転職58日目 もう一人じゃないという大きな事実
「一日で一気に行けないなら、途中に幾つか立ち寄れる場所を作っていこう」
復興中の村と、目的地である廃村の間を指で往復させながら言っていく。
「二キロか三キロくらいの間隔でな。
途中でモンスターに襲われた場合の避難所にもなるだろう」
「それは、廃村から逃げなくちゃならない場合も考えてですか?」
「それもある。
けど、上手くいった場合でも、そういう場所があると助かるだろうよ。
色んな物を輸送しなくちゃならないんだし」
先々の事を考えての布石にもなるという事だった。
使う必要がないのが一番であるが。
「というわけで、目的地までの間に何カ所か作っておこう。
有れば便利なわけだし」
「でも、手間がかかりますね」
「費用もその分必要になります」
「もちろんだ」
心配の声にヒロノリは頷く。
「けど、やらなきゃもっと手間がかかる。
それなら、少しくらいの労力を惜しむわけにはいかんさ。
遠回りに見えても、たぶんこっちの方が近道になるだろうからな」
もっともである。
反論した者達も、何も全てに反対というわけではない。
出て来る懸念を口にしただけである。
それに対しての答えに彼等も満足した。
金と手間についてはヒロノリも納得してるのだと。
それも分からずに提案をしてるわけではないのであるなら、それで良かった。
後で文句を言われる事もない。
「じゃ、これに必要な費用と時間を割り出してくれ。
すぐに始めるのは無理だろうけど、なるべく急いでおきたい」
それから一週間。
一団内に告知が出され、次の作業についての目標が示された。
まずは場所の特定のための調査隊の編成が示される。
募集人数と予定期間、参加者への報酬と作業内容が知れ渡る。
「廃村ねえ」
「あっちの方ってモンスターの中だろ?
まだ残ってんのか?」
「廃屋でもあればいいけど」
「まあ、それを調べるって事なんだろうけど。
募集人数が二十人って」
「道なりに進んで行って帰って来るってだけなのにかよ」
「馬車も用意するらしいし、本気なんかね?」
「それに、報酬が」
「一人あたり銀貨十枚かよ」
「一日でって事なら凄いけど……」
「でも、モンスターの中に突っ込むんだろ?」
「みたいだな。
レベルの条件もあるぜ」
「レベルが最低線って、本気で言ってるのか?」
「よっぽど危険だって事だろ」
様々な声があがり、内容の確認でヒロノリの所に質問が来る程だった。
直接やってくるわけではないが、受付担当の事務員達の所を中継して色々とやってきていた。
大体が同じような内容だったので、ある程度まとめてそれらへの返事を告知する。
それで疑問の大半が解消されたようで、今度は参加するかどうかでそれぞれが話合っていった。
そこかしこで「どうする?」「お前は?」といった言葉が上がっていた。
一団の今後に関わる事だし────といった事を考えてる者はほとんどいない。
大半が、報酬と危険を天秤にかけていた。
銀貨十枚はそれなりに魅力的であるが、そこまで大金というわけではない。
それが危険にみあったものであるかが悩ましい所だった。
レベルの最低限界が示されてる事もあり、結構危険であろうという事は予想が出来る。
それがどれくらいなのかが分からないのが悩み所だった。
危険がある程度把握が出来てるならば考えようもある。
だが、探査がほとんどされてない地域というのは警戒せねばならなかった。
何がどれくらいいるのか分からないのに踏み込むわけにはいかない。
冒険者といえども、死ぬのが確実と言えるような所に出向くわけにはいかなかった。
危険を覚悟するのと、死にに行くのでは意味が違う。
だからこそ、危険と安全を天秤にかけねばならなかった。
それらが報酬に見合ったものであるかどうかを考えて。
躊躇う理由はそれだけではない者もいる。
「嫁さんを放っておくわけにもいかないしな」
「俺も。
今の稼ぎを保てればそれでいいし」
「モンスターをもっと倒したいとは思うけどな」
「それも命あってだしなあ」
そんな声もちらほらあがってくる。
独身者だけがいるわけではない。
中には結婚をしてる者もいる。
それらのほとんどは、ヒロノリの一団に入ってきてから身を固めた者達であった。
冒険者としては珍しく稼ぎが安定してるという事もあり、そこまでこぎ着ける事が出来た者達は多い。
一団全体で、およそ十数人ほどであるが、一人ではない者は増えていた。
なお、相手は一団で事務をしてた女子連中である。
このあたり、ヒロノリが事務員を募る時に出した提案は実を結んでいる。
言った本人を除いて。
ヒロノリを除外して。
一団の統率者を迂回して。
そんな彼等にとって、モンスター退治は避けられない仕事であっても、命をかけるものではなくなっていた。
倒せる範囲で確実に稼がねばならない。
なので、危険がそれほどない町の周辺や、村の警護などを希望する者が多かった。
それだけでも食い扶持は十分に稼いでいられる。
「うち、子供も出来たしな」
「あ、そうなの?」
「ああ。
この前分かったんだ」
「おお、おめでとう」
「それじゃあ、もう無理は出来ねえな」
「だから、今回のもなあ」
「うん、無理しちゃいけねえ」
「嫁さんと、生まれてくる子供を大事にしなくちゃ」
それが参加を断念させる理由にもなっていた。
稼ぎを安定させられるほどモンスターを倒せる、つまりはそのレベルにまで到達した者達がこうして断念していく。
これが参加者の集まりを悪くさせる理由の一つになっていた。
それに、レベルが足りないという現実的な問題もある。
確かに安全確実にレベルを上昇させるようとりはからってるが、それでも育成に時間はかかる。
参加しようと思っていてもレベルが足りずに諦めるしかない、という者もいた。
入ってきたばかりの新人達はたいていそんなものだった。
心意気は買うが、それだけで乗り越えられるわけではない。
例え名乗りをあげても、ヒロノリの方で断るしかない。
それでも一団全体で二百人を超えるくらいになっている。
時間はかかったが二十人の参加者を集める事に成功する。
そこまでで一ヶ月ほどかかってしまったが、さして急ぐほどではないので問題はない。
集まるまでに拠点の隣に新たな敷地を確保する事も出来た。
堀と柵で覆われただけの場所があるだけだが、新たに何かを作り出していく土台が出来た。
来月から宿舎の建築にとりかかる事になる。
もっとも、それに合わせて色々と問題も出てきた。
厨房や食堂が足りないだとか、事務所も手狭になってるだとか、倉庫も追加して欲しいとか。
規模が大きくなる事による負担である。
単純に宿舎を増やすだけで済ますわけにはいかなかった。
「どうしたもんだかな」
それについても新たに会議を開いて決定していかねばならなかった。
主人公に救いがもたらされるのは何時になるんでしょう。
こちらとしてもどうにかしてあげたいところであるが




