わった。
それらを取り戻すのは、人類の悲願とも言える。
しかし様々な事情でそれは為しえず、今も奪われた地域の大半がモンスターのものとなっている。
蔓延るモンスターが奪還を妨げてるのは言うまでもないが、人類社会の中における様々な足の引っ張り合いが理由でもあった。
どうしても出て来る損害への躊躇いも大きい。
とはいえ、それは覚悟の上でもある。
より大きな、そして一番の理由は、音頭を取った者が、一番槍をつけた者が得る名声と利益への懸念であったりする。
また、有力者間や有力な家の中での牽制も大きい。
かくてやるべき最優先の事業であるはずの、人類の版図奪還は、目先の利益の確保という矮小な理由で頓挫していた。
(おかげさま……って言うべきなのかねえ)
呆れるような内情は各所よりの情報でそれとなく察する事が出来る。
単なる業績だけの問題ではない。
人類の存亡がかかった事案である。
にも関わらずこんな事をしてる政治権力をもった有力者達の行動に呆れるしかない。
同時に、そのおかげで踏み込む事が出来る余地が出来てもいる。
それを思うと、ばかばかしい権力争いに感謝すべきなのだろうかと思ってしまう。
(だから横取りしたってのもあるんだろうけど)
自分達が動けば他の所から手出しをされる。
だから、ヒロノリが取り戻したものを横取りしたのだろうとも思った。
有力者同士の間でのことだと簡単にはいかないが、何の権力も持たない冒険者であるなら何の損もない。
そう考えた者がいてもおかしくはない。
利益に目ざとい人間というのはどこにでもいるものである。
おかげで今後への警戒を抱き、次にすべき事を考える事に繋がったが。
(とにかく、手つかずの場所がある。
そこを目指すしかない)
どれだけ困難だろうと、今できるのはそれしかない。
誰かの干渉を受けずに活動するためには、人のいない場所を目指すしかなかった。
どれだけモンスターがいようとも。
全てを同時進行していかねばならない。
人数を確保し、訓練を施し、レベルを上げて前線に送り込む。
拠点を拡大し、拠点内の施設を充実させて収容人数を拡大する。
戦闘以外の作業員も増員し、モンスター退治を支える土台を作る。
開拓地の拡大のための資材・物資の供給と人員の追加もせねばならない。
どれか一つが躓いても全体に影響を及ぼす。
余裕のある分野や部署などどこにもない。
どこもギリギリでカツカツの中で作業を進めていた。
それを統括するヒロノリ直轄の司令部は連日連夜で仕事を進めていた。
やってくる報告はひっきりなしであり、指示を求める声も相次ぐ。
何をどこで行うのかを明確にし、やるべき事を決定していかねばならない。
ほとんど定型化してるとはいえ、作業量が減るわけではない。
一団の拡大と共に増大の一途を辿っているだけに、司令部の負担は増大していっている。
各拠点にある程度の裁量を許し、独立採算的に運用をしてはいるが、それでも完全に負担が解消してるわけではない。
細かな運用は各地で自立・自発的にこなしているが、全体の動きに関わる部分はヒロノリの決定が必要になる。
可能な限り仕事の権限と責任を分散・分担していたが、全てを他に任せる事は出来ない。
執務室に閉じこもる日々が続いていく。
(これとこれを動かして、こっちはその後に回して……)
作業進捗を見ながら今後の動きを考えていく。
やる事は決まっていても、それに必要な作業の全てが分かるというわけではない。
今までにない作業があれば、これまでにない手順が必要になり、するべき事が複雑化する。
鉱山のある方向に拠点を設置していくというだけであってもだ。
建設そのものは今までと大差はない。
だが、鉱山奪取の最前線基地として機能させようとすると、それなりに手間がかかる。
必要な人数を収容出来るだけの大きさと設備を揃えねばならない。
鉱山内部もそうだが、周辺地域からモンスターを駆逐せねばならないので人数が必要になる。
そこまで物資を輸送するのも手間がかかる。
相応の人数を送り込むとなれば、他の場所からの抽出もせねばならない。
空いた場所に誰を送り込むかも考える必要がある。
一カ所に集中するだけでも、他の場所への影響が出てしまうから考慮が必要になる。
何より、冒険者の人数が足りなくなる。
募集はしてるが必要な数には少々足りない。
レベルに至っては言わずもがなだ。
可能な限り早急に人を集めて育てるにしても、十分な準備が出来るまで時間がかかる。
出来るだけ急ぐにしても、やはり半年はかかってしまう。
鉱山そのものにとりかかれるのは、更にその先になるだろう。
(一年はかかるか、やっぱり)
どうしてもそれ以上作業を短縮する事は出来なかった。
人数だけでなく、物資を集めるのも、建設をするのにも時間がかかる。
拡大にともなって生じる問題、自然と発生する壁がまたしても目の前にあらわれてきた。
(本当にとりかかる必要はないけどさ……)
そう思うも、どうにかできないものかと思ってしまう。
所詮は貴族や統治者の目をくらますための工作である。
実際に鉱山を取り戻す事が出来なくても良い。
着手が遅れても問題は無い。
その間に開拓地を発展させ、拡大拡張をしていければ良い。
そういうつもりなのだが、やってる事業が頓挫するのは辛い。
失敗しても損失にはならない、本来やるべき事が進めばそれで良い。
なのだがどうしても納得しきれないものでもあった。
あえて作った無駄ではあるが、投じた資金や資源に時間が無駄になるのは切ない。
(しょうがないけどさ……)
どうやって自分を納得させるか悩ましい。
とりあえず開拓地の進捗の方に目を向ける事で、頭と気分を切り替える事にした。
そうでもしないとやってられない。




