転職159日目 新期開始
北に向かう馬車が出発していく。
荷重軽減の魔力装置を備えた二十台の馬車は、荷物と冒険者を乗せて走り出す。
動力装置付きの自動車でないのが、この一団の現状をあらわしている。
もとより高価で生産数もそれほど多くない自動車を備えてる冒険者など多くはない。
あっても一団の中で一台か二台というのが現状だ。
それでも、飼い葉を必要としない、モンスターの核があれば走る自動車は、冒険者のみならず様々な者達垂涎の発明品である。
元は初代団長のヒロノリが書き記した書物によるものだという。
空想としか思えないそれが実現したのが三十年ほど前。
当初は故障も多かったこれが、改良に改良を重ねて信頼度を上げ、実用可能になると、その利便性に誰もが気づいていった。
いまだ乗り物としては馬車の方が数多く普及しているが、いずれこれらが主流になる日も来るだろう。
出発をしていく一団も、出来れば今年度以内に導入をしようと躍起になっている。
確かに初期導入費用は高い。
しかし、長期間の使用に耐える頑丈さと馬車を超える走向能力は魅力的だった。
馬を養う手間も省けるのが大きい。
燃料がモンスターの核で済むから、冒険者なら自給自足も可能だ。
故障した場合の修理などは手間だが、それらもほとんど必要がないくらいに技術が洗練されてきている。
それでいて運搬能力は馬車一台と同等をほこる。
長い目で見れば、馬車より圧倒的に便利であろうというのが通説である。
だからこそ、この一団も導入を真剣に検討していた。
余談であるが、動力付きの飛行機はまだだが、動力をつまないグライダーは実現した。
船も動力による自走化が可能となっている。
これらもヒロノリの残した覚え書きを参考にして作られたものだった。
この世界の者達が知るよしもない、別世界の科学の産物達。
それらが確かにこの世界を変えていこうとしている。
そんな北に向かっていく馬車の荷台の中。
薄い鉄板を縫い付けた革服に、同じく薄い鉄板を貼り付けた革の籠手と脚甲を身につけた少年が座っていた。
冒険者歴一年、まだ十四歳。
学校を卒業してからほとんどすぐに冒険者になったという変わり者である。
しかも、国王一族の一人だ。
家は傍流も傍流、本当に末端で、王位継承権も存在しないに等しいものである。
だが、それでも王族は王族、一団の中でも扱いに困るような者だった。
本人は実に庶民的というか、決しておごらず尊大にならず、ごく普通の一般人のような振る舞いをしているが。
しかし、身分差というのはやはり何かしら意識してしまうものである。
どうしても腫れ物に触るような対応を一団の者はしていた。
しかし、冒険者としての素質は優れており、決して無理をせず、それでいて必要ならば果敢に行動していく。
技術的には見劣りするところは多々あるが、それでも並の新人を超える能力を持っていた。
「代々冒険者でしたから」
というその言葉に団員の誰もが納得するしかなかった。
そして、言われてみればと思い出す。
初代団長にして、王家の祖先である佐々木ヒロノリの息子の一人は、冒険者として生涯を終えたのを。
その子孫も王族でありながら代々冒険者や庶民としての暮らしを続け、支配者や貴族などにはなろうとしなかったのを。
実際には何人か開拓先の村長や代表になったりしているが、それらも領主や貴族というのはほど遠いものである。
一族の中でも変わり者として扱われてるとか。
だが、初代ヒロノリの血を一番色濃く残してるとも言われている。
そんな家の息子だから、冒険者になってるのも不思議とは言えないだろう。
それが少しずつではあるが、周囲の者達との垣根を小さくしていっていた。
完全に打ち解けるにはまだまだ時間がかかるだろうが、いずれ気兼ねなく接する事が出来る日も来るだろう。
「しかし、なんでうちの一団に来たんだろうな?」
「一族がいる一団もあるだろうしなあ」
「しかも俺らみたいな零細に」
「偉いさんの考える事は分からん」
……そういう意見も抱えながら。
冒険者の一団は離合集散や新規の結成などを経て様々なものが生まれている。
その中でも長く続いてるものは老舗と呼ばれ、王国の冒険者達の中核を担っていた。
