転職158日目 最終決算
丘から遠くを見つめる日々を過ごした果てに、ヒロノリは今生を終えた。
享年六十五歳。
この世界においては長寿である。
十分に成長した子供達と、その下に生まれた孫を中心とした多くの者達に見送られて荼毘に付された。
それまでの年月の中で、開拓地は更に拡大していた。
二代目の息子はヒロノリの前で着実に成長し、三十歳になる頃には一団を問題なく運営出来るようになっていた。
彼を支える幹部も次世代に切り替わり、一団や開拓地は新たな時代へと突入していった。
それを見てヒロノリは、段々と一団本部に足を運ぶ時間を減らしていった。
二代目達が十分に仕事をこなしていけると確信をしたからである。
同時に自分の役目が完全に終わった事に寂しさと達成感を得てもいた。
この頃には開拓地の人口は一万人近くまで増大し、かなり北の方まで進出していた。
同時に北方に展開する鬼の集団達との戦争も発生。
高レベルの冒険者を擁してるとはいえ、数にまさるモンスター相手にした戦争は苦しいものとなった。
個々の戦闘における勝利はほぼ確実に手に入るが、大勢で押し寄せる鬼に対して局地的な戦闘などさして意味が無い。
戦線は容易く突破され、最前線の拠点にまで押し寄せられる事もざらだった。
面を制圧する鬼に対して、開拓地は防衛を主体とした戦闘を余儀なくされた。
これを覆すには、敵司令官や司令部などへの一点突破の攻撃を繰り出すしかない。
統率者を失えば、一時的であっても混乱は発生する。
その隙が、少数による多数の制圧を可能とする。
レベルや実力において勝るからこそ出来る戦法だった。
この方法を用いた少数による敵司令部への潜入・撃破による敵集団の壊滅が開拓地をギリギリで保っていった。
他にも、輸送路を特定し、荷駄をとらえて殲滅するなどの地道な活動が鬼達の足を止めていく。
こうした戦争が続く中でも、開拓は少しずつ続け、確実に生産力と居住地を手に入れていった。
戦争における死亡者も出るには出たが、出生数を上回る事はない。
そのため、人口はわずかずつであっても増加し、それらを養うための手段が必要だった。
耕作地と居住地は必須である。
終わりの見えない戦争が続く中で、それが開拓地の未来を灯すささやかな希望であった。
人口が増え、生産力が増大し、戦力をより多く抱える事が出来れば、鬼との戦争を優勢に傾ける事も出来る。
何十年も何百年も先の事であろうが、その未来を手繰り寄せるためにも、今やるべき事をやっていかねばならない。
鬼を倒し、平和を保ち、勢力を拡大する。
それを為す為に、血みどろの戦争をくぐり抜けてゆかねばならなかった。
ヒロノリの息子達は、そんな戦争の中で一団の団長として、将軍として、行政官として、職人として、冒険者として活躍していった。
長男は団長として一団と開拓地を統率し、将軍は軍勢を率いて鬼との戦場へ。
行政官は一団における事務作業をまとめ、様々な業務が支障なく運営させていった。
職人は工房に籠もり、技術の研鑽につとめ、様々な物品の発明・改良に明け暮れる。
冒険者となった者は、軍勢とは別に様々な場所に調査・探索に赴き、時には軍勢とは別にモンスターの集団とぶつかりあった。
様々な場所でヒロノリの血を引く者達は働き、開拓地内における一族の地位を確立していく。
息子達が偉大な先代の権威を弄ぶだけの盆暗でない事を示した事で。
彼等自身に優れた素質があったわけではないが、父が無理矢理にでも連れ出したモンスター退治による経験値稼ぎのおかげで、それなりの技術などは手に入れていた。
加えて父が語るとはかしに語った様々な体験談や苦労話が彼等の教訓となり、あるいは考える材料となっていった。
母からの忠告なども彼等の人格形成を彩ってるのは言うまでもない。
特にモンスター退治に連れ出した父への様々な対応には、子供達に何かしら思う所を抱かせた。
良かれ悪しかれ、彼等はヒロノリとそれを取り巻く様々な環境によってはぐくまれている。
その成果が、困難を極める状況において花開いていった。
なお、娘達もそれぞれの道を歩んでいった。
大半がどこかの誰かに嫁いでいく事になった。
料理屋をひらいてそれなりに繁盛させたり、家政婦を束ねて一つの事業として興すものもいた。
一人だけだが冒険者としてあちこちを渡り歩いた者もいる。
だが、おおむね平々凡々な主婦として生きていった者達が多い。
政治や防衛などの重荷を女に背負わす事への抵抗がヒロノリにあった為である。
「んな事に心を費やすより、旦那と子供の面倒だけ見ててくれ」
その言葉に従ったわけでもないだろうが、娘達のほとんどはその通りに生きていった。
そのため、家というか一団の運営などに携わる権利なども与えはしなかった。
「そんなものがあれば、嫌でも狙われる。
そういう陰謀とか謀略とは無縁な人生を送ってくれ」
これまたヒロノリの願いである。
一団の規模拡大と共にどうしても利権狙いの人間が近寄ってくる。
婚姻を利用して接触しよう、恒久的な関係をもとう、影響力を得ようとする輩はどこにでもいる。
跡を継ぐ息子達はやむをえないにしても、せめて娘だけはそんなつまらぬ陰謀にとらわれないで欲しかった。
だからこそ、家の継承権などは娘達には与えないようにした。
