転職24日目 欲望は人を動かす原動力
とりあえず人集めについては周旋屋に任すしかなかった。
彼等も人手を常に欲してるし、そこに便乗するしかない。
多少の付け届けというか手間賃は払わねばならないが、それは必要経費である。
今は、新しくやってきた者達の受け入れ体制をととのえるのが先であった。
ただ、そこまで拡大させる理由があるかどうかである。
大義名分というか、そういったものがあれば人を納得させやすい。
それがただの上っ面であったとしても、人はそれらしい理由を聞けば納得してしまう。
基本的に実利などは関係がない。
悲しいかな、本音が理由として通じる事はなかなかない。
ヒロノリとしては一団の利益や今後を考えての事であるのだが、それを理解してもらうのには時間がかかる。
人間、理性ではなく感情で動くものである。
良くも悪くもそういうものだ。
だから、その性質を利用するしかない。
ただ、利用するにしても、決して悪い方向に向かわないように留意はする。
それが使う側の誠意であるとヒロノリは考えていた。
「売春宿に流れる女の子を無くしたい」
とりあえずそういう理由で他の連中をせめていく。
「それしかないってのは分かるけど、出来るだけそんな事させたくない。
だから、俺らで仕事を作っていきたい」
その為の事務員であり営業員である…………こじつけとしか言えないが、ヒロノリはそう説明していった。
「もちろんそれなりの仕事をしてもらうし、結果は出してもらう。
皆から金を徴収するんだから、それくらいはな」
女の子を事務員として確保するためにも、給料を出さねばならない。
だから皆から徴収する、という理屈でせめていた。
アコギといえばアコギであろう。
「ま、それは建前だ」
ここで声を潜める。
そして周りの皆を集めて顔を寄せる。
非情にむさ苦しい姿が、広間の一角で形成された。
周りの連中が胡散臭そうにヒロノリ達を見つめている。
「女の子を集めるのはそれが理由じゃねえ。
本当はな…………」
「…………?」
「お前らの嫁さん候補だ……」
「…………!」
全員の顔つきが変わった。
「こんな商売だ、女なんて売春婦しか相手してくれないだろ。
女給仕の姉ちゃん達だって、そうそう俺達にはのってくれねえ」
既に述べた事であるが、冒険者みたいな先行き不透明な仕事や外からきた行商人などを相手する者は少ない。
女であれば売春婦くらいしかいないのが実情だった。
酒場の女給仕なども客と付き合う事があるが、それでも町の外から来る冒険者や行商人を相手にする事は少ない。
基本的に彼女らも町の人間であり、同じ町の人間と付き合うのが普通だった。
外から来た者と付き合う事もあるが、それは相手が町に定着する事が前提である。
余談であるが、酒場における女給仕という仕事は男との出会いを作る接点として機能している。
だいたいが嫁の貰い手が無くて働いている者がほとんどである。
たいていは家同士の付き合いとかで相手が決まるのだが、中にはそれから漏れる者もいる。
そういった者が相手を見つけやすいように、来客の多い酒場や食堂で働いてるのだ。
なので割と簡単にデートに誘う事が出来たりする。
そうやって何人かと付き合って、波長のあった相手と結婚、というのが定番だった。
非情に穿った見方というか、斜に構えた考えで言えば、形を変えた売春とも言える。
業務というわけではないがそういう事をしてる者はいるし、そちらの収入の方が実入りが良かったりもする。
このあたりは暗黙の了解というか公然の秘密として誰もがわきまえている事であった。
そこに至るまでに、お互いの同意と、何度かのデートなどが挟まれるのが大きな違いと言えようか。
もちろん、男女間のあれやこれやだけが目的というわけではないのだが、そういう側面は否定しきれない。
そんな事情も含めて町の外の者達は敬遠される。
基本的にこういった場所も町の中での出会いを促進する働きをしているのだから。
なおこれは、一般的な居酒屋のようなところでの話である。
女の子がお客様に接待するようなお店での事ではない。
そんなわけで、冒険者の相手を探す事は至難である。
まず滅多にいない。
彼等が足繁く売春宿に通うのは、相手をしてくれるのがそこしかないからでもある。
だから、ヒロノリはそこを突いていった。
自分達で相手を確保していこうと。
「ただし、すぐには無理だ。
俺達の体制をととのえなくちゃならん」
ここで間に一段階を挟んでいく。
「仕事をさせるにも、本来の業務をまずはやってもらわなくちゃならん。
事務処理だって、やってみると大変なもんだ」
「そんなもんか?」
「机に向かってるだけだろ」
そんな声も上がる。
ヒロノリは落ち着いてそれらに、
「お前ら、事務処理出来るか?」
問い返して言った。
「文字は書けるか?
計算は出来るか?
書類の整理は出来るか?」
思いつく限りたたみかけていく。
誰も返事が出来ないでいる。
言われた事をやれる人間がいなかったからだ。
「出来ない事をやってもらうんだ。
簡単なわけがない。
その為にも、色々と手順をととのえていかなくちゃならん」
そういってヒロノリは反対意見を黙らせた。
モンスター退治の方がきつくて大変と思っていた者達も、自分達が出来ない事だと自覚する事で無闇に反対出来なくなった。
「まず、何人か野郎を引き込んで、そいつらのレベルを上げる。
事務の仕事に関わる事をだ。
それでこっちの受け入れ体制を作って、それから女の子を連れてくる」
聞いてる全員が、うんうんと頷いた。
「そいつらを抱えるためにも、俺達モンスター退治が頑張らなくちゃならん。
そっちの方の新人もいっぱいいれる。
入れて、がんがん稼ぐ。
レベルを上げて、もっと倒せるようにしていく。
その稼ぎから、事務員を雇う資金を徴収する」
ここで本来の目的である徴収が出てきた。
「直接金を稼げるわけじゃないが、そいつらを雇っておくためにも必要だ。
だから、これは納得してくれ。
野郎の事務員も、女の子を受け入れる下地だと思ってくれ」
「なるほど」
「そういうことか」
口々に納得した口ぶりをしめす者達だが、実際ヒロノリの言ってる事を理解してるわけではない。
ただ、何となく説得力があるから頷いてるだけである。
分かった振りをしてるだけである。
とどのつまり、馬鹿である事を正直に認めるのは癪に障ってるのである。
何せ一般教養すら身につけてないのだ。
頭で考えるにも限度がある。
教育を受けてない人間など、悲しいかなこの程度である。
よっぽどの例外を除いて。
「まあ、お前達だって、食い詰めて冒険者になったくちだろ。
同じ境遇の連中を救うつもりでがんばろうや」
止めの一言として、彼等自身の境遇を思い出させた。
皆、誰もが他にやる事がなく冒険者になった者達である。
モンスター相手にどうやって立ち回るかを日々考え、少しでも稼ぎを得ようとがんばっていた。
同じような境遇の者達の事を考えれば同情もする。
「それもそうだよな」
「人手が増えるのもありがたいし」
「面倒くらいは見てやるか」
段々とそんな言葉が出てくる。
それを聞いてヒロノリも笑みを浮かべた。
胸の中で、
(作戦成功……)
と呟きながら。
どうにかもう一話を出せる。
21:00に続きを。
もっとペースを上げていきたいが、現実がそれを許してくれない。