小さなものでもできたての一団よりは大所帯であるだけに、様々な利便性がある。
少なくとも、数人単位の小規模なものが多い新規参入の一団よりは活動範囲や行動力がある。
だからこそ、新規の冒険者もそういった所の所属を目指す。
新卒が企業に就職するのに似ている。
少年が入った一団もそんな冒険者集団の一つで、すでに一百年以上の活動期間を誇る。
特に大きくない、零細だと言っても所属冒険者は二百人を超え、レベル10の技術を複数保有する者も何人もいる。
こういった冒険者と行動を共に出来るのが老舗の強みである。
それだけに新人はついていくのも大変な事もあるが、高レベルと共に活動出来るという安全性における巨大な利点もある。
加えて、危険を承知でモンスターの群れに突入するだけに経験値も一気に稼げる。
無論、最低限の技術レベルまで育ってからの話になるが、それでも手に入る経験値は莫大だ。
ついていく事が出来るならば、一気に高レベルにまで短時間でのしあがれる。
そして高レベルになれば、確実な稼ぎを叩き出す事が出来る。
それを狙って老舗を目指す者は後を絶たない。
王族の少年もそんな一団の一つに入り、これから先を見つめていた。
ただ、それはレベルアップして稼ぐというだけに留まらない。
レベルを上げた更にその先を見つめている。
(変わったもんだな、冒険者も)
幌の中から後ろに流れていく景色を眺めながら、色々と考えていく。
安全第一、危険はなるべく少なく、無理は絶対にしない────。
かつてはそんな事を基本に、自分のレベルで対処出来る範囲のモンスターを倒していたものだ。
しかし、月日が経ち、様々な手法が試行されていく事で、新たなやり方も見つかっていった。
特に高レベル冒険者が多数いる場合の初心者教育(経験値稼ぎ)は、かなり危険と紙一重なものになっている。
念のために戦闘技術がレベル3あたりになるまで付き合うのはそのままだが、それから先はかなり大変なものとなっていた。
高レベルの者と一緒のモンスター退治。
それがレベル10が相手にするような強力なものも含めたものとなっていた。
レベル3程度では死ぬ可能性が高い。
なのだが、高レベルの者達と一緒だと話が変わってくる。
確かに直接戦闘になれば危険どころではないが、接触する前に高レベルが倒すから問題がない。
それどころか、ちぎっては投げという表現がしっくり来るような高レベル冒険者の後ろだから、ほとんど何もする事がない。
モンスターを引きつけるために、弓などで攻撃する事はあっても、戦闘そのものに関わる事はまずない。
それでいて経験値だけはどんどん入ってくるから、一気にレベルが上がっていく。
一ヶ月で一レベル上昇なんて当たり前の話になっていた。
以前は二ヶ月にレベルアップが普通だったはずなのだが。
(変われば変わるもんだ)
しみじみと時間の流れを感じる。
何より大きいのは、それだけの経験値を持つ、それだけの脅威となってるモンスターと遭遇する場所まで進出してる事だった。
体長十メートルを超える小型恐竜や、鬼の上位種などとも遭遇するほど北に食い込んでる王国に驚きを隠せない。
まさかここまで勢力を増大させるとは思ってもいなかった。
(二百年も経てばそんなもんなのかなあ)
昔と今の違いを否応なしに感じてしまう。
変わったものばかりである。
小さな拠点だった集落は今や巨大な町になっている。
小さな堀は大きく拡張され、木材の柵は石垣の壁になっている。
一団本部は巨大な議事堂に変わり、王家である現在の佐々木家本家の家は屋敷となっていた。
庶民の住まいもしっかりとした建築物にかわり、その中に魔力道具の家電製品(電気は使ってないが)がそろっている。
原始的であるが自動車なども出てきている。
そういった技術を生み出す研究機関や、知識を高める教育機関も大いに普及している。
一百五十万を超える人口を支える医療・衛生機関もだ。
規模においては、元の国の地方並に巨大になっている。
娯楽として演劇や音楽なども盛んになっている。
絵画や文芸作品なども同様だ。
それらを楽しめる余裕が出来てきている。
王侯貴族(一団時代で言うところの運営幹部)が楽しむ高級な芸術というのも発生してるらしい。
それに対して一般的な庶民が楽しむ大衆文化も同様にひろがっている。
