転職86日目 番外編:とある少年の冒険譚4
丸太打ちの翌日も、午前は同様に丸太打ちで復習。
それから複数で丸太に向かう事になった。
「周りを囲んで攻撃するやり方をおぼえてくれ」
基本として、モンスターを囲んで攻撃するのが通例である。
相手が多いときにはそうもいかないが、それが出来るならば可能な限り多人数で相手をする事になる。
安全にモンスターと戦う手段の一つで、一団はこの方法をずっと堅守している。
なんだかんだで最も手軽に出来る安全策としてはこれが一番だった。
樹木などを障害物として使ったり、罠をはったりという手段も使ってはいる。
ただ、これらは周囲の状況に左右されるし、事前の準備も必要になる。
常用するのは適当ではない。
自然、集団戦をしていくしかなくなる。
人数がいなければどうしようもないが、今の一団であれば心配はない。
数百人もの冒険者が集ってるのだから人数はどうとでもなる。
ならば、その為のやり方を身につけておいた方が良い。
「二人三人で丸太に向かっていってみてねー」
その声に従って新人達が動いていく。
(意外と難しいな……)
やってみてハルキはそう感じた。
確かに周囲を囲んで攻撃すれば戦闘は有利になるだろう。
だが、囲んだ全員で攻撃するのはやりにくい。
二人くらいならともかく三人ともなると全員で攻撃をすると、一緒に攻撃する仲間が邪魔になる。
相手の大きさによるが、一度に仕掛けられる人数はどうしても限られる。
そこで、どこから仕掛けるのかを考えていかねばならない。
「最初に誰かからやるか、どこからやるかを考えていけ」
教官からの指導も入っていく。
真っ正直に全員が正面にいる必要もない。
一人は正面にいるとしても、他の者は左右や後ろにいれば良い。
そうなるように回り込む事も考えていく。
それから誰が攻撃するか。
そして、誰がどこを狙っていくか。
相手の向きによって狙える場所は変わる。
それに全員が同じ場所を攻撃する必要もない。
当てやすい場所、当てやすい所を攻撃すればよい。
とりあえず丸太相手にそれをやっていく。
どうやってかかるかを考えながら。
三日目はそれで終わっていった。
四日目は、逆に少人数で多人数を相手にする場合の訓練だった。
群で行動するモンスターを相手にする場合に必要になる。
どうしてもこちらの人数が少ない場合があるので、その時の為の対処方だった。
レベルの低いうちは教官と一緒に単独行動するモンスターを相手にしていくが、それが終わればそうも言ってられなくなる。
少数でも生き残れる方法を身につけておかねばならなかった。
五日目は、互いの連絡方法などを教えられた。
外に出てモンスターと戦うにあたり、周囲との連携も必要になる。
緊急時に危険を周囲に知らせるためにも、簡単な連絡手段を身につける必要があった。
一番簡単なのは笛である。
ホイッスルのような小さなものを使って周囲に報せるのだ。
音の届く範囲は限られてるが、それでも通信手段としてこれが一番手軽で最適だった。
音を鳴らすのも、たとえば二回連続で吹いた場合や、三回連続の場合などで別の意味を持たせている。
二回吹いたら『危険』、三回なら『応援を求む』など。
基本的にモンスターに気づかれた場合の対処となるので、緊急信号の意味が強い。
音を立てる事でモンスターに気づかれる可能性があるので、使うとすればそういった事態に陥った場合になるからだ。
既に危険な状態になってるのだから、周囲に気づかれるかどうかなど気にしてる場合ではなくなっている。
そんな時にはさっさと周囲に自分達の存在を周知した方が良い。
そこから始まった訓練で、とりあえず何個かの符牒を憶えた。
それだけでなく、表札の書き方なども教えられた。
板に記号を書いておいておくだけであるが、その近隣で何があったのかを記しておく事が出来る。
『この近隣、小型モンスター出現、多数いる』といった内容などを記しておくためだ。
言葉ではなく、意味を持たせた記号を記しておいて、手軽に記入できるようにもしてある。
意味をおぼえておかねばならないが、おぼえれば手軽に情報を掴む事が出来る。
どちらかというと、調べた情報を他の者に伝える手段となる。
即応性は無いが、継続的に情報を伝える事が出来る。
何らかの理由で遭難などをした場合も、足跡として使えるので場合によっては役立つ場面もある。
なお、拠点周辺には、こういった記号を記した立て札が乱立してるような状態となっている。
六日目は実際に外に出ての探索となる。
モンスターが出没する所までは出ていかないが、一日をかけて移動をし続ける事になる。
モンスター退治に大半はこういった移動にあたるので、そのやり方をおぼえねばならなかった。
途中で休憩はあるものの、朝から夕方まで歩き続ける。
その途中で前日に習った表札なども見つけたりもする。
その場で意味を読み解く簡単な試験なども行いながら歩いていった。
途中でモンスターに遭遇する事もあったが、その場合には教官が即座に始末していく。
高レベル冒険者でもある教官達は、出て来たモンスターをあっさりと倒していった。
今更ながら、レベルの違いをはっきりと見せつけられる。
そんな事がありつつも、かなりきつい遠足は進んでいった。
「へばるのは分かるけど、がんばれよー」
暢気にいう教官の言葉に新人達は返事をする事も出来なかった。
「重い……」
何度も何度も小さく呟いてしまう。
身につけてる武器や鎧がとにかく重く感じた。
背負い袋にも荷物は入っているが、それよりも体につけた鎧の方が動きを阻害する。
身につけてるのはどれも革製の防具。
それらに薄い鉄板を縫い付けて防御力を上げてるものだ。
重さ自体はそれほどでもない。
なのだが、長時間にわたる移動がそれらの負担を大きくしている。
軽いとはいえ衣服ほどではない。
身につけて動き回れば手足の負担となる。
昼の前に女子がへばり、午後になれば男子もへばる。
(こんなんで、モンスターとやりあえるのか?)
冒険者になれば、こんな状態でモンスターと戦う事になる。
本当に出来るのか不安でしょうがなかった。
だが、同じ状態の教官はさほど苦もなく動いている。
それを見ればこの状態で動き回るという言葉に嘘はないと思えてくる。
自分にそれが出来るとはとても思えなかったが。
(本当にああなれるのかよ)
まさかと思えてしょうがなかった。




