転職83日目 番外編:とある少年の冒険譚
「ここかぁ……」
馬車から降りた少年ははじめてやって来た拠点なる場所を見回した。
広いという程では無い。
堀と柵で覆われたそこは多くの者達がひしめき、雑然とした印象を受けた。
出身の村とたいして変わらない大きさにも関わらず人口密度は遙かに上だ。
冒険者として登録を済ませた町よりも密度は上ではないかと思えた。
村での生活が全てだったので、初めて見る人混みに驚いてしまう。
「すげえ」
そんな言葉もぽつりと呟いた。
先導する案内役の者についていきながら、ただ無闇に感動してしまった。
少年の出身は国境にある地方のとある村だった。
モンスターの襲撃を受ける事はほとんど無いが、生活が安定してるとは言い難い。
家族全員が食べていく事は出来るが、蓄えなどはろくろく作る事が出来ない状態だった。
困窮してるというわけではないが、裕福とは言い難い。
この世界においては一般的な経済状態であるが、どうにか現状を変えることは出来ないかと誰もが思っていた。
そんな時に訪れた一団からの誘いに少年はのった。
今より稼ぎが良いという話にひかれた。
両親や兄弟は心配してくれたが、それでも行く事にした。
村にいても先があるわけではない。
稼げるというならそれに挑戦してみようという気持ちがわずかながらあった。
モンスターを相手にするという不安もあったが、それよりも期待や希望の方が大きかった。
同じような者達と共に村を出て、冒険者として登録をした経緯は、ざっくりと言えばそんなものだった。
特に目新しい所も特別な所もない。
ハルキという少年は他の多くの者達と同様な状況と理由で一団へとやってきた。
宿舎に到着し、荷物を置くと拠点の案内に回っていく。
食堂に便所、ゴミを出す所に洗濯を預ける場所に共同の風呂など。
生活に必要な所を説明されていく。
村とは違った生活の仕方に少しばかり戸惑う。
今までと違うという事をはっきりと示されているようでもあり、不安もわいてくる。
とにかく今はおぼえるしかないと考えて一つ一つを聞いていった。
そうして回る中で気づいた事だが、意外と設備がととのっている。
食堂などもそうだし、道具の作成や修繕をする鍛冶屋もある。
村でも簡単な手直しをする者はいたが、仕事としてしっかりと成り立っていたわけではない。
武器や防具を修繕したり作成するためなのは分かるが、それでもこういったものが店として存在してるのは意外だった。
町でも無い限りは存在しないと思っていただけに。
また、行商人がかなり出入りしてるようで、露店も幾つか出ていた。
村だと一ヶ月か二ヶ月に一度しかやってこないだけにそれも珍しかった。
そういった者達が店を構える場所として、新たに区画を作ったという事も聞き、かなり繁盛してるのだろうとも思った。
堀と柵で囲っただけの広場でしかないが、そこに馬車やら露店が開かれ、客が何人も出入りしている。
そんなに行商人がいるというのが珍しい。
露店も、テントのような簡素なものだけではない。
倉庫を改装したような、これまた簡単な造りの店だがしっかりとした建築物である。
馬車であちこちを移動する行商人としては珍しい。
多くの行商人が憧れ、そしてかなえる事が出来ない店を持つという夢をここで叶えてるようだった。
そんな者達による賑わいを、ハルキはそれとなく眺めていく。
さして何かを考えてるわけではない。
店に何が並んでいるのか気になり、いつか稼ぐようになったら買いに来ようと思ったくらいである。
何があるのか興味がある。
拠点内の案内の途中だったのでゆっくり眺める時間もないのが悔やまれる。
案内が概ね終わって宿舎に帰ってくると、再び食堂につれていかれた。
そろそろ外も暗くなろうという頃合いである。
そのまま夕食に流れこんでいった。
「ま、とにかく食おうや」
案内役の者にそう言われた一同は、出された料理に箸を伸ばしていく。
見た目からして旨そうな料理にハルキ達は最初から期待を抱いていた。
それほど凝った料理など出てこない一般家庭とは見た目ですら違いがある。
日本における定食そのものの献立であるが、それでもこの世界においてはかなり豪勢なものである。
一般的な料理というと、米に野菜に少しばかりの肉を混ぜた雑炊のようなものが主流であるのだから。
それか、ご飯に味噌汁に漬け物といった程度である。
たとえ定食メニューと言えども、それらに比べれば豪勢に見える。
おまけに、口に入れたそれらにはしっかりとした味がついている。
調味料がそれほど出回ってないこの世界において、しっかりと味付けがされた料理というのは結構貴重な部類に入った。
それらを口にした新人達は、凄まじい早さで料理を平らげていく。
「あらあら」
それを見てた女将(通称)が微笑ましげに言葉を漏らした。
新人達がはじめて食堂の料理に接した時に示す反応はだいたい一緒である。
なのでこんな光景を見るのもこれが最初というわけではない。
それでも作った物を美味しそうに食べてくれれば嬉しくなる。
視線に気づく事もなく新人達は、目の前にある美味いものを腹におさめていく。
これからこれを食べる事が出来るという事に喜びながら。
娯楽の少ない世界だけに、食べる事は生存に必要な行為であると同時に重要な楽しみである。
それを今後も楽しむ事が出来るというだけでむせび泣いてしまえるほど喜べた。
そんな食事が終わってから案内役が今後の説明をあらためてやっていく。
「今日はこのまま寝て、明日から訓練。
一週間くらいは基本的な動きをやってもらうからそのつもりで」
そりゃそうだなとハルキ達は頷いた。
経験値を稼げば技術を身につける事が出来るとはいえ、基本的な事すら何も知らずに戦闘に放り込むわけにはいかない。
上手に出来るかどうかは別として、最低限の動きをおぼえる事は出来る。
技術レベルとは、それを身につければ該当する知識を得て行動出来るようになる。
だが、全く技術がない人間であっても、必要な情報と動作をおぼえれば多少は動ける。
見よう見まねを超える事はないが、それでも何も知らないよりは良い。
それを一週間やる。
ここにいる意味をはっきりと示されたような気がした。
「事務とかに回る者もやってもらう。
聞いてるとは思うけど、まず最初は戦闘をやってもらうから。
これで経験値を稼いで技術を身につけてもらう。
頑張っても三ヶ月、長ければ半年くらいはやる事になるから覚悟しておくように」
その場に居た全員の表情が引き締まった。
ほとんどないとはいえ、モンスターの被害にあう事は年に何回かある。
モンスターを侮ったりするような者はいない。
だからこそ、これから積極的にモンスター退治に出向くと聞いて気持ちが引き締まっていった。
「訓練って言っても基本的な動作を繰り返すだけだから。
それと、他の者と組んだ場合の動き方を基本的におぼえてもらう。
それほど難しくはないからしっかり身につけてくれ」
案内役の言葉に全員が頷いた。
はい、と返事をする者も何人かいる。
「それが出来ないと、モンスターとやりあった時に死ぬ確率が跳ね上がるからな」
絶対に気が抜けないとハルキ達は知った。
間を空けてしまったが、とりあえず話をこさえてきた。
視点を変えてちょっとだけ話を進めてみたい。




