転職93日目 番外編:とある少年の冒険譚11
人員募集の成果は大きく、掲示板に貼りだした翌日にはすぐに結果が出た。
相手は一人ではなく、既に活動してる一群だった。
現在の人数でもそれなりに収益はあるが、同行者を増やして更に活動範囲を広げようとしていた。
その為、どうしても人数の拡大が急務となる。
人数が多い方が大量に出て来るモンスターに対処しやすい。
レベルを上げてからという条件をこなしてからになるが、それでも頭数を揃えなければ先に進めない。
その為に参加してくれる者達を探してたという。
新人だろうがレベルが低かろうが構わない。
それらは育つのを待てば良い。
大事なのはやる気と数だった。
そんな冒険者達からの誘いに応じ、ハルキ達は一群ごと参加する事にした。
ハルキ達だけで活動していくという道もあるにはあったが、それよりはレベルの高い者達と共に活動した方が安全性は高い。
これからが大変になるのは確かだが、それでも新人達だけで活動するのに比べれば楽なものであろう。
「何にせよ、これからだな」
ヒロノリの言葉にハルキ達は緊張をあらたにする。
本当にその通りで、これから更に大変な事になる。
必要なレベルに到達するまでは無理はしないと言われてるが、なるべく早くレベルを上げるよう求められている。
猶予として一年ほどは見込んでいるという事だが、それまでにどうにか求めるレベルに到達してもらいたいとの事だった。
とはいえ、その為に必要なレベルは現状より五つか六つほどあげれば良いので、無理して励む事も無い。
安全確実に仕事をこなしていても半年もあれば到達出来ると見込まれていた。
多少の前後を考えても一年というのは十分な育成期間になる。
「しっかりがんばれよ」
そう言ってヒロノリはハルキ達と分かれた。
レベルアップと生活費稼ぎの為の活動は終わり、また団長としての仕事に戻らねばならないという。
団長として手にしてる給料はモンスター退治で得られる金額ほど多くはない。
所属してる冒険者の上位に比べればかなり落ちるという。
また、モンスター退治ほど経験値を稼げない日常業務ではレベルアップもままならない。
その為、年に何回かモンスター退治に出向くという。
レベルの関係で新人達と回る事が多いが、それで十分に稼げるから問題はないのだとか。
むしろ新人達の顔ぶれを見る良い機会だという事で、新人達と回る事が多い。
その経験値と金銭を稼ぐ期間もそろそろ終わりになった。
やってきた時は驚いたハルキ達であったが、一ヶ月ほど一緒に活動を共にしてるうちに仲間意識も芽生えていた。
意外と気さくというか、地位を鼻にかけないところが好感がもてた。
聞かせてくれた話も役立つものが多く、今後に活かせるものだった。
なんだかんだで世話になったのは確かである。
「はい、がんばっていきます」
ハルキ達はそう言って、一時の仲間だった者と分かれた。
それからは新たな活動のための準備で忙しくなった。
参加する事になった一群が目指してるのは、更にモンスターの出現の多い地域である。
危険もそうだが稼ぎが大きくなる。
活動拠点をそちらに移し、今よりも大きな稼ぎを目指すという。
「なるべく早く稼いで、さっさとこんな暮らしを終わらせたい」
一群のリーダーは目的を短く説明した。
言いたい事は分かる。
モンスター相手の危険な仕事を何時までも続けたいという者は少ない。
出来るだけ早くレベルを上げて、稼ぎを増やして引退する。
それを目指す者は多い。
ほとんど全ての冒険者はそんなものである。
その為に稼ぎ、稼いだ金と技術レベルでもっとまっとうな商売に鞍替えする。
それが大半の冒険者が求めるものであり、概ね一般的な成功の形式となっている。
もちろん冒険者として活動を続けていくのも道の一つである。
体が本当に動かなくなるまでやり続け、それまでに金をそこそこ蓄えて残りの人生を過ごしていく。
そんな道も無くはない。
だが、それが出来る者はそれ程多くはない。
だから、あまり見本となるような目標や目的にはなりにくかった。
皆無というわけではないが。
そんなわけでハルキ達のやるべき事は確定していく。
出来るだけ早くレベルを上げ、なるべく早めにモンスターとの最前線に向かえるようにする。
その為に装備も一新しなくてはならない。
いつまでも支給品の安物を使ってるわけにはいかなかった。
「お前らも、早めに卒業や引退出来るようになれよ」
先輩の言葉にハルキ達も考えていく。
今はまだそんな余裕はないが、この先どうしていくのかを。
モンスターの相手をいつまでも出来るとは思わない。
その先をどうするかを考えねばならなかった。
幸いにも先々について考える余地はある。
モンスターから取り戻した場所の開拓やら、冒険者相手の仕事などがある。
取り戻した土地の開墾などは国家としても急務なので、国のあちこちから人が集められている。
しかし、作業は遅々として進んでない。
幾ら土地が、田畑が手に入ると言っても、モンスターとの最前線では場所が悪すぎる。
そんな所に好んで出向く者は少ない。
余程腕に自信のある者か、後先のない人生の終わった者くらいしか志願者はいなかった。
一時は犯罪者などに強制労働という形で送り込むという話もあったという。
それは噂でしかないが、そんな話が出るくらいに希望者が少なかった。
皮肉というか、それに拍車をかけてるのがヒロノリ達の一団であった。
たいていの場合、こういった危険な賭に出るのは貧民達なのだが、国境沿いの貧民達のほとんどはヒロノリが冒険者などとして引き抜いていた。
