転職44日目 番外的な話:新人募集にまつわる話
「あれ?」
野良仕事をしていた少年は、村に近づいて来る馬車を見て驚いた。
行商人がやってくる事はあるが、それもせいぜい一ヶ月か二ヶ月に一回。
その行商人も二週間か三週間前にやってきたばかりである。
暫く村にやってくる事はない。
だが、それ以外に村に近づいて来る者がいるとは思えない。
辺鄙な、とは言わないがそれほど他所との交流があるわけでもない。
近隣の村となら、多少は物資のやりとりや会合もあるが、それもそう頻繁なものではない。
領主が何かしらのお達しを持ってくる事もあるが、それもそう多くはない。
第一、近づいて来る馬車はそういった者達とは経路が違う。
行商人らしく荷物を満載してるわけではない。
近くの村なら馬車など使わず歩いてくる事の方が多い。
領主ならば、そうである事を示す旗印などを持ってるのが普通だ。
そのどれでもない事に違和感をおぼえた。
「…………」
無言で馬車を睨みつける。
こういう時に、歓迎よりも警戒が働くのが常識的な対応だ。
見知らぬ他人というのは、たいていの場合は野盗などがほとんどである。
すぐさま少年は村に戻り、手近にいた者達に声をかけていく。
「知らない連中が近づいてる!」
村の者達は一斉に警戒態勢に入っていった。
「まあ、当然でしょうな」
そういって来客は笑った。
「いきなり訪れればそうなりますわな」
「いえ、大変失礼を」
「いやいや、お気になさらず。
こんなご時世ですし、近づいて来る者を疑うのは当然のこと。
むしろ、村に入れてくれてありがたい限りです」
そんな会話が村長宅で進んで行く。
警戒を叫んで走った少年は顔を真っ赤にして立っている。
「でしたら、この子も許してやってください」
そういって村長が少年を指す。
村にやってきた者達とちょっとした騒動になったので、事の発端となった少年も呼び出されていた。
彼からすれば、そして村としても当然の対応をしただけなので、内部的には問題は無い。
しかし、外来の客についてはその限りではない。
村の都合であるのは分かっていても、それを許容するかどうかは別である。
問題としたとしても、それでどうなるというわけでもないが。
少なくとも法律やそれに基づいて領主などの誰かが罰を与えるという事はない。
ただ、来訪者達が個人的に何らかの制限を加える事はある。
たとえば、行商人であったらこの村に立ち寄る事を避けるようになる事はある。
それによって村が直接的な被害を受ける事はまずないが、物品の売買において著しく不便になる。
新しく何かを手に入れようとしたら、町まで出向かなければならなくなる。
そういう不便を余儀なくされる可能性はあった。
だが来訪者は、
「いやいや」
と言って首を横に振った。
「これでとやかく言うつもりはありませんよ。
先触れでも出していれば良かったのですから。
それを忘れていたこちらにも手落ちはありますので」
今回の出来事を不問にする事にしていった。
実際、事前に来訪を知らせておけば防げた騒動ではある。
それを怠ったのは来訪者側の失敗と言える。
とはいえ、先触れで来訪を告げるといった対応は、領主などからの公的な布告の場合などに限られる。
商売人達であるならそんな事までしない。
実際、行商人などは何の連絡もなしに訪れる事の方が多い。
これまで継続してきた関係がそうさせている。
「せめて行商人と一緒に来られれば良かったんですが。
あいにくともう既にこちらの方には立ち寄ったとの事でしたので。
やむなく我々だけで訪問する事になりまして。
ぶしつけで申し訳ない」
苦笑しながら来訪者は、少年への糾弾などをこれでおさめた。
村長と少年はそれで胸をなで下ろす事が出来た。
問題が収束すると、今度は来訪者達の目的が気になってくる。
特に何があるというわけでもない村にいったい何の用なのか?
