転職26日目 我が身をもって検証してみた結果がこの有様だ
一年という時間が過ぎて、当然ながらヒロノリの年齢もあがる。
三十歳。
ブラック社員から異世界転移の勇者……ではないが、ともかく暮らすチェンジならぬクラスチェンジはした。
パソコンの変換ミスの暮らすチェンジであるが、実際暮らしも大きく変わり、やってる事も変わった。
ブラック企業の底辺だったのが、今では冒険者を率いる一団の団長である。
たった一年とはいええらい躍進であった。
何がどうなったんだとヒロノリ自身がびっくりしている。
まさかモンスターを倒して回る事になるとは思わなかった。
人生、何があるか分からないものだ。
ただ、命がけの仕事になったという事で、ある意味ブラックぶりは前の世界以上である。
以前の世界で同様の仕事となると、一番近いのが軍人や傭兵であろうか。
話に聞いたPMC(民間軍事企業)と呼ばれるものをヒロノリは想像していた。
ただ、作業時間などについては以前と雲泥の差である。
自分が率いていて、自分が決める事が出来るというのもあるが、残業・休日出勤はない。
やろうと思っても出来ない、と言うのが正解ではあったが。
まず、野外での作業になるので、どうしても日が出てるうちに作業をせねばならない。
暗くなってからも仕事をするという事は危険過ぎて出来なかった。
それに、戦闘が基本的な仕事なので、どうしても体を休める必要がある。
週休二日でないと上手く仕事をこなす事が出来ない。
体と命が資本なので、これらを無視する事は出来なかった。
無理して働けば、それが命に関わる事になりかねない。
疲労はこの仕事において、きをつけねばならない要素である。
それが集中力を失わせ、戦闘において隙を生み、大きな損害になっていく。
無理して働かせても結果は出ない。
損害につながるだけだっった。
幸いにして被害は最初の頃の五人だけで留まっている。
無理や無茶をしたらどうなるのかという実例として今も語り継がれていた。
そのおかげか、一団の中における貴重な教訓となっている。
また、「間抜けの五人」という称号も与えられていた。
指示を無視し、自分勝手に行動し、行き着くとこまで行って、そしてモンスターに倒された。
何一つ同情の余地がないその行動は、話を聞いた者達をだいたいにおいて唖然とさせる。
「そんな奴がいたのか」
「真似したくねえ……」
「馬鹿だ、本物の馬鹿がいた」
おおむねそんな感想を吐かせる。
ヒロノリとしても擁護のしようがない。
ただただ、
「そういう連中もいた。
お前らはそうなるな」
と言うしかなかった。
擁護するつもりもなかったのもある。
やらかした事に呆れていたのもあるが、その五人の態度や雰囲気が以前の上司・同僚・後輩とかぶって見えたからだ。
早い段階で馬鹿な事をして退場していったが、生き残っていてもいずれどこかで問題を起こしただろう。
そう思えば、自ら進んで死地に赴いてくれたのは、彼等に残った最後の良心の為した業だったのかも、と思う事もある。
そして、自らの行動によって後進達に教訓を残したと思えば、彼等の存在にもそれなりに意義があったのかもと考える事もある。
だからと言って、同じような人間に入ってきてもらいたいとは思わない。
自分の一団や一生懸命仕事をしてくれる者達には、平和でホワイトな職場を提供してあげたかった。
実際、ほとんどの一団員は誠実に仕事をしてくれている。
モンスターを向かい合うという危険な仕事であるが、臆すことなく仕事をこなしてくれていた。
レベルも上がり、着実に戦力となっていくのを見るのは頼もしいものである。
いずれある程度の人数とレベルを確保したら、より大きな稼ぎに向けて進んでいきたいものだった。
(けど、三十歳か)
なんだかんだあったが、こうやって一年が過ぎてこの年齢になった。
とうとう大台にのってしまったと思うと寂しくはある。
また、抱いていた疑問の答えも出て少しばかり納得もしていた。
(魔法使いには……なれなかったなあ……)
童貞/処女のまま三十歳になったら魔法使いになる────前の世界の俗説である。
それが本当なのかどうか、魔術のあるこの世界で確かめる事となってしまった。
結果は既にヒロノリが胸の中で呟いた通りである。
(あれはやっぱり、都市伝説だったんだな)
そう思うと切ないものがあった。
(まあ、確認出来たからいいか)
そうしようと思ったわけではなく、たんに相手がいなかっただけである。
結果として俗説の真偽を確かめる事になった。
だが、誕生日が近づく数ヶ月前から気になりはしていた。
もしかしたら、技術として魔術を保有する事が出来るようになるのではないかと。
そう思って待っていたが、結局は何の変化もなかった。
経験値も蓄えていたが、新たに修得出来る技術の中に魔術は無い。
やはり俗説は俗説でしかなかった。
真実ではなかった。
その答えが出たところで、ヒロノリは新たな技術を身につけた。
新たにレベルが上がった技術を見て、少しばかり涙がにじみそうになる。
(この数ヶ月はいったい何だったんだろう)
もとより周囲に女っ気はないが、それでも誰とも接点を持たずに過ごした日々。
それが全て無意味だったと分かったこの瞬間のやりきれなさ。
泣けてくるのに涙も出なかった。
「神様、もうちょっと良い目みさせてよ……」
この世界に自分を飛ばした存在に、ヒロノリは語りかけて。
無駄なのは分かっている。
この世界に転移した瞬間以来、一度として声を聞いた事がない。
一人、寂寥感と孤独を感じながら、それでもヒロノリは今日の仕事へと向かっていった。
(これから女性社員も入ってくるし。
俺も頑張ろう)
そう決意を新たにしながら。
佐々木ヒロノリ、三十歳。
一団を率いる立場として、新たな気持ちで一歩を踏み出していく。
報われる日が……来るといいなあ。
主人公に幸がありますように。
これを読んでる皆様にも幸がありますように。
そして、書いてる俺にも幸がありますように。
みんなで幸せになろうね!
あ、21:00に続きを公開予定です。