これらが生まれてきてるという事は、娯楽につぎ込む余裕が生まれてきてる証しであろう。
よくぞここまで、と思う。
(でも、貴族共の横槍に腹を立ててこっちを作ったのになあ)
それなのにやはり王侯貴族といった支配層が誕生し、庶民との間に境が生まれている。
やむをえない事ではあるのだろうが、複雑な気持ちになっていく。
開拓地が王国として発展しているという結果を考えれば、それも腹におさめられる問題ではあるのかもしれないが。
(庶民からの成り上がりが出来るのが、多少の救いなのかねえ……)
モンスターを退けて土地を開拓し、そこの領主になるのが一つ。
学校などで優秀な成績を出したり、経験値稼ぎでで技術を高めたりして出世するのが一つ。
一時的なものではなく、恒久的な形で陳情を受け付ける常設陳情団というものに入って国政にお願いや提案としていくのも一つ。
商人や職人として成り上がり、影響力を持つようになる事で国に意見を出せるようになるのも一つ。
こうした形で政治に意見を言えるのが比較的簡単にできる、というのがこの王国(元開拓地)の良い所であろうか。
それすらもいずれは何かしらの形で行き詰まる事になるかもしれない。
しかし、王侯貴族に口出しする事など想像も出来ない他の国々に比べればよほどマシではあるだろう。
もちろん王侯貴族という運営側がそれらを全て受け入れるわけでもない。
運営側に回れば分かる事だが、全ての意見を聞き入れるわけにもいかない。
どうしても突っぱねねばならない事もある。
ことに、国の運営に関わる部分においては、決して意見を受け入れる事もないし、場合によっては意見する事そのものが死刑を持って報いる事もある。
一団の、国家の運営のためにやむをえない事であった。
これは一団だった頃から変わってない。
一団を存続させる事が目的ではないが、なんだかんだで一団という庇護を与える存在を失えば、それだけで所属する団員に大きな負担を与えてしまう。
所属団員の負担にならないよう、しかし一団の運営と存続を損なわないよう。
そのために厳しい対応もとらなければならなかった事もある。
今はその規模が更に拡大している。
変わったといえば変わったのだろう。
それだけ大きくなったという事は確かである。
一団というか、既に王国となったこの元開拓地が。
ただ、何にしても王国として判断をする際に基準となってるのは、かつて作った基本方針である。
特に本当に根本的な部分についてはほとんどそのまま残っている。
これが庶民だけでなく王国の運営にも、ひいては王侯貴族の発言や行動にも制約を課している。
その為か、誰もが────それこそ上は国王から下は乞食にいたるまで────ある程度の制限を受けてはいる。
己の自由を妨げられる事もないと言いつつ、他人への悪事や暴言、挑発などはすべからく禁じられる。
庶民が王侯貴族を不用意に糾弾したりする事も禁じられる一方で、王侯貴族も無用な負担を庶民に課す事を禁じられている。
なんとなれば、それらが自分以外の誰かの自由や意志を損なう事になるからだ。
そして、それらは結局一団の、ひいては王国の発展や存亡に影響をもたらす事になる。
一団や王国を子孫にまで引き渡す事を考えれば、どうあったって今の状態を損なうわけにはいかない。
ともすれば守旧的な悪弊に陥る事もあるが、基本方針として打ち出された存続と子孫への継承が、不当な行いへの容赦のない制限と掣肘になっていった。
(まさかそこまで上手くいくとはねえ)
予想もしてなかった成果に驚くばかりである。
(まあ、ここまで大きくなってるんだから、これでいいのかな)
まがりなりにも王族の一員として生まれたから、一般庶民よりは様々な情報に接する事が出来ていた。
首都より大分離れた所に住んでるので王城(というより館であるが)に出向くのは数年に一度くらいであるが、それでも直接国王やその周囲を固める貴族・重臣に出会う事もある。
一部の者しか触れられない情報などに接する事も出来た。
一族が残した日記だったり、貴族が利用する図書館などの記録施設の利用程度であるが、そのおかげで得られた情報は多い。
それらによって知る事が出来たこの国のここまでは、自分のなした事の成果を知る貴重な情報だった。