そんな疑問を誰もが抱いた。
答えはすぐに出てきた。
「周旋屋の者です」
自分達の所属を名乗った彼等は、すぐに目的の方も説明していく。
「このほど、大幅に人員の募集が出まして。
それで、こうしてあちこちを回って声をかけてる次第です」
「周旋屋が?」
「はい。
ご存じかもしれませんが、我々は人を派遣するのが仕事でして。
その為の人員が最近確保が難しくなっておりましてね。
もし出来るのであればこちらにて働いてみないかと」
「ふむ……」
「隠し立て無しで申しますが、冒険者としてモンスター退治に出て行く者達が増加してます。
ですので、通常業務が出来る者が少なくなってるんです。
どうしてもそちらの人手も確保したく、こうして足を運んできております」
「ほう」
珍しい事もあるなと村長は思った。
モンスターを相手にするのが生業と聞く冒険者は、それほどなり手が多くはない。
危険な仕事にわざわざ従事しようという物好きは少ない。
それがどうして、と疑問を抱く。
しかし、まずは説明を聞く事が先だった。
「もちろん冒険者としてモンスター退治に出向く方でも募集は出ています。
むしろそちらの方が多いくらいです」
「それは、それだけ損害が多いからですか?」
「普通に考えればそうなんでしょうね。
ですが…………これが少しばかり違いまして」
「と言うと?」
「今、急成長中の一団がありまして。
そこが人手をほしがってるのです。
なかなか堅実にやってましてね。
危険ではあるけど、そちらの方が稼ぎが良いので、それならばと参加する者が増えてるんです」
「それは、何とも……」
「実際、人が死んだという話もほとんど聞きません。
始めの頃に何人か死んだらしいのですが。
それも、死んだ者達が指示に従わなかった結果だという事ですし。
それ以降、モンスター退治に出向いた者達が死んだという話は聞いてません。
大きな怪我をした、という話もありません」
「それは凄いですな」
村長とてモンスターの脅威は知っている。
比較的国境から離れた所にある村だが、全くモンスターが出てこないという事はない。
年に何回かはそれなりの襲撃もある。
その為、モンスターへの警戒心は常に高い状態に保たれていた。
田畑までは及びきってないが、村周辺の防備は確実に増強していっている。
それだけモンスターの怖さを知っていた。
対処出来ないほど凶悪ではないが、怪我人が出ないで済むほど簡単な相手ではない。
そんなモンスターを相手に損害をほとんど出さずに仕事をこなしてるという。
驚嘆するしかなかった。
「本音を言えばですね、そちらの求人の方が主な目的なんですよ」
そういって周旋屋の者は詳細を語り出した。
周旋屋の作業員が足りないのも確かだが、それ以上に冒険者の募集の方が多い。
冒険者の一団は人員の増加をはかっており、その為に周旋屋に人員の募集をかけていた。
当然周旋屋だけではまかない切れず、こうして周辺の村に人を求めて歩き回る事になっていた。
「作業員の募集は、そのあおりを受けてるといったところです。
モンスター退治に出向く者が増えて、一般的な作業に出向く人が減ってるもので」
「なるほど」
村長は話を聞いて納得した。
「色々と大変なようで」
「そうですね。
繁盛してると言えばそうなんですが」
少なくとも、冒険者達が持ち込む核で結構潤ってきている。
これについては口にしないが、周旋屋としてはありがたい事だった。
ただ、割と急激に人手が足りなくなってるので、通常の仕事を引き受けることが出来なくなっている。
それでも困らないくらいに売り上げは出ているが、このままの状態を続けるわけにもいかない。
「ただ、このままというわけにもいきません。
こなさなければならない仕事も多い。
もし町で働きたいという方がおられるなら、是非我々のところにお願いしたい」
そう言って周旋屋の男は頭を下げた。
村長はそれに、
「とりあえず考える時間を」
と言うに止めた。
さすがに彼だけで決める事が出来る事ではない。
その話はすぐに村人に向かって伝えられていった。
それぞれの家で大きな話になっていく。
どの家もたいていは子供を多く抱えている。
どうしても余ってしまう者がいる。
今回の話は、それらを送り出す絶好の機会になった。
奉公(就職)先などなかなか見つかるものではない。
それが向こうから申し出てきてくれたのだ。
次が訪れるか分からないのだから、今すぐにでも話にのろうとしていた。
ただ、それでも周旋屋である。
また、基本的には冒険者の募集である。
