転職43日目 番外的な話:商人の視点
「では、これで締結という事で」
「どうかよろしく」
そういってお互いに頭を下げる。
商会の主は冒険者相手であっても礼儀は忘れなかった。
それは商人として当然の行為である。
金さえ払えばお客様…………それが商人である。
目の前の相手も冒険者であるが、金をしっかり払っている。
取引の質や量においてはともかく、取引の基本である『物と金の交換』が出来るなら文句はない。
逆に言えば、王侯貴族と言えども、それが出来ないのであれば客にはなりえない。
商人にとって大事なのは地位や名誉をもってるかではない。
ちゃんと支払いをしてくれるかどうかである。
その点、目の前の冒険者はこれまでしっかりと支払いを済ませてきている。
商人から見れば、立派なお客様である。
(それに……)
打算もある。
地位や名誉は関係ないとはいえ、相手の立場を考えれば馬鹿げた態度はとれない。
わずかな期間で結構な規模の一団を作り上げた男である。
無碍に扱うわけにはいかない。
(大したもんだ)
素直にそう思える。
自分がそれなりの規模の商会を運営してるから、組織の維持がどれだけ大変かも分かっている。
商人は親から商会を受け継いだのだが、それでも組織の維持には苦心している。
大きな組織を担うというのはとてつもなく大きな重責を背負う事になる。
一から立ち上げるのも大変であるが、一定の規模のものを損なう事無く保つのもかなりの労力がいる。
それを成し遂げてるのだから、例え冒険者と言えども見下す事は出来なかった。
何より、やはり金を支払う客である。
それなりに大口の。
放り出すわけにはいかなかった。
(佐々木ヒロノリか……)
相手が退出した後、商人は取引内容に目を落とす。
紙に書かれた商品はさして珍しいものでもない。
商人の基準からすれば大口取引にもならない。
ただ、それでも結構な量になるのは確かだ。
(テントに木材、それと工具か。
あと、松明とランプ)
また、材料の現地への運搬もあわせて申し出てきている。
その分の料金も取引の中にある。
行き先も明記されていた。
なので、何をしようとしてるのかはおおよそ見当がついた。
かなり無茶な事だとも思ったが。
(本気でやるつもりなのか?)
疑問というか懸念はある。
やろうとしてる事が上手くいくかどうかである。
他人事ながら多少は心配になる。
ただ、商売としてみれば、損は無い。
代金は既に受け取っている。
商品を全部揃えても何一つ損失にはならない。
例え取引相手が途中で辞めたとしても、商人と商会が損失を受ける事は無い。
(商品はある物をあるだけその場で買い取りとはな)
店先に置いてある分と在庫として確保してる分。
それだけを買い取っていく方式でヒロノリは商品を持っていく。
新たに発注をかけて商品を用意するという事がない。
その為、一括購入による割引は出来ない。
だが、確実に物品を手に入れる事が出来る。
金銭の負担は大きいが、堅実で確実なやり方だ。
そこに商人は好感を抱く。
気前の良い話はしても、実際には何も出来ないというのよりは信用出来る。
出来る事を着実に────その姿勢が取引から垣間見える。
(石橋を叩いて渡るか。
冒険者らしからぬとは思うが)
モンスター退治を商売にしてるとは思えない。
度胸がなければ出来ない事だけに、だいたいにおいて大口を叩くような者が多い。
自信が無い事は臆病ととられ、臆病は能なしと考えられる業界である。
嘘でも大口を叩かねばならないところがある。
だからこそ、無理だと思える事も口にするし、実行しようとする。
そして命を落とす。
そんな話を様々な方面から聞いている。
なのでヒロノリのやり方は意外だった。
少しずつコツコツと、しかし確実に集めていく。
話に聞く冒険者とは違うように思えた。
(だからこそ、短期間でここまで成長したのかもしれんが)
少しばかりやってる事を調べてみたら、やはり他の冒険者と違うのが見て取れた。
複数で一体のモンスターを倒し、確実に仕留めていく。
そのやり方で金をため、レベルを上げていっている。
時間はかかるし、すぐに大きな儲けは出せない。
だが、危険を冒す事なく着実な成長を見込める。
時間はかかるが、それは時間をかければ確実に向上するという事である。
一発の大逆転狙いではなく、着実な儲けを長期間にわたって継続させている。
失敗が無いという事でもない。
かなり初期の頃であるが、一緒に行動していた者達が数人死んでいる。
それもヒロノリの指示ではなく、それを聞かずに行動した結果であるようだった。
落ち度にはならないだろう。
こういった跳ねっ返りは何処にでもいる。
それらのやることまで面倒を見ているわけにはいかない。
それに、こういった出来事をもとにして、新人達への戒めとしている。
(上手く利用してる……)
愚行を伝える事で同じような事をしないようにしている。
普通、一団の者が死んだら評価が下がる。
だが、責任が死んだ者達にある事をはっきりさせ、なおかつ今後の事故防止の手段に使っている。
それだけしっかり指示を出したという自負があるのだろう。
問題は死んだ者達にあるのだと、はっきり言えるだけの。
話を聞く限りではその通りなので否定しようがない。
(狙ってやってるのか、ただの偶然か)
どちらかは分からないが、それなりの力量を持ってると考えられる。
何にせよ、無視出来る相手でもない。
ただ、今は客の一人である。
商品を購入してくれるならそれで十分である。
今後も取引関係を続けたいとは思う。
いつまで続くかは分からないが、求める物があるなら用意していくだけだ。
相手がちゃんと支払ってくれるならば。
この先取引がどれだけ続くか分からないが、彼等が利益の供給源になるならありがたい。
商人としては、求められる商品を用意するだけである。
(まずは、在庫の補充をせんとな)
その都度購入していくから在庫が足りない状況が続いている。
今回も町にある在庫が無くなった。
全部買い取っていったわけではないが、そのままにしたら取引に支障が出る。
その分の補充をこれからしていかねばならない。
ただ、下手に在庫量を増やそうとは思わなかった。
今のままの取引がこれからも続くとは限らない。
一瞬にして全てを失う事だってある。
まして相手は冒険者だ。
どこで野垂れ死にするか分からない。
今後を見込んで、というわけにはいかないのだ。
(上手くいけばいいんだが)
そうであるなら更なる取引増加も見込める。
だからこそ、ヒロノリがやろうとしてる事を応援する。
今後の取引増加のために。
人柄の方はこの際考えない。
もっとも、好ましい人物だとは思っている。
今の所は。
印象的なものであるが、あまり悪い所は見えない。
出来れば今後も見所のある人物でいてもらいたいものだった。
それはとても難しい事であるが。
とりあえず商会としては大事なお客様の一人として扱う。
商人としてはまずそこから始めないといけない。
そして取引が継続出来るくらいの存在になったら、よりよい関係を作っていく。
今はその前段階だと考えていた。
商人としても、よりよい取引先は確保したい。
そんな存在はなかなかいないのだから。
(がんばってくれよ、冒険者殿)
利害の絡む考えであるが、だからこそ強固である。
人間、気持ちや信頼だけではやっていけない。
間に利害があればこそより一層の関係を作る事も出来る。
商人としては、そんな相手の一人となってくれる事を願っていた。
周辺からの評価とか、主人公以外の人を登場させたいとか考えてこんな話を。
多少は何かが浮き彫りになってると良いのだけど




