転職69日目 なるほど分かった、そういうつもりなのね
寝耳に水であった。
今まで特に何をしてくるでもなかった貴族が動くとは思ってなかった。
ヒロノリ達の行動については、気にもとめてないと思っていた。
邪魔をするわけではないが、特別援助をするでもない。
やってる事を横目で見ているくらいに考えていた。
しかし、どうもそうではなかったらしいと今更ながらに思う。
でなければ、モンスターの勢力圏にあった村を取り戻して程なくこんな事をしてくるわけがない。
何をするにしても動きの鈍いのが統治機構というものである。
この世界でも健在だったお役所仕事はヒロノリも理解しているつもりだった。
だからこそ、かなり迅速に動いてきた彼等を見て、何らかの準備が事前になされていたのだろうと考えていった。
(なるほどなあ……)
懐かしいにおいがした。
雰囲気が昔の職場と告示している。
その手口を見て、ヒロノリは確信的に感じ取っていた。
(乗っ取りか)
手柄の横取りとも言う。
他人に仕事をさせて、それを自分のものとして着服する。
上司や同僚がよくやっていた事だった。
そのおこぼれにあずかっていた後輩なども思い出す。
忘れかけていた禿げ上司とその他諸々の顔を思い出し、ヒロノリは不快感をおぼえた。
しかし、不満や不平があっても直接それをぶつけるわけにもいかない。
それをしたら後が面倒になる。
それくらいの力を統治者は持っている。
相手はそこらにいるような木っ端領主程度ではない。
村一つをあずかってるような田舎貴族でもない。
この辺り一帯を統治してる領主である。
日本にあてはめるなら、都道府県にあたる地域を治めてる家が頂点にいる。
ヒロノリに通達を直接出してきてるのは市町村あたりの貴族であるが。
しかし、その家が都道府県を預かってる家に連なってるのも周知の事実である。
下手に逆らったらそれを理由に叩きつぶしてくるだろう。
それくらいの権力と動員力はある。
また、それが分かっているからこそ、猛々しい態度に出る事も出来るのだろう。
ヒロノリの目に前にあらわれた使者は、横柄な態度を隠そうともしない、むしろそれを誇示するように見せつけてきた。
「分かったな?」
通達の内容を突きつけ、確認をとってきた使者に、
「承りました」
とヒロノリは応じた。
不思議と笑みが顔に浮かんでいく。
人間、怒りも極まると笑顔が浮かぶらしい。
突き抜けたせいなのだろうか、怒りによる憤慨よりも、開き直ったすがすがしさが胸にわいてくる。
特に目の前の輩にどうこうしようという気が起こらない。
むしろ、その後ろに控えている貴族や領主という存在などに気持ちの全てが向かっていく。
「お言葉、確かに頂戴しました」
そう言って使者には知りうる限りの礼儀をもって応対していく。
使者はその態度に満足したのか、ふんぞりかえった態度をそのまま保ちながら拠点から立ち去っていく。
彼等が乗り込んだ馬車が拠点から遠ざかるのを、ヒロノリは笑みを浮かべたまま見送った。
「おい」
馬車が見えなくなったあたりで、手近にいた者に声をかける。
ヒロノリの事務作業の面における直属の配下である。
特別な権限はなく、専らヒロノリの使者としてあちこちを駆け回ったりしている。
使いっ走りと言ってしまえばそうなのだが、これはこれで馬鹿に出来ない仕事だ。
ヒロノリの行う雑務の大半を引き受けねばならないのだから、それなりに仕事が出来なくてはならない。
その彼に向けてヒロノリは指示を出す。
「一団の主な連中を集めろ」
「あ、はい……」
言われて彼はすぐに走り出す。
傍目には指示に従っただけに思われたかもしれない。
しかし、雑務担当の彼は決してそれだけで動いたわけではなかった。
いつになく平坦な、そして低い声を聞いてそこはかとなく恐怖をおぼえた。
笑いながらもなぜか怖い表情に恐れをいだいた。
決して彼の方に向くことなく、ずっと貴族からの使者が立ち去った方向を見つめてる目に怖気を憶えた。
総合して、常ならぬ態度のヒロノリに底知れぬ恐ろしさを感じた。
そんなヒロノリの近くから出来るだけ遠ざかりたいと思った。
だからこそ彼は、いつもよりも足を動かして拠点のあちこちを回っていった。
残されたヒロノリは、一人でじっと使者が立ち去る方向を見つめ続けている。
ぼそりと、
「面白い事してくれるじゃねえか」
と呟いて。
主な者が集まった事務所にてヒロノリは起こった事と出された通達を皆に示していく。
それを見て誰もが憤慨をおぼえていた。
程度の差はあっても、やるせない気持ちを抱いているのが伝わってくる。
自分達がやってきた事にただ乗りしてきたような気持ちを味わっている。
「何もしてこなかったのに」
「なんなんだよ、いったい」
「ふざけてんのか」
口々に思う所を表明していく。
それをヒロノリは一通り聞いた。
「まあ、お前らの言う事は分かる。
ごもっともだ」
「はあ」
「じゃあ、やりかえすんですか?」
「まあまあ、まずは落ち着け」
そう言ってとりあえずなだめた。
「やり返すも何も、そう簡単にはいかんわな。
物事には出来る事とやれない事ってのがあるんだから」
「じゃあ、どうするんですか」
「泣き寝入りですか?」
「まさか」
懸念の声をヒロノリは一蹴する。
「そんな事言ってたら冒険者なんて、モンスターの相手なんてつとまらねえよ。
やられて引き下がってたら、モンスターの相手なんてつとまらんわな」
その言葉に一同は少しばかり安心した。
ヒロノリがこのまま引き下がるつもりがない事を悟って。
「けど、すぐに何かが出来るってわけじゃねえ。
とりあえずは今まで通りに仕事をしていってもらいたい」
そう言ってヒロノリは皆に納得をもとめた。
今すぐに事をおこすわけにはいかないし、現実問題としてそれだけの力がない。
だからこそ、今すぐの行動は控えてもらうしかなかった。
「なに、俺達は今まで時間をかけてこれだけのもんを造り上げてきた。
それだけの忍耐力と根性と気合いがあるなら何でも出来るだろうさ」
そう言って集まった者達をぐるっと見渡す。
「何かするのは、それからだ」
ゆっくりとそう言っていく。
その言葉を聞いた者達は、得体の知れない寒気をおぼえた。
「頼むよ、今は俺に騙されていてくれ」
「ええ、まあ」
「そう言うなら」
「分かりました」
口々に賛同の声をあげていく。
彼等はヒロノリの言葉に理解も納得もしていない。
しかし、妙に静かな声を続け、不気味なほど穏やかな顔をしてるヒロノリに言いしれぬ不気味さを感じた。
恐怖とはまた違うものである。
得体の知れない感触だった。
怖気やおぞましさに近いものがある。
正体不明の何かに感じる気色の悪さと言った方が良いだろうか。
そんなものをヒロノリから感じていた。
(こりゃあ……)
(言う通りにしておいた方が……)
(おっかねえ……なんか分からねえけど、おっかねえ……)
モンスターとは違った怖さを感じていた。




