転職9日目 ここらでこの世界についての説明を少々
孤児院は厳密には町の中にあるわけではない。
正確にいうならば町の外であり、そこにいる子供たちは基本的には町の者とはみなされない。
扱いとしては、余所者となってしまう。
もともとは本当に余所者だった子供達が集まったものなので間違いとも言い切れない。
しかし、これがなんとも微妙な立ち位置にある。
それはこの世界における問題の具現化だった。
少なくとも、数ある問題の一つの象徴ともいえた。
それについては多少の説明が必要となる。
町はもともとの住民達が住んでる中心地と、その周囲に広がる田畑。
田畑は結構な広さがあり、その中に農作業に従事してる者達の集落がある。
だいたい数家族が居を構える小さな集まりで、村というほど大きくも無い。
田畑の端が町から遠くなったので、作業に不便の無い場所に居を構えた結果だという。
町の住人とはこういった農作業をする者達も含めたものとなる。
結婚や商売などで町の外に出ている者達も、基本的には町の住人として考えられている。
これらは血縁者である家族や親戚が町にいる間は、たいていの場合町の人間として見られることになる。
何らかの問題を起こして追放されたのでもない限り。
町といわれてるものは、基本的にこれらで構成されている。
この中で暮らしてる者達が町人となる。
よそ者とはこれ以外の人間をさすことになる。
ヒロノリのように周辺の村や集落から来た者達がいる。
丁稚奉公もそうだし、冒険者になる者もいる。
行商人などもこれに含まれる。
町の外で生まれた者のほとんど全てがここに分類される。
町に居住していても住人とはいえない。
出身地が絡んでくるのでどうしてもこうなってしまう。
こういった者達は、田畑の中の町にまで入ってきてもさして文句は言われない。
しかし、その内部に入るとなるのは難しい。
人が集まってる居住区といえる場所は、塀や柵、堀で守られている。
獣や山賊、そして他国の軍勢から守るために作られたものである。
今はそこにモンスターが加わっている。
また、外部からやってきた歓迎せざる者達もそこで最終的に遮断する。
残念ながら行商人や冒険者ですらたいていはここで足止めを食らう。
彼らが活動してるのは、この町の外壁の外であり、そこに作られた交易区とも言うべき場所でそれぞれの活動をしていく。
もともと町の住人が外から来た者達と交易をする場所であり、それがそのまま外部からの人間との接点となった。
日本の歴史にある出島に近いものがあるかもしれない。
もちろん丁稚奉公する者達などは町の中に入りはする。
他にも町の中に出入りが許されてる者もいる。
それらを除けば、町と田畑の境目にある外壁までが外から来た者達の入ることが出来る限界点になっていた。
町にとって来客として扱える者達は。
招かれざる客も中に入る。
町の住人でありながら問題を起こした者達。
破産や失墜で町の中にいられなくなった者達。
よそで問題を起こし、どうにか生きてここまでたどり着いた犯罪者。
モンスターに襲われて住む場所を失った難民達。
こういった者達も他のどこよりも安全ということで町にやってくる。
もちろん中に入ることは出来ないし、それは彼らも理解はしている。
だが、何も無い場所にいるよりは、人のいるところの近くにいたいと思うのは人情だろう。
生存本能も絡んでいるのだろう。
実際に助けに来なくても、そばに誰かがいるというのは安心が出来る。
それが敵でなければとりあえずそれでよい。
助けてくれることは無くても、襲ってこなければ。
町の近くならそういう安心感を得ることが出来る。
モンスターの脅威に囲まれてるだけに、たったそれだけのことが重要になってくる。
そんな者達が、町を囲む田畑の外周の更に外。
モンスターよけの堀の向こう側に居住をしていく。
他に行く場所もなく、さりとて町に入ることも出来ない。
そんな者達が作り上げた貧民街。
それが町の一部となりつつあった。
決して望まれたものではないし、今も認められてるわけではなかったが。
実際、貧民街にいる者たちによる被害も出ている。
命からがら逃げてきた者達や、もともと不正を働いていた者達。
そういった者達が集まってるから良からぬことにも手を出しやすい。
全ては生きるためであるが、そのために用いることが出来る手段が犯罪に直結するものだったりする。
そうでなくとも胡乱な商売に手を出さざる得なくもなる。
低賃金で過酷な労働に従事するなどまだ良いほうであった。
だが、こうした者達のおかげで、安い労働力が手に入りやすいという利点もあった。
周旋屋などはこうした者達がいるから労働力を確保できてるような面もある。
また、中には冒険者として活動し、モンスターを倒して回る者もいる。
モンスターに村を襲われた者達などはそうなる傾向が強かった。
