転職88日目 番外編:とある少年の冒険譚6
欲が出てくるとあれこれと考えるもののようだった。
レベルが上がり稼ぎが増える可能性を感じると、色々なものが目に入るようになった。
食堂ではもう一品注文を増やそうかと思うようになった。
武器や防具の修繕をする時にも、よりよい製品に目がいく。
行商人の市場に行って、あれこれと見回すようにもなった。
今までは関係ないと思っていたものも、手を伸ばせば手に入るかもしれないと思えた。
まだ先の事であるが、レベルが上がればそれも可能になる。
そう思えたら、色々なものに目がとまるようになった。
特に武器や防具は最優先でどうにかしたかった。
武器や防具を買えない新人達には一団の方から支給がされる。
ただ、品質はとても良いとは言えない。
ほとんどが鍛冶屋が作ったものの中で不良品とされたものである。
見習いが手習いで作ったものもある。
それらを「どうせ捨てるなら」という事で安く買い取り、支給品としていた。
当然ながら、耐久性や切れ味などは劣る。
無料で配るのだからそれも仕方が無い事ではある。
盗まれても大した損害にはならない。
また、盗んで売り飛ばしても大した値段にはならない。
銅貨で一千枚になるかどうかという程度である。
その為にわざわざ盗みを働くような者もいない。
いるとすれば、そういった気質を持った者がやるだけである。
さすがにそんなものを使い続ける気にはなれなかった。
使い勝手が悪いだけでなく、命に関わってしまう。
早く新品に買い換えたかった。
といっても、今はそんなものを使っていくしかない。
手に入れた金から幾らかを使って修理に出していく。
それで性能が格段に向上するわけではないが、少しは長持ちするようになる。
それでも壊れた時が怖いので、安物の武器を一つ二つ買って予備として持っていっている。
銀貨一枚にもならないような安いものであるが、壊れた時の事を考えるとそんな物も欲しくなる。
同じような事を考えてるのは一人だけではなく、何人かが同じように武器を購入していく。
いずれもう少しましな武具を手にしたかった。
ただ、実用的な耐久力や切れ味などを持つものとなると、最低でも銀貨数枚は必要となる。
手に入れるまで、まだまだ時間がかかりそうだった。
防具も言わずもがなである。
とにかくまともな装備を揃えたいというのが、新人冒険者達に共通する願望だった。
命がけなのだから当然ではあった。
そのせいというわけではないが、モンスター退治には熱が入っていった。
むりはしないよう注意はしてるが、可能ならば一体でも多くのモンスターを倒そうとする。
レベルが上がって少しは戦闘が出来るようになったから余計にそうなっていった。
「だからって無理はするな」
教官がたしなめる事もしばしばだった。
「いくら強くなったっていっても、レベル一つ上がっただけだ。
無理したら、すぐに取り返しがつかなくなるぞ」
「はあ……」
「とにかくレベル3になるまで無理はするな。
そこまでいけばある程度無茶をしてもどうにかなるから」
そうは言われても、先を求めてしまう欲求は抑えがたいものがあった。
無理や無茶と分かっていてもどうにも止まれない。
それが危険であるという事すら理解も意識もしないほどである。
「そうなっちまうのも無理はねえけどなあ」
かつての自分もそうだったと教官は呟いた。
その言葉が、少しだけハルキの頭に残った。
次のレベルアップの時に教官から提案された。
「教養のレベルを上げておけ」
戦闘に直接関係しない技術である。
なんでそんなものを、と思った。
だが、教官はただ一言だけ答えた。
「取れば分かる」
言われて納得出来るものではなかった。
戦闘技術を上げた方が戦力の上昇になるのだから。
ここで教養のレベルを上げたら、その機会を一ヶ月近く失う事になる。
なぜそんな事をと思った。
「色々分かるからさ」
納得のいかない解答である。
だが、わざわざそう言うのだからというのもあった。
何かしら理由があるのだろうと思って、ハルキは教養の技術を上げた。
その途端、頭の中に色々な考えが浮かんできた。
自分がかなり無理をしてる事や、この調子ではどこかで何かを踏み外しそうだとか。
今まで言われていた事を自分の事としてしっかりと考えられるようになった。
(これは……)
あらためて考えると、自分が結構無理して無茶してるのが分かる。
教官の言う通り、いずれどこかでしくじるだろう。
そうなった時、どれだけの損害が出るのかも分からない。
命すら危うくなる事もあるだろう。
(さすがに自重しないとまずいか)
自分に出来る事を考えなおしていく。
やれる範囲は決まってるのだから、その中でどうにかするしかない。
レベルが上がった事でやれる範囲が拡がったのは確かだが、それに気を良くして力量以上の事まで求めていた。
いずれこのままレベルが上がれば確かにもっと大きな事もやれる。
だが、今ではない。
今はまだそこまでの力はない。
そんな時に、これからなれるかもしれない状態の事を考えても、実現させる事は出来ない。
第一、そこまで行くには生きていなければならない。
今のままでは、そうなるまでに死んでしまいかねない。
死なないまでも冒険者として再起が出来ないほどの怪我を負うかもしれない。
そうなったら全てがおしまいである。
やりたい事、手に入れたいものも永遠に手が届かなくなる。
そんな事が今までよりはっきり分かるようになった。
誰かに言われた言葉ではなく、自分自身の自覚として。
「どうだ?」
教官が声をかけてくる。
その声に黙って頷く。
「……よく分かりました」
「そっか」
それ以上教官は何も言わない。
ハルキが何に気づいたのか、何を考えてるのかを問いただしたりはしない。
そんな陰険な事をせず、
「じゃあ、明日からまた頑張るぞ」
と言った。
それで十分だった。
「はい」と答えてハルキは、今少しゆっくりとやっていこうと思った。
今の調子でいけば、いずれは安全に稼げるようになる。
無理してモンスターを多く倒す必要はない。
焦る心が沈静化していく。
無くなったわけではないが、いずれ成就すると分かればそれほど振り回される事もない。
今の実力でも十分にやっていける範囲で頑張れば良いのだ。
教養を修得した事でそれらが分かってきた。
文字通り考え無しだった今までとは違う。
それだけでも大きな進歩だった。
単純に戦闘技術だけを伸ばすよりもとても大きな成長に思えた。
「本当ならもっと後で身につけるのが普通なんだけどな」
翌日、教官はそんな事を言ってきた。
「これを身につけると、今までとは考え方が違ってくるもんなんだよ。
変な失敗は確実に減る。
だから、戦闘とかをある程度身につけたら修得を必須にしてるんだ」
「でしょうね」
その理由が今ならよく分かる。
「でも、お前の場合はこっちを先にした方がいいと思ってな。
それでこっちをレベルアップさせたんだ」
「おかげで助かってます」
「そっか」
どことなく教官の声は満足そうだった。
「じゃ、今日もがんばるか」
「はい」
最初のモンスターが見えてきたので、二人をそこに向かっていった。




