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【完結】29歳ブラック企業の社員は別会社や異業種への転職ではなく異世界に転移した  作者: よぎそーと
第三決算期

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転職42日目 番外的な話:少年の視点

「それじゃ、行くぞ」

 いつも通りに声をかけていく。

 いつも通りに「はいよー」と気の抜けた返事がくる。

 モンスター退治を始めてからこのかた、だいたい毎日はこんな風に始まる。

 率いる少年は、それが当たり前になってただけに特に違和感を感じる事はなかった。

 しかし、ここ最近の動きの中で、あらためて自分達に訪れた変化を考え直していった。

(すげえよなあ)

 二年でここまで変わった。

 振り返ってみれば、たったの二年である。

 それだけで少年の周囲は大きく変わった。

 そして、今も変わろうとしている。

 あらためて考えると愕然とするしかない。

(あのオッサン、何者なんだろ)

 全ては少年達のいた孤児院にあの男が来てからである。



 それまでとその後の違いは著しく大きい。

 違いがはっきりするまで時間はかかったが、その時間も今からすればわずかなものにかんじられる。

 大したものだと思う。

 当時も孤児達の中では最年長で、最も体が大きかった(標準的な体型には及んで無かったが)少年はモンスターを倒して小遣いを稼いでいた。

 それで少しは自分達の生活の足しにしていた。

 しかし、男が来てからは桁違いに変わっていった。

 モンスターを倒すにあたって、色々とやり方を教えてくれた。

 食事をまずはしっかりとれ、という基本的な生活習慣にまで口を出してきた。

 金も道具も与えてくれなかったが、金を貯めて次に備えろとも言ってきた。

 それらを守ってから、本格的なモンスター退治に連れていかれた。

 どうにかこうにかモンスターを倒していった。

 稼ぎは山分けしてくれた。

 それが今ではどれだけ異常な事なのか分かる。

 普通、教える側、引率する者の取り分の方が大きくなるものだ。

 しかし男はそんな事をせずに、可能な限り等分に金を分けた。

 余りが出る時は男がとっていったが、せいぜい銅貨で数百枚になるかどうかと言う程度だった。

 おかげで少年はより多くの金で食料を買う事が出来た。

 それで孤児院の仲間の腹が膨れた。

 体もしっかりしてきた者がモンスター退治に出て来るようになった。

 稼ぎが増えて、手に入れる金が増えて、仲間が飢える心配が無くなった。

 孤児院の建物はあいかわらずボロボロだが、必要なものを買えるようになった。

 そうなってくると、今まで出来なかった事が出来るようにもなる。

 男はモンスター退治に出られるように訓練を。

 女は料理やら掃除やら裁縫やらと家の中の事を。

 それぞれ身につけるために動く余裕が出来た。

 いずれ働きに出る日のために子供達は動いていっている。

 そんな事、男があらわれるまで考える事も出来ていなかった。

 毎日、今日は食い物があるのか、あってもどれだけ食べられるのか────そんな心配だけしていた。

 まがりなにも将来について考えてる、将来に向けて何かをしている事が出来る。

 それはとても大きかった。



「それじゃ、今日もここで訓練だ。

 いつも通り、無理しないでいこう。

 レベルを上げるのが最優先だけど、無理して死んだら意味が無い」

 モンスター退治の現場に到着し、馬車から降りて準備を終えた少年は、自分につけられた新人にいつもの注意を与えていく。

 最近は新人をつけられる事が増えてきていた。

 技術で教育をとった事が大きいのだろう。

 大きな稼ぎはないが、安心安全にモンスターを相手に出来るのは大きい。

 新人を引き連れるのはそれなりに大変だが、もっと強力なモンスターを相手にするよりは楽だった。

 町から近いというのも利点である。

 いずれは出て行く事になるだろうが、孤児院の近くというのはそれだけで安心出来る。

 何かあればすぐに駆けつける事も出来る。

 馬車で移動しなくてはならない程遠くに行くよりは良い。

 もちろん、そうそう何かが起こるわけではない。

 起こったとしても少年に出来る事があるという事も無いだろう。

 それでも、町からそれほど離れてない所にいるというのは、それだけでありがたかった。

 これもある程度の配慮からなされてる事である。

 能力はともかく、まだ年齢的に子供に近い少年達である。

 あまり危険な所に放り込むのを男は躊躇ってるようだった。

