転職62日目 物だけでなく者も動いていく
人も資材も続々と集まり、宿舎の必要性も増していく。
集積所の方も、人が出入りするので簡素ながら設備を揃えていく。
倉庫というか納屋を設置し、巨大七輪というべき移動可能な竈などを並べた炊事場を用意していった。
炊事場の方も納屋を利用した簡素な構造で、寝泊まりには向いてない。
それでも、あるのと無いのとでは快適さが違うという。
納屋の方も、荷物置き場ではなく、簡単な寝床として活用されてるとか。
しまっておくべき道具もないので、そういう使い方をしても構わなかったが。
何にしても、それなりに利用されてるようで何よりだった。
もっとも、水の運搬は大変である。
何せ近くに水がない。
それらは村から運んでいくしかなかった。
食料などもそうだが、色々なものを持ち出す事になる。
それも村を取り戻すまでであろうが、そこまでは色々と苦労を積み重ねる事になりそうだった。
何かを達成すれば、すぐにまた別の問題が発生して苦労する事になるだろうけども。
様々なものが移動をしていった。
その中で人もあちこちに移ろっていく。
前線に出向く者がいれば、後方に下がろうとする者もいる。
少しでも稼ごうとする者は前線に出向こうとするし、安全をとりたい者はモンスターがそれほど出ない場所を希望する。
一人一人の気質の問題もあるし、生活環境(?)の違いもある。
能力としては十分に最前線に出る実力があっても、後方で確実に安全にモンスター退治を望む者もいる。
危険でもより多くの稼ぎを求める者もいる。
結婚も大きな理由となる場合がある。
やはり安全な方に流れる者もいるが、中には所帯をもったからより大きな稼ぎを求める者もいる。
早急に金を稼がねばならない事情のある者もいて、そういった者はやむなくではあるが稼げる場所に向かおうとする。
その一つに住宅購入の為、という者もいる。
このあたりはまだ建設的な理由なので良いのだが、全てがそうではない。
やはり生活におわれていたり、借金を抱えてる者もいる。
一番酷いのは酒と博打と女(を含む色恋沙汰)で身を持ち崩した場合である。
何処の世界でもこういうのはあるのだなと痛感する出来事だった。
更に、事務職希望や、その逆にモンスター退治希望という配置変更の申請もある。
そんな様々な申請を受理して処理していくのも大変な事になっていく。
特に新人の受け入れも同時進行で行っているので、どうしても個々の事情や希望をかなえられない事もある。
なるべく希望に沿うよう努めてはいるのだが、思うようにいかない部分である。
やらねばならない事だが。
その中で、意外な申請が上がってきていた。
「引っ越し?」
「ああ、金も貯まってきたし、そろそろ俺達の場所をちゃんと手に入れようかなって」
孤児院の出身者であるツヨシからの相談であった。
「廃墟だったあの村ってさ、人を集めてるじゃん、今は。
それで、俺らそれに乗っかろうと思ってね」
「へえ」
廃村だった村は絶望的な人員不足である。
モンスターに襲われた時点でかなりの死亡者が出たし、その後の生活で倒れた者もいる。
次世代である子供達も、生んで育てる余裕がなかった者がほとんどだ。
その為、かなり高齢化している。
今は数少なくなってしまった生き残りが、嫁をとったり婿を取ったりで所帯を持ってる最中である。
目出度い事に新たな命も誕生してきてるという。
しかし絶対的な人工不足は覆しようがない。
高齢者などは今更子供を望めないという者達もいる。
なので、養子をとったり新たな移住者を求めてる最中だった。
と言っても希望者はさほど多くない。
まだ田畑も完全に復帰してないので、農作物の収穫もほど遠い。
一団に冒険者として所属してる者達や、一団相手の商売が現在の主な収入源となっている。
そんな所に好んで入ろうという者はそうはいなかった。
しかし、孤児達からすればそうでもないらしい。
「あの孤児院ももうボロボロだし、これ以上抱えきれないし。
それに、結婚したら孤児院にいるってわけにもいかないだろ。
だから早めに居場所を作っておきたいんだ」
「そっか、そういう事か…………って、お前ら結婚するのか?」
「ああ、もう顔なじみだし、やる事もやっちまってるし、責任とらないといけないだろ?」
衝撃的な発言だった。
「……なるほどな、孤児院の中でそういう関係とかになってるって事か」
「まあね。
一番身近にいたわけだし。
それに、俺らの相手をするようなのって、やっぱり仲間同士って事になるしな」
「まあ、そうだろうな」
余所者への警戒感などの一種であろう。
やはり町の者達にとって孤児は受け入れがたい。
それはあちこちの村の出身者でも同じである。
やはり出自がはっきりしない者達は疎んじられる傾向にある。
友人くらいにはなれるが、これが交際相手となると難しくなる。
村からしても、やはり余所者というのは警戒せざるえない。
何者か分からないというのは、その警戒心を最大に引き上げる。
村から出て一緒になるというならともかく、そんな駆け落ちをしてまで一緒になりたいと思える相手は滅多にいない。
結果として、孤児は孤児と結びつく事が多くなる。
あるいは、似たような境遇の貧民街の者達と。
そんな彼等にとって、村が人を受け入れてるというのは魅力的ではあるのだろう。
「良い機会ではあるんだろうな」
「ああ、だからそのうち村の方に引っ越そうって話が出てるんだ」
「ついでに村の方で仕事をすると」
「うん。
人事異動の理由はそんなもん」
妥当な所だろう。
おかしな所はない。
結婚もするとなれば、宿舎で他の誰かと一緒というわけにもいくまい。
そして、家を建てるとなれば場所が必要になる。
町でそんな土地を手に入れる事は出来ないだろう。
「こうするしかないわな」
村で居場所を作っていくしかないだろう。
「分かった、こっちのほうに配置転換出来るようにしておく。
ただ、新人教育の事も有るから、変わりが見つかるまでは我慢してくれ」
「分かってるよ。
まだ暫くは大丈夫だから。
でも、なるべく早めの方がいいけどね」
「どれくらいだ?」
「出来れば二ヶ月以内で。
遅くても四ヶ月くらいかな。
さすがに半年は勘弁してもらいたい」
「じゃあ、そうなるように調整しておくよ」
「頼んます」
殊勝なふりをして手を合わせて頭をさげるツヨシ。
こういう調子のよさがあるが、それも愛嬌の範囲である。
それをあくどく利用しようとしないあたりは好感をもてる。
「けど、結婚て何人なんだ?」
「うーん、全部で五人くらいかな。
あ、五人じゃなくて五組か」
「じゃあ、男女合わせて十人か」
「それくらいだね」
結構な数に思えるが、孤児院の子供達の数を考えればそれくらいは当たり前かもしれなかった。
「それにしてもお前らがなあ……」
はじめて出会ってから四年も経ってるし、この世界であれば結婚してて当たり前の年齢である。
そうではあるのだが、やはり感慨深いものがある。
「ま、これからもがんばれよ」
「分かってるって」
そう言ってツヨシは笑った。
「兄貴もさっさと結婚しちゃいなよ」
「相手がいないんだよ」
余計な事を言ったツヨシに拳骨を落とす。
さびしい人生を送ってる主人公に愛を。
そして金を。
何より時間を。
つまりは全部ですね。
もちろん、書いてる俺にも。
割と、いや、かなり切実に。