誰もが慎重になっていく。
このまま村にいても、貧困の手前な生活が続く。
しかし、命の危険と引き替えに冒険者になるのも勇気がいる。
どちらが良いのかは誰もが迷う所だった。
もちろん、一般的な仕事を請け負う作業員となる事も出来る。
周旋屋としてはそちらの方が本業でもある。
そっちになるならさほど心配は無い。
稼ぎは少ないが、とりあえず食っていく事は出来る。
だったらそっちの方が良い、と思う者がほとんどである。
行くにしてもどちらが良いか、というのは悩ましい所だった。
他にも、何番目の子供を送り出すのかという問題がある。
当然ながら男の子が選ばれるのが普通だった。
あまりにも幼いのも問題だし、働き手になる者を送り出すわけにもいかない。
ほどほどの年齢の男子が中心なって候補となっていく。
ここで問題になるのが女である。
肉体労働が基本の作業員と、モンスター退治が当たり前の冒険者である。
体力的に女ではつとまらない。
少なくとも一般的な常識ではそう考えられてるし、事実として女冒険者などは数少ない。
それらのほとんどは体力がさほど必要無い技術職や魔術師である。
そのどちらでもない村娘に冒険者がつとまるとは思えなかった。
余ってる人手が女ばかりの所は、ここで落胆する事となった。
なのだが、すぐにそれも杞憂となる。
「ああ、冒険者の一団の方は、内部作業を行う女子も募集してますよ。
何でも、事務処理作業で必要らしいので。
読み書きが出来るようになるまで訓練もすると言ってますし」
周旋屋からの説明を聞いて、女子を持つ家が勢いづいた。
「戦闘の方も、レベルが上がるまで教育するとの事なので。
モンスターを相手にした事がない方でも大丈夫かと」
残った不安もその言葉が打ち消した。
こうなるとどの家でも「じゃあ、誰を出す」という事を考えていった。
送り出される方も色々と考えていく。
次男三男で家を継ぐ可能性がない者達。
嫁ぎ先が無かった行き遅れの娘。
貧しい家で、自分が出ていかねばと思った者。
そういった者達が次々と名乗りだした。
家から言われた者も多いが、今の状態から抜け出したいと思う者が多かった。
その中には、村に近づく周旋屋を見て警告を発した少年も含まれていた。
「お前も行くのか?」
「うん」
躊躇いながらも少年は頷く。
「町に行けば稼げるんでしょ。
だったら、そうしたい」
決意と言う程大したものではない。
だが、今のまま村に残っていても大した事は出来ないとも気づいてる。
もちろん、ある程度安定してはいるだろう。
現状維持という事ならこのまま暮らしていける。
しかし、作物の出来が悪ければ一気に困窮する。
そうなれば、誰かが家から出ていく事になるだろう。
また、そうした時に送り出されるのは、商会や工房でも周旋屋でもない。
奴隷商人である。
そんな事を何とはなしに少年も聞いてはいた。
彼が生きてる間でそんな事は起こってないが、この先どうなるかは分からない。
もしそんな時が来たらどうなるのか?
考えるまでも無かった。
だったら、今、こうして余裕のあるうちに冒険者になろうと思った。
おそらく奴隷として売られるよりはマシだろうと思って。
「分かった」
父親も頷いた。
「無理はするなよ」
「うん」
親子のやりとりはそんなもので終わった。
この日、十二歳の少年は、自分の頭で考えて将来を決めた。
最終的に十人程が周旋屋に出向く事になった。
数日ほど村に滞在した周旋屋についていく事になる。
村から離れる彼等は、遠ざかる村を眺めて少しばかり望郷の念をおぼえた。
生まれてからずっと村で暮らしていたし、これからもずっとそうだと思っていた。
だからこそ、村を出て行くにあたり寂しさをおぼえる。
これからどうなるのだろう、という思いの裏返しとして。
先の見えない未来への不安は、大した事がなくても安定はしていた今までと対になっている。
どちらが良いかなどと言えない。
どちらもそれなりに問題がある。
だからこそ、こうして村から出て町に向かう者達が出てきたのだ。
あるいは、村から追い出されたとも言える。
(やるしかないよね)
馬車の中で一人少年は、そう考えて先を見た。
村ではなく、馬車の向かっていく方向を。
今更振り向いても仕方ない。
それから二日後。
馬車は町へと到着した。
即座に周旋屋に案内され、登録を済ませる。
それからあらためて今後の事について聞かれた。
作業員としてやっていくか、冒険者になるか。
男の半分は作業員を選んだ。
残りの半分と、女子の全員は冒険者へと進む。
