転職84日目 番外編:とある少年の冒険譚2
「それじゃ、やるぞ」
渡された木刀を手にしてハルキは目の前の教官に注目した。
「まずは俺がやったように動け。
見たまま、その通りに動けばいいから」
言いながら教官は木刀を両手で握って頭上に構える。
剣道で言うならば上段になるだろう。
右足を後ろにした状態で構えている。
「いいか、ここから──」
右足を前に動かし、同時に刀を振りおろす。
単調で単純な動作だ。
しかし、早い。
力んだ様子は全く無いのに、風切り音が鳴る。
木刀が全く見えなかった。
「──こうする。
これが基本的な動きだ」
そう言って教官は同じように動いてみろと言う。
言われたハルキ達は、とにかく見よう見まねで動いていく。
教官とは比べものにならないくらい遅い。
体勢も悪い。
後ろに下げた右足を前に出しながら刀を振りおろすだけなのだが、それだけで体が揺れる。
体の中心が崩れる。
振りおろすと、振った勢いで体が前のめりになったり、左右に揺れたりする。
綺麗に木刀を振りおろす事が出来ない。
「まあ、難しく考えないで何度もやっていけ。
そのうちまっすぐ振りおろせるようになるから」
そう言って教官は、ハルキ達に素振りを繰り返すように言った。
確かに振っていくうちに動きはいくらかマシになっていった。
教官の動きにはほど遠いが、木刀に振り回される事もなくなっていく。
教官も、一人一人の素振りを見て、修正するべき所などを教えていく。
一人一人体の癖が違うので、教える事は個々に違いがある。
それでも、目的とする所は一緒なので、見たり聞いたりしてると参考になる部分がある。
体も切っ先もぶれる事無く刀を振りおろす──ただそれが出来るようになるための注意をしていく。
怒鳴ったり叱ったりはしない。
「あ、ここはこうしてみてね」
「それだとこうなるから、こうしてみたらどうだ?」
「たぶん、それはこうなってるだろうから、こうしてみてくれ」
そんな声をかけていき、必要なら手を触れて動きに修正を加えていく。
新人達はそれでなんとなくやりようを考えていく。
もちろん、教えてくれたからと言ってすぐにおぼえる事が出来るわけではない。
それは教官も分かっている。
「すぐに出来るとは思わないから、無理して急がなくていいよ。
ただ、少し意識してやってみて」
そう言われて少しは気持ちが楽になる。
出来ない事で否定や罵倒が飛んでくるわけではない。
ただ、繰り返していく中で何かを掴んでいけば良いとも言う。
「同じ事を繰り返すのが大事なんじゃない。
繰り返す中で、違和感とか何か別のやり方に気づくのが大事なんだ。
繰り返すのは、それに気づく可能性を上げるため」
だから繰り返すのだという。
意味はよく分からなかったが、新人達はとにかく続ける事にした。
「ま、疲れたら休んで。
休んで回復したら続けて。
長くやるには、休息が必要だから」
極めつけに教官は予想外の事をいう。
「ダラダラやってくれ。
力一杯やってたら続かない。
長続きさせるには、ダラダラとやるんだ」
本当にそれでいいのか、とハルキは思ってしまった。
そんなこんなで一時間が過ぎて二時間が経っていく。
言われた通り、力まずダラダラと続けていった新人達は、それなりに様になる動きを見せるようになっていった。
最初に素振りをしたときよりは動きが滑らかである。
まだまだ無駄に力が入っていたり、締めが必要な部分がゆるんでいたりだが、それでもしっかりと木刀を振っている。
「まあ、こんなもんだよな」
初心者にしては上出来だと教官もご満悦だった。
彼も新人達に何かを求めてるわけではない。
やった事もないことをやってるのだから上手くいかないのは分かってる。
だから、少しでも良い、一つでも良いから何かが良くなってればそれで良いと考えていた。
今はそれで十分である。
「これを今日は繰り返すぞ。
何度も何度もやれ」
そう言いながら素振りを繰り返させる。
午前中はそれだけで終わり、軽い昼食を挟んだ昼過ぎも素振りになった。
三時のおやつでまた小休止と軽食を済ませたら多少の変化をつける。
前進しながらの素振り、交代しながらの素振り。
一度素振りをしてから後ろに振り返って切り落とす前後の素振り。
素振りをしてから右に、あるいは左にもう一度切り落とす左右の動き。
ただ振り落とすだけではなく、そこに移動の動きを加えていく。
戦闘における移動の基本をそうやって少しはおぼえさせていった。
初日はそれで訓練が終わった。
「疲れた……」
「俺も……」
同郷の者とそう語らいながら宿舎に戻る。
所狭しと並べられた二段ベッドに潜り込み、横になる。
食事も風呂も済ませた後なので、そのまま寝てしまえばよい。
体も疲れてるので眠気は既にやってきている。
それでも何か喋らないとやってられない気分だった。
大した動きをしたわけではない。
農作業に比べれば体力は使ってないのでかなり楽なはずである。
なのだが慣れない動きを延々と繰り返すというのはさすがに難しい。
まずは頭を使って動きをおぼえねばならない。
今まで使ってこなかった道具を使い、やってこなかった動きをせねばならない。
慣れない道具を持つのも、やり慣れてない動きをするのも存外大変である。
神経を使うし、使ってなかった筋肉を動かすのだから意外と消耗する。
「きついな……」
「ああ……」
体力を使うというわけではない。
ただただ億劫だった。
それでも何かを呟いてしまう。
「明日もやるんだよな」
「そうだな」
今日やった事にいくつかの追加をした動作をやると聞いている。
「簡単だって言ってたな」
「だな」
嘘ではない。
動作自体は確かに簡単だ。
憶えるのに苦労するほど難しいものはない。
だが、時折入る教官からの動作修正などで頭を使う。
単純なはずの動作が、それだけでちょっと頭を使うものになってしまう。
何せ無意識にやってる事を意識しながら修正していくのだ。
気を抜けばすぐに元の動作に戻ってしまうので、そうしないように常に気をつけねばならない。
考えながら動かねばならず、それが大変だった。
一度に二つも三つも修正が入るわけではないが、それでも意識しながらの動作は負担だった。
「明日もか……」
「明日もだよ……」
気が重くなる。
意識も重くなり、考えるのも面倒になる。
そのうち二人は知らず知らず眠りに入っていった。




