転職97日目 進出計画2
開拓地の拡大は続いている。
表のモンスター退治の拠点拡大に隠れてはいるが、少しずつ人も物も流れこんでいっている。
そこを土台にして更に拡大し、一団の新たな拠点とする。
──当初の計画ではそのつもりだった。
「けど、さすがにこれ以上はなあ……」
予想してなかったというか、目論見が甘かったというか。
拡大や拡張に問題が出てきてもいた。
人も物も必要になる。
それだけのものを用意するのが大変になってきた。
自力で調達出来るようになった食料や木材などはともかく、それ以外の原材料や物品が多すぎる。
それらを独自に調達するのは無理がある。
やろうとしても限界がすぐに訪れる。
必要な物を少しでも自力で調達しようとすると、莫大な原材料が必要になった。
木材に鉄に、その他諸々。
それらを手に入れる為の人も含めて莫大な人数が必要になる。
加えて、それらを加工して必要な物品に仕上げる職人なども求められる。
その人数も莫大だ。
正確な計算をしたわけではないが、おそらく数万人ほどの人間が必要になるだろう。
それだけの人数を集めるのも大変な事だ。
なおかつ、それだけの人間を収容する場所を確保するのも難しい。
どうにか集めたとしても、それだけの人数がいれば周囲に気づかれやすくなる。
出来れば秘密にしておきたいのだが、それも無理が生じる。
国と一団が開拓してる村との距離は、その人数を隠すには近いのだ。
今の規模の、ちょっと大きな村程度の規模ならば目立たずに隠しておく事も出来る。
しかし、これ以上の規模となると無理が生じる。
資源や原材料を国から流し込むならそれでも良いが、それでは目的を達成出来ない。
二度と横取りされる事のないようにしておきたい。
その為にも、介入がなされないような状態にしたい。
その為にも、資源その他諸々を自前で調達出来るようにしておきたかった。
その為に必要になるものが何であるかをしっかり考えていなかった。
目論見が甘かったと言うしかない。
意図していようがいまいが、それが示すものは一つ。
国家からの独立なのだから。
国家には様々な産業が内包されている。
あるいは、数多の産業の集合体を国家というのかもしれない。
一つにまとまっているその中には無数の職種・業種が混ざっている。
それらが渾然一体となって互いを助け合って、一人一人の生活を成り立たせている。
衝突に摩擦、競り合いがあったとしても、利害の一致による妥協であったとしてもだ。
そこからの離脱という事は、それらとの取引と決別する事になる。
否応なく独立採算を余儀なくされる。
自前での調達をせねばならないという事を考えねば独立なんぞやってられない。
それは起業とは次元が異なる。
起業は、あくまで社会の中に自分の居場所を作る事であろう。
周囲には必要な文物を提供する者達がいる。
競争相手もいるが、それは世の中にいる以上仕方がない。
だが、独立となるとそうはいかない。
必要な物品の入手すら自力でやらねばならない。
既に存在してる問屋から手に入れるというわけにはいかなくなる。
競争相手もいなくなる……というわけではない。
今度はそういった産業を抱える国家そのものを相手にせねばならない。
国家からの独立というのはそういった大きな問題を抱える事になる。
とんでもなく大きな問題と向き合わねばならない事を、嫌でも実感せざるえなかった。
そこまでの苦労をするくらいなら、多少の横取りに目をつぶっても国内で活動していた方が良いだろう。
だが、そう納得するにはヒロノリの意地は固すぎた。
(横取りなんぞ二度とされるか)
そんな思いがある。
社畜として色々とあった。
確かに生活はしていけるけど、飼い殺し状態の日々は過ごしやすいものではなかった。
今の状態もそれに近い。
手に入れたものを横取りされ、一定以上の稼ぎを手に入れる事も難しい。
どれだけ稼いでも、冒険者では先が知れている。
体が動かなくなり、戦力として活動出来なくなればそれで終わりだ。
どんな仕事でも、年齢による衰えから引退を余儀なくされるものではあるだろう。
冒険者だけが例外というわけではない。
ただ、冒険者はそこに戦闘による死亡が加わる。
動けなくなるほどの負傷もだ。
そういった状態になれば、もう活動していく事は出来ない。
一般的な仕事と比べて、活動限界が訪れる可能性が高い。
それが稼ぎの限界を狭める事になる。
モンスター退治をいつまでも続けるというわけにはいかない。
何かの不運で全てが終わる可能性がある。
だからこそ、それ以外の道に進める可能性が欲しくなる。
なのだが、それもどこで横取りされるか分からない。