それらが次第に収入差につながり、少しでも稼ぎがよいものは交易区に居を移していく。
うだつのあがらない者は、そのまま残っていく。
そして、よからぬ事をしでかす者達も、都合の良い拠点として貧民街を利用していった。
もちろん町の住人達も黙って見ているわけではない。
行く当ての無い者達への同情はあるが、よからぬ事をしでかす拠点であるなら容赦はしない。
武装した警備兵達(この世界の警察にあたる)が何度も突入し、その都度壊滅させてきた。
しかし、破壊しても行くあての無い者達だけに、町の外周のどこかに集まり、再び居場所を作ってしまう。
それが何度か繰り返された後、終わりの無いいたちごっこは一度停止された。
どうせまた出来上がってしまうならば、邪魔にならない所に居座ってもらえればよいと割り切る事にした。
もちろんすぐ近くに監視するための拠点を作り、町に不用意に入らないようにはした。
また、居場所もモンスターがよく流れ込んでくる位置に設置するよう厳命した。
よからぬ事をしでかす連中が居残る事がほとんどなので、それでかまわないというのが町の見解だった。
まっとうにやる気のある者ならば、いずれ交易区にまで這い上がってくる。
だんだんとそういった住み分けというか、場所の役割が出来上がっていった。
町の住人にしても、貧民街は悪事の温床として嫌ってはいたが、一方で利用価値があるとも考えていた。
何せ、安く労働力を確保出来る。
それだけでも価値はあった。
貧民街による被害を受ける者達からすれば冗談ではないが、町全体で考えると決して悪い事だけではなかった。
利用されてる貧民街の者達もたまったものではないが、それでも居場所をどうにか確保出来るというのは大きな利点である。
決して共存とは言えないが、しかし敵対や対立とも違う。
切っても切れない腐れ縁のような関係。
それが貧民街だった。
孤児院はそんな町と交易区と貧民街の全てに関わっていた。
理由や経緯はともかく、起こった問題が流れ着いてくる。
出身の違いによる差異はない、という意味では平等と言えるだろう。
だが、決して良い事でないのも確かだろう。
何にせよ、町にある問題の縮図というか、一端を明確にしてる。
境遇の悲惨さについてはこれ以上の説明は特に必要とはしないだろう。
また、現状についても直接目にすればいやというほど理解出来る。
ガリガリにやせた体。
ろくろく教育も、それ以前の躾がなされてない育成環境。
捨てられて朽ち果てるしかなかい運命よりは幾らかマシとはいえ、決して幸運とは言い難い状況だった。
主に貧民街から流れてくるそれらを、町が受け入れる事は無い。
結果として、町の外れでもある交易区の片隅に流れつく事になる。
また、縁のない子供をわざわざ育成しようという者もいない。
同情はしても、実際に手助けするほどの余裕がある者はいないのがこの世界である。
自分と家族を養うのが限界という実情もある。
他所の子供よりはまず自分の子供である。
何より自分自身と家族である。
優先順序としてそちらが上位にある事を非難する謂われはない。
聞き込めば更に色々な事も聞こえてくる。
生まれたは良いが育てる事が出来ない貧民街出身は言うに及ばず。
強姦の結果であり、育てる事を拒絶された者。
不義不貞の結果生まれ、誰からも疎まれた者。
モンスターの襲撃から命からがら逃れて来た者。
売春宿で生まれ、育てる事が出来ないからと放り出された者。
破産や零落によって一家離散、流れ流れてここまで来た者。
様々な事情と理由があった。
(まいったな……)
将来の美少女候補を引き取って育てる、などと甘い事を言える状況では無かった。
正直、ここまで酷いとは全く思ってもいなかった。
まずこの状況を立て直さなくてはどうしようもない。
さりとて何から手を就ければ良いのやら分からない。
取っかかりすら見当が付かなかった。
(まあ、こういう時は考えるより先に行動だ)
破れかぶれや行き当たりばったりと言える事を考える。
だが、こうするしかなかった。
(なに、飛び込み営業みたいなもんだ)
とにかく当たって砕けて再挑戦。
その繰り返しである。
その中で何かを掴んでいくしかない。
そう思ってヒロノリは、手始めに食材を孤児院の前に置いていく事から始めた。
一週間に一回、だいたい決まった時間に。
そうする事で少しずつ接点を作っていこうとした。
それが功を奏したのか、一ヶ月ほどする頃には孤児院の老婆と面識を持つ事が出来た。
「奇特な奴だね」
つっけんどんなその言葉が、老婆のヒロノリへの最初の言葉となった。
20:00に続きを出す予定。
この部分とかに何か書いておこうと思うのだが、特に何が出てくるというわけでもない。
次の日時を提示するだけに終わっている。
それすらしてない時もあるが。
でも、下手に何かを書くよりは何も無い方がよいのかな、と思う事も。