転職77日目 開拓日記6
結果として、試用期間である一週間の体験者が冒険者に軒並みなっていった。
それ以外の者達も、多くが試用期間に参加していく。
実際に出向いた拠点は、それほど過ごしやすい場所はなかったが、それでも貧民街よりは良い。
そこで真っ先に風呂に放り込まれ、まずは体の汚れを落とされる。
貧民の大半は風呂とは無縁の生活を送ってるだけに、汚れがこびりついていた。
次いで、新しい衣服も用意され、それに着替えていく。
今まで着ていたボロ切れのような服は、回収されて洗濯されるという。
拠点で生活する間はそれを着て生活する事になっていく。
その間に、モンスター退治に出向く冒険者になったばかりの新人達は、教官になる冒険者についてモンスター退治に。
それ以外の者達は拠点内外の作業に出向いていく。
作業員達も拠点のあちこちにおける補修や修繕、更に村の方の田畑の整備という仕事があった。
田畑の方はモンスター排除の堀を作ったり、柵や塀を作っていく事になる。
それらがモンスター退治の結果として取り戻した村の復興に関わってると知ると、貧民達は一様に驚く。
もともとがモンスターに追い立てられた者達のなれの果てである。
モンスターから取り戻したという話を聞いて様々な思いがこみ上げてくる。
自分達が為しえなかった事をした冒険者達に驚く。
醜い事だと思いつつも、居場所を取り戻した村人達に嫉妬もする。
しかし何よりも思うのは、自分達もやってみたいという事だった。
(俺達も……)
(出来るなら……)
(いつか村を……)
失ってしまったものを取り戻したいという気持ちが、小さくとも確実に芽生えて頭をもたげてくる。
それもまた今後に向かうための動機になっていった。
そして、一日の作業が終わって帰ってくると、モンスター退治に出向いた者達と向かい合う。
そこで示された一日の稼ぎに唖然とする。
「ほとんど先生がやった事だけどな」
そう言いながら示してくる成果は確かに大きかった。
教官がついてる間の稼ぎは最大で銀貨一枚までという決まりがある。
それ以外は教官のものになる。
こればかりは仕方のない事として割り切るしかない。
しかし、経験値の方は等しく分割されていく。
稼ぎは限界があるが、経験値は奮戦した分だけ手に入る。
それが多ければ多いほど、独り立ちまでの期間が短くなる。
「教官はレベル3になるまで絶対につくっていうから、そこを超えないと」
独り立ちするための最低線であるそこを超える理由が増えていく。
そこを超えれば、教官以外の者達と共にモンスター退治に出向ける。
その場合の稼ぎは、一緒に出向いた者達と折半となるのが通例だった。
もちろん取り分は好きに決めて良いのだが、不平不満が出ないようにそうしていく事にしてる所が多い。
「まあ、半年はこのままだろうけど、でも毎日銀貨一枚ならなあ」
「教官も頼りになるし、むしろずっとこれで良いとも思うよ」
「そうなったら先生の方から一緒に出向いてくれなくなるって聞いてるけどな」
そこは厳しく線引きされていた。
確かにレベルの高い者達と一緒の方が安心だし楽も出来る。
しかし、それでは精神的な成長がない。
レベルとは違う気持ちの部分で依存が強くなってはどうしようもない。
助け合いや協調と、依存・なれ合いは違う。
そうならないようにするための配慮であった。
それでも高レベルの者達を同行させたいなら、レベルの高い者達を雇うしかない。
独り立ちした直後の冒険者達は、いざというときの保険として、そういった者をわざわざ雇って同行させる事はある。
しかし、いつまでもそんな事をしてる者もいない。
たいていはレベル3を目安にして自分でモンスター退治に出向いていく。
「ま、これなら仕送りも出来るし、俺は文句ない」
「レベルを上げる事を目指して頑張るよ」
「お前らがどうするかはお前ら自身が決めればいいけど。
でも、これならやっていけるから、お前らもモンスター退治に来た方がいいと思うぞ」
そんな言葉で締め括る仲間の言葉に、一緒に来た者達も乗り気になっていく。
稼げる機会である。
そこに挑戦してみようという気にもなっていく。
そして試用期間が終わり帰っていった者達は、新たな冒険者として再び拠点を訪れる。
今度は拠点内の作業に従事するのを目的とした女子供を引き連れて。
子供と言っても、さすがに十二歳以上で体も大きい者に限られてはいる。
このあたり一団が制限していた。
さすがに本当に子供をモンスターの所に放り込むわけにはいかない。
ただ、貧民街に放置するわけにもいかないので、拠点につれてきていたというのがほとんどである。
規定を満たした者達はモンスター退治に出向いてはいったが。
彼等も教官について技術を身につけようとしていた。
モンスター退治は出来れば勘弁したいという者が多いが、それ以外の方で仕事があればと思う者達が多い。
例え拠点での仕事がなくても、技術があればそれ以外の所で仕事をこなす事も出来る。
不思議な事に、一団はそれはそれで良いと考えていて、技術者が外に流出する事を遮ろうとしてはいなかった。
ただ、出来れば自分達が紹介する所で従事して欲しいとは言っている。
一団とつながりのある商会や工房からの求人もあるらしいのだ。
断る理由もないので、大半はそちらに流れていく。
かくて新人達が集まり、貧民街が減少していく事になる。
「上手くいってるようだな」
状況をきいてヒロノリは満足そうに頷く。
とりあえず人を集めるために、様々な段階を作ったのは正解だったようだ。
やってる事を実際に見せて判断するために、拠点内外での一般作業をさせる。
それを見てやる気を抱いた者達が、彼等の仲間を誘ってくる。
仲間からの言葉なので断る者は少ない。
そのおかげで人の集まりはなかなかのものとなっていった。
「しかし良いんですか、技術を身につけた連中が外に出ても」
「やっぱり、少し不満はありますよ」
そう言ってくる者達もいる。
戦闘ではなく一般作業の技術を持った者達が外に流出していく事に懸念を示しているのだ。
当然だとはヒロノリも思う。
だが、ヒロノリはそれはやむをえないと割り切っていた。
「前から言ってる事だけど、俺達で抱えていても仕事を回せないし、どうしようもないよ。
それに、商会や工房との繋がりも出来るし、そっちの方がありがたい」
人を通じてつながりを持つ事が出来る。
ある程度出来た人間が入ってくる事で商会や工房なども助かってる。
「その繋がりが今後大きな利益になるかもしれない。
取引先が増えたり、色々な作業をこなしてくれる人が増えれば助かるからな」
自分達で抱える事が出来る人数には限界があるからこそ、外部に頼るしかない。
だが、それを上手く使う事が出来るなら、一団の力にもなる。
「大きく長い目で見ていこう。
今は種まきの時期だ」
それは他の者達に向けたものというよりは、ヒロノリ自身が自分に言い聞かせてる事であった。
本当にこれで良いのかとは自分自身でも思っている。
「育てた連中を抱え込みたいなら、俺達がもっと大きくならなくちゃならん。
その為にも、目標に向けてがんばろう」
そう言って本題に入っていく。
次の拠点作成に。
それだけの力は既にたまってきている。