全体の数からしたらそれほど多いわけではないが、それでもやる気のある者達はそれで払拭されてしまっていた。
残ってるのは、危険に対してそれほど積極的になれない者達だけである。
生活を向上させる可能性があるとはいえ、危険を冒してまで挑戦しようという者は残っていなかった。
儲けが少なくとも、目の前の生活を支えるだけで終わるにしても、安全を選ぶ者がほとんどである。
その為、国境付近の地域から人が集まる事はなかった。
内陸というか、国境から離れた地域に住んでた者達ならなおの事である。
もとより危険から遠ざかっていた者達が、好んで危険な地域に出向こうなどとは思わない。
そんな気がある者はとっくに冒険者にでもなっている。
その為、ヒロノリ達が取り戻した村などに移住する者はほとんどいなかった。
拡大したヒロノリの一団が安全圏を確保してるのだが、そんな事情は届く事は無い。
何より、冒険者が守ってると言うだけで信じる者達は少ない。
程度の差はあっても、冒険者への評価はそれほど高いわけではない。
それなりの技術はもってるが、報酬次第で動くから信用しづらい────それが一般的な見方である。
実際、金のためにモンスターと戦ってるし、極端に危険な所に踏み込むような事もない。
それが今一つ信用性を損なってると言えた。
どれほど危険であっても、命令があれば出向いていかねばならない軍隊とは違う。
冒険者にそういった義務を求めるのが間違ってるのだし、それをとやかく言う事は出来ない。
だが、だからこそ冒険者が守ってるという事にそれほど信用がおけないのは確かだった。
しかし、それ故に冒険者が田畑を手に入れる機会にはなっている。
参入希望者が少ないから冒険者でも田畑を手に入れる可能性はある。
通常ならばありえない機会だった。
田畑を手に入れる事が出来るのは、農家の長男が基本であり、そういった所から譲り受けるという事はない。
田畑を借りる小作人になる事は出来るが、田畑そのものの所有者になれる事はほとんどない。
しかし、今ならば田畑の所有者になれる可能性があった。
一般人が見る事が出来る成り上がりとしては破格である。
農業が主力産業(人工の概ね七割から八割以上が従事している)のこの世界において、それは一般的な成功の指標になっていた。
職人や商人として成り上がる事よりも明確な目標たり得た。
特に冒険者の大半が農家や農村出身である事から、たいていの者は自分の田畑を手に入れる事を願っていた。
そこが最前線であろうと、田畑を手に入れる事が出来るというのは魅力的だった。
冒険者であるからモンスターもそれほど怖いものではない。
むしろ大きな機会にすらなっていた。
とはいえ、貴族や領主が横取りしたという印象があるので、古参の者達は積極的に入植しようとはしていない。
それが取り戻した地域の開墾が進まない理由になっていた。
ハルキ達も話には聞いてるので良い印象は持ってない。
田畑は魅力的であるが、さてどうしようかと二の足を踏む。
本当かどうかは分からないが、成果を横取りするような者達の下にいても良い事はなさそうに思えた。
それ以外でも商人や職人という道もある。
町や村に入っていくのは難しいが、一団の切り開いた拠点の中でなら活躍の機会はある。
実際、武器職人などになってる者達もいる。
施設の補修整備や建築などで活躍してる者もいる。
町や村から必要な物を買い付け、拠点に持ってきて商いをしてる者もいる。
今後更に冒険者が増えていけば、そういった仕事の需要も増加していく事になる。
幾らかレベルを上げ、モンスター退治に余裕が出てきたら、そちら方面の技術を身につけていく事も考えられた。
早くても数年先の事ではあるが。
ただ、一団の存在があるからこそ、こういった道も考える事が出来ていた。
そこまでハルキ達は気づいていなかったが。
何はともあれ、先の事である。
まずは目先のレベルアップをどうにかしないといけない。
先を考えるためにも、生き延びていかねばならない。
その為に必要な技術の事も考える。
新たに入った一群ではその事についても話し合いが行われた。
人数が多いので役割分担をしていかねばならない。
その為、誰が何をして、その為にどんな技術が必要かを考えていかねばならない。
求められる役割と責任が大きく、自分勝手は出来なくなる。
だが、求められる能力を伸ばしていけば良いだけでもあり、その分楽でもあった。
少数で行動してる時であれば、一人であれもこれもとやっていかねばならない。
その手間が少なくなるのは大きな意味があった。
戦闘における役割に始まり、戦闘隊形などにも話が拡大していく。
それだけでなく、戦闘以外の部分も考えていく事になる。
馬車の操作に、野外における料理、武具の修繕なども視野に入ってくる。
大人数での活動となると、拠点周辺だけが活動範囲になる事はない。
馬車などで移動し、人里離れた場所まで赴き、そこで数日ほど活動をする事も出来るようになる。
それなりのレベルも求められるが、出現するモンスターの数も多くなるので稼ぎも増える。
そうなると戦闘だけをやってれば良いというわけにはいかない。
野外において生活が出来るだけの能力も求められる。
そちらの技術も将来的には身につけていかねばならない。
だとして誰がそれを担うのか?
考えておかねばならない事の一つだった。
まだまだ先の事であるけども。
だが、夢があった。
その夢にハルキは次第にのまれていき、自らも抱くようになっていく。
新人冒険者としての第一歩はこうして始まっていった。