自分が出発点となったものが、その後も発展をしてるのを確かめられたのはありがたい事だった。
同時に、自分でもここまで出来たと自尊心を満足させられる。
何より嬉しいのは、ただ一つ。
(ブラックじゃなくて良かったよ、本当に)
そんな思いである。
思えば、貴族の横取りなどへの反発もそれが原因だったと思う。
かつての世界で自分が身を置いたブラック企業における様々な出来事。
その一つである成果の横取り。
それに再び直面したからこそ、こうして自分の思い通りになる場所を作ろうと思ったのかもしれない。
そんな自分の作ったものが、ブラックな体質になってなくて良かったとつくづく思う。
わざわざ転生して見たのが、しくじった自分の創作物であったら目も当てられない。
(本当に上手くいって良かった)
様々な幸運などにも助けられたとは思うが、何にしても上手くいって良かったと思う。
おかげでやりたい事が出来るというもの。
(これなら、冒険者に専念出来そうだ)
前回はなんだかんだで組織作りなどに忙殺されてしまった。
それはそれでやりがいがあったし、苦労はあっても楽しいものだと思えた。
しかし、役職や地位に伴う重責もあって、なんだかんだで気苦労も大きい。
今回はそんなものと無縁に過ごせるのがありがたかった。
(なんだかんだで冒険らしい事なんて出来なかったからなあ)
前回はどちらかというと組織運営だけで一生が終わってしまった気がする。
それはそれで少し寂しいものがあった。
(運営は親戚がやってるし、俺みたいな所まで王位継承問題が来る事もないだろうし。
今回は気楽に楽しめるるだろうな、きっと)
何がどうなるか分からないが、騒動に巻き込まれる可能性は極めて低い。
それでいて、王族という立場は何かと便利な事もある。
制約や制限もあるが、使える利点はめいいっぱいつかわせてもらおうと思った。
それが二百年ほど前にがんばった自分が得られる利益であり特権であろうとも思いもした。
(しかし、まさか前と同じ名前になるとはね)
王国宣言と同時に、初代国王扱いされていたかつての自分。
そんな初代にあやかろうと今回の両親がつけた名前。
再びヒロノリという名前を持って生まれてきた少年は、そんな奇遇な巡り合わせに不思議さを感じる。
だが、悪い感じはしない。
再びやってきたこの世界で、今度は以前とは別の事をやって楽しもうと思う。
がんばれよ────
そんな声を聞いた気がする。
随分と遠い記憶の中にあるものだ。
この世界にやってくるきっかけとなった、神社で聞いたあの声。
(誰なんだろうなあ……)
いわゆる神であろうか、と考える。
いまだ正体不明ではあるが、そういった存在であると考えた方が納得は出来た。
(まあ、折角なのでがんばってみますよ)
返事を期待しないで胸の中で呟く。
王室八十六家の一つ笹峰家。
その長子として転生してきたヒロノリの、異世界における第二の人生が始まった。
というわけで、このお話はこれにて終了です。
何とか終わらせる事が出来て少しほっとしている。
今回は今までなかなか出来なかった国作りみたいな事をやってみたいなと思ったので、それを書いてみました。
上手く書けていたら良いのだけど。
当然ながら一代でそこまでいけるわけもなく、こういう形になりました。
今回の主人公は(今までもそうだったけど)黎明期の開祖という事で。
土台を作ったところで終了になりました。
でも、それだけでは味気ないので、こういう最後にしてみました。
間接的ではありますが、異世界転生になってるかなあと。
この話にまつわる短編とかも出してみたいとは思う。
その後の主人公とか、主人公以外の人たちの視点とか。
いるけど、さすがにそれだけの余裕はないかなと思う。
やれればよいけど、なかなか難しいもんです。
何にしても楽しく読んで貰えていたらありがたい。
そして、既に新しい話も始めている。
「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」
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興味があったらよろしく。