 それもあって、少年を含めた孤児院出身者は町の近くを回るように指示が出されていた。

 余計な気を回してくれると思いつつも、その気持ちをありがたく受け取る事にした。

『でも、技術で教育をおぼえろよ』と言われた時には面倒だと思いはしたが。

 それでも、身につけて正解だったと思う。

 人にものを教えるのにもそれなりにやり方がある。

 技術を身につけてそれがよく分かる。

 言い方や態度、褒めたり注意したり、時には叱責する瞬間にも気を遣わねばならない。

 何も考えずにやっていたら、とんでもない事になっていただろうと思う。

 男の言い分に従って正解だったと感じる瞬間である。



 そういった事も含めて、男からは色々と助言や指針をもらっている。

 一つ一つはちょっとした事だが、それらが後々大きな物事に結びついている。

 気のせいかもしれないが、この二年を振り返るとそんな気がしてならない。

(一般教養をとれとか言ってたしなあ……)

 戦闘とは直接関係のない技術である。

 そんなものを取ってどうしろと言うんだ、と思っていた。

 しかし、修得してみたら、これが意外と役に立った。

 まず、文字が読める。

 そして、計算が出来る。

 おかげで指示書や回覧に書いてある事が理解出来るようになった。

 数字の計算も出来るようになった。

 ちょっとした事だが、買い物などで誤魔化される事も無くなった。

 今まで結構誤魔化されていた事を同時に悟った。

 仕事では、指示が紙に書かれていても、その意味を汲み取る事が出来るようになった。

 今までは言ってる事をおぼえておくしかなかったが、そんな苦労をしなくても良くなった。

 おかげで何をどうすれば良いのかが分かる。

 知っていればこれだけ多くの事が分かるのかと思った。

 男がやっておけという事は、概ねそんな事に繋がっていた。



 そんな事もあって、少年達は男についていく事にした。

 全てが正しいという事はないだろうが、大きな間違いはないと信じられる。

 一団が大きくなり、一百人を超える規模になってもそれは変わらなかった。

 分かれて自分達だけでやっていけば、余計な徴収も無くなる。

 手元に残る金はその方が多くなる。

 そういう事も考えられるようになっていたが、それでも分かれる気にはならなかった。

 一緒にいても良い事があるかどうかは分からない。

 けど、分かれてから上手くやっていけるという保証もない。

 だったら、出来る所まで一緒にやっていこうと思った。

 大勢の人間の一人になる事の利点もあるかもしれないのだから。

 何より、男がいる。

 今は一団の頂点として遠くにいるように感じてしまう。

 だが、それでも一緒の所にいる。

 それなら、男がもたらす何かにあずかる事も出来るだろう。

 そんな打算もある。

 それ以上に、折角の縁を大事にしたいという感情の方が大きい。

 どんな理由があったのか分からないが、孤児院にやってきて以来なにかと面倒をみている。

 男の示してるその態度を信じてみたかった。



 この日も新人と一緒にモンスターを倒し、金と経験値を稼いで孤児院へと戻る。

 多少修繕された建物と、その中で仲間である孤児達が待っている。

 今日も美味いとまでいかないまでも、それなりに食える飯が用意されていた。

 それを腹におさめて眠りにつく。

 今日と同じ事をするための明日に向けて。



(明日は何をするつもりなんだろ)

 狭いベッドに横たわって考える。

 今日も今までと同じ事をした。

 明日もたぶんそうなるだろう。

 でも、ずっとこのままなのかと。

(オッサンも何か考えてるみたいだし)

 何となくそれは伝わってくる。

 戦闘以外でも何か考えてるらしいのは伝わってくる。

 これからもっと大きな何かが始まりそうな気がした。

(何をやるんだろ)

 分からないが、何かをやるだろう男についていこうとは思う。

 きっと、今より悪い事にはならないだろうから。



 そして今。

 廃村への進出を控え、一団はその準備におわれている。

 必要な物を手に入れるために奔走し、行動開始の時を待っている。

 少年のところにやってくる新人も増えてきている。

 一度にやってくる人数はそれほど多くはないが、途切れる事が無い。

 だいたい、一ヶ月に五人から十人くらいやってくるが、それが途切れる事がない。

 あちこちでの募集が少しずつ形になってきてるようだった。

 忙しいという程では無いが、手ぶらになる事がない。

 今はまだ良いが、このままでは手が足りなくなる。

(こっちに人を回してもらわないと)

