転職73日目 開拓日記3
「長期ねえ」
「ああ、今度は長く現地に留まってもらう事になる。
でないと作業が進まないから」
「だからこの条件なのか」
「ああ。
一ヶ月拘束で、支払い金額は銀貨二十枚」
「まあ、稼げるならそれでいいけど」
「そうしてくれると助かる。
とにかく家すらない状況だから。
それを作らないとこの先もどうにもならない」
「となると、テント暮らしになるのか?」
「そうだ。
そのかわり、食事とかもこっちで出す。
味の方は期待しないでもらいたいけど」
「どうせ保存食だろ。
それくらいは分かってるよ。
食い物があるだけマシだ」
「悪いな」
「なに、食い物をくれるだけでもありがたいわな。
一ヶ月もでずっぱりじゃ金を使う事もないだろうし」
「その分蓄えられると?」
「ああ。
酒も飲めねえのは辛いが」
「それも現地では期待しないでくれ。
作業期間中は禁煙になる」
「せめて女でもいりゃあいいけど」
「そっちの方もしばらくはご無沙汰になるな。
そもそも女がいない」
「男に走る奴が出そうだな」
「……そうならないよう願ってるよ」
募集する作業員達には、個別にそんな事を話していっている。
だいたいは作業内容の確認となるが、それに付随する様々な話も出てくる。
長期間の作業と現地に住み込みという事で、生活に関わる部分も話に出てくる。
陸の孤島と化す場所での作業なので、そうならざるえない。
そういった部分については嘘偽りなく事実だけを伝えていっている。
騙しても意味が無い。
ただ、どこで作業をするのかについては誤魔化し続けた。
最前線の拠点構築とは伝えてあるが、詳しい事は説明を省いた。
顔なじみとなった作業員達は、それでも気にせずに話をしていく。
今まで積み重ねてきた信用が発揮されていた。
ヒロノリは騙したり過酷な要求はしないと誰もが思っている。
今までそうだったというのは確かな実績となっていた。
これからを保障するものではないのも確かなのだが。
しかし、信用は過去における積み重ねから生まれるのも確かである。
このあたりでヒロノリはある程度の成功をおさめていたとみて良いのかもしれなかった。
呈示してる条件も悪いものではない。
というより破格である。
一ヶ月拘束とはいえ、銀貨二十枚で賄い付き。
底辺の作業員としては十分な報酬であった。
一ヶ月も人里から離れて不便な所で寝泊まりするのは大変だが、報酬の高さから考えれば妥当なところだった。
金を使う事も無いだろうから、報酬がそのまま手元に残る事になる。
町にいれば宿泊やら食事やらで毎日銅貨で三千枚はとんでいく。
それを考えれば、破格と言える待遇である。
たいていの作業員がこの条件を受け入れていった。
ヒロノリの一団を知る者達は特に。
難航すると思われた人員集めは、どうにか上手くいきそうだった。
その彼等も、町から出発してあらぬ方向へと馬車が向かっていくのを感じて懸念をおぼえた。
てっきり最前線の拠点である、取り戻した村へと向かっていくものと思っていたからだ。
それが、モンスターのいる場所を通りすぎ、野宿をしたあたりからさすがに何かが違うと気づく。
だからといって逃げるわけにもいかない。
モンスターの勢力園の中であるから、一団から離れるのは危険だった。
やむなく作業員達は馬車に乗り込んで目的地に向かう事になる。
そして到着した目的地で、彼等は一団の真意を目にする事になる。
「なるほど……」
そこに作られた新たな拠点。
まだ片付いてない廃屋。
テント暮らしを続ける冒険者達。
全てがこれからという状態の廃墟を見て、作業が困難である事を肌で感じていく。
さすがにしくじったかなと誰もが思った。
ヒロノリから新たな話を聞くまでは。
「本当か?」
誰もが思った事を、作業員の一人が口にした。
向かい合うヒロノリは頷いて、
「もちろん」
と応じた。
「ここの作業を進めていくのは当然だけど、それが終わったら田畑の方も開墾していってほしい。
耕したものについては、皆のものにして良いから」
繰り返し説明される条件に、作業員達が驚く。
そんな彼等に、ヒロノリは淡々と話を続けていく。
「先にこの中を片付けてからだけどな。
とにかく、住む場所を作らないといけない。
そのためにも、廃屋を片付けないといけないし。
まあ、本当に先の話になるよ」
それだけでも数ヶ月ほどはかかると思えた。
本当に先の話になる。
だが、示された条件は作業員達に大きな影響を与えていく。
「じゃあ、こっちが終わったら……」
「外に手をつけるつもりだ。
食べる物を持ってくるのも面倒なんでね」
その言葉を聞いて、作業員達は自分達の先の事について考えていった。
このまま作業員を続けるか、ここで田畑を切り開いて自分の土地を持つか。
考えるまでもなかった。
「やるよ、やるに決まってる」
「嘘じゃないんだろ」
「本当なんだな」
「俺も、俺もいいのか?」
口々に声をあげていく。
出世も栄達もなさそうな事をやってるよりよっぽど夢が抱ける。
だったらここでの作業に邁進していくのを躊躇う事は無い。
ヒロノリもそれらを裏切るつもりはなかった。
「その為にも、まずはこの中を片付けないとな。
住む場所もまだ無いんだから」
まずは現状を改善しないといけない。
作業員達は誰もが頷いていった。
それから一ヶ月。
まずは当面の寝床としての倉庫を。
そして、廃屋の片付けを。
出来る所からどんどんと作業は進んでいった。
一ヶ月の雇用期間の間に、進めておきたい作業はほぼ全て完了した。
それから一旦町に戻る事になるが、その前に作業員達はここでの作業の継続を求めていく。
断る理由は無いので、ヒロノリはその声を喜んで受け入れた。
「ただ、ここの事は口にするなよ。
ばれたら面倒だから」
作業員達はもちろんだと口にした。
田畑を手に入れる機会を失いたくないし、他の者に横取りされたくもない。
秘密は絶対に守る事を彼等は誓った。
「でも、酒と女で口を割る事もあるから。
気をつけてくれよ」
誰もが禁酒と女がよいの自粛を決意した。
そして、秘密を決して漏らさぬよう帰りの馬車の中で何度も確認しあっていく。
期せずしてそれらが互いの結束を固める一因となっていく。
作業員はこうして顔ぶれが固定されていった。
秘密を厳守するには都合が良い。
それほど期待してなかったが、田畑というのは意外なほど大きな理由になってくれた。




