転職39日目 別の手段に走るしかない
「ちょっとやってもらいたい事がある」
いつものように事務所にやってきた時だった。
処理をしなくてはいけない書類を受け取りながら事務所の者達に声をかける。
「ここにある廃村。
ここの住人だった者を見つけてきてほしい」
地図を持ってきて場所を示す。
町から幾つか離れた村である。
間にいくつかの村を挟んでいる。
モンスターの襲撃で壊滅し、以来誰も近寄っていない。
例外的に、モンスター退治に出向く冒険者が、そこを野営地点に使ってはいる。
だが、元々の住人は既にいない。
押し寄せるモンスターとの前線になっており、とても住めるような状況では無い。
そんな所に何の用があるのか、と事務員達の表情が問いかけてくる。
それには答えず、
「とにかく探してきてくれ。
見つからないならそれでいいけど、居るなら話をつけておかねばならん」
そう言って用件を伝え終える。
事務員達は何の事なのかさっぱり分からなかった。
だが、指示は指示である。
言われた通りに探してくるしかない。
翌日から事務員達は動き出していく。
ヒロノリがモンスター退治に出かけてる間、事務処理と平行して廃村の住人を探しに出向いていく。
目星はついている。
そういった者達は、たいていの場合貧民街に住み着いている。
そこに行けば、何かしら情報があるとは思った。
ただ、治安の悪い所なので、丸腰で出向くのは危険である。
ヒロノリもそれは理解しているので、護衛として何人かの冒険者をつけていく。
モンスター退治を一時的に休ませ、貧民街への探りに同行させた。
出向いた者達は一日の稼ぎを失う事になるが、その保障として一団で蓄えた金から補填を出していく。
一日で銀貨一枚。
モンスター退治の稼ぎには及ばないが、文句は出ない金額である。
それで納得した者達が事務員に同行していく。
いずれも戦闘技術がレベル3に到達してる者達を選んだだけに不安はない。
貧民街の危険な者達も、それを物腰から悟るのか、飛びかかってきたりはしない。
とりあえずの安全を確保して調査は進められた。
問題なのは協力してくれるかどうかである。
警戒心の塊のような者がほとんどである。
盗み騙しは当たり前、ちょっとした諍いで刃物を取り出しての殺し合いになるような所だ。
下手に他人に心を開けない。
余所者ならなおさらだった。
なので情報を集めはなかなか進まない。
根気が必要な作業になっていく。
幸いというか、ヒロノリもそこはさほど急がせてはいない。
時間がかかるのは仕方が無いと割り切って、経過をのんびりと眺める事にした。
自分自身のレベルアップも忙しかったので、そうそう細かく見て回る時間もない。
それが良い意味での放置につながった。
下手にあれこれ口を挟む事無く、各自の成果をゆっくりと眺める事になった。
少しずつ集めていった情報が、ついに廃村の生き残りに辿りついた。
その者は、今も貧民街の一角に居を構え、生き残り同志で結束して生きていた。
裕福ではなく困窮と常に隣合わせであったが、どうにか家族が生きていけるだけの生活をしている。
そこを訪ねたヒロノリは、そんな彼等に切り出していく。
「村に戻る気はないか?」
訝しげに見つめるだけの生存者達に、説明を続ける。
「あのあたりがモンスター出没地になってるのは知ってる。
冒険者が野宿の場所にしてるくらいだからな。
けど、俺達にはその方が都合がいい」
「…………」
「村の周囲にまでモンスターが出回ってるなら、探して歩く必要がない。
常駐できれば、手間が大分省ける。
だから場所を貸して欲しい」
「…………」
「あんたらには、場所の提供をお願いしたい。
村の外れでいい。
必要なものはこっちで建てる」
「…………」
「それと、必要な物を用意してくれると助かる。
メシやら何やら何でも必要になる。
もちろん金は払う。
どうだ?」
大まかな条件は呈示した。
あとは相手がどう出るかだ。
いきなりこんな事言われても信じられないだろうし、承諾したらどれだけの利益と損失が出るのかも分からない。
何よりモンスターの出歩いてる所に戻れというのだ。
そう簡単に決めるわけにはいかない。
集まった者達の代表と思われる者が、
「考えておく」
と言う。
この場においてはそういうのが限界だろう。
まだ何も決まってないのだから。
ヒロノリもそこは理解している。
「一週間後にまた来る。
その時にでも返事を聞かせてくれ」
そういってその場を後のする。
何も決まってないが、今はこれで良い。
どうなるにせよ、それはこれから決めていく事だ。
すぐに成果が出るとは思っていなかった。
(最悪、俺らだけでやればいい事だし)
今も放置状態の村は、冒険者が無断で利用している。
廃棄されてる場所をどう使おうと咎める者はいない。
厳密に言えば、法律やらに抵触するだろうが、そこまできっちり守ってる者はいない。
守る余裕も無い。
手を出せない場所まで法律の効力を及ぼすほど統治者も力があるわけではない。
何より、法律はあくまで人の間にのみ効力を持つ。
人の手から外れた場所にまで影響を及ぼせるわけではない。
廃村は既に人の手から外れてはいる。
権利者である元の住人が動けばともかく、そうでないならとやかく言われる筋ではない。
強引ではあるが、それすらもヒロノリは考えていた。
一団の更なる発展のために。
まあ、いつも通りの展開ではある。
ここからどうしていくか。




