転職46日目 番外的な話:調達に関わる事務員さん達の努力
「それで、これどれくらい必要なんだ?」
とどのつまり、彼等の悩みはそれに尽きた。
物資が必要である。
それも大量の。
かなりのものが求められる。
それは分かっているのだ。
しかし、具体的に何が必要になるのかが分からない。
何せ初めてづくしである。
求められる分量が全く見当つかない。
大雑把に、数十人ほどがそれなりの期間、野外にて活動する、という事は分かっている。
しかし、その為に必要になる物が想像出来ない。
計画を立てようにも、全く知識や情報が無いので話が進まない。
「色々と聞いてはみたんだけどな」
「でも、これで全部なのか?」
「必要無い物もあるだろうし」
そこで延々と堂々巡りとなってしまう。
それでも何とか必要な情報を手に入れようとあちこちに話を聞きにいった。
屋外で活動する事の多い冒険者や行商人が主な対象になった。
しかし、そんな彼等に聞いても、数人単位での活動がほとんどだ。
数十人が動くとなると全く未知の世界である。
もう当てずっぽうに近い形で物資を揃えていくしかなかった。
ヒロノリの一団が廃村への進出を決めてからこっち、事務の方の仕事も急激に増えている。
書類作業の女子社員達の手は、握った筆を動かし続け、目の下にクマを作るありさまである。
もちろん彼女達だけが動いてるわけではない。
もう少し能動的に動かなくてはいけない者達はそれ以上に苦労をしていた。
主に頭をひねるという形で。
それなりの人数が動くとなると、それに伴って様々な物資が必要となる。
言うまでもない事だが、この当たり前の事をするのが大変な事だった。
屋外で寝泊まりするのだからテントが必要になる。
また、モンスターの出る地域に出向くのだから、それらから身を守る備えも作らねばならない。
駐留する事を前提にしてるから、生活用品一式を用意しなくてはならない。
そうやって考えていくと、あれもこれも必要に思えてくる。
それらをどうやって調達すれば良いのか考えてしまう。
寝泊まりするだけでも、テントに、食事が必要になる。
だとすると、調理器具と食器も必要になるだろう。
竈や薪なども必要になる。
食材は言うにおよばない。
水は村の井戸を確保するとしても、それを汲んで貯めておく桶や樽も求められる。
それらを用意するだけでも莫大な量になる。
何せ数十人分だ。
また、寝起きするのに毛布なども用意しなくてはならない。
松明やランプもいる。
着替えは各自が用意するとして、洗濯の為の道具も必要になる。
大量の道具を持ち込む事になるから、その収納も求められる。
簡易なものでいいから、棚などが欲しい。
だとして完成品を運び込むのか、材料を持ち込んで現地で組み立てるのか。
それも考えていかねばならない。
戦闘もあるのだから薬品なども集めておかねばならない。
治療に必要な技術を持ってる者はほとんどいないが、簡単につかえる薬草くらいは用意しておきたい。
装備の修繕用の道具も持ち込む事になる。
それ以外にも細かな道具を数え上げていくときりがない。
加えて、これらを行う専門家を雇う事も考えねばならない。
簡単な治療や修繕ならともかく、大がかりな問題が発生したらどうしようもない。
そうでなくても防備の設置などで職人は必要になる。
特に人は簡単に集める事が出来ない。
それなりの腕の人間が少ないのと、危険な所に出向く気力のある人間がいるかどうかという事になる。
いたとしても、雇用料金が高くなる。
物にしろ人にしろ、集めるのが大変だった。
幸いな事に、日常的な生活を賄う者達は比較的簡単に揃えられそうではあった。
ヒロノリが孤児院の者達をあてようとしている。
家の中の手伝いで料理や洗濯などをこなしてるらしいので、それなりに出来るらしい。
どれけの腕を持ってるのかは、周旋屋の能力測定ではっきりさせるというから、それを見てからになる。
だが、少しでも目処がたってる部分があればありがたい。
他の部分は手探り状態だったので。
「……つくづく大がかりだよな」
「ああ」
「どうしてこうなった?」
そんな声が上がっていく。
様々な書き付けが記された紙が積み上がる机を囲んだ者達は、頭を抱えたくなった。
考えれば考えるほど、情報が集まれば集まるほど必要なものが増えていく。
それらをどうやってまとめて、どのように運べばいいのかと思ってしまう。
とにかく生活と戦闘に必要な物をと思うのだが、それだけに限っても再現がない。
しかも現地で記録せねばならぬ事も出て来るだろうから、事務作業も行わねばならない。
現地における前線事務所を設置するとは最初の段階で言われていた事なのだが、それの用意もせねばならない。
「それに、何から運べばいいんだよ」
「だよなあ」
「上手くやらないと、全然運びきれなくなるぞ」
それもまた悩ましい事だった。
全部を一気に運べれば良いのだが、そんな事が出来る訳がない。
用意出来る馬車の数は限られてるので運搬量も限界がある。
効率良く運ばないと、作業が滞る。
そして、そう考えると何から作業を始めるべきなのかという問題に突き当たる。
「まあ、戦闘員は先に送り込んで」
「引き返して荷物を詰め込むにしても、何が必要だ?」
「修繕のための材料か?」
「だとしたら職人も運ばなくちゃならないけど」
「それよりテントとかは?」
「いや、柵がなけりゃどうしようもないだろ。
まずは防備だ」
「だとしたら、テントとか調理場とかの設置は後回しか」
「でも、昼には運び込んでおきたいよな」
「夕方には飯が作れるようにしておかないと」
「一日で終わるのか?