わざわざそれを一団の基本方針に記したくらいである。
それが功を奏したのか、嫁ぎ先の大半は一団からの利益とは無縁な所に落ち着いていった。
中には一団運営幹部などの家も入ってはいたが、大半は農家や職人、商人に冒険者といった庶民的な者との婚姻になっていく。
そして、ヒロノリの娘と結婚した者達や家も、それで特別優遇が与えられるという事は無かった。
「むしろそういう所には絶対に好条件を出すな。
不利なくらいの待遇をしろ」
家や一族の特権と切り離すための措置である。
さすがに不利な待遇まではしなかったが、ヒロノリの娘をめとった事で優遇される者は消えた。
家族として、一族として接する機会はあってもそれ以上のものはない。
そのため娘達は嫁ぎ先にてごく普通の妻や母として生きていく事となった。
何らかの謀略に巻き込まれる事もなく。
この副産物として、女を政治権力や利益誘導の道具にするような風潮が無くなっていく。
完全に無くなる事はなかったが、率先して利用する手段にはなりえなくなっていった。
家の継承や相続についてはこのように娘にその権利などは無くなった。
変わりに責任やしがらみからとも無縁となった。
生まれた家ゆえの利点や欠点はつきまとうが、なんらかの責任が及ぶこともない。
変わりに男子には家の継承相続の権利とともに義務が常におおいかぶさってくる。
これは、どれほど枝分かれした先である傍流であっても例外ではない。
基本的に親のあとを継ぐ責任と義務がつきまとう。
特に長子の場合、常に第一候補であるからその圧迫の中で生きることにもなる。
財産などの分与は無いので、家に残ってる資産などを自由に出来るのは確かだが、それでも家にまつわるしがらみも引き受けることになるので大変なものでもあった。
特に一団の団長の地位をひいてしまう場合、一団所属の冒険者やその家族、開拓地の運営権と義務を受け継ぐことになる。
その重圧はおそるべきものとなっていく。
確かに男子には相続権があり、それを特権というのはたやすいだろう。
だが、付随する義務に見合うかどうかとなると悩ましいものである。
それでも相続継承についてはこういった形をとることにした。
ヒロノリが晩年に制定したことのひとつである。
ヒロノリが息を引き取ったのは、これらを含めた制度などがある程度まとまった頃である。
内部的なこういった制度やそれにまつわる問題に加え、モンスターとの戦争に憂いを隠せないでいたが、息子と開拓地の者達が見せる前向きな姿勢に少しばかりの安堵も得ていた。
困難に対して決して退かずにぶつかっていく姿に。
それが自分が解決出来なかった問題を、彼等がきっと退けてくれるだろうと確信をさせていった。
残念ながらすぐにはその成果はあがらない。
息子達二代目の時代が終わっても、鬼との戦争は終わらなかった。
孫の時代である三世代目でもそれは同様である。
ようやくある程度の落ち着きを見せたのは、四代目に入ってからになる。
開拓初期の苦労を知る者もいなくなり、開拓地も既に大分発展をとげている頃である。
既に開拓地という名称は彼等が切り開いた居住地を指す言葉ではなくなっている。
それは一団が築き上げた領域の中で、本当に新たな居住地として開発をしてる場所を指す言葉になっていた。
この頃になると、増大した冒険者による軍勢は鬼の軍団を容易く退けるようになっていた。
三千人を超える冒険者と、それを支える四万人にまで近づいてる人口は、鬼の侵攻を食い止めるどころか押し戻すほどになっている。
戦争は依然として終わりはしてないが、戦線は開拓地からも遠い場所での出来事になりつつあった。
そしてその時代も終わって五代目。
開拓地は国家としての独立を宣言した。
外部に対して行われたわけではない、あくまで開拓地の、一団が所有する地域の中でだけのものである。
それでも一団の領域の中にいる者達は誰もがそれを当然のこととして受け止め、自分達の手による国家誕生を祝った。
ヒロノリの子孫であり、一団の団長はこの時に国王への即位を宣言。
一団の事務部署はそのまま国家の行政機関に。
冒険者達は国軍へと名を変えた。
人口六万として出発する国家の前途はまだ多難であるが、それでも存亡や滅亡を防ぎ、退けるだけの力は宿していた。
厳しい環境の中におかれた彼等は、未来を切り開くには自分達が動かなければならない事を体感的に理解している。
運などの要素も否定はしないが、それを呼び込むのもまた自分の意志によるところであるとも。
道がないなら切り開き、住処がないなら家を建てる。
脅威が迫るなら撃退していく。
それを為していく事に躊躇いを持ちはしない。
彼等はそれを為してきた冒険者の子孫なのだから。
そんな彼等の意志もあり、国家機関に大部分が転換される中でも、冒険者の一団は残る事になった。
規模は大分縮小されての再出発であるが、ヒロノリの一団は国家成立後も活動を続けていく。
国家の意思や誰の思惑にも左右されない。
自由気ままな冒険者として。
新しい話を始めました。
「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」
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興味があったらよろしく。