転職85日目 番外編:とある少年の冒険譚3
「きつい……」
「なんか、体が強ばる」
「手が動かねーよ」
昼の食堂、休憩かつ昼食だというのに、ろくに箸を動かさないまま声だけが上がっていく。
その声もそれほど多いわけではない。
どちらかというと、淡々と黙々と──といった調子である。
妙な静けさを発生させながら、ハルキ達新人は二日目の訓練の半分を終えた。
やった事と言えば昨日やった事の繰り返しである。
一晩開けてそれをどれだけおぼえてるのかを確認し、それから更に何度も素振りを繰り返した。
移動しながらの素振りもやり、それが頭と体にまだ残ってるのを確かめた。
それが終わると、今度は立木に向かって木刀で打ち込んでいった。
垂直に立てた丸太を木刀で叩いていく。
繰り返した素振りの動きのまま、ただただ丸太に向かっていく。
「丸太との距離も考えていけよー。
その距離でないと攻撃は当たらないから。
遠くても近くてもな」
教官の言う通り、距離が遠くては当たらない。
近すぎても木刀による有効な打撃にはならない。
程よい距離を見つけ、その位置から打ち込まなければならなかった。
その立ち位置を最初に教えられる。
それから木刀による打ち込みになった。
思った以上に、これがきついものがあった。
だいたいの者がそうなったのだが、打ち込んだらその衝撃がそのまま跳ね返ってくる。
相手は地面に突き刺した丸太だ。
丸太自体の硬さや重み、しなりがある。
軽く叩いたらすぐにはじき返してくる。
それに、地面という土台に立っているので、衝撃のほとんどが地面に受け止められる。
力一杯叩き込めば、当然その力がそのまま跳ね返ってくる。
最初の一回でほとんどの者が、自分が打ち込んだ力で手を痛めていった。
怪我はしなかったが、打ち付けた時の衝撃が手から腕に通っていく。
それが頭を揺らす。
ただ叩いただけなのにとんでもない衝撃になって返ってきた。
さすがに二回目からは衝撃にならないように叩いていくのだが、
「そんなんじゃモンスターを倒せないぞ。
もっと強く叩き込んでいけ」
という教官からの教えが入る。
そんな無茶な、と誰もが思った。
しかし、それを見越していたらしい教官は、
「いいか、こうやるんだ」
と言って見本を見せていく。
丸太の前に立つと、軽く木刀を振りおろしていった。
しかし丸太に当たった瞬間に重く硬い音が響く。
木刀に込めた力はハルキ達の比ではないのがそれだけで分かる。
それを何度も繰り返していくのを見て、ハルキ達は呆気にとられた。
教える立場だからそれなりの腕は持ってるだろうとは思っていた。
それがどれほどなのかを目の当たりにして、自分達とは隔絶したものだという事を知る。
一通り打ち込んだ教官は、
「こんな調子でやっていくんだ」
と皆に振り返った。
特に力んだ様子も何もない。
ごく自然体なままでいる。
力の入った一撃を何度も繰り返していたとは思えない。
(これが高レベルって奴なのか……)
その場にいた者達の誰もがそう思った。
「それじゃ、もう一度やってみろ。
丸太を思いっきり叩いていけ。
それがこれから役に立つ」
その言葉を聞いて、ハルキ達は再び丸太に挑んでいく。
そして、手に返ってくる衝撃に涙がにじんでいった。
「今日、あれを続けるのかな?」
「そうだろうな」
「きついな」
「俺、まだ手が動かないよ」
丸太打ちのせいか、木刀を握ったままの形で手が固まってしまっている。
指を開くことは出来るが、それを複雑に動かす事が出来ない。
おかげで箸を使う事が出来なかった。
「だから、これが出てきてるんだな」
スプーンにフォークが出された時は何事かと思ったが、今はその理由がよく分かる。
今はそれがないと飯を食うことも出来ない。
「とにかく食おうぜ」
そう言って誰かが食べるのを促す。
これからの事を考えれば食べないわけにはいかない。
三時に軽食が出されるが、それまでもたないだろう。
目の前の料理を誰もが黙々と食べていく。
お粥に温野菜と味噌汁。
簡素だが食べやすいものが並んでいる。
新人達の状態を考えてのものなのだろう。
その心遣いがありがたい。
ハルキ達は黙々とそれを腹におさめていった。
午後は移動しながらの丸太打ちとなった。
丸太に向かって移動し、間合いに入ったら打ち込む。
ただそれだけである。
それが意外と難しい。
「歩数が合わないと上手く当たらない。
当たっても有効な一撃にならない。
だから、距離を考えながら動いていけ」
教官の言う通りで、適度な間合いになるよう動いていかないと上手く攻撃出来ない。
「昨日やった事を思い出してやってみろ。
移動の感覚はあれをもとに考えていくんだ」
そんな言葉を頼りに足を動かし、適度な位置に入ったところで振りおろす。
どうにか上手く当てられるようになるのに時間がかかった。
「モンスターも動いているからな。
動いて攻撃する事も考えていけよ」
当たり前と言えば当たり前である。
動かずにいるモンスターはほとんどいない。
例外はあるだろうが、この近隣での目撃例はない。
たいていのモンスターは動いている。
そんなものに攻撃を当てようと思えばこちらも動くしかない。
弓のような射撃武器なら話は違うのだろうが。
それでも射程にとらえ、射線が通る位置はとらねばならない。
動きながらの攻撃もおぼえねばどうにもならない。
「今日はこれだけやって終わりにするぞ」
終わるまでこれを繰り返すという宣言でもあった。
聞いたハルキ達は軽く絶望した。