馬車も何往復する?」
「替えの馬も用意しておかないと。
馬がもたないだろ」
「荷物の積み込みも考えておかないと。
それで時間をとられたらどうしようもないぞ」
「とにかく荷物だけでも送り込まないと」
「こっちで借りてる倉庫の代金も痛いしな」
とにかく考える事が多い。
「一回の往復でどれだけ時間がかかる?」
「用意出来る馬車の数で足りるのか?」
「あちこちから借りるにしても、運搬量が全然足りなくなるんじゃ」
「でも、数を増やす事は出来ないぞ。
金がかかる」
「せめて防備用の木材だけでも全部運び込みたいけど」
「最低限必要な分だけでもかなりの量になるからなあ……」
「完成するのに何日かかかるし」
「木材は何日かに分けるしかないか」
「さすがに一日じゃね」
「でも、防備が出来ないと、その間夜の警戒も必要になる」
「そっちに人数がとれるのも痛いな」
「作業日が増えたら、職人に払う金も多くなる」
「何とか短期間で終わらせないと駄目だな」
金と時間との兼ね合いは悩ましいものがあった。
「作業をどっかで大幅に短縮しなくちゃな」
「やっぱり、家を使わせてもらうか?」
「使える家があればな。
許可が出ても朽ち果ててるならどうしようもない」
「偵察情報だと、見た目はまだ保ってるらしいけど」
「中はかなり腐敗してるんじゃないのか?」
「まともに人が入れるかどうかだな」
「入った途端に崩れちゃ洒落にならんぞ」
状況を打破する方法はないかと誰もが考えていく。
前例がないだけに何をすれば良いのか分からない。
そんな手探りの状態での作業である。
一から全てを作り上げねばならない。
数人単位での探索をしていた冒険者達の意見をもとに、それを拡大させたものをとりあえず考えていく。
それだけでは当然穴がありすぎるので、思いつく限りの考えを盛り込んでいく。
頭から熱が出て煙が吹き出しそうになる。
事務員ではあるが、書類作業をこなす者達と違い、こちらはこちらで面倒な作業に手をこまねいていた。
だが、こうした作業の一つ一つが経験になり、残った記録が手法に変わっていく。
必要な物資を集める、それを送り込むという業務を任された彼等は、調達・運搬の手段を身につけつつあった。
そして、各所に出回ることで、人の繋がりも出来ていく。
その一つ一つが今後に活きる財産になっていくが、彼等はそれをまだ分かってない。
とにかく目の前の作業で手がいっぱいだった。
後の参謀本部の者達は。
「でも、俺らって周旋屋の作業員だよな」
「確かそのはずなんだけどな」
「あ、俺は違いますよ」
「俺も」
「まあ、お前さんらはそうだけど。
そうじゃなくて、外部の人間の俺らがなんでここまで苦労してるんだ?」
「うーん」
「なんででしょう?」
「解せないよな、これって」
「納得はしたくない」
そんなぼやきを交えつつ、手探りの作業は進んでいく。
足跡がわりに、書き殴りの覚え書きを増やしながら。
モンスターとの最前線とは別の最前線という事で。
どんな仕事も大変なのは同じ。




