転職6日目 違いもあるがそこは慣れるしかない
「今日も大量大量」
袋に詰まった核の重みに笑みを浮かべながら帰路に就く。
仕事は順調で今日も三十体近くのモンスターを倒し、それだけの核を手に入れている。
これで今日の生活も賄える。
使ってる道具もまだ修繕に出す必要もなく、補修の手間もまだかける必要はなさそうだった。
ただ、使ってる途中で壊れては困るので、予備は購入してある。
防具も、とりあえず足を守るために脚甲を買った。
小型モンスター相手なら、体より先に脚を狙われるからだ。
それ以外の防具はまだ必要がないので後回しにしている。
今のところ体全体を狙ってくるような大型のモンスターとは遭遇してない。
この近隣では滅多に出てこないようなので、あまり気にする必要もない。
ただ、全く出てこないわけではないので、いずれは購入したいものだった。
それだけの貯金が出来たらであるが。
何せ、革を固くした革鎧ですら銀貨十枚は下らない。
それを購入するだけでも何ヶ月か頑張らねばならなかった。
なお、より防御力の高い金属鎧は、胴だけでも銀貨数十枚以上になる。
更に細々とした部品や部位を加えたら途方もない金額になる。
冒険者でそこまで揃えられる者は滅多にいない。
それらはとりあえず後回しだった。
(やっぱり槍だよな)
欲しいものの一つである。
刀剣にも憧れるが、堀の中にいるモンスターを倒すには槍の方が簡単だった。
それを手にいれようかと考えてるが、やはり簡単には買えない。
安物でも銀貨十枚から二十枚は必要になる。
大量生産品で品質もそれほど高くは無いが、それでもそれなりの値段になってしまう。
今の調子だと、二ヶ月三ヶ月ほど頑張らねば購入できない。
この世界に来て三ヶ月ほどが経過してるが、まだそこまで購入する余裕はなかった。
早めに手に入れたいものだったが。
(これはこれで便利だけど)
いまも使ってる、袋に石を入れた即席武器はまだまだ現役だった。
粗雑なものだが、手間もかからず作れる。
原材料費も銅貨何百枚程度なので簡単に用いる事が出来る。
堀の中に落ちた小型モンスターに投げつけるだけなのでこんなもので十分だったりもする。
紐を付けてるので投げても回収が簡単なのがよい。
ただ、さすがに接近戦は不向きなので早急にまっとうな武器に買い換えたかった。
また、何より早く購入したいものもある。
(大八車とか、手に入ればいいんだけど)
紐付き石袋を持ち歩くのに、それが欲しかった。
やはり手に持って移動するには重い。
重さがそのまま威力になるので下手に軽くも出来ない。
振り回して遠心力で当てていくなら幾分軽くも出来るが、それだと命中させるのが大変だった。
今のところ、上からそのまま投げつけて落とすのが一番効果的である。
格好悪い戦闘方法だが、これが最も手軽で損害も出ないやり方だった。
見た目より効果と効率が大事である。
こういった部分でヒロノリに意地やプライドといったものはない。
自尊心はもっと別の方面に向けている。
そんなこんなを続けてこれだけの時間が過ぎている。
モンスター以外にも色々なものを見たり聞いたりしている。
さして大きく無い町なので一通り回って中を確かめたし、町の外の事も様々な者から聞いている。
今すぐ必要な情報というわけではないが、今後何があるか分からないので調べられる事は全部調べていた。
分からない事も多いが、知り得た事も多い。
この世界について何の知識も無いから、ちょっとした情報でも重要な事になる。
特に生活に関わる部分については、どんな小さな事でも重要になった。
極端な話、水をそのまま飲めるわけではない、という事だけでも大きい。
井戸から汲んでそのまま飲む事もあるが、飲用する場合には一度沸かして消毒せねばならない。
毒が混じってるというわけではないが、日本の水道のように飲めるように浄化されてるわけではない。
様々な雑菌がそのままになっているので、下手に飲むと腹をこわす。
洗濯などに用いる場合はともかく、人が口にする場合には何かしら消毒が必要だった。
こういった事はこの世界において当たり前なので特に説明される事もない。
だから、他の者達にとって当たり前の事を全く知らないという事もかなりあった。
その大部分が日本とこの世界の格差から来ている。
文明が進んだ日本では、様々な面で安全性や便利さが充実していたのがよく分かった。
ともかく基本的な科学技術などのが違いすぎる。
それによる生活形態の違いに戸惑う事が多い。
それもこの三ヶ月ほどでどうにか慣れる事は出来たが、まだ知らない事もあるはずだった。
少しずつ慣れていくしかない。
生活習慣や文化的な価値観などで日本とさほど違いはないのは救いである。
また、この世界ならではのものにも出会った。
そこに顔を出す為、ヒロノリは適当に食材を購入していく。
この一週間の働きの中から銀貨一枚で野菜や肉を買い込んだ。
意外と値段は高い。
体感的に日本よりも若干割だかな気がする。
産地が近いので安く買えると思っていたのだが、これは予想外だった。
思った程豊かというわけではないのが伺える。
それでも銀貨を出せば結構な量になる。
両腕で抱えるくらいになる。
ビニール袋をつけてくれる……なんて事は無いから袋は自前になる。
さすがにモンスターの核や攻撃に使ってる石袋を流用するのは気が引けたので、それとは別のものに食材は詰め込んである。
それを持ってヒロノリは目的地へと向かっていった。
「こんちわー」
慣れた調子で声をかけ、その建物の中に入っていく。
町の外れにある廃屋のような家である。
誰が住んでるんだと思うような所だが、中から子供達が出てくる。
その後ろからかなりお年を召した老婆が出てくる。
この家というか、集まってる孤児達をまとめてる者だ。
ヒロノリの姿を見ると、険しい表情が和んでいく。
「なんだ、また持ってきたのかい?」
「ああ、行きがかり上仕方ない」
苦笑しながら持ってきた食材を渡す。
「少しは足しになるだろ」
「まあね。
おかげでたらふく食えるよ」
言いながら老婆はそれを持って家の中に入っていく。
その後ろにヒロノリもついていく。
週一回くらいはこの孤児院らしき場所で飯を食べる事にしていた。
最初にここに来た時から、なんとなくそうなっていた。
買い込んだ食材を幾らか自分に還元出来るのでそれで良いと思っていた。
また、多少なりとも首を突っ込んだ手前、放り出すなんて事も出来なかった。
(こんなつもりじゃなかったんだけどなあ)
当初の動機を考えるとはなはだおかしな方向に進んでしまっている。
どうしてこうなったんだと考えるが、今更どうしようもない。
(しくじったな)
そう思うしかなかった。
今はうまくここから抜け出す方法を、あるいはここを上手く利用する方法を考えている。
それを思いつくまでは、こうして適当に顔を出していくしかない。
事ここに至る経緯を思い出して後悔もしてしまう。
なんでこうなってしまったのかと。
その事について、多少は説明が必要になってくる。
わざわざ孤児院にまでやってきて食材を提供してる事についての。
20:00に続きを出す予定