転職64日目 出来るならこうして欲しいと思うところ
「で、考えたんだけど、どうせなら村を確保するまで引っ越しは待たない?」
ツヨシ達孤児院の出身者を集めてそう言った。
「引っ越すにしても、出来ればそっちに移動してくれると助かるしな」
「でも、危険だろ?」
「まあな」
ツヨシの懸念にヒロノリは頷いた。
モンスターとの最前線である。
危険と隣合わせだった。
「でも、一つだけ利点がある。
他との軋轢や衝突、摩擦は少ない。
少なくとも元々の住民と諍いが出る事は無い」
それだけとも言えるが、それは大きな利点である。
大なり小なり発生する問題である。
代々そこに済んでいた者達は、自分達が先祖代々積み重ねてきた苦労や生まれ育った場所への愛着がある。
良かれ悪しかれ、その地域なりのしきたりなどもある。
それらを否定するような存在は不穏分子とみなさざるえない。
ちょっとしたしきたりや約束事であっても、その土地で生まれ育ったものである。
それらを否定されれば面白いわけもない。
また、ちょっとした約束事や決まり事というのも、他の様々な物事と結びついている。
一つを変更したら、なし崩し的に他の多くも変更しなくてはならない可能性がある。
それはないにしても、今まで特に問題も無く運営運用されてきた何かがひっくり返る事になるかもしれない。
それを容認出来る者はまずいないだろう。
特に長年の積み重ねを変更するとなると大鉈を振るう事になる。
意図した事でないにしても、大きな損害が発生するかもしれなかった。
一番の問題は、大きな損害を出してまで行った変更が、大した効果をあげなかった場合だ。
以前よりも更に落ち込むような結果になったら目も当てられない。
そして、下手な変更は以前よりも効率が落ちる事が往々にしてある。
結果として停滞や衰退にいたる事になりかねない。
それよりは、今まで通りを続けたいのが人情であろう。
合理的に考えるにしても、負担が少ない方を選ぶのが妥当というもの。
仮に変更をしても以前と同水準だというなら、それは変更した意味が問われてしまう。
今までと同じであるならば、変更に費やした労力が無駄になったという事なのだから。
新しい住人が増えるというのは、そういった変化を否応なく取り入れる事にもなりかねない。
というか、たいていの場合はそうなっていく。
元々の住人を尊重し、土地のやり方に合わせていくならともかく、それだけでは済まない事も多い。
だからこそ、地域による独自性があり、それが排他的ととられがちな土壌となり得た。
昔ながらのやり方を守ろうとする当然の反応なのだが、これがどうしても障壁となってしまう。
そのため、既に存在してる者達の所に入り込むのは色々と手間と面倒があった。
「それくらいなら、廃墟に新しい家を作った方が良いかもしれないと思ってね」
「うーん」
「危険があるのは確かだけど、元の住人といがみ合うかもしれない事を考えるとな。
誰もいない所で一旗揚げた方がいいかもしれないとは思うんだ」
「でも、周りはモンスターだらけだろ?」
「そうだ。
モンスターだらけだ。
だから誰もいない。
お前らが最初の住人になれる」
呈示出来る利点はそれくらいだが、それもないよりは良いかもしれない。
「まあ、無理強いはしないけど、それも考えてみてくれ」
ヒロノリとしてはそう言うしかなかった。
それこそツヨシを始めとした孤児院の者達が考えるべき事である。
提案は出来ても強制は出来なかった。
「けど、行ってくれるなら、村の方はお前達に任せたい。
定住する事になるだろうから、村の中心になってもらいたい」
それを期待したいところだった。
ゆくゆくは村長的な立場になるかもしれない。
そうでなくても主導的な立場にいてもらいたかった。
どうせ誰かがある程度舵を取らねばならないなら、気心の知れた者の方が良い。
このあたり、人を信用する事の難しさがある。
必ずしも言う事を聞く必要は無いが、下手をうったりおかしな事をしでかさない人間が要職にいてもらいたかった。
一団の巨大化と共に、目を向ける事が出来る範囲も限定されてきている。
見えない部分を任せる事が出来る人間を、なるべく肝心な部分に据えて起きたかった。
ツヨシ達はその点では信用出来る。
面倒を押しつける事にもなるが、そうせざるえなかった。
人を選ぶというのはとにかく難しい。
それを含めて人事を考えねばならなかった。
単にモンスターと戦うだけならそれほど悩まなくても良くなってきている。
レベルの高い者達が増えてるので、それらを投入すれば良いだけだ。
難しいのはそれらを統括する立場に誰を据えるかである。
長期的に現地に駐留する者にはなるべく信用出来る人間をおきたい。
しかし、そんな者達は既に身を固めて安全な所を志願していたりする。
やる気のある者達は他にもいるが、能力や気質的に不安があったりする。
また、あっちに行ったりこっちに出向いたりというのでも困る。
村を中心に活動はしても、あちこちに移動しているのでは意味が無い。
そうなるとどうしても人選が難しくなる。
引っ越しを考えてるというツヨシ達は、その点で丁度良いかもしれないと思えた。
ただ、これから持つ予定の家庭がモンスターとの最前線というのは考えものではある。
国境沿いの集落ならそんなものであるが、わざわざ好んで住み着く必要もない。
(だとしたら……)
やはりその先を考えねばならなかった。
(村の周りに砦でも作るか?)
安全圏を確保しようとしたらそうする事になる。
というより、そうした方が良いかもしれなかった。
村をそれらの中心地にして、砦の後ろ盾にすれば相互に助け合わせる事も出来る。
(まあ、先の話だな)
金も時間もかかる事なので、すぐには出来ない。
早くても二年三年はかかるだろう。
(ツヨシ達にも説明しておかないと)
考えをまずは共有しなければならなかった。