 教育担当として、今後も的確に新人を率いていくならそうするしかないと感じた。



「そっか、そっちはそうなってるのか」

 週一回、定例となってきている会議の席で、男はそう応えた。

「すぐには無理だけど、新人教育に回ってくれる人を見繕ってみるよ。

 募集の方も一回の人数を制限させる。

 人を入れる間隔も暫くはあけるわ」

「そうしてくれると助かる」

「とりあえず人が増えるまでは我慢しててくれ。

 こっちも、すぐに人を移動させる事も出来ないから」

「だろうね」

 忙しいのは分かってる。

 廃村の方に人を回さなければならない事も。

 これ以上無理を言うわけにはいかない。

「二ヶ月くらいは待ってくれ。

 教育の技術をとらなくちゃならないし」

「はいよ」

 素直に頷いて了承する。

 二ヶ月は長いが、それで現状が多少は好転するならかまわない。

 一気に何かが動くという事はないのだから。



「それで、そっちの方はどうなってる?」

「特に変わらないかな。

 新人と一緒にモンスターを倒しに行って、核を持って帰るの繰り返し」

「いや、そうじゃなくて、孤児院の方だよ。

 皆、元気にやってるか」

「ああ、大丈夫だよ。

 ちゃんと飯も食えてるから」

「そっか、ならいいけど」

「心配するなって。

 ヒロノリさんが知ってる頃よりは良くなってるから」

「お前らが頑張ってるからだよ」

 そういって男────ヒロノリは笑った。

「無茶するなよ、お前らが倒れたらまた前みたいになるからな」

「そうするよ。

 出来る範囲で稼いでいくって」

「そうしてくれ。

 こっちもお前らに倒れて欲しくない」

「はいはい、無茶や無理はしませんって。

 ヒロノリさんの方針通りにやってくから」

 冒険者にあるまじき事だと思うが、無謀な行為は慎むよう厳命されている。

 超過勤務に過剰労働は一団の方針にはない。

 なぜかヒロノリは一団員に徹底している。

 執念すら感じさせる物言いに、たいていの者達はのまれていく。

(何かあったのかな)

 詳しい出自や経歴は聞いて無いが、過去に何かあったのかと思ってしまう。

 個人的な事なので深くは聞けないが。

 何となく聞いた時に、

「色々あったんだ……」

ともの凄く疲れた顔で言われた事がある。

 それ以上聞くのが憚られる何かがあった。



「まあ、そんな事はともかく。

 ツヨシ達も稼げるようになったら嫁さんもらう事を考えろよ」

 話を変えるようにヒロノリはそんな事を言い出す。

 少年は「またかよ」と辟易していった。

「まだ早いって。

 稼ぎもそんなにないし」

「まあ、教育係をやらせてるしな。

 大きな稼ぎにはならないのは分かってるけど。

 でも、多少は安全で安定してるなら、それも考えておけよ」

「はいはい。

 分かってるって。

 そんな事よりヒロノリさんの方はどうなってんの?

 まだ結婚しないの?」

「……相手がいないんだよ」

 無念そうな声であった。

「お前も、こうなる前にどうにかしておけ。

 悪い事は言わんから」

 言い返せない重みのある言葉だった。

 きっと色々大変なのだろうと思わせるような何かがある。

「うん、まあ、がんばるよ」

「ああ、そうしておけ。

 お兄さんからの忠告だ」

「オッサンじゃないのか?」

「お兄さんだ。

 そういう事にしておけ」

「うーん」

 釈然としない。

 だが、ヒロノリを尊重しておく事にした。

「縁談くらい来るんじゃないの?」

「しがらみが大きくて面倒なんだよ」

「ああ、なるほど」

 それなりの立場の所から話は来てるのだろう。

 だからこそ、付き合いや関係が出来ると面倒ではある。

 利益もあるだろうが、振り回される事になりかねない。

 そうしない為にも、下手に縁談に手を出す事が出来ないのかも、と感じた。

(色々大変なんだなあ)

 大人の世界の厄介さを垣間見た。



「ま、そのうち顔を出すつもりだから。

 皆にはよろしく言っておいて」

「うん、待ってるよ」

 そう言ってツヨシは家へと向かっていった。

 他の仲間と一緒に。

 ちょっと視点を変えて、という事で。

 あまり本筋と大差はないかもしれないが。

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