取り戻した村を横取りされた事でそう感じもした。
そこに居を構えて別の道に進む事も出来たであろうが、それも難しくなった。
拠点を構えてその中に居場所を作っているが、それもいつ奪われるか分かったものではない。
ある程度出来上がったところで横取りされるかもしれない。
そうなれば、今までの投資が全て水の泡である。
そこでの生活の全てを奪われる可能性がある。
冒険者だけでなく、職人や商人すら生計を失うかもしれない。
商人ならば行商という手段もあるが、それでも店を構える事は難しくなる。
生活にそれほど変化はないかもしれないが、今までのように自由に仕事を変える、新しい道を見つけるのは難しくなるかもしれない。
これには職人組合や商人協定などが関わってくる。
どこであっても仕事がゆるされた商人や職人というのは限られている。
どういった制度があって、どういった経緯でそうなったのかの違いはあっても、概ね免状などを持つ者だけが仕事を許される。
それ以外は基本的には仕事に従事する事は出来ない。
商売にしろ職人にしろ、どうしても仕事がしたいなら免状を持つ者などの従業員になるしかない。
そこから暖簾分けなどで自分の仕事の領分を確保するしかない。
これが新規参入の大きな妨げになってしまっている。
これらは領主のお膝元の町などだけでの制限である事がほとんどだが、実質的に多くの業者の参入を阻む事になってしまっている。
ヒロノリ達の拠点はその例外と言える場所になっていた。
厳密に考えれば、そこは領主や貴族の規制の及ぶ範囲外である。
国家の領土内であっても、支配の及んでる範囲とは言えないからだ。
だが、もしこれらも貴族などの統治下におかれれば、様々な規制の対象となる。
商人や職人が閉め出されかねない。
そうなれば、冒険者から転職する事も出来なくなる。
そのあたりが自由に出来るからこそ、冒険者も将来に希望を見いだす事が出来ている。
とりあえずはモンスター退治の技術を身につけ、金を稼ぐ事にはなる。
そうやって稼ぐ土台を作ってから、仕事に必要な技術レベルを伸ばし、元手を作っていく。
数年ほどでモンスター退治をやめて仕事を始め、新たな生活を手に入れていくという事がようやく形になりはじめている。
それらが全て失われる可能性があるのが現状だった。
いくら貴族でもそこまでやるのか、とは思う。
だが、全くやらないとも言い切れない。
不安要素はいくらでもある。
その不安を抱えて、隣り合わせで生きていくくらいなら、厳しくても独立の道を選ぶしかない。
そう覚悟するほどにヒロノリは統治者や貴族に疑問や懸念を抱いていた。
信用や信頼など全く無い。
(何とかして自立していかないと……)
その為に何が必要なのかを考えていく。
幸いにして、今の所は上手くいっている。
開拓した村は順調に発展し、拡大も視野に入ってきている。
だが、それだけでは全然足りない。
更に大きくしていかねばとても自立独立など出来ない。
(まずは村を拡大してからだな)
食料にしろ、進出する為の拠点にしろ、まずは土台が必要になる。
開拓を村程度で終わらせるつもりはない。
求めるのは完全な独立である。
(となると……)
地図を手にとり考える。
モンスターがやってくる前の、古い地図の写しである。
今は存在しない町や村が幾つか書き込まれている。
そのほとんどは壊滅したと聞く。
少なくとも、国境線の向こう側は無人地帯であり、モンスターの跳梁跋扈する場所となっている。
そういった地域を挟んで隣の国があったりするが、距離はかなり離れている。
その両者の間に挟まれるように、人が押しのけられた場所が拡がっている。
加えて北方にそういった無人地帯が拡がっている。
北よりやってきたモンスターが制圧してる地域の多くは北方である。
当然ながらそこも人のいない地域となっている。
もしかしたら、どこかに孤立した人里があるかもしれないが、今のところ確認はされてない。
(やっぱり、そっちに行くしかないか?)
今後の方針というか目的としてそちらの方向への進出を考えていく。
他に人がなく、人類社会との衝突が少ない地域へと。
(モンスター相手にしなくちゃならんけど……)
それでも人を相手にするよりは良い。
敵が更に増えるというわけではないのだ。
モンスターを相手にしてるのは今も同じである。
それが幾分気を楽にしてくれる。
やる事の難しさは変わらなくても。
(やるしかないか)
この先どうなるかは分からなくても、自分達の居場所を確保するには進まなくてはならない。
(北か……)
今まで以上の困難があるだろうが、そこへ向かっていかねばならなかった。




