転職67日目 使えるものは限られている
予算には限りがある。
当たり前の事だが、この事実をしっかり踏まえないと先に進まない。
使える金は稼いだ分だけであり、それ以上はどう頑張っても使えない。
借金という手段もあるかもしれないが、それはいずれ返すべきものであり、後々の負担にしかならない。
その後の増収が確実なら有効な手段かもしれないが、世の中にそんな美味い話などあるわけがない。
ほぼ確実と見込まれていた増益が全く無かった、などというのは珍しくもない。
その逆というのはほとんどありえない。
収入が出来る範囲の限界である。
その範囲で出来る事を効率良くやっていくしかない。
無理して急激に物事を進めても、後々の負担で潰れるだけである。
とは言っても、それでも禁断の作業に手を出したくなるのが人情である。
「…………厨房をとりあえず作って、作業員を持っていって。
でも、住居がないとまずいよな」
廃村の復興計画というか、利用計画を練ってるヒロノリ達は、ああでもないこうでもないと悩んでいた。
「とりあえず倉庫を造って、それを住居代わりにしてみては?
当面の居住には困りませんし」
「物を入れておく場所も必要ですし」
「廃墟の片付けもしなくちゃなりませんが、まずは住める場所をつくらないと」
「事務作業も、当分は倉庫でやる事になりますね」
そんな声が上がっていく。
それらの言う事はもっともで、却下する必要など全く無い。
しかし、分かっていても手が付けられるとは限らない。
「問題は金ですね」
「村の方の作業でかなり使ってしまったので、すぐには無理です」
「今は集積所を拠点にして作業を進めてますし、村の方ではテント暮らしでどうにかしてもらってますが」
そこが問題だった。
金がないという悲惨な事実が、進めるべき作業を止めている。
すぐにでも必要なのに手が出せないというの、結構心理的な負担となる。
「当分はテントを我慢してもらうしかないのか」
「そうなります」
「……また突き上げ(要望書)がいっぱいくるだろうな」
「やむをえません」
事情を説明しても止められないものはあるし、止まらない気持ちがある。
実際に赴く者達からすれば、現実に自分達が置かれた状況をどうにかしてもらいたいのである。
もちろん、彼等も資金や予算や懐具合という事情は分かっている。
ヒロノリをはじめとした首脳陣が出し渋ってると思ってるわけではない。
そのあたりはヒロノリも公明正大さをしっかりと示している。
変に隠し立てするような事はない。
それでも言わずにはおれないからこそ要望書という形で願望をあらわしている。
そうでもしないと前線にいる者達のストレスがたまる一方なのだ。
同様の事は後方でもおこっている。
復興してる村近くの拠点などでは、いまだに設備が足りないという不満があがっている。
実際、収容人数を考えると設備は足りてない。
短期間で仕上げたにしては上々なできばえであるのだが、現実の不便さの中にあるとさすがに文句も出てくる。
それらもやはり金をかけねばならない事であるから、すぐには解決できない。
まして最前線の方で新たに開拓が進んでいってるのもあって、そちらに予算をとられてしまっている。
不思議なもので、それがあるからこそ現状の不便を我慢してもいられる。
他に必要な所があるのなら、そちらを優先するしかない────それくらいは分かるし納得もする。
しかし、それでも不満はたまるので要望書をしたためるために筆が走っていく。
「それと、事務員の増強願いが」
「ああ、分かってる」
人員の補充・拡大要望はそれこそ止まらない。
拡大していく拠点と活動範囲にあわせて、様々な部署に間を書類が行き交っている。
それらを処理する要員が必要なのは言うまでもない。
ヒロノリも可能な限り補充はしているのだが、いまだに事務員は五十人というあたりである。
もっと増やしたいとは思っているのだが、これ以上はどうにもならない。
皆から徴収してる運営費で養えるのはこのあたりが限界である。
冒険者の増員によって稼ぎも増えてるので、いずれは事務員も拡大出来るだろう。
しかし、現状ではこれ以上増やすのは無理である。
なお、女子事務員は寿退社をしていく確率が非常に高いので、常に補充されている。
入ったそばから他の誰かが退社をしていくが。
その為、入れても入れても全体の数は増えないという傾向にある。
出ていくから新たに入れる、という方が正解なのでこれも仕方が無い。
そんなわけで、事務員は割といつでも欠員状態でもあっった。
その事務員の増強もしていかねばならないが、これが結構大変な事になる。
事務員一人を確保するために毎月銀貨十五枚が必要である。
これだけの費用を稼ぐために、冒険者三人の稼ぎが必要になる。
単純に事務員を十人増員するだけで、冒険者三十人の拡大が必要になる。
事務員だけでであり、他の活動のための費用などは含まれてない。
これらを確保するだけでも、一団はかなりの負担を背負い込む事になる。
それでも確保しておかないと作業が滞る。
そうならない為にも、一団の規模に合わせて増員していかねばならない。
「どこかから金を借りられないもんですかねえ……」
そんな声があがるのも当然であろう。
一時しのぎにしかならないのは分かっていても、その一時をしのぐために必要なのである。
実際問題として無理ではあったが。
「冒険者に貸してくれる所なんて無いしなあ」
いつ死ぬか分からない冒険者である。
簡単に金を貸すような者達はいない。
いたとしても、貸し出し上限が非常に小さかったり、馬鹿みたいに高い金利を求められる。
そうでもしないと危なくて貸せないのだ。
例えそうでなくても、借りるのには抵抗がある。
「返せるかどうかも分からないものを借りるわけにもいかんからな」
借りる方としても当然そう考える。
踏み倒していくならともかく、そうでないなら返済も考えないといけない。
金利も含めてしっかりと返せるのかどうかを考えると、実に心許ない。
ヒロノリ達も、今後の目処が立たないからこそ借金という選択肢を自ら外していた。
必然的に、手持ちの資金で全てを回す事になる。
「当分は要望書と向き合う事にしよう」
現状維持でやりすごすしかない、という意味である。
必要な設備をすぐに用意する事が出来ないから、下からの突き上げに黙って体面するしかない。
「今後の予定だけはしっかり貼りだしておこう」
現時点で示せるのはそんなものしかない。
それで多少は不満を散らす事が出来るならありがたいものだった。