女子の方は、モンスター退治が目的ではなく、事務作業の方が目当てであるのは言うまでもない。
もちろん途中で鞍替えする事も出来るが、当面はこれでやっていく事になる。
ただ、全員等しく最初はモンスター退治に狩り出される事となった。
女子も例外ではない。
経験値を稼いで、それでレベルアップするためである。
最低限の読み書きをおぼえてもらうために、技術を得なくてはならない。
それをモンスター退治でやろうというのだ。
話を聞いたほとんどの女子は目を回した。
だが、男子の方はいよいよか、と腹をくくっていく。
何にしても、ここをこなさなければ次に進めない。
これからもモンスターを相手に戦っていくのか、それとも途中で別の何かになるのか。
どうなるかは分からないが、どうにかしていくしかなかった。
だが、とりあえずは装備品を買えるだけの金を稼がねばならない。
冒険者の一団の方針であるという。
『簡単なものでいいから、装備を買ってこい。
それが出来ないような奴は絶対続かない』
その為、最初の一ヶ月はとにかく周旋屋の仕事をして稼ぐしかなかった。
そんなこんなでどうにか武器を手に入れ、それから新人のための訓練に放り込まれる。
手に入れた武器を振り、安物の盾で身を守る。
型稽古を繰り返してとにかく体を動かした。
わずか一週間だが、毎日同じ動きを繰り返す。
それが終わってからようやくモンスター相手の戦闘になる。
朝一番で集まり、馬車に乗り込んで目的地に向かった。
現地では、先輩の冒険者の新人が一人つく事になった。
「よろしくな」
そう言って挨拶をしてきた先輩は、少年とさほど年齢は違わない。
おそらく二つ三つほど上という程度に見えた。
しかし、慣れた物腰から冒険者として随分上なのだろうとも感じた。
「ツヨシだ。
お前は?」
「シ、シンヤ」
「そっか。
じゃあシンヤ、上手くやってくれよ。
俺が前に立つから、お前は横や後ろに回って斬りつけるんだ」
「う、うん」
「ま、そうびくつくなって。
俺らもお前くらいの年齢からやってるんだから。
馬鹿な事しなけりゃ大丈夫だって」
「あ、はい」
そうは言われても緊張はする。
やり方を習ったとはいえ、たった一週間だ。
どうにかると思えるほどお気楽にはなれない。
だが、やるしかった。
幸い、ツヨシという先輩がいる。
彼がいればどうにかなるだろう…………そう思うしかなかった。
そのツヨシが前に出て、モンスターの相手をしていく。
盾で攻撃を受け、剣で斬りかかる。
その繰り返しでモンスターを追い込んでいく。
シンヤは言われた通りに後ろに回って、モンスターに斬りかかった。
背後からの攻撃なので、モンスターも避ける事が出来ない。
狙い通り足を、それもアキレス腱の辺りを斬りつけた。
上手く食い込んだとは言えないが、刃は確かにモンスターの足を切りつけた。
動きが少し鈍った気がする。
「いいぞ!」
ツヨシの声が響き、続いて剣がモンスターを襲う。
わずかにシンヤの方に振り向いた瞬間を逃さなかったようだ。
そして再び前を向いたところで、後ろからシンヤが斬りかかる。
その繰り返しでモンスターは倒れていった。
時間にすればそれ程でもないが、シンヤはとてつもなく疲れてる自分を自覚させられた。
モンスター退治はそんな形で始まっていった。
新人男子は先輩と二人一組に。
女子は、先輩二人と組んで三人一組で。
男子は危険は大きいが経験値稼ぎになる少人数であり、女子はその逆だ。
そうやって新人研修が進んでいき、二ヶ月三ヶ月とするうちにレベルが上がっていく。
シンヤも少しずつレベルを上げ、着実に戦力となっていく。
それでもまだ一人で行動するのはおぼつかない。
一団の方針で定められてる、戦闘技術レベル3を目指し、モンスターとの戦闘を繰り返していった。
そこまでいけば、新人研修は終わる。
稼ぎも頭割りになる。
今のように、どれだけモンスターを倒しても、稼ぎの上限が決まるというような事は無い。
今の状態だと、シンヤの取り分は一日銀貨一枚が上限になってしまう。
残りはツヨシのものだ。
もちろんそれは当然だと思う。
ずるいと思う事も出来ない。
実際にモンスターと戦っていて感じる。
圧倒的にツヨシの負担が大きいと。
だからこそ、早くこの状態から抜け出したかった。
自分で確実に稼げるように。
一団が廃村へと進出するという話は、そんな新人研修の最中だった。
妙に長くなってしまった。
だいたいどの村でもこんな事が起こってたりするという事で